第24話 そうは問屋が卸しません(前半バジーリア視点/後半リーヴァリート視点)
ヴァルツィモア市内にある、オルランド家の別邸。その広間にて、バジーリアは六人の男たちをひざまずかせていた。
彼らは、ある目的を遂げるために、金を出して集めたごろつきたちだ。
バジーリアは口を開く。
「お前たちにしてほしいことが一つあるの。オルランド家の本邸に忍び込んで、当主の婚約者であるエメルネッタという小娘をさらってちょうだい」
目的が「オルランド家当主の婚約者を連れ去ること」と聞いて、さすがのごろつきたちもざわついた。
男たちのまとめ役が発言する。
「……奥さま、オルランド家といえば、【八頭の獅子】に数えられる名家です。当然、警備も厳重かと。正直、わたしたちの手には余ります」
バジーリアは怒りを露わにした。
「それをどうにかするのが、お前たちの役目だというのよ! 前金は払ったんだから、それに見合った働きをしなさい!」
男たちが動揺しているのを見て、バジーリアは甘ったるいくらい優しく言った。
「成功したら、後金も払うわ。大丈夫よ、小娘一人をさらうくらい。さらったあとは、殺さなければその小娘を好きにしていいから。貴族の生娘よ。めったにありつけないごちそうでしょう?」
一瞬にして、「それなら、まあ……」という下卑た空気が、男たちの間に漂った。
バジーリアはほくそ笑むと、男たちに命じる。
「決行は今夜よ。準備しておいてちょうだい」
バジーリアはリーヴァリートとエメルネッタに対する怒りを持て余していた。
生意気なエメルネッタにも腹が立ったが、特にリーヴァリートの目は、自分を目の敵にしていたあのクソジジイ――先代当主にそっくりだった。
(あのクソジジイがいなければ、わたしは今ごろ、オルランド家の大奥さまとして君臨できていたのに……!)
生まれたときから貧しく、血だけの貧乏貴族と罵られても、地をはう思いでオルランド家の後継者夫人の地位を射止めたというのに。金づるである夫を失い、本邸を追い出された。
すべて、あのクソジジイとリーヴァリートのせいだ。
リーヴァリートとエメルネッタ、あの二人には絶対に、泣いて助けを請わせてやる。
バジーリアの浮かべた笑みは、禍々しいものだった。
***
月のない夜。ゴンドラに乗った六人の男たちが太いロープを伝い、オルランド本邸の二階にあるテラスから邸内に忍び込もうとしていた。
男たちはやっとの思いでテラスの欄干をつかみ、全員が大理石の床に立つ。
そのとたん、男たちはまばゆい光に照らされた。魔導灯の光だ。
突然の光に、男たちは思わず目をつぶる。複数の人間が駆け寄ってくる気配がした。
〝まずい〟と思ったときにはすでに遅く、彼らは攻撃を食らい、床に組み伏せられていた。
犯罪に手を染めているとはいえ、元々、本職の暗殺者でもないごろつきたちだ。手練れの手にかかれば、あっけなく制圧されてしまう。
みぞおちに攻撃を食らい、悶絶寸前になっていた男の一人が、髪をつかまれ、強制的に顔を上げさせられる。
目を開けた男の視界に入ったのは、魔導灯に照らされた輝く金髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ若者だった。若者が口を開く。
「誰に頼まれて、ここに侵入したのですか?」
若者の美しい目は鋭い。もしも答えを渋れば、この場で殺されてしまうのではないか――そんな恐怖を覚えた男はすぐに答えた。
「赤毛の女だ! 三十代くらいの、青い目をした高圧的な。立派な屋敷に住んでいた!」
「彼女の名前は? バジーリア・パトリツィア・ディ・オルランドではありませんか?」
「し、知らない! 教えてもらえなかった! 俺は、俺たちは金で雇われただけだ!」
「目的は?」
「オルランド家当主の婚約者をさらえと言われた。殺しさえしなければ好きにしていいと」
その言葉を聞いたとたん、若者の目が殺意を宿した。
「クズめ」
若者は男の頭をつかみ、大理石の床に叩きつけようとした。
「おーい、リヴァ、そんなことをしたら死んじまうかもしれん。お前が人殺しになったら、エメルネッタさんが悲しむぞ」
別の青年の声を聞いた若者は、ぴたりと手を止め、男の頭を離した。男はうんともすんとも言わない。どうやら、恐怖のあまり、失神してしまったようだ。
若者――リーヴァリートは、自身もごろつきの制圧に加わっていたアルマンドに目礼する。
「ありがとうございます、叔父上。奴らがエメルネッタさんに危害を加えるつもりだったことを知って、つい頭に血が上ってしまいました」
アルマンドは笑ってみせた。
「いやいや、俺でもクラリッサの身が危険にさらされたら、何をするかわからんよ。お前にも、それくらい大切な人ができたということだな」
「……そうなのでしょうか」
リーヴァリートは不思議な気持ちを抱きながら、ごろつきたちの制圧に加わっていた私兵たちの状況を確認する。ごろつきたちは全員が床に伸され、手首に魔道具の手錠を掛けられているところだった。
リーヴァリートは再度、アルマンドに目を向ける。
「黒幕はバジーリアで間違いなさそうですね。特徴が一致します」
「そのようだな。俺が捕まえた奴も、首謀者は赤毛で青い瞳をした、三十絡みの女だと言っていたよ」
五日前、リーヴァリートはバジーリアを退散させてすぐに、アルマンドに事の次第を報告した。
アルマンドはバジーリアが必ず復讐してくることを予想し、「何かが起こる」まで、リーヴァリートとともにオルランド邸を警備していたのだ。
リーヴァリートもアルマンドも、オルランド家の男子として、子どものころから実践的な武術を叩き込まれている。
とはいえ、もちろんリーヴァリートとエメルネッタは、少人数で街を出歩くことすら警戒していた。
短気なバジーリアのことだ。一週間以内には何かしら仕掛けてくるとは思っていたが、こうも早く、しかもすぐにこちらが気づくような侵入方法を選ぶとは、全く、ずさんとしか言いようがない。
リーヴァリートは、呆れてため息を一つついたあとで、アルマンドと目を合わせる。
「叔父上、この場の指揮はお願いできますか? わたしは一刻も早く、エメルネッタさんを安心させてあげたいのです」
「おう、行ってこい。お前もすっかり愛妻家だな」
「……まだ結婚していませんよ」
リーヴァリートはアルマンドに短く礼を付け加えると、室内に入り、階段を目指した。三階に上がり、エメルネッタの寝室の前に立つと、軽く深呼吸する。
おそらく肌着姿であろうエメルネッタを目にすることに緊張があったし、ひどいクズとはいえ、人に暴力を振るったあとに、彼女と会うことに罪悪感があった。
扉を三回ノックする。すぐにエメルネッタの返事が返ってきた。
リーヴァリートが扉を開けると、肌着の上に長い羽織物を肩にかけたエメルネッタが、すぐそこに立っていた。
ふわりとしたいい匂いが漂う。彼女は愛らしい顔に、ひどく心配そうな表情を浮かべていた。きっと、リーヴァリートに何か悪いことが起きていないか、不安でたまらなかったのだろう。
羽織物を着ているにもかかわらず、彼女の姿はとても無防備に見える。
リーヴァリートはどぎまぎしてしまい、すぐには口を開けずにいた。
先に沈黙を破ったのはエメルネッタだ。
「……リヴァさま、決着はついたのですか?」
「あ、はい」
リーヴァリートはなんとも間抜けに答えてしまった。彼女のような美しい存在がしゃべっていることが、このうえなく不思議に感じられたのだ。
(まるで、女神だ……)
彼女のことが神々しく感じられるのに、触れてみたいと思う。二律背反の感情に、リーヴァリートは戸惑った。
いや、それはともかく、何か言わなくては。彼女を安心させてあげたい。
焦ったリーヴァリートは、思わずこう言ってしまった。
「……あなたを守れてよかった」
「えっ!?」
エメルネッタは驚きを顔に浮かべたあとで、ほんのりと頬を赤く染めた。
可愛い。
そう思ってしまい、自分でもびっくりする。女性の仕草をそんなふうに感じたのは、生まれて初めてだった。
「――あ、ええと、バジーリアはあなたをさらおうと、手下を差し向けてきたのです。おそらくは、わたしたちへの復讐と脅迫のためでしょう。ですから、『あなたを守れてよかった』と言いました。すみません」
何がすみませんなのか、自分でもよくわからない。しかも、ものすごく言い訳がましい。エメルネッタは変に思ったのではないか。
恐る恐るエメルネッタの顔を見ると、彼女は「そういうことだったのですね!」と納得しつつも、残念そうな表情をしている。
(まずい。勘違いをされてしまっている……!)
いや、何が勘違いなのか。そもそも、改めて観察してみれば、彼女の態度はそこはかとなく、こちらに対してまんざらでもないように見える。
(これは……もしかして、押せばどうにかなるのか……?)
そう思ってしまい、リーヴァリートは硬直した。
今自分を襲っている現象は、俗に言うあれではないだろうか。つまり、恋とか愛とか、そういう……。
自分には無縁だと思っていた事態に呆然とするリーヴァリートに、エメルネッタが控えめに声をかけた。
「あの、リヴァさま、これからどうするおつもりですか?」
「……え? どうする、とは……?」
「バジーリアさまへの対処です」
「ああ……そちらですか」
恋に関してはからっきしだが、実務的なことなら得意だ。リーヴァリートは顔を引き締める。
「わたし自ら、バジーリアの住む別邸に赴こうと考えています。もちろん、捕らえた手下たちを連れて」




