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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第23話 バジーリアへの怒り

「新商品~新商品~と」


 自作した「新商品開発の歌」を口ずさみながら、わたしは次にオルランド商会で扱ってもらう予定の新商品の開発に勤しんでいた。

 今のところ、授業も兼ねてビアンキ先生が開発を手伝ってくれているけど、さしあたり助手は置かないつもりだ。


「その発明、どこで着想を得たのですか?」と聞かれても困るし。うん、前世で使っていた商品の再現だからね。元の商品と全く同じでないとはいえ、良心が痛むときもある。

 ビアンキ先生には最初から「わたしが製造しました」と開き直ってしまった勢いもあり、なんとか褒め言葉を受け流しているけど。


 商品の生産自体はオルランド商会の工房で行っており、わたしはときどき視察に行く程度だ。オルランド商会所属の優秀な錬金術師が統括してくれているので、なんの心配もない。おかげで、新商品の開発に集中できるというわけだ。

 そんなこんなで、わたしは今日も研究室に籠もっている。


「これ、売れるかな? 掃除は劇的に楽になると思うんだけど、貴夫人たちに刺さるかどうかがネックだなあ」


 今回は初期段階から、【魔法の布】の生産と並行して、リヴァさまに協力を仰いでいる。今は試作品に使う部品の一部を制作してもらっている段階だ。

 だからいろいろ相談したいけど、あいにく今日のリヴァさまは商会に出勤している。


「しょうがないか。職人さんの話だと、可動部と切れ込みの再現がネックなんだよね……。そうだ! 今までよりも細かいイメージ図を描けば、わかりやすく伝えられるかもしれない」


 アイデアを書き留めていた紙の横に、新商品の詳細なイメージ図を書いていく。ちなみに、家政学部で被服デザインの講義を受けていたこともあり、わたしの絵はそれなりだ。ちゃんと人が見て、理解できる。

 今のヴァルツィモアの写実的な絵画とは全然違うけど……。


 図を描いている途中のことだ。扉が切羽詰まったような速度でノックされたのは。

 返事をすると、現れたのはロミーナだった。いつも元気な彼女が、今は泣き出しそうな顔をしている。

 わたしは思わず尋ねた。


「ロミーナ、どうしたの?」

「実は……バジーリアさまが、お屋敷にいらっしゃったのです」


 話でしか聞いたことがない、リヴァさまの継母の名前を聞き、わたしは身が引き締まるのを感じた。


「対応はエルモがしているのかしら?」


 リヴァさまが信頼する、オルランド家の家令の名を出すと、ロミーナはコクリとうなずく。


「はい……。一度、門番が追い返そうとしたようなのですが、脅迫に近いことを言われ、とりあえず一階ホールに上げることになったそうです。旦那さまがご不在なので、エルモさまが応対に当たっています。ですが、旦那さまがいらっしゃらないことをいくら説明しても、バジーリアさまは帰ってくださらなくて……さすがのエルモさまでもらちが明かないようで、他の使用人たちも困り果てています」

「もしかして……わたしを出すようにおっしゃっているの?」


 ロミーナは申し訳なさそうに答えた。


「はい……」


 アルマンドさまからバジーリアについて詳しく教えてもらった日から、うすうすそんな予感はしていた。

 バジーリアは本邸から追い出されたことで、リヴァさまを恨んでいるという。そして、彼の婚約者であるわたしにも、おそらく敵意を抱いている。


 そりゃあ、できることなら顔を合わせたくない。まだ幼かったリヴァさまを苦しめ、女性不信にまでした張本人だ。

 だけど、彼女の目的がわたしに会うことなのだとしたら、使用人たちのためにも、わたし自身が前に出なければならない。


 契約結婚の相手とはいえ、わたしはリヴァさまの婚約者なのだから。

 わたしは決意を込め、ロミーナに声をかける。


「わたしが応対するわ。案内してちょうだい」

「はい……!」


 わたしはロミーナに案内され、一階ホールに向かった。階段を下りていくと、もめているようなエルモの声が聞こえてくる。


「ですから、あなたさまがお越しになってもエメルネッタさまには会わせないように、と旦那さまから仰せつかっております。お引き取りください」

「家令ごときが偉そうに! 何度も言わせないで。わたしはそのエメルネッタとやらに会いに、わざわざ来てあげたのよ。さっさとわたしを二階に通しなさい!」

「わたくしがエメルネッタです」


 階段を下りきったわたしが静かに声をかけると、他の使用人たちとともに、エルモがハッと振り向いた。彼は家令としては若く、三十一歳なのだけど、今は二十代の青年に見えてしまうくらい動揺している。


「エメルネッタさま……」


 わたしはエルモを手で制し、バジーリアと思しき女性に向き直る。印象的な長い赤毛と青い瞳、ザイラと同じくらいの身長の、すらりとした美しい女性だ。

 年齢は三十九歳だと聞いているけど、三十過ぎくらいに見える。よほど美容に気を遣っているのだろう。


 自慢にしているであろう容姿を維持できるだけのお金を出しているのは、継子のリヴァさまのはずだ。それなのに、リヴァさまに感謝するどころか恨んでいるだなんて信じられない。

 わたしのバジーリアへの心証は最悪だったが、彼女のほうもわたしにいい印象は抱かなかったようだ。


「あの可愛くないリーヴァリートが選んだというから、どんな女かと思えば……背も低いし、顔だけで深みが感じられないわね。そう、リーヴァリートはこういうが好みだったの。趣味が悪いわあ」


 いきなりなんなんだ、この人。失礼すぎる。

 確かに実家のメイドだったときは、こういう態度にも慣れっこだった。でも、今のわたしはリヴァさまをはじめとした館の皆に大切にしてもらっている。怒りが湧いてくる今のほうが正常なのだ。


「本日はわたくしに何用でしょう?」


 わたしが怒りを抑えて尋ねると、バジーリアはフンと鼻を鳴らした。


「質問する前にお辞儀しなさいよ。わたしはあなたの義母になる女性よ」


 わたしはできるだけ冷たい声で応えた。


「お断りいたします。わたくしはリーヴァリートさまの婚約者です。そのリーヴァリートさまをお母君として慈しむわけでもなく、かえって粗雑に扱ってきた女性に、向ける敬意は持ち合わせておりません」


 これにはバジーリアも怒りを覚えたようだ。


「何よ! そちらが一向に挨拶に来ないから、こちらから出向いてあげたと思えば……!」

「リーヴァリートさまが、『挨拶する必要はない』とご判断なさったのでしょう。わたくしもその必要はなかったと確信いたしました。どうぞお帰りください」

「生意気な小娘ね! 昔、リーヴァリートにしてあげたようにひっぱたいてあげるわ!」


 まだ子どもだったリヴァさまを殴った……? あの、暴力とは無縁の優しい彼を?


 わたしはカッとなって、手を上げようとするバジーリアにつかみかかろうとした。体格ではこちらが不利だけど、全く恐怖は湧いてこなかった。

 こちとら、十年以上もメイドをしてきたのだ。体力だったら、絶対に負けない。

 わたしが初めて暴力に抵抗しようと決めたそのとき。


 来客を知らせるベルがチリンチリンと鳴り響く。わたしもバジーリアも攻撃の手を止め、水門の方を見た。

 門番が水門についている格子の小窓から外を確認し、すぐに両開きの扉を開ける。

 水辺玄関に上がってきたのは、商会にいるはずのリヴァさまだった。


「何をしているのですか」


 よく通る低い美声。彼は早足で歩いてくると、わたしとバジーリアの間に割って入る。わたしをかばうようにして、バジーリアの方を向いた。


「本邸には一切出入りするな、と先代から言いつけられているはずですが……もしかしてお忘れですか?」

「そ、そんなこと、あの耄碌もうろくしたじいさんが言っていたことじゃない! 死んだ人間の言いつけなんて、守る必要ないわ!」


 おじいさまを罵倒されたリヴァさまの肩が、一瞬震える。

 次に発せられたリヴァさまの声は、氷のように冷たかった。


「……さすが、血筋だけが取り柄の貧乏貴族出身ですね。本当に品がない。そんなあなたを後妻に据えた父の愚かさに、ほとほと呆れてしまいますよ。いいですか、二度と我が家の門を潜らないでください。もし、約束を破った場合、あらゆる手を使って徹底的にあなたを潰します」


 リヴァさまがどんな顔をしてそう言ったのかは、わたしには見えなかったけど、きっと相当恐ろしい形相だったのだろう。バジーリアが「ひっ」と引きつった声を出したから。

 バジーリアは後ろに控えていた従者を引き連れて、「覚えていなさいよ!」と捨てゼリフを叫ぶ。


 先ほどからハラハラしながら様子を見守っていた門番が、嬉々(きき)として両開きの扉を開ける。

 バジーリアたちは逃げるように館から去っていった。

 その光景を見届けたリヴァさまがこちらを向く。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。リヴァさまが駆けつけてくれましたから。あの、ところで、どうしてここに? お仕事はどうしたのですか?」


「ああ」とリヴァさまはニコッとした。いつもの彼の様子に安心してしまう。


「使用人が伝書鳩を飛ばして、わたしに連絡をくれたのです。わたしが商会にいる間に館で何か緊急事態が起きた場合、そうするようにあらかじめ決めているのですよ」


 そういえば、館の中庭には鳩舎があって、伝書鳩を飼育している。なるほど、こういう場合に備えているのね。


「ですが、エメルさんがバジーリアと相対していることは手紙に書かれていなかったので、帰ってきたときは驚きました。使用人たちを守ってくれたのですよね。ありがとうございます」


 柔らかい表情でリヴァさまにそう言われ、わたしは照れてしまった。


「いえ……わたしは一応……リヴァさまの婚約者ですし。こちらこそ、駆けつけてくれてありがとうございます」


 リヴァさまは目をみはったあとで、優しくほほえんだ。


「もう二度と、危険な目には遭わせませんから」


 わたしはますます照れてしまい、繰り返しもごもごとお礼を言った。

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