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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第11話 気づいたこと(前半ロミーナ視点)

 ロミーナは先ほどのエメルネッタとのやり取りを思い返しながら、使用人用の食堂で昼食を摂っていた。


 エメルネッタから丁寧に掃除を教わったことを思い出すと、どうしても頬が緩んでしまう。家族を含めて、あんなに優しく親切にものを教わったのは生まれて初めてだった。


 しかも、エメルネッタは女性なら誰でも憧れてしまうような美人なうえ、リーヴァリートの未来の奥方だ。

 そんな身分の人に特別扱いされたような気がして、ロミーナは有頂天になっていた。


「いくら美人でも、メイドの仕事にしゃしゃり出てくるような奥さまは、ちょっとねえ」


 聞き捨てならないセリフが聞こえてきて、ロミーナはスプーンを持つ手を止めた。


「本当よね。奥さまは奥さまらしくしていればいいのに。実家ではどんなふうに育てられたんだか。『お里が知れる』って言うしねえ」


 あまりにもひどい悪口だ。エメルネッタはただ家事が好きなだけで、態度や物腰は淑女そのもの。自分のような庶民を差別しなかった。

 先輩メイドたちは、なおもエメルネッタの悪口を言いながら笑い合っている。


 ロミーナはスプーンを置いて立ち上がった。先輩メイドたちが座っている席までずかずかと歩いていく。立ち止まると、自分でもびっくりしてしまうくらい大きな声で言った。


「エメルネッタさまの悪口を言うのはやめてください!」


 先輩メイドたちは、何を言われたのか即座には理解できなかったようだ。あっけに取られたような顔で、ロミーナを見つめている。

 数秒後、彼女たちは怒りをあらわにした。


「何言ってんのよ! あんただって不満そうにしてたじゃない!」

「そうよ! 小娘が粋がってるんじゃないわよ!」


 ロミーナはまだ十五歳。自分よりも五歳以上年上の先輩たち二人に言い返されて、さすがに足が震えた。

 それでも半泣きになりながら、必死に反論する。


「それは、わたしがあのお方の本当のお姿を知らなかったからです! あなたたちがそんなことを言えるのも、何も知らないからです! わたしのことは悪く言ってもいいから、エメルネッタさまの悪口を言うのはやめてください!」

「バ、バカじゃないの!? そんなにムキになって」

「これ以上言うなら――」


「おやめなさい」


 落ち着いているが厳しい女性の声が割って入った。

 ロミーナは主張するのに一生懸命で、周囲の様子にまでは気が回らなかったのだが、その場にいた全員がこの口論にくぎづけになっていたのだ。

 先輩メイドが慌てたように口にする。


「メ、メイド長……」


 三人につかつかと歩み寄ってきたのは、オルランド家のメイド長、クローエ・ディ・マルコだった。厳格な雰囲気の壮年の女性で、メイドたちからは尊敬されている。


「何があったのか、話してくれますね?」


 クローエにそう問われた三人のうち、先輩メイドたちがロミーナを指差す。


「このがわたしたちに言いがかりをつけてきたのです!」

「そうです! わたしたちは、ただ話していただけなのに」

「間違いありませんか? ロミーナ」


 クローエの声に、涙をこらえていたロミーナは口を開く。


「いいえ。先輩たちの話にわたしが割って入ったことは間違いありませんが、それは、先輩たちがエメルネッタさまの悪口を言っていたからです。それもたちの悪い誹謗中傷を。だから、わたしは黙っていられませんでした」

「そう。あなたはどうしてエメルネッタさまをかばったの?」


 いつの間にか、クローエの表情も声も優しいものになっていた。ロミーナは涙があふれ出るのを感じた。しゃくり上げながら答える。


「――掃除が苦手なわたしに、あれほど丁寧に教えてくださったのは、エメルネッタさまだけなんです……。エメルネッタさまが教えてくださったから、わたしでも次からはもっとうまく掃除ができそうな気がして……だから……」

「そうだったの。ロミーナ、あなたは気持ちが落ち着くまで、休憩室で休んでいなさい」

「はい……」

「わたしは、これからエメルネッタさまにお目通りしてきます」

「え……?」


 ロミーナが思わず心配と疑問が入り混じった声を漏らすと、クローエはウィンクしてみせたのだった。


   ***


 わたしは館の二階にある応接室を掃除していた。もちろん、リヴァさまの許可は取ってある。

 羊毛で作られたモップのような拭き道具で、大理石の床を磨いていく。

 本当は絨毯じゅうたんも掃除したいんだけど、あれは二人掛かりでやらないとできない作業だから、今回は我慢しておく。掃除係メイドと一緒に掃除ができればいいのになあ。


 リヴァさまからは「今はやめたほうがいいでしょう」と言われている。

 確かに、掃除係の人たちはわたしと距離を置いているというか、好かれてはいないような気がする。でも、さっき話したロミーナは素直ないい子だったし、時間をかけて親しくなっていければ、なんとかなるんじゃないかな?


 扉をノックする音が響いたのは、そんなことを考えていたときだ。

〝リヴァさまかな?〟と思い、わたしは拭き道具を置いて「どうぞ」と応える。

 部屋に入ってきたのは、壮年の女性だった。えーと、確かメイド長だったかな?

 メイド長はわたしに対して、腰を深く折る上位者への礼をしたあとで、唇を開く。


「改めてご挨拶いたします。オルランド家のメイド長を務める、クローエ・ディ・マルコと申します。不躾ぶしつけではありますが、本日はお話がございまして参りました」


 なんの話だろう? あ、その前に席を勧めなきゃ。立ち話もなんだし。


「わかりました。クローエさん、まずはお座りになって」


 わたしがそう勧めると、クローエさんは瞬きした。そのあとできれいにほほえむ。


「ロミーナに聞いていたとおり、エメルネッタさまはお優しいお方でございますね。旦那さまとよく似ていらっしゃいます。では、お言葉に甘えさせていただきますね。エメルネッタさまが先にお座りください。あなたさまは旦那さまのご婚約者でいらっしゃいますから」


 リヴァさまとわたしが似てる? わたし、そんなに優しくはないと思うんだけどなあ。

 しかし、褒められたのは事実なので、わたしは褒められたこととお先にどうぞと言われたことへのお礼を言ってから座る。

 クローエさんが座るのを待ってから、わたしは尋ねた。こういうときは、目上の者から話しかけるのが礼儀だからだ。


「それで、お話というのは?」

「まずは、ロミーナに掃除の指導をしてくださったことへのお礼を申し上げます」

「大したことはしておりません。そのためにわざわざメイド長自ら?」

「いいえ。ロミーナは大変感謝しております。あなたさまに心酔してしまうくらいに」


 え、心酔? 本当に大したことはしてないのに。

 戸惑うわたしを前に、クローエさんは言葉を重ねる。


「ここからが本題でございます。ロミーナは掃除に苦手意識があるため、自分で考えて克服させるために、あえて掃除係に任命いたしました。今回、エメルネッタさまに掃除について教わったことで、ロミーナは苦手意識を克服しつつございます。それ自体は素晴らしいことです。ただ――」


 わたしはクローエさんの次の言葉を待った。なんとなく、こちらが発言するのは、はばかられたから。


「人に教えをお授けになることも含め、エメルネッタさまの掃除に関する技術と使用人に対するお心映えは、素晴らしいと存じます。ですが、メイドの仕事はわたくしどもの仕事でございます」


 クローエさんはいったん口を閉じてから、静かに言葉を続けた。


「エメルネッタさまは、ご自分にふさわしいお役目をなさってください。わたしから申し上げたいことは、以上でございます」


 クローエさんは席から立ち上がると、再び丁寧にお辞儀して、「失礼いたしました」と言って退出していった。

 わたしは長椅子に座ったまま、呆然としていた。

 あんなこと、実家では誰にも言われたことがなかったから。


 だって、わたしはメイドの仕事をするのが「役目」で、令嬢としての役目を果たしたことがなかったから。

 思わず、つぶやいてしまう。


「……わたしの役目ってなんだろう?」


 そもそも、役目ってなんだ?

 メイドの仕事は部署によって異なるとはいえ、掃除や洗濯、主に仕えること。

 貴族の夫人や令嬢の役目は、使用人に指図をし、主を支え、家を運営していくこと。


 実家では、わたしはメイド長のベルタを助けてメイドたちに指示を出していたし、本来なら継母のドミッティラがしなければならない書類仕事を、家令のコスタンツォとともにさばいていた。


 メイド仲間たちはわたしに親愛の情を抱き、慕ってもくれていたけど、ドミッティラはわたしに感謝するどころか、どんどん増長していった。結果として、ドミッティラは自身を振り返ることもなく、今に至っている。


「そうか……人の仕事を肩代わりすることで、その人の成長の機会を奪ってしまうこともあるんだ……」


 前世でもわたしの仕事は、家事を代行することだったから、気づかなかった。よかれと思ってやっていたけど……。

 もちろん、大抵のお客さまはわたしに感謝してくれたし、コスタンツォもベルタもメイド仲間たちもそうだった。


 だけど、ドミッティラとザイラは人に感謝することも知らないし、反省することもない。他責思考ばかり強くて、邪魔な人間を踏みつけにしてもなんとも思わない人たちなんだ。

 それだけ、わたしが身を置いていた環境は異常だった。


 リヴァさまは、そこから助け出してくれたんだ。

 わたしを救ってくれたリヴァさまと大切なことを教えてくれたクローエさん、目を輝かせて掃除のやり方を聞いてくれたロミーナ――彼らのためにわたしができることはなんだろう。

 わたしは掃除を再開するのも忘れて、考え続けた。

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