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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第30話 大ヒット

 春迎えの祭りの残りの開催期間中、わたしは新商品の開発に取り組んだ。

 本当は何度だってリヴァさまと出掛けたいところだけど、彼はもちろん、わたしも適度に忙しかった。

 今回は開発初期の段階でリヴァさまに相談し、ビアンキ先生からも助言を受けながら、試作品を作っていく。


 癒やしの大部分は動物たちとの触れ合い、そしてリヴァさまとの食事と会話だ。

 日常に戻り、リヴァさまは春迎えの祭りに参加したときのようには、触れてこなくなった。それはそれで寂しいが、一緒に歩いていてわたしがコケそうになったりすると、スマートに身体を支えてくれる。


 もどかしい。でも、〝今はこれくらいでいいかな〟とも思う。

 だって、これ以上リヴァさまと親密になってしまったら、おそらく商品開発どころではなくなってしまうから。

 むしろ、恋愛に関してフラストレーションがあるせいか、新商品の開発は順調に進んだ。

 そしてその日、新商品の制作を任せている工房から待ちに待ったものが届いた。


「ついに出来たのね!!」


 フローリングワイパーの完成だ。木製で、使用者の手の動きに合わせ、柄がスムーズに動かせるようになっている。

 柄に布束をつけたモップはヴァルツィモアにも存在するし、この館でも使われている。けど、商品として売っているようなものではなく、個人で作るような間に合わせのものだ。

 だからこそ、これを作った。近いうちに、姉妹品として毛足の長いモップも作ってみたい。


 水拭きをしたいときは、以前に作った【汚れが落ちる魔法の布】をつけ、乾拭からぶきをしたいときは、新たに作ったドライシートをつける。これはもう、ヴァルツィモアのお掃除革命ね!


 一緒に工房の職人さんを出迎えたリヴァさまも顔を輝かせている。【魔法の布】のときとは違い、今回はリヴァさまも開発に関わっているからだ。


「ついに完成しましたね! エメルさんから見てどんな出来です?」


 わたしはまず、切れ込みが入ったフローリングワイパーのくぼみにドライシートをつける。このくぼみは開発に苦労した部分だ。


「まずはこれで乾拭きして、床のホコリやゴミを取ります」


 この部屋は絨毯じゅうたんを敷いていないので、実際にフローリングワイパーで床を拭いてみる。


「ふむ、開発段階でも感心しましたが、面白いほど柄がよく動きますね。汚れの吸着具合はどうですか?」

「ばっちりです! 静電気を帯びる材質で作っていますので。ほら」


 フローリングワイパーを裏返すと、ドライシートにはしっかり汚れが付着している。貴族と富裕層向けなので、今回使ったのはプラス寄りに帯電する絹に、マイナスに帯電する琥珀の粉末を織り込んだものだ。


 ヴァルツィモアも含め、近隣諸国では錬金術師の研究によって、「同じように物を吸い寄せたり、反発させたりするが、静電気と磁気は違う」と明らかになっているので、開発のときは助かった。


 なんでも自分が発見したことになってしまうと、さすがに心が痛い……。

 リヴァさまは小さな男の子のように、ワクワクした表情を浮かべた。


「さすが、エメルさんの知識は革新的ですね」

「ビアンキ先生の助言のおかげですよ。次に、【魔法の布】をつけて水拭きをします。どんな汚れを落としたいかによりますが、今回はセスキ炭酸ソーダのシートを使いますね。この部屋の床は大理石ではなくタイルなので」

「今度はわたしが試してみてもいいですか?」

「どうぞ」


 リヴァさまはわたしからフローリングワイパーを受け取ると、ドライシートからセスキ炭酸ソーダのシートに付け替えた。わたしより若干手際が悪いさまが愛おしい。

 それはともかく、リヴァさまはシートを付け替えたフローリングワイパーで床を拭き始めた。


「これは使いやすい。掃除の効率が格段に上がりますし、【魔法の布】を購入している層には売れるでしょう。効率が上がれば、その分、掃除係に別の仕事をしてもらえますからね。商品発売とともに、早速うちでも使ってみましょう」


 リヴァさまにそこまで言ってもらえるなんて! 売れるといいなあ……。

 わたしたちの喜びように、職人さんも満足げに帰っていった。

 リヴァさまと相談して、フロリーングワイパーの商品名は【床用ワイパー】に決まった。


 そして四か月後。

 わたしは、今日リヴァさまから伝えられるはずの、【床用ワイパー】の売れ行きの報告を待ちわびていた。一階ホールでうろうろしていると、来客を告げるベルの音が響く。

 わたしは水門を兼ねた扉に向き直る。格子窓から外を確認した門番が、笑顔でこちらを振り返る。


「旦那さまのお帰りです!」


 彼が両開きの扉を開けると、従者を伴ったリヴァさまが入ってきた。


「リヴァさま、お帰りなさいませ!」


 水辺玄関まで駆け降り、出迎えたわたしを見たリヴァさまが笑顔になる。


「ただいま、エメルさん。朗報ですよ。【床用ワイパー】は【魔法の布】以上の売れ行きです。このままいくと、大ヒットになるかもしれません」


 どうしよう、うれしい。リヴァさまへの恩返しで作り始めた商品が、【魔法の布】を買ってくれたお客さんたちよりも、多くの人に受け入れられるなんて。

 わたしは、ようやく喜びを声に乗せられた。


「……うれしいです。リヴァさまのおかげですね。オルランド商会の力がなければ、【床用ワイパー】は開発することすら無理でしたから」

「アイデアを出して商品を開発したのはエメルさんですよ。エメルさんのおかげです。ところで、開発初期に言っていましたよね?『ドライシートは絹と琥珀を使ったもので採算が取れますか? もしコストがかかり過ぎるようなら、羊毛に松脂まつやにを染み込ませたものや、羊毛布を乾燥させて油分を抜いたもので代用できます』と」

「はい」

「羊毛でドライシートの廉価品を作り、庶民層にも売ってみようかと思っているのです。【床用ワイパー】のような時短商品は、共働きの夫婦が多く、乳母も雇えない層にこそ必要だという社員の意見がありまして。確かにそのとおりだ、とハッとしました」


 わかり過ぎる。わたしも前世で時間に追われているとき、フローリングワイパーにはずいぶん助けられた。

 わたしは大きくうなずく。


「メイド経験者として言わせてもらいますと、そのとおりだと思います! 最初に【床用ワイパー】本体を買ってしまえば、維持費はドライシートだけですし、洗えば再利用も可能ですしね。少し余裕のある層は【魔法の布】も買って、再利用サービスを使ってくれるかもしれません。儲かりますよ、これは!」


 少し品のない言い方をしてしまった。が、リヴァさまはニコッと笑う。


「我が商会も、販路を広げないといけませんね。今までは高級路線でしたが、庶民の生活に役立つものを売るのも悪くないと思えてきました。エメルさんのおかげですね」

「え、わたしの……?」

「はい。エメルさんが楽しそうにメイド時代の思い出話をしてくれるおかげです。ずいぶん、わたしの視野も広がりましたよ」

「そ、そうですか……」


 実際は、現世のメイド経験よりも前世の庶民経験から来る話題のほうが多かったと思うけど、リヴァさまの役に立てたのならよかった。

 これからも、リヴァさまの役に立てるよう頑張ろう。

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