第17話 家事便利グッズ
「エメルネッタさま、今朝、先輩メイドたちに【魔法の粉】が残り少ないので、できれば新しいものが欲しい旨を言づかりました」
ロミーナにそう伝えられ、レモンバームティーを飲みながら、わたしは「そうなのね」と砕けた口調で応答する。ロミーナにそうしてほしいと懇願されたからだ。
ロミーナは素直で可愛い。妹がいたら、こんな感じかな?
「いろいろな部署で使ってほしいと言えば、すぐになくなってしまうわよね」
お掃除便利グッズの総量は十分に余裕があったはずだが、それだけ皆が気に入ってくれたということだろう。
ということは、クエン酸や重曹を新しく作らなければならない。
錬金術を使うための道具が必要だ。実家にいたときは、いらなくなった台所道具をもらって作っていたけど、可能ならビーカーやフラスコが欲しい。
それに、この世界ならではの、竈がなくても火を使える魔道具・錬金釜なんかも使ってみたい。錬金釜はガスコンロやアルコールランプのようなものらしい。この世界の錬金術って、理科の実験の延長みたいなものだからね。
実家では火が欲しいとき、早朝か深夜の厨房を使わせてもらっていたから、錬金釜はぜひ欲しい。
ただし、この世界にしかないような不思議な素材を使うのが、前世の歴史に存在した錬金術とは違うところだ。
例えば、【月の雫】や【マンドラゴラの根】【ユニコーンの角】【有翼獅子の羽根】なんかがそうだ。
前世だと【ユニコーンの角】だとされていたものは、実際はイッカクの角というか牙だったそうだけど、この世界には本物のユニコーンがいるらしい。まあ、有翼獅子が実在する世界だしね。
魔道具なんかも、そういう不思議アイテムを使って作るんだとか。魔道具を作るのは錬金術師じゃなくて、魔術を学んだ魔道具師なんだけどね。この世界でも錬金術師は化学者に近い。
重曹・セスキ炭酸ソーダなんかは、それほど入手困難な材料を使わなくても作れたので、そこは助かった。
ただ、クエン酸を作るには大量のレモン、それに石灰と硫酸が、重曹を作るには海藻灰と二酸化炭素が必要だ。仕方なく、家令のコスタンツォに無理を言ってそろえてもらった。
二酸化炭素はワインやビールの発酵槽から出るガスを集めたもので、【天の息吹】と呼ばれる。
化学系の物質は、錬金術師御用達のお店に行くと売っているのだ。
重曹とセスキ炭酸ソーダの原料であるトロナ鉱石も売っていた。もちろん粉末状にしたものも。ただ、輸入品だからちょっと高価だ。そんなわけで、クエン酸を作るついでだと思い、わたしは自分で作ることにしたのだった。
ちなみに、【天の息吹】はガラス瓶に詰められて売っているが、重曹を作るためには大量に必要だ。だから、どのように入手するか、それに、どのようにガスを導くかが苦労のしどころだった。
この国には、錬金術で【天の息吹】を使うときに使用する気送管という器具があるものの、とても高価で手が出なかったのだ。
いろいろ試行錯誤した結果、コスタンツォの知り合いのワイナリーと話をつけ、発酵槽のガスを分けてもらうことで解決した。
ガスを導くために使ったパイプは銅製のもので、ワイナリーが販売用の【天の息吹】を瓶に詰めるときに使っているものだそうだ。
お礼に重曹の完成品を渡すと喜んでくれるので、わたしがオルランド家に来るまで、そのワイナリーとは持ちつ持たれつでお世話になった。
「お嬢さまは無給で働いていらっしゃいますからね。これくらいの手助けはさせてください」と言ってくれたコスタンツォ。
元気かなあ……。
道具の購入には、リヴァさまから頂いているお小遣いを使えばいいとして、部屋はどうしようかな? 今わたしがお茶を飲んでいる奥の間を使っちゃう? あ、でも、道具を置きっぱなしだと本来の用途で使えなくなる。
奥の間は本来、わたし個人のお客さまを招くための部屋だ。今現在は礼法などの授業を受けるときに使っており、招くような友人はいない。
だからといってここに錬金術の実験道具が置いてあるのは、オルランド家の奥方としてどうなんだろう、と思う。
家具も実験で変色してもいいようなものが欲しいし。
リヴァさまに、部屋を一室貸してもらえないか頼んでみようかな?
そうなると、リヴァさまにわたしが錬金術を使えることを話さなければならない。
彼がどんな反応を示すのか想像してみると、怖くもあるし、楽しみでもある。
リヴァさまとは、食事のときに話したり、一緒に動物たちの世話をしたりするものの、四六時中一緒にいるわけではない。
それでも彼の人柄は伝わってくるし、心労を重ねながらも育ててくれた祖父母に報いようと努力し、今でも当主として、商会長として頑張っている。
リヴァさまは誠実なうえ努力家で、思いやりのある人だ。
リヴァさまなら、話してもきっと大丈夫。
わたしがいろいろなことを考えていると、ロミーナが遠慮がちに唇を開いた。
「……エメルネッタさま、【魔法の粉】以外のものはお作りにならないのですか?」
「え? そうね……実家では使える材料が限られていたけれど、頂いているお小遣いを使えば、もっといろいろなものが作れるわね……」
どうせなら、実家では無理だった家事便利グッズに挑戦してみようかな?
使用人たちの仕事がもっと効率化すれば、リヴァさまへの恩返しにもなるし。
ん? 恩返し?
どうせ恩返しをするなら、オルランド商会で取り扱う商品になりそうなものを作ってみては?
クエン酸なんかも前世で売っていたものだし、商品にはなるだろうけど、裕福な女性向けの商品を扱っているオルランド商会には不向きだ。
実際は使用人が使うことになるにしても、富裕層の奥さま方が喜んでお金を出しそうなもの……。
うーん、自分一人で考えていても、なかなか考えがまとまりそうにない。
わたしはロミーナをじっと見つめた。
「ロミーナ、元掃除係として『こういうものがあれば便利だろうな』と思った家事用品はない?」
「え、ええ……? そうですね。いちいち雑巾を絞るのが面倒だな……とは思ったことがありますが……いざアイデアを出すとなると……」
「十分よ。雑巾を洗って絞るのは、確かに手間よね。特に冬場は手が荒れるし。よし!」
わたしはレモンバームティーを飲み終え、椅子から立ち上がった。ロミーナは目を瞬いている。
「今からメイドの詰め所に行くわ。みんなの意見が聞きたいの」
「お、お供いたします!」
早速、わたしはロミーナとともに、一階にあるメイドの詰め所に移動した。
需要のある【魔法の粉】も補充する予定だけど、さらに業務を改善するために、別の品も用意したい旨をメイドたちに伝え、何かいいアイデアはないか聞いていく。
「クエン酸? という【魔法の粉】をいちいち水に溶いて使うのが、手間といえば手間です」
「あれを拭き掃除に使う場合、雑巾にひたして絞るのも手間ですね。手袋をはめて雑巾を絞っても意味がありませんし、手が荒れやすい人には勧められません」
この国には、まだビニール手袋がないものね。ビニール手袋を作るのもいいかもしれないけど、富裕層の奥さま方には売れないような気がする。
しかし、ロミーナも皆も結構家事の手間を気にしているのね。一手間かかるところが味わい深いのに……。
ただ、仕事で家事をしていると、どうしても時間に追われるし、効率を重視するというのもわかる。わたしも前世と現世で、家事を仕事にしていたわけだから。
前世でも、時短グッズは人気があった。すでに水に溶いた状態で売っているクエン酸スプレーとか、セスキ炭酸ソーダスプレーとか。前世の現代人は時間に追われていたものね。
……ん? 時短グッズ!?
「そうか! それがいいわ!」
わたしが思わず叫ぶと、ロミーナやメイドたちがぎょっとしてこちらに注目する。
彼女たちに説明する間も惜しくて、わたしは即座に詰め所の扉に向かった。
善は急げ。実験部屋を用意してもらえるよう、リヴァさまに掛け合わないと。
これなら、きっと売れる!




