第13話 波(リーヴァリート視点)
リーヴァリートは、メイドたちに囲まれて楽しそうに話すエメルネッタの様子を、詰め所の扉の隙間から見ていた。
はたから見れば怪しい人だが、エメルネッタが使用人たちとうまくいっているのか、ずっと気になっていたのだから仕方ない。
自分がその仲立ちをしようかと考えもした。
しかし、もうその必要はなさそうだ。どういう経緯でそうなったのかまでは知る由もないが、エメルネッタはメイドたちとうまくやっているようだから。
(エメルさんは周りを明るくする女性だ)
生育歴のせい、というより本人の資質のせいか、「貴族令嬢なのに家事が好き」という一風変わったところはあるものの、性格はまっすぐだ。一緒にいると、どこか癒やされるような雰囲気も持ち合わせている。
(彼女をラヴィトラーノ家から保護できて、本当によかった)
エメルネッタがあの継母たちに尊厳をズタズタに引き裂かれる前に、出会えてよかった。あの笑顔が曇らずに済んで、心から安堵してしまう。
リーヴァリートはそっと詰め所の扉を閉めると、踵を返して歩き出した。居間に入り、長椅子に座る。卓上のベルを鳴らして執事を呼び、カモミールティーを持ってきてもらう。
お茶を飲みながら、リーヴァリートはふと考えた。
(不思議だ。女性不信のわたしが、エメルさんには隔意を抱いていない……)
むしろ、一緒にいると安心感さえ覚えてしまう。
祖母や乳母といるときが、こんな感じだったような気がする。
いや、祖母や乳母と同列に扱うことは、まだ十代のエメルネッタに対して失礼では?
そんなことを考えていると、ノックのあとに家令のエルモ・ディ・ジョヴァンニが入室してきた。
「旦那さま、アルマンドさまがおいでになりました」
「こちらにお通ししてください」
叔父は用の有無にかかわらず、こうしてふらりと館を訪れる。今日も自分と話すために来たのかもしれない。
数分後、叔父・アルマンドが居間に現れた。
「よお、リヴァ。どうだい、新婚生活は?」
「まだ結婚していませんよ」
リーヴァリートが即座に突っ込みを入れると、アルマンドはハニーブロンドの長い髪を揺らしながら笑う。
「はは。契約結婚とはいえ、対等な女性がそばにいる生活は、なかなか悪くないだろう?」
この叔父は結婚してからというもの、会うたびに結婚の素晴らしさを説いてくるからやっかいだ。基本は善良で、夫婦共に自分を気遣ってくれるので、適当に返事しつつ聞き流してはいるが。
リーヴァリートはため息をつく。
「まだ一緒に暮らすようになって数日ですよ。契約結婚前提ですから、甘い生活とは無縁ですし」
「新婚一週間が人生で一番楽しい時期だぞ」
「知りませんよ。大体、まだ結婚はしていないと言っているでしょう。エメルネッタさんに変なことは吹き込まないでくださいよ」
彼女のことを愛称で呼んでいることがバレたら、また面倒事を言われそうなので、隠すことにする。
アルマンドはほほえましいものでも見るように笑ったあとで、ふと真顔になる。
「変なことは吹き込まないが、必要とあらばオルランド家の事情を話すこともあるだろう。リヴァ、お前、エメルネッタさんにあの性悪女のことは話したのか?」
アルマンドは基本的に女性に対しては紳士だ。その彼が「性悪女」と呼ぶのは一人しかいない。
バジーリア・パトリツィア・ディ・オルランド――リーヴァリートの継母に当たる女性だ。
リーヴァリートは無意識のうちに眉間にしわが寄るのを感じた。エメルネッタからバジーリアに話題が切り替わったことに、不快さを禁じ得なかった。
「……まだ話していませんよ。言うには早すぎます」
「話しておいたほうがいい。お前が婚約したと聞きつけて、いつあの性悪女が館に突撃してこないともかぎらない。あの女、お前の幸せが大嫌いだからな」
「……わかっていますよ」
「頭で理解するのと腑に落ちるのは、また別の話だろ。お前が話さないのなら、俺が話す」
エメルネッタが自分の過去を聞いたら、どう思うのだろう。彼女のことだから、こちらを必要以上に哀れんだりすることはないだろうが……。
そう考えても、なかなか「いいですよ」と許可を出す気にはなれなかった。
アルマンドはサファイア色の瞳に真摯な光を込めてこちらを見つめていたが、不意に諭すような表情になる。
「なあ、リヴァ。お前はエメルネッタさんと婚約したんだ。彼女はラヴィトラーノ家から大切にされていないし、あの性悪女のような潜在的な敵もいる。なら、お前がエメルネッタさんを守ってやらなきゃならないだろう。気持ち的には対等でも、権力や腕っぷしはリヴァのほうが強いんだからな」
その言葉を聞いて、リーヴァリートはハッとした。
気持ちを落ち着け、冷静になるために深呼吸する。どうも、バジーリアの名前を出され、無意識のうちに意固地になっていたようだ。
(……そうだ。大事なのはエメルさんが平穏に暮らしていけることだ。わたしとあの女の確執を聞くことで、エメルさんが自衛でき、なおかつ彼女を守るというわたしの覚悟が決まるのなら、それに越したことはない)
リーヴァリートは口を開いた。
「わかりました。叔父上のおっしゃるとおりです。エメルネッタさんに話してください」
「うん、今日にでもそうしておく。よく決心してくれたな。偉いぞ、リヴァ」
「まだ一人前ではないとはいえ、子ども扱いはやめてください」
そう軽口で応えつつも、リーヴァリートは自身をふがいなく思っていた。
(本来なら、わたしの口から言うべきことなのに……)
その代わり、エメルネッタのことは必ず守りきろう。それが、彼女を保護すると決めた自分の責任なのだから。




