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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第19話 家庭教師の錬金術師(前編)

 リヴァさまが用意してくれた研究室は、四階にある空き部屋だった。三階の自室から階段を上り下りする手間はあるけど、部屋を用意してくれるだけありがたいし、広さも十分だ。


「将来、三階に用意する予定の子ども部屋からは離れていたほうがいいでしょう。錬金術に使用する薬品は危険なものも多いでしょうから」


 というリヴァさまの意見はもっともだ。

 将来迎える予定の子どもがわたしたちの実子でないことだけが残念……は! 何を考えているんだろう、わたし!


 話を戻そう。しかもリヴァさまは実験器具費や材料費まで出してくれた。というか、錬金術の器具や素材を取り扱っている商人を直接館に呼んで、わたしに品物を選ばせてくれた。さすが名家の当主。


 わたしは喜んで、ずっと憧れていた錬金釜や【天の息吹】を送るために使う、気送管と呼ばれる器具、ガラス製の実験器具、使用人たちが普段使いするクエン酸や重曹などの素材、前から作ってみたかった物質の素材などを選ばせてもらった。


 ただ、【天の息吹】を作る業者だけは以前お世話になったワイナリーを指名させてもらい、必要なときはそちらに直接出向いている。わたしをラヴィトラーノ家のメイドだと思い込んでいたワイナリーの皆さんはびっくり仰天していた。


 そうやって研究に勤しんでいると、あっという間に一週間が過ぎた。

 その日、わたしはオルランド商会で扱ってもらいたい新商品の研究をしていた。


「うーん、問題は何で密閉するかだなあ。ガラス? それとも陶器? こればっかりはリヴァさまの力が必要だわ……」


 実験器具に囲まれながらうんうんうなる。研究室の扉を叩く音がしたのは、そんなときだ。

 返事をすると、リヴァさまが現れる。


「リヴァさま! 呼んでくれさえすれば、お部屋に行きましたのに」

「呼びつけるだなんて……妻と夫は対等でしょう? それに、あなたの研究の様子が見てみたかったもので」


 これは……前世のネットスラングでいう「ぐう聖」というやつでは? 皆さん、わたしの未来の旦那さまは、まごうことなき聖人です。

 リヴァさまはわたしのそばまで近づいてくると、「刺激の強い薬品を使う際は、気をつけてくださいね」と言ってくれた。聖人!


「ところで、あなたの錬金術の家庭教師が見つかりましたよ。名前はベレニーチェ・ビアンキ。名門リッカーレ大学で学んだ商人ギルド所属の女性です」


 わたしはちょっとびっくりした。


「あ、女性なのですね! 女性の錬金術師はまだ少ないと聞いていましたが」

「あなたは脇が甘いところがあるので、二人きりにするなら、女性のほうがいいと思いました」


 リヴァさまは真顔だ。わたしは意味がわからず、きょとんとしてしまう。


「え、どういう意味でしょう……?」

「……失言です。忘れてください」


 リヴァさまの顔がほんのり赤いような……? 見間違いかな?


「話を戻しましょう。ベレニーチェ・ビアンキさんはまだ二十五歳なので、エメルさんも話しやすいかと思います」

「そこまで気遣ってくれて、ありがとうございます。ところで、ビアンキさんは商人ギルドに所属していらっしゃるのですね。わたし、錬金術師は錬金術師ギルドに所属するものだとばかり思っていました」

「商人ギルドに所属する商人の顧問を務めたり、技術提供を行ったりするような錬金術師は、商人ギルドに所属していることが多いのです。同じ理由で魔道具師や魔術師も、商人ギルドに所属する者がいますね。ビアンキさんもそれだけ優秀な錬金術師だということです」


「そんなに優秀な方に教わるだなんて、恐れ多いです。わたし、実家で家庭教師に教わっていたのは、母が生きていた六歳のころまでですよ……?」

「【魔法の粉】を独学で製造したエメルさんなら大丈夫ですよ。それに、礼法や一般教養も今現在、学んでいる最中でしょう? どこからどう見ても、立派な令嬢です」


 そう言ってもらえると、すごくうれしい。リヴァさまは錬金術以外の家庭教師も探してきて、わたしにつけてくれているのよね。令嬢とメイドでは礼法も違うから、本当にありがたい。


「ビアンキさんは三日後に我が家を訪れてくださるそうです。楽しみにしていてください」


 わたしは胸を高鳴らせながら、リヴァさまが伝えてくれたその日を待った。

 三日後、わたしとリヴァさまは訪れたビアンキ先生を、そろって二階の玄関ホールで出迎えた。


「リーヴァリート卿、エメルネッタ嬢、このたびはお招きいただきありがとう存じます。わたくしを家庭教師にお選びくださり、大変光栄に存じます」


 淑女の礼とともにそう挨拶したビアンキ先生は、一つに束ねたベージュブロンドの長い髪と灰色の瞳が印象的なきれいな人だ。


 先生とは身分差があるので、こちらはお辞儀はせず、目礼を返す。そのあとで、わたしはちらりとリヴァさまの顔を見上げる。口元は笑みの形になっている。でも、エメラルドグリーンの瞳はちっとも笑っていない。

 普段話していると忘れてしまうけど、リヴァさまはやっぱり女性不信で、若い女性が苦手なんだろうと思う。


「本日はよくお越しくださいました」

「楽しみにしておりましたのよ」


 リヴァさまと二人で歓迎の言葉を述べたあとは、三人で研究室へと向かう。研究室の扉の前で、リヴァさまは「それでは婚約者をよろしくお願いいたします」とビアンキ先生に言い残し、去っていった。改めて人前で言われると照れるなあ。


 わたしとビアンキ先生は研究室に入った。

 ぐるりと室内を見回したビアンキ先生は、使用感のある実験器具を見つけると、変な顔をした。


「エメルネッタさま、わたくしはあなたさまに基礎をお教えするものとばかり存じておりましたが、すでに実験をなさっていらっしゃるのでしょうか?」

「はい。独学で錬金術を学び、実験もしています。ところで、ビアンキ先生、そこまでかしこまらなくても構いませんよ。確かにわたしはリーヴァリートさまの婚約者ですが、あくまで教えていただく立場ですので」

「さようでございますか。独自に実験をなさるくらいのレベル……」


 ビアンキ先生は考え込んでいる。困ったなあ。いったん気になりだすと、自分が強い興味をかれている言葉しか耳に入ってこないタイプみたいだ。

 ビアンキ先生は完成した物質が入れてある容器の前まで歩いていくと、興味深そうに尋ねる。


「こちらは完成した物質でしょうか? どのようなものを作っていらっしゃるのか教えていただけますか?」

「左から、クエン酸・重曹・セスキ炭酸ソーダです」

「重曹もセスキ炭酸ソーダも、トロナ鉱石を原料にしたものが売られていますが……別の方法でお作りになったということでしょうか? クエン酸は聞いたことがない物質でございますね」


 さすがリヴァさまが探してくれた錬金術師。知識が豊富だ。

 初対面の人に言ってもいいのかな? とは思ったけど、彼女は私の錬金術の先生なので、話しておくべきだろう。


「実は三種類共、わたしが研究し、作りました。クエン酸に関しては……たぶん発見も」

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