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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第21話 売れ行き

 ビアンキ先生に教わるようになってから、わたしは彼女の知恵も借りて、オルランド商会で取り扱ってもらいたい新商品の開発を進めていった。

 ビアンキ先生はリヴァさまが言っていたとおり、優秀な錬金術師だった。しかも商人ギルドに所属しているだけあって、商品へのアドバイスも的確だ。

 そして二週間後、新商品は完成した。


「で、出来たー!!」


 わたしは蓋つきのガラスの容器に入った()()を感慨深く見つめる。

 クエン酸が染み込ませてある、畳まれたリネンの布。

 そう、お掃除シートだ。もう一つの容器には、セスキ炭酸ソーダを染み込ませた布も入っている。


 早速リヴァさまに見せなくちゃ。

 わたしは侍女見習いになったロミーナと、リヴァさまがわたしのために採用してくれた侍女の一人に容器を持ってもらい、階段を下りて二階の書斎に足を運んだ。


 ロミーナは侍女見習いになったので、今はメイド服ではなく、オルランド家が侍女用に用意したウール製のガウンに身を包んでいる。いわば侍女の制服だ。胸元には見習いを意味する、花のつぼみのブローチが光っていた。


 ノックのあと、リヴァさまの返事を待つ。扉は侍女が開けてくれるので、お礼を言って書斎の中に入る。

 書類から顔を上げたリヴァさまは、わたしを確認するとニコッとする。


「エメルさん、どうしました?」

「お仕事中、すみません。実は、どうしても早くリヴァさまに見てもらいたいものがあって……」


 わたしはロミーナと侍女に目配せする。二人は主人に対する礼をリヴァさまにしたあとで、ガラスの容器を彼の机の上にコトリと置いた。


「それでは、わたくしたちは控え室におりますので」

「ありがとう、あとで呼びますね」


 侍女たちを見送ったわたしは、リヴァさまの机の前に立つ。


「実は、この二点を商品化して、オルランド商会で取り扱ってもらいたいのです」


 リヴァさまは興味深そうに聞いた。


「蓋を開けても?」

「はい」


 蓋を開けたリヴァさまはお掃除シートを見て首をかしげる。


「これは、どういった用途のものですか?」

「液体にした【魔法の粉】を、あらかじめ布に染み込ませたものです。こちらが水場やトイレの掃除用、こちらが油汚れなどの掃除用。粉を液体にしてから布に染み込ませるよりも、簡単にお掃除できます。容器に入れているのは乾燥を防ぐためです。使うのは使用人ですが、容器や布のデザイン次第で、貴族や富裕層も購入してくれるかと思います」


 よく、容器や箱が素敵だと、中身を使い終わったあとも取っておいてコレクションする人がいるけど、そういう層にも訴えかけられるはずだ。


「なるほど……容器を工夫すれば、貴族受けもよさそうですし、むしろ容器のためだけに購入する層もいそうですね。布に香料で匂いをつけるのもよいですし、オルランド商会の紋章の刺繍を入れてもよいかもしれません。基本は使い捨てでしょうが、使用済みの布や乾燥してしまった布を回収して、また薬液を染み込ませるサービスも行えば、下級貴族や裕福な市民層にも需要がありそうです」


 さすがリヴァさま。今見たばかりの製品をどういうふうに商品化したらいいか、すらすらと述べるなんて。

 感心しながらも、わたしは緊張とともにリヴァさまのエメラルドグリーンの瞳を見つめる。


「いかがでしょう? リヴァさまの目から見て、これらは商品になりそうでしょうか?」


 リヴァさまは知的な笑みを浮かべ、うなずく。


「もちろんです。取り扱い上の注意点も聞かせてください。それから、エメルさんをオルランド商会に所属する錬金術師として、商人ギルドに登録したほうがよいでしょう」

「え!? わたしがビアンキ先生と同列の錬金術師に!?」

「これだけオリジナリティーのある製品を開発できるのです。未登録のままだと、十中八九引き抜きにあいますよ。それはわたしとしても困りますし、エメルさんも迷惑でしょう?」


 わたしはリヴァさまへの恩返しがしたくて、お掃除シートを開発したのだ。下手に錬金術師として注目されて面倒事に巻き込まれるのは、御免被る。

 わたしはしっかりと首を縦に振る。


「はい」

「では、これらの商品化と同時に、手続きを進めましょう」


 わたしはリヴァさまの勧めに従い、後日、ヴァルツィモア市内の商人ギルドに赴き、オルランド商会に所属する錬金術師としての登録を済ませた。

 完全に趣味で研究していたとはいえ、本物の錬金術師として認められると、やっぱり感動する。それに、これで公式にリヴァさまのお役に立てるわけだし。


 リヴァさまはわたしと相談しつつ、お掃除シートの商品化を進めてくれた。

 クエン酸シートとセスキ炭酸ソーダシートの両方を売り出すことが正式に決まり、ホッと胸をなで下ろす。


 お掃除シート本体は、オルランド商会の紋章の刺繍が施されたリネンの布。容器はヴァルツィモアでも生産が盛んな、陶器製のものとガラス製のもの、二種類を用意した。全体的なデザインもすごくおしゃれだ。

 名前は【汚れが落ちる魔法の布】に決まった。


 実際に商品を使う使用人は文字が読めない人も多いので、オルランド商会の社員たちには、営業先のお宅にしっかりと使用法に関する注意事項を説明してもらい、上級使用人用の注意書きも添えてもらった。

 間違った使い方をして大理石の床などが変色したとしても、オルランド商会が責任を追及されないためでもある。


 そんなこんなで、リヴァさまに製品を見せてから三か月が過ぎた。

 その間にリヴァさまの二十一歳を祝うお誕生日会も、アルマンドさまとその奥方・クラリッサさまを招き、オルランド邸で行われた。わたしとリヴァさまの年齢差は三歳になった。


 オルランド商会の錬金術師となったわたしは、お給料でリヴァさまに黒いベルベット製の帽子を贈った。リヴァさまはうれしそうに受け取ってくれ、出社するときにもかぶってくれている。


 その日、わたしはリヴァさまからの知らせを待っていた。発売されてから二週間、【汚れが落ちる魔法の布】がどの程度売れたかの知らせだ。

 夜に帰宅したリヴァさまを一階ホールで出迎える。

 リヴァさまはわたしを見るなり、笑顔になった。


「やりましたよ、エメルさん。売れ行きは好調です。予約分だけでも感触はよかったので、あまり心配はしていなかったのですが、予想どおり貴夫人に好評ですよ。これからも【魔法の布】を生産していきましょう」


 わたしは両手で握り拳を作り、天に突き上げた。


「やったー!!!」


 そのあとで淑女らしからぬ挙動にハッとする。


「あ……申し訳ありません」


 リヴァさまは驚いていたようだけど、すぐにくすりと笑った。


「いえ、エメルさんは開発者ですからね。喜びが大きくて当然です」

「リヴァさまの商品プロデュースと販売促進のおかげです。本当にありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらのほうですよ。今は本島でしか販売していませんが、近いうちに陸上領土テッラフェルマでも販売予定ですし、いずれ外国に輸出してもいいかもしれません」


 うれしすぎて、言われていることが頭に入ってこない。リヴァさまはそんなわたしに、穏やかなよく通る声で言った。


「これからも、婚約者として、ビジネスパートナーとして、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……」


 リヴァさまはよく「夫婦は対等」と言ってくれるけど、これで、本当の意味で彼と対等になれたような気がする。

 そう思うと、じんわりとした幸せが胸にしみた。

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