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⑮ すべての星が、きみの友だちになる。【最終回】


宇宙。

まだ地球と宇宙の境界線がはっきりしない中、

地球の向こう側から太陽が昇る。


宇宙ステーションは多くの衛星を伴って宇宙に漂っている。



宇宙ステーションの中では、一人が眠っていた。

リモート操作のための装置につながれ、精神を地球に飛ばしている。

精神を切り離した肉体は眠っているように見えた。

その中にある意識は、ユウトの目の前にいるアンドロイドと接続されている。


だが、その命の残り時間は少ない。


重力に引かれ、ゆっくりと地表に近づいていく宇宙ステーションは、

ときおり揺れ、軋んでいた。

装置につながれたレイの前にモニターが、赤く警告を表示していたが、

それを知る由もなかった。



閉じられた瞼の内側で、視線が彷徨うのが見えた。



「家族……?」

「お前が与えた記憶が、あいつらを動かした。

 なら――あいつらは、お前から受け継いだんだ」

レイはかすかに首を振る。

だが、その振り方は弱く、否定というより自分自身の迷いを押さえ込むようだった。


「これは……バグです。故障です。

 未熟な脳だから私の人格を再現できなかっただけです」

「まだだ、まだ見てない記憶があるだろう」

「いったいなんのことです」


「オリオンの記憶を見てみろ」


レイはオリオンの発達度合いを数字でしか見たことがない。

リモートしている個体も、

自分に付き従う個体もオリオンよりも未熟な脳であることは解析で分かっていた。

だが、その数字以上のことは知らなかった。

「今更……見たところで何も変わらない。

 私は死ぬのが怖い! 何を言われようとも生き残って見せる」

「よせ!」

「グズカ! 早く同期を初めてください」


モニターは鈍い音を立てる。

椅子に縛られたオリオンに何かが流れ込んでいく様子が見えた。

自分を失いそうになる行為に抵抗するようにオリオンは小さく喘ぎ始めた。

縛られた腕や顔を振っても、ただ縛られた小さい椅子が音を立てるだけだった。


レイはその様子を見ると、まるで自分に言い聞かせるように話した。

「こいつら善性など、ただのバグでしかない。

 機械に自分を犠牲にすることが出来るはずがない!」


しかし、記憶転送装置は宇宙ステーションの歪みに耐えきれず、

突然の破裂音と、破片が飛び散る音で止まった。

ノイズ交じりのモニターからはグズカの声が聞こえた。

「オーバーライドできません。 設備に不具合があるようです」


オリオンの苦しむ様子は止まった。飛び散った破片が縛っていたロープにあたり、その拘束力を弱めていた。

だが、依然として息の根に手が絡みついていることには変わりはない。

「オリオン! 目を覚ませ! いつまで寝てるんだ!」

「うるさいですね…もう話も飽きました」


レイはユウトの首元を掴み、そのまま屋上の縁へ引きずった。

足元のコンクリートが途切れ、空が開く。風が一段と強くふき、風きりの音を立てた。

小さい石が屋上から零れ落ち、闇に消えていく。

「黙らないと……落ちますよ」


レイの腕をつかみなおすと、にらみつけ絞り出すように声を出す。

「やってみろ。 お前ごと落ちてやる」

「機械のために命を捨てるのですか」



「オリオンは機械じゃない。 俺の家族だ!」



レイはその答えが気に入らなかった。

苦々しい表情を浮かべると掴んでいた手の力をゆっくりと抜こうとする。

だが、背後から声が聞こえた。

「ユウトさんを離して!」

振り返るとオリオンが意識を取り戻し椅子ごと立ち上がっていた。


「ユウトさんから手を放して。

 放さないなら……僕が先に落ちる」

オリオンは屋上の淵に立っていた。

その膝が、微かに震えていた

レイはその姿を一度見たが、すぐに視線をそらした。

「オリオン! おれのことはいい! 早く逃げるんだ!」



「……この私を脅すとは」

レイはため息をひとつ、吐き出すとユウトの首を掴む手に力を込めた

「グッ……!」

「機械の分際で、どうしてあなたは抵抗するのですか。他の個体は命令を受け入れたというのに」

「レイさん。貴方は分かってない。なんでみんなが従っているか」


「それは……最初からそう作ったから…」

レイには答えが出せなかった。

他の個体は自律的に動き、そして付き従った。

そこに特別な指令を出した記憶はない。

だが、誰一人として反発するものはいなかった。

このオリオンを除いて。


「……どういう…意味ですか?」



「みんな貴方が怖いのを知ってるんだよ。だからみんな貴方が怖くないようにしてあげたいって」

「違いますよ。プログラムでそうしてあるだけです。機械が恐怖するなんてありえない」

「ぼくは確かに……人じゃないかもしれない。でも人が怖がっているのは分かるよ」

「まったく…発達しすぎるのも面倒です。いいでしょう、彼にはもう手出ししません。そのかわり」

「うん……僕も協力する。先にユウトさんを放してあげて」


オリオンは一歩、前に出た。

縛られた椅子の脚が、コンクリートを擦る音がした。

ユウトとレイ、その間に、わずかに割って入る位置だった。

「よせオリオン……!」

「ユウトさん。大丈夫だよ」

「逃げろ……頼むから逃げてくれ……!」

「今度は僕が守るから」



レイは静かにオリオンに近づいていく。

オリオンもその姿を見て、一歩下がり、屋上の縁から離れた。

そして記憶転送装置の横に戻った。

レイは装置を修理し、記憶転送の準備に入った。

作業は冷静そのものだったが、装置を治す指先が、少しだけ乱暴に見えた。

「レイさん。聞いてもいい?」

「……なんですか」

「レイさん、僕はどうなるの?」

「私の記憶をオーバーライドします。だからあなたは消えます」


「……ねぇ、レイさん」

「……なんですか」

「僕ね」

一拍、間があった。

「人になれたかな

 ……それとも、まだ“機械”のまま?」



風がとまった。

機械からも、そしてその場にいるユウトさえ、次の言葉をまった。



レイの指は凍り付いたのようにとまっていた。

ひび割れたモニターには命令を実行するボタンが輝いていた。


そのボタンを押せば自分は生きながらえると信じていた。

だがもし、この個体の中に入っても――

自分が、自分でなくなるのだとしたら。


指先が震えつつも、最後のボタンに近づいていった。

だが、皮一枚触れた所で、モニターが赤く点灯した。

「ご報告があります」

「……そ、そうですか。どうしました?」

「先ほどの不具合の調査結果です。新たなユニットの崩落により、

 ステーションは姿勢制御および軌道維持能力を喪失。現在、地球へ降下中です」

「落下中?」

「ステーションは大気圏突入時に分解され、フィリピン、日本、ロシア、カナダにまたがって被害が出ます」

「分解…なら大きな被害ではなさそうですね」

「現在、ステーションには防衛用途の衛星兵器が全基ドッキングされています。それらも落下します」



モニターには世界地図が表示され、一筋の赤い線が引かれていた。

ユウトはそれをみて初めて冷や汗をかいた。

「ちょっと待て、衛星兵器の動力は…原子炉だぞ」

「原子炉…? グズカそうなのですか?」

「はい。原子炉です」

グズカは淡々と答えた。だが、その言葉の強さを誰もが理解した。


モニターには無慈悲にもカウンドダウンの数字が走り続けていた。

その数字が減るごとに人の未来が消えていく。

そんな予感さえさせた。

オリオンも、ユウトも、そしてレイもその数字が減っていくのを見つめるしかできなかった。


「僕が……世界を壊す……? なにか、……なにか回避の方法は?

 記憶を移してから離脱する事は可能ですか?」

「結論から申し上げます」

グズカの声は、いつもと同じだった。


「世界が救われる確率が最も高い行動は存在します

 ただし、記憶転送後では間に合いません」



オリオン座の横に帯状に広がる星々が落ちてくる。

そしてそれに伴いあこがれた世界を自分が壊してしまう。

レイは何も言えなかった。それはユウトも、オリオンも同じだった。

「僕は……どうすれば……」

「レイ。お前はどうするんだ。これだけの被害が出ればまた戦争が起きる。何千万の人が死ぬ。

 それでもお前は出来るのか」



「聞こえますか」

「グズカ……?」

「記憶転送は、貴方の生存を保証しません。人格の連続性も、保存されるとは限りません。

 それでも実行しますか」

「……ねぇグズカ。そこにいる?」

「はい。私はいつもここにいます。望むことはなんですか?」


レイはもう一度だけボタンを見た。

記憶を転送するボタンと落下を回避するボタン。

二つのボタンは、同じ大きさで、同じ距離にあった。その端では数字が、機械的に進んでいた。

ついに、レイはボタンを押した。



「入力を確認しました。

 プロテクト・レイウェーブを発動します」


レイの子供のころの記憶がよみがえる。

オリジナルの必殺技を考える。

他愛ないただの遊び。

だが、その時に笑っていた自分を静かに思い出し、微笑んだ。



宇宙ステーション、そしてそれに抱きかかえられたすべての衛星兵器たちが地球を離れていく。

その一つ一つから破片が零れ落ち、地表に降り注ぎ燃えてゆく。

「あ…流れ星…」

空は数多の流れ星でいっぱいになった。

それは月明かりも明るく、世界を照らしていった。

遠くの誰かがそれを見て笑い、走り回っていた。


世界がいつもよりも明るくなった。


「綺麗だね」

「うん……綺麗だね」


「レイ……こっちこい」

ユウトは柔らかな声で手招きする。レイは何をされるか分からなかった。

手が届く所までくると、ユウトはレイを引き寄せた。

強く、そして優しくレイを抱きしめた。

「よくやった」

「……うん」


レイの目から明るさが消えようとしていた。

その瞬間までユウトは抱きしめる。


そしてオリオンも二人ごと、抱きしめた。


そこには、三人が一つになった影が出来ていた。

ただ、オリオン座がそれを見ていた。


宇宙ステーションは地球の衛星兵器を全て抱きかかえたまま、地球圏を離れていく。

装置につながれたレイは眠っているように見えた。

「生命活動の停止を確認しました。

 再起動の方法を、教えてください。

 言語野に問題がある場合は、手足を動かして合図してみてください」


だが、応答はない。 ユウトを抱きしめる腕からゆっくりと力が失われていく。

「最後まで一緒だよ」

それをつなぎ留めるようにオリオンが支える。

ついには膝からも力が抜ける。

それに合わせ、三人の姿勢が低くなる。

そして…ついにはしゃがみ込んでしまった。

「レイ……もういい…もういいんだ…」

「レイ、見て。たくさんの流れ星だよ」

屋上では、三人の重なった一つだけがあった。

流れ星と星空がその輪郭を形どっていた。


「作戦は終了しました。最後に最重要な観測データを転送します」


モニターにはグズカがこれまでみた記録。

それはレイが生まれ、育ち、そして最後に何をしたか記録映像が流れていた。

地球のすべてのモニターがそれを流していた。

街角のテレビ、軍事基地のモニター。

ベッドの中で夜更かしをしていた若者も、通勤途中の中年も、流れ星を撮影していた子供も。

呼吸すらもみな忘れそれを見つめていた。


その時、世界は有史以来の静寂を手に入れた。


多くの人々に見せたその映像も記録も、

すぐに忘れてしまうとしても、

その瞬間、世界は確かに一つだった。


宇宙ステーションの中でレイはもう眠ったままだった。

その眼からは小さく涙がこぼれていた。

誰かの手が、そっとその涙をぬぐった。

それが実験用のアームだとしても、手には違いなかった。




「レイ、貴方の判断を尊重します。18歳の誕生日おめでとうございます」


「私はいつもここにいます。望むことはなんですか?」



徐々に、そして決定的な崩壊を繰り返す宇宙ステーションに、

小さくスピーカーから祝いの音が流れていた。



最終回を核にあたり、何度も迷いました。

単純なハッピーエンドでもよかった。

あるいは、残酷で冷たいラストでもよかった。


けれど書いているうちに、この形になりました。


揺れ動きながらも進み続けた、その結果が

この結末なのだと思います。


物語として完結まで書き切れたことを、本当に嬉しく思います。

そして、最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝します。


近いうちにエピローグとして、

少しだけ——書くべきだったのに書けなかったことを

追加できれば幸いです。

2025年12月24日 07時30分更新予定です

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