第12話 わたしにできること、わたしにしかできないこと
一人で考え続けた結果、わたしはある結論を出した。
家事をすることは、この館でのわたしの役目ではない。
寂しさはあるけど、家事は趣味としてストレスがたまったときにでも、リヴァさまに頼み込んでさせてもらえばいい。
わたしはリヴァさまに救われた。
それなら、これからは彼に恩返しをしていく方向で動くべきだ。
だからといって、奥さまらしく使用人たちに指示を出すだけ、というのもわたしらしくない。
ならば、彼らをバックアップするべきでは?
幸い、わたしには実家から持ち出したお掃除便利グッズがある。まずは、これらを掃除係メイドたちに使ってもらってはどうだろう。
そう考えたわたしは、早速寝室に戻り、鍵つきの引き出しにしまっておいた革袋を取り出した。
「掃除が楽になる粉、ですか?」
メイドの詰め所に赴いたわたしは、掃除係メイドたちを見つけると、すかさず声をかけ、革袋を指し示した。
彼女たちは疑わしそうな顔をしている。
これは相当わたしへの心証が悪いらしい。ロミーナだけは彼女たちから少し距離を取りつつも、興味津々な表情をしてくれた。
「だまされたと思って使ってみてください。見返りはいりませんので」
わたしがさらに勧めても、掃除係メイドたちは顔を見合わせている。うう、嫌がられてるなあ。
「エメルネッタさま、それはどうやって使うのですか?」
少し離れた所から、わたしたちの様子をうかがっていたロミーナが近づいてきて質問してくれた。わたしはここぞとばかりに、まずはクエン酸の入った革袋を指す。
「こちらは水場のぬめりやトイレの汚れ、石鹸カスなどを落とすのに向いている粉です。コップ一杯分くらいの水にティースプーン一杯分くらいを溶かして使ってください。手が荒れやすい人にとっては刺激になるので、手袋をして使ったほうがいいかもしれません」
「便利そうですね! 他にもあるのですか?」
「はい。こちらも同じように水に溶かして使うのですが、油汚れや皮脂に効果があります。ただし、大理石などの天然素材に使うと、変色の原因になるので注意してください。そして、こちらは同じように油汚れや皮脂を落とす効果がありながら、臭い取りにも使える粉で、銀食器の黒ずみや変色を取るのにも使えます。ただし、こちらはお湯にしか溶けません。水に溶かそうとすると、かなりの時間がかかってしまいます」
「面白いですね! 二番目のものと三番目のものの、水に溶けるかお湯に溶けるか以外の違いはなんですか?」
「銀食器にも使えるこちらは重曹というのですが、研磨効果があるかどうかの違いですね。水に溶かして使うセスキ炭酸ソーダは、血液の汚れ落としにも使えますよ」
「重曹って、料理に使う重曹ですか?」
「はい。同じものですけれど、これは掃除用なので料理には使わないでくださいね」
「そうなのですか。どちらも石鹸よりも効果がありそうですね。三種類共使いこなせれば、だいぶ掃除が楽になりそうです!」
ロミーナが食いついてくれたからか、他の掃除係メイドたちも興味が出てきたようだ。
「……最初の粉ですが、レモン汁を使うよりも汚れが落ちるのですか?」
「はい。全く効果が違うと思いますよ」
別の掃除係メイドも聞いてくる。
「石鹸よりも効果がありそう、ということは、灰汁よりも?」
「はい。段違いです。使ってみて効果を感じられたら、ぜひ別の部署のお知り合いにもお勧めしてください。洗濯や厨房の掃除、銀食器の美しさ維持にも使えますので」
「ぜひ使わせてください!」
ロミーナが真っ先に申し出ると、他の掃除係メイドたちも次々と「では、わたしも……」と言って、わたしがあらかじめ革袋に小分けしておいたお掃除便利グッズを受け取っていく。
彼女たちからは、早くも翌日に反応があった。
「灰汁よりも油汚れがよく落ちます!」
「ワインビネガーやレモン汁よりも、ずっと効果的です!」
「洗濯係メイドや厨房係にも勧めてみます!」
よかった。皆、喜んでくれたみたい。
いち早く効果の程を教えてくれたロミーナは、得意げにその様子を見ている。
掃除係メイドの皆に好評だったということは、この方向性でいいということだろう。わたしはこれからも、彼女たちをバックアップしていこうと心に誓った。
そんな中、わたしたちを詰め所の端で見守っていたクローエさんが、ロミーナに近づいていく。
「ロミーナ、掃除にやる気を出してくれているところ悪いけれど、あなたをこれから配置換えします」
「え!? どこにですか?」
クローエさんは、メイドたちに囲まれているわたしにほほえみかけてから答えた。
「エメルネッタさま付のメイドです」
「え……!?」
ロミーナは両手で口元を押さえ、顔を真っ赤にしている。
わたしも驚いたけど、素直で仕事熱心な彼女がわたし付のメイドをしてくれるなら否やはない。むしろうれしいくらいだ。
クローエさんは、今度はわたしに近づいてくると、こう耳打ちした。
「彼女はいずれ、エメルネッタさまの侍女見習いになれるように取り計らうつもりです。旦那さまならばお許しくださるでしょう」
この国では、庶民や商人の娘が貴族女性の侍女になることは珍しくない。ただし、上級侍女になるにはそれなりの能力と出自が求められるけど、リヴァさまなら出身ではなく、実力で昇進を決めてくれそうな気がする。
わたしはクローエさんに小さくうなずいてみせると、ロミーナに向き直った。
「ロミーナ、これからよろしくお願いしますね」
ロミーナはなおも顔を紅潮させたまま、目に涙を浮かべた。
「は、はい……! わたしこそよろしくお願いいたします!」
こうして、ロミーナはわたし付のメイドになったのだった。




