第28話 恋愛相談(リーヴァリート視点)
オルランド商会の二階にある商会長室にて、リーヴァリートは困っていた。
忘れもしない昨日、自分はエメルネッタお手製のビスケットを褒めた。そのとき彼女が見せた笑顔の可愛らしさといったら……!
以前、彼女を女神のようだと思ったが、訂正したい。彼女ほど愛らしく美しい女神など存在しない。
本当は毎日でも手料理を作ってほしいくらいだ。しかし、それでは料理人に暇を出すことになってしまうし、いくら料理が好きとはいえ、エメルネッタにはゆとりを持った生活をしてほしいので、ぐっとこらえている。
(早く結婚式を挙げたい)
そう思う一方で、リーヴァリートは厳しい現実にも気づいていた。
エメルネッタと交わした結婚契約書。ドミッティラにサインさせたほうではない、彼女と一対一で交わしたもう一通の結婚契約書には、はっきりとこう書かれていたからだ。
一つ、「結婚式は、夫・リーヴァリートが大評議会の議席を持つ二十五歳になってから挙げるものとする」。
一つ、「結婚後も、夫婦の寝室は別々とする」。
一つ、「養子が二十五歳になったあとは、お互いの合意に基づき、離婚できるものとする」。
結婚契約書を改めて思い返してみて、リーヴァリートはあのころの自分を殴ってやりたくなった。
「もっと将来のことを考えて、文面を考えるべきだった……」
とはいえ、エメルネッタの気持ちがわからないことには、どうにもできない。
観察すると、自分に対してまんざらではないような気がするのだが、希望的観測に基づいた気のせいかもしれない。
「やはり、告白してみるべきだろうか……」
成功すれば、それに越したことはない。だが、失敗したらどうする?
こちらは彼女のことが好きなのに、契約結婚した夫婦としての関係を続けなければならないのだ。しかも、気まずい状況のまま。どんな拷問だ、と思う。
本当に困った。おかげで仕事が手につかない。これでは商会が回らない。追い詰められたリーヴァリートはつぶやいた。
「叔父上に相談してみるか……」
からかわれるだろうな、と思うと、気が重かったが、背に腹はかえられない。
リーヴァリートはアルマンドを商会長室に招き、食事をすることにした。普段から忙しいリーヴァリートは、商会長室に食事を運んでもらい、一人で昼食を摂ることが多い。
すぐに秘書を呼び、副商会長であるアルマンドを食事に招いてもらう。
「リヴァ、どうした? 珍しいな、お前が商会で人と食事なんて」
商会長室に現れたアルマンドに、リーヴァリートはバルコニーを手で示した。
「お呼び立てしてすみません。理由は後ほど説明します。今日は晴れているので、外で食事しましょう」
「おお、いいな」
〝本当はエメルさんと食事をしたい〟と若干ひどいことを考えながら、リーヴァリートはアルマンドとともにバルコニーに出た。大運河を一望できる、素晴らしい場所だ。
椅子に座り、食事が運ばれてくると、リーヴァリートはおずおずと口を開いた。
「……実は、ご相談したいことがあるのです」
「なんでも聞くぞ」
「先日気づいたのですが……どうやら、好きな人ができたようでして」
アルマンドは目をみはった。そのあとで、うれしそうにニヤニヤする。
「そうか、ついにお前にも好きな人ができたか! で、誰だ? 俺の知っている相手か?」
リーヴァリートは覚悟を決めて白状する。
「……エメルネッタさんです。というか、彼女以外にいないでしょう」
「おお、やっぱりそうか! うん、いいじゃないか。正式な婚約者同士なんだし」
「だから困っているのです」
「なんでだ?」
「彼女がわたしのことを好きになってくれればよいですが、そうでなければ、こちらが片思いのまま契約結婚することになります。彼女は同じ館にいるのに。生殺しですし、拷問です」
「まあ、確かにそうだが……。悪いほうに考えすぎじゃないか? エメルネッタさんに想いを伝えて、契約書を書き直せばいいじゃないか」
「想いを伝える……」
想いを伝えたら、彼女はどんな表情をするのだろうか。もし、「わたしも好きです」と言われたら、喜びのあまり、どうにかなってしまうかもしれない。
(幸せすぎる……!)
アルマンドはほほえましそうに、声を立てて笑う。
「な? 告白のことを考えたほうが前向きな気持ちになれるだろ? 俺もクラリッサに告白する前、今のお前と同じように葛藤したが、うまくいった。告白しろ」
リーヴァリートはとたんに自信がなくなった。幸せだった気持ちがしぼんでしまい、気持ちの乱高下の激しさに疲労を感じてしまう。
「……ですが、どういったタイミングで告白すればいいのか」
「とりあえず、デートにでも誘って、いい雰囲気になったときに告白すればいい。もうすぐ春迎えの祭りだろ。お互いに気分が高揚すること、間違いなしだ。俺もクラリッサと一緒に楽しむ予定だしな」
「春迎えの祭り……」
春迎えの祭りは、冬至から春分までの間である、毎年二月から三月にかけて十日ほど行われるヴァルツィモアの宗教行事だ。
この時期、冬の女神から季節を司る役割を交代する春の女神を、国民総出でお出迎えするため、中世の衣装に身を包み、仮面をつけ、浮かれ騒ぐ。
リーヴァリートも子供のころは、祖父母に連れられて春迎えの祭りを楽しんだものだ。今は仕事で忙しく、何年も参加していない。
(人でごった返しているだろうが、確かにいい雰囲気になれるかもしれない……)
そう考え始めると、すぐにでも彼女を誘いたいと思ってしまうから不思議だ。
「叔父上、お知恵を貸していただき、ありがとうございます。早速、エメルネッタさんにお誘いをかけてみます」
「うん、そうしてみろ。二人で過ごす時間を増やせば、いいタイミングが見つかるさ」
アルマンドは、そう言って背中を押してくれた。




