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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第25話 呪縛からの解放

 ドサッという重い音を立てて、腕と足を縛られた六人の男たちが人造石テラッツォの床に転がされる。

 バジーリアが住むオルランド家の別邸、その一階ホールで繰り広げられている光景だ。

 男たちの前には、バジーリアが狼狽ろうばいした様子で立っている。


 転がされた男たちを挟んで、わたしはリヴァさまの斜め後ろに立っていた。リヴァさまはわたしの他にも、アルマンドさまと十人の私兵を連れている。

 リヴァさまはバジーリアに冷たく言い放つ。


「バジーリア、わたしの館にこの者たちを不法侵入させ、わたしの婚約者を略取しようとした罪で、あなたを司法官に引き渡します」


 司法官とは、前世でいう検察官のような存在で、貴族や役人の不正をも監視する、強い権限を持っている。

 つまり、彼らに引き渡されて犯罪行為が認められたら、裁判に勝たないかぎり、名誉が重視される貴族社会では終わりだということだ。

 事態の深刻さを悟ったバジーリアは青ざめている。


「そ、それだけはやめて! 田舎の別荘ヴィラにでもなんでも引っ込んでいるから、それだけはやめて!」

「その別荘が誰のものだと思っているのですか? あなたは実家にも見捨てられ、これからは惨めな人生を送るでしょうね」

「そ、そんな! 母親を司法官に売り渡すの!?」

「誰が母親ですか。わたしの生みの母親はたった一人ですし、育ててくれた女性は祖母と乳母です。あなたに対しては憎しみしかありません。特に、わたしの婚約者に危害を加えようと企んだことはゆるし難い。せいぜい泣きわめきながら罪を償ってください」


 リヴァさまがそう言い終えると、タイミングを見計らっていた、司法官が派遣した執行人たちが館に入ってくる。

 執行人たちのまとめ役が、バジーリアの前までつかつかと歩いていくと、厳かに告げる。


「バジーリア・パトリツィア・ディ・オルランドだな? ヴァルツィモア共和国の名において、あなたの身柄を拘束させてもらう」

「い、嫌よ! いやあああー!!」


 魔道具の手錠を掛けられたバジーリアは、身をよじって抵抗していたが、執行人たちに連行されていった。

 彼らが扉の外に消えていくのを見守っていたリヴァさまが、深いため息をつく。


「……やれやれ、ようやく終わりましたか」

「リヴァさま、お疲れさまです。『わたしも一部始終を見届けたい』という希望を聞いてくれて、ありがとうございます」


 巻き込まれた、と言えなくもないけど、わたしもこの事件に深く関わっており、知らぬ間に危害を加えられそうになったのだ。どうしても、事の顛末てんまつを見届けたかった。でなければ、すっきりしなかっただろう。

 私のお礼に、リヴァさまは優しく笑ってみせた。


「いえ、我が家の事情に巻き込んでしまったのですから当然です。改めて、あなたが無事でよかった」


 な、なんか……気のせいかもしれないけど、リヴァさまの表情と口調が前よりも優しくて、そこはかとなく甘く感じられるというか……。

 わたしがもじもじしていると、アルマンドさまがリヴァさまに声をかけた。


「リヴァ、帰りのゴンドラには護衛を二名ほど付けて、エメルネッタさんと二人で乗れよ」

「え、何を……」

「やっと目の上のたんこぶが消えたんだ。話したいこともあるだろ?」

「仕方ありませんね……」


 そう言いつつも、リヴァさまの口元は緩んでいる。

 え? これ、どういうこと?


 疑問符を浮かべているわたしを伴い、リヴァさまは水辺玄関に出てゴンドラに乗った。二人の護衛を船縁ふなべりに残し、リヴァさまとキャビンに入る。扉を閉めると、窓ガラスと壁に守られたキャビン内では、さほど寒さを感じない。


 二人で向かい合って長椅子に座っていると、リヴァさまは満足そうにほほえむ。

 その無言の優しさが無性に恥ずかしく、わたしは沈黙を破った。


「あの……守ってくれて、ありがとうございます」


 リヴァさまは軽く目をみはると、満面に笑みを浮かべた。


「わたしこそ、お礼を言わなければ」

「お礼?」

「エメルさんのおかげで、長年の呪縛から解放されました」

「わたしの……おかげ?」

「今があるのは、バジーリアが押しかけてきたあの日、エメルさんが勇敢に立ち向かってくれたおかげです。『バジーリアが自分の世界から消える』と実感できたからでしょうか。以前ほど、女性に嫌悪感を覚えないのです」

「そうなのですか!? よかった……」


 心から喜びつつも、ちょっとだけ残念だ。だってそれは、将来的にリヴァさまが女性にかれる可能性が生まれた、ということだから。

 そうなったとき、自分はきっと嫉妬してしまう。契約結婚をしたお飾りの妻じゃなくて、本物の妻になりたいと思ってしまうかもしれない。そうなれば、きっとすごく苦しい。

 でも、わたしは本音を押し殺して笑ってみせた。


「リヴァさまにも、きっと好きな人ができますよ」


 そう言い終えた瞬間、リヴァさまの表情が硬くなった。

 わたし、変なことを言ったかな? もしかして、リヴァさまはさっきの言葉を受け取る心の準備ができていなかった?

 リヴァさまの顔は、怖いくらい真剣なものになっていた。


「……わたしは、あなた以外の女性を妻にする気はありません」


 え……それ、どういうこと……?

 ゴンドラが運河を進む、ちゃぷちゃぷという音が聞こえる。

 リヴァさまはわたしの表情を見て、付け加えた。


「もちろん、愛人を作るつもりもありません。それだけは覚えておいてください」


 リヴァさまの表情は相変わらず真剣だ。

 わたし以外の女性を妻にする気もなければ、愛人を作る気もない。

 それって、わたしのことが……?


 いやいや、でも、それじゃ都合がよすぎるって! わたし、リヴァさまが引くようなことばっかりしてきたし。そりゃ、商品開発で少しは役に立ったとは思うけど。

 そもそも、女性としての魅力があるんだろうか?


 無言でぐるぐる考えるわたしを見て、リヴァさまがクスッと笑う。

 その笑顔がとても自然で、わたしはついつい見とれてしまった。

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