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⑭ 天使の正体 ― 人はどこから生まれるのか ―

三鷹水系はいまも、天と地のあわいを映している。

そしてひとつ背高くそびえる廃墟。

屋上でレイが望遠鏡を覗き込んでいた。

その横顔は、星を夢見る子どものように見えた。

けれどその目の奥には、どこか歪んだ焦燥が宿っていた。


星空にはいつもと違う、帯状に広がる星の一段が見えた。


レイの傍らには椅子に縛られ、意識のないオリオンがいる。

大きく手を広げたパラボラアンテナが空へと開かれていた。

それにつながる機械群がまばゆく光っている。



レイの背後から、屋上に続く最後の扉が鈍く開いた音が聞こえた。

「地上から自分を見上げるというのは不思議な気分です」

「オリオンを……返してもらう」


ユウトは柵に身体を預けた。片足はもうまともに動かず、息を吸うだけで胸が痛んだ。

もはや彼には戦う力は残されていない。


「ふらふらじゃないですか。どうやってここまで来たのやら」


レイはユウトの義足を蹴りつけ、義足の継ぎ目がひしゃげる音がした。


「くそ……!」

支えを失ったユウトはへたり込んでしまう。


「分かりますか、あの星々。アレが私の家です。それが最も近づいた時に、私の記憶を移し替える。そして私は生まれ変わる。そうですよね、グズカ」


機械のモニターが光る。

無機質な声が響く。


「現在ステーションは衛星軌道の兵器をすべて抱きかかえ移動中です。

 回避する方法は物理的な攻撃しかありません。

 ですが全世界が報復装置を同時に解除する必要があり、今の国家間においてはそれはありえません」


ユウトの髪の毛を掴み顔を持ち上げる。

だが、その眼にはまだ強い意志が残されていた。


「そんなことしたら被害が出る。人が死ぬぞ。それだけじゃない。

 また戦争になるかもしれないんだぞ」

「関係ありません」

「なんだと…? それにオリオンはどうなる」

「これの不要な記憶は全て上書きします」

「これじゃない。オリオンだ」


そして空を見上げて小さい声でレイはつぶやいた。

「私はあと数時間で死ぬんです」

「なに…?」



「生まれつき疾患がありまして。だからこれで延命します」

振り返りながら語る命の時間。それはどこか他人事のようだった。



「……お前の身体は残念だ。だが、人を、オリオンを犠牲にして目的のために被害を出して、

 その上で延命して、それに意味があるのか」

「私は人間です。これは機械です」

「オリオンは人間だ。下で俺と戦ったやつも、お前が乗っ取っているやつもそうだ」

「機械を人間というのはおかしい話です」

レイは首を横に振った。


そしてオリオンの背後に回り、肩に触れる。

「これには私の一部なんです」

「一部…?」

「同じ材料では同じ器ができるように。 私の記憶と性格を――抽出して乗せてある。

 だから、これは私の延長です。ただの機械。人間じゃありません」


「……人間とはなんだ。人の腹から生まれればみんな人間か」


「私は、少なくとも人の遺伝子を持ってます。私は人として生き続けたいのです」



ユウトはまた、よろめきながら立ち上がる。


「機械の身体に入ってか」


レイは苛立った。彼の人生でここまで自分に意見される経験がないからだ。

「私は機械の身体でも人間性は失いません」

「機械の身体でも人間性を持っていたら人間か。お前とオリオンはどこが違うんだ」

「それは…」


「俺はそこにいた。お前の言う機械に人が生まれる瞬間を」

「バカバカしい」

「俺は見た……! 機械の身体でも、人が人で死ぬ瞬間を」


レイの表情が揺れ、声色が変わった。

「……うるさい」


レイがユウトの傷ついた肩を掴む。

「生き残ることの何が悪い! お前もそうしてきたはずだ!」


骨を砕かんばかりの力で、ユウトの痛む所を掴む。

だが、ユウトは気丈に振る舞った

「そうだ…俺もそうしてきた……! だがお前は……! 

 お前は生き残るより別の道を選ぶはずだ!」


レイの腕は肩から首に移っていった。

首を切らんばかりに締め上げる。

「何を証拠に!」


締め上げる力が増す。

ユウトは精いっぱいの声を出す。

「…証拠なら…ある……!」


レイの手がいっそう強くなるが、ふいに力が抜ける。

咳き込むユウトを見下ろしながらレイは語る

「では、証明してもらいましょう」


咳き込みながら手すりを掴む。

そしてなんとか立ち上がる。

「あいつらの…アンドロイドの記憶を見てみろ。逃げずに最後まで見ろ」

「……そんなデータがあるかどうか」


するとモニターが再び声を上げる。

「アンドロイドのデータは断片的にですが再生可能です」

「……では、再生してみてください」



ノイズ交じりの映像が再生される。

それは列車に飛び込んだアンドロイドの記憶だった。

寒く震える身体と、抱き寄せて保護してくれたどこかの保護者。

寒さよけに自分のために巻いていた毛布をかぶせる。

抱き寄せられ温かさを共有し、食事をとる。

そんな他愛ない、ただ普通の家族の記憶だった。


そして、あの日。

保護者の帰りを橋の上で待つ。

足をぶらつかせているが立ち上がる。

あの小さな背中が、たった一度だけ震えた。


遠くから何かが近づいてくる。

列車の光と共にブレーキが切れて焦る運転手の姿があった。

この先には二つのトンネルがあった。


迫りくる列車と、その先にあるトンネルを交互に見つめていた。


少年は限られた時間で分岐を見つめる。

誰かを犠牲にすれば自分が助けたい人が助けられる。


だが…彼はそうしなかった。


誰も犠牲にしない。

そんな覚悟が、彼を突き動かした。


そして、彼は舞い降りる。

少年は橋の上から、 列車の前に舞い降りた。


寒さをしのぐためにかぶっていたぼろ切れが、白く、天使の羽のように飛んで行った。


映像はそこで止まっていた。


レイは食い入るように見ていた

「これは一体…グズカ! 他の映像は?」


次々と映る記録には、ひとつだけ共通する癖があった。

誰かを守るとき、その手は決まって震えていた。

それは恐怖の震えではない。

迷いと、それでも前に進む覚悟の震えだった。


モニターにはさまざまな個体の最期が映し出された。


そして、煤まみれの女性が映し出されていた。

火事でもあったのかもしれない。

最期の瞬間まで手を握り、涙を浮かべていた保護者の姿で止まっていた。



アンドロイドたちの自壊。

その記録は、様々な最期を映していた。

火災の中、自分の身体を使って回路をつなぎとめた者。

泳げないにも関わらず、自ら水に飛び込む者。

自己犠牲の死と、それに涙する人。

それは別の保護者であり、そして別のユウトだった。


「これは……なんですか。 こんなこと知らない……!」


ユウトは静かに答えた。

「それが証拠だ。 俺とは違う道を選ぶべきだ」


レイは首を横に振る。視線は泳ぎ、混乱している。

「ありえない。 何かのバグに違いない! 私がこんなことをするはずがない……!」




一呼吸分の静寂が屋上に響いた。

その静寂を解いたのはモニターからの声だった。

「レイ。データを解析しました。彼らは誰かを守るために死んだという一点だけ、共通しています。

 これらの決断は、入力された記憶情報に由来する可能性が高いです」

「グズカ……? 何を言っているの……?」

「自己犠牲の性質は、貴方から記憶と共に受け継いだ物。

 つまりは貴方には人を救いたいという機能が備わっている可能性が高いです」

「機能……?」


「そうです。人はそれを善性といいます」




レイは手近にあった望遠鏡を跳ねのけた。

望遠鏡は屋上から飛び出し、遥か下に落ちていった。

また風の音だけが屋上に響く。


ユウトはゆっくりとレイに近づく。


「これが人間だろ。レイ」


レイの喉が、小さく鳴った。

まるで何かを言いかけて、けれど言葉にならない子どものように。

「……じゃあ私は……なんのために……私は一体……」


ユウトは少し呼吸を整えてから言った。

「……家族が欲しかったんじゃないか」


レイの目が揺れる。

「家族……?」

「お前が与えた記憶が、あいつらを動かした。

 なら――あいつらは、お前から受け継いだんだ」


レイはかすかに首を振る。

だが、その振り方は弱く、否定というより自分自身の迷いを押さえ込むようだった。


人はどこから来たのか。

人と獣の境は、理性や知性といったものではないでしょうか?


では、

AIと人の境はどこにあるのか。

AIにあって人にないものとは何か。

人にはあってAIにはないものとは何か。


この問いは、いま私たちが生きる時代そのものへの問いにも重なります。

だからこそ惹きつけられるのだと思います。

自分自身の「人としての在り方」を、どんな物語よりも強く照らしてくれるから…ではないでしょうか?


ここまで歩みを止めず、ここまで進んでくださったことに心から感謝します。


長い道のりの先には、もうすぐ頂上があります。

その景色を、どうか最後まで一緒に見届けてください。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


おもいっきり風邪をひきました…

お待たせして申し訳ありません


最終回は12/18 07:30に公開予定です


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