第27話 あなたの手料理
バジーリアの一件が解決してから、わたしとリヴァさまは前より一緒にいることが増えた。
といっても、わたしから誘うわけではなく、リヴァさまから声をかけてくる。
それも、「一緒に花に水をやりませんか?」とか「オウムに新しい言葉を覚えさせてみませんか?」とか、割とささいな提案をしてくるのだ。
わたしとしては大歓迎なのだけど、どうしてリヴァさまに心境の変化があったのかがわからないので、謎は深まるばかりだ。
食事のときも、仕事が忙しいリヴァさまは手早く料理を平らげて、わたしとはありふれた日常会話を交わす程度だったのだけど、最近は時間にゆとりを持って話に花を咲かせている。
その日も、わたしとリヴァさまは朝食中に話していた。今日のリヴァさまは商会に出社しないので、比較的、二人でゆっくり過ごせる。
「エメルさんは料理も得意ですか?」
突然そんな話を振られ、わたしは驚きつつも答える。
「得意だと思います。もちろん、オルランド家の料理人のほうが腕はいいですけど」
「さすがですね。……では、わたしが『あなたの手料理を食べたい』と言ったら、作ってくれますか……?」
リヴァさまのセリフの最後は、なんだか自信なさげだった。表情も不安そうだ。
普段は冷静で、静かな自信に満ちているリヴァさまが。
ならば、わたしはこう答えるしかあるまい。
「もちろんです! 外国の料理でもなんでも、リヴァさまのために作ります!」
リヴァさまは目をみはり、顔を綻ばせた。
「では、気が向いたときで構わないので、ぜひ作ってください」
なんという気遣いに満ちたお願いか。わたしは力強く宣言した。
「今気が向きました! 今日の昼食はわたしが作ります!」
ヴァルツィモアでは、夕食よりも昼食のほうが重視されるのだ。
何を作ろうかな? まだ貴族の食卓でパスタは一般的ではないから、メインは肉料理かな? なんの肉を使おうか、ワクワクする。
現世の母はお菓子作りが趣味だったから、子どものころにそれを手伝ったことはあったし、ラヴィトラーノ家の料理人が急病になったときは、臨時で料理を手伝ったこともある。
それでも、自分の裁量で本格的な料理をすること自体、前世以来だ。
パンだって、自分で焼きたい。ああ、楽しみすぎる。
……しかも、自分の楽しみがリヴァさまのためになるなんて。
わたしのうれしさが伝わったのか、リヴァさまはほほえんだ。
「では、お願いします。料理人たちには、わたしが話を通しておきますので」
それから、一言付け加える。
「エメルさんの料理、楽しみです」
リヴァさまの笑顔。わたしは、がぜんやる気が出た。
***
リヴァさまがエルモ経由で話を通してくれていたので、その日の昼食はわたしの采配で作られることになった。
以前、使用人たちが必要としている物の調査をしたときに、料理人たちとも顔見知りになっていたので、彼らも快く迎え入れてくれた。
ただ、リヴァさまはわたしの手料理が食べたいようだったので、料理人たちには下ごしらえと簡単な手伝いだけをお願いする。
厨房の一角で、久しぶりに腕を振るう。
「手際がよろしいですね」と料理人たちからも下働きの人たちからもびっくりされる。
リヴァさまのために料理しているからか、充実感はものすごく、時間はあっという間に過ぎた。
「出来た!」
前菜は干しダラのペーストとオリーブ、温菜はキャベツのポタージュ、主菜は仔牛のロースト、付け合せは豆の煮込み、パンはヴァルツィモアでは一般的ではないけど、ベーグルにした。デザートは洋梨とビスケットだ。
ソースなどの味付けは、ヴァルツィモア貴族が好むものと、前世でおいしいと思ったもののいいとこ取りをした。リヴァさまは気に入ってくれるかな?
わたしはエプロンを外し、あとは使用人の皆に任せて食堂へと向かう。
リヴァさまはすでに食卓に着いていた。彼が座るのは、暖炉の前に位置するテーブルの短辺だ。わたしはリヴァさまの向かいに腰掛ける。
「楽しみにしてくださいね。我ながら会心の出来です」
「ええ。……あなたの手料理というだけで、いくらでも食べられそうです」
「そ、そうですか……」
そこまで言ってもらえると、かえって恥ずかしいかも。
やがて、執事が料理を運んできた。次々と並べられていく料理に、リヴァさまは目を見開く。
「これ、全部エメルさんが作ったのですか……?」
「はい。下ごしらえや竈の火加減を見るのは、厨房の方々にお願いしましたけど、基本はわたしが」
「料理人が務まりそうですね。では、早速頂いても?」
「はい、どうぞ!」
リヴァさまはキャベツのポタージュをスプーンですくい、口に運ぶ。
「……おいしいですね」
感動したようにそう言うと、ナイフを使い、わたし特製ソースのかかった仔牛のローストを小さく切り、ベーグルの上に乗せる。
一口食べたあとで、顔を綻ばせる。
「このパンも肉にかかっているソースも、初めて口にする味ですが、おいしいです。語彙力がなくて申し訳ない。とにかく、お世辞抜きでおいしいです」
わたしも料理を食べる。うん、おいしい。自分の作った料理をリヴァさまと共有できるなんて、うれしいなあ。
干しダラのペーストをベーグルに塗って食べたあとで、リヴァさまがふとつぶやく。
「これが、庶民が言うところの『家庭の味』なのでしょうね」
「え?」
「話に聞いてからずっと、どんなものなのだろうと思っていたのです。母親の手料理を食べられることなど、貴族ではまずあり得ませんから」
「そうですよね……。わたしの母はお菓子作りが趣味でしたが、かなり特殊だったのだと思います」
「では、お母君の作ったお菓子を食べたことが?」
「はい。今でも忘れられない味です。このビスケットも、実は母が作っていたものを再現したのです」
「なるほど、このビスケットがお母君から受け継いだ、エメルさんの『家庭の味』というわけですね」
そう言って、リヴァさまはビスケットをつまんで食べる。
「おいしいです。とても」
どうしよう。母が遺したレシピを「おいしい」と言ってもらえて、涙が出そうなくらいうれしい。
現世の母と過ごした時間は短かったけど、その分、たくさんの愛情を注いでくれたから。
「ありがとうございます。母もきっと喜んでくれます」
わたしがほほえんでそう伝えると、リヴァさまは照れたようだった。瞬きをした直後、頬をかきながら微笑する。
「いえ……」
黙って給仕していた執事が、ほほえましそうに笑う。
「お二人とも、すっかりお似合いの夫婦ですね」
夫婦……! まだ結婚式を挙げていないわたしたちは、思わず顔を見合わせ、赤面した。
うつむきながらかじったビスケットの味は、とても甘かった。……そんなに砂糖を入れたかな?




