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⑬ 壊せなかった理由  ―掴んだ手を離さない―

三鷹水系の中央に、ただひとつ背高くそびえる廃墟があった。

かつて未来を信じて空を見上げた国立天文台。

今は墓標のように佇む、その建物だけが残っていた。


そこへ伸びる一本の道に、一人の男がいた。

直線を一歩ずつ、片足を引きずりながら進む男。

その名はユウト――“優しい人”と書いてユウト。


「――では、なんです?」

あの時、答えられなかった問いを、ユウトは一歩一歩、自分の足で噛み締めながら歩く。


廃墟の屋上には、不自然な光が夜空へ向かって伸びていた。

オリオンはいる。

そんな直観が、行く先を導いていた。


道はぬかるみに変わり、足跡が無数に交差する。


裸足、片足だけ靴、子どものように細い跡。

同じ規格の足跡なのに、行き方が違う。

まるで――それぞれが“個性”を持っているかのように。


水たまりを跳ねた跡が目を引く。

そこだけが足跡が雑然し、不自然に乱れている。

そのまわりには、誰かが支え助けている痕跡。


足跡に混ざり手の跡が一つ。

転倒した時に手をついた跡かもしれない。


ユウトは自分の手を重ね合わせる。

手の跡は――ユウトの手の半分ほど。

あの列車に残っていた、小さな掌と同じ。


「もしかすると……オリオンと同じ……」


どこかでオリオンは特別なものだと思っていた。

だが特別なのはオリオンではない。


特別なのは、関係だった。



もし。

帰りを待つ誰かがいるなら。

その手を握りしめる人がいるなら。

突然奪われ、必死に探し続けている誰かがいるなら——。



自分の腕を残った指の跡を見つめる。

襲われた時に掴まれた感触がよみがえった。



——全力で握れば壊れてしまいそうな手。



その手が攻撃してきたとき。

手を砕くほどの力を込めることが、自分に出来るのか。



答えを出すことを拒むように、ユウトの下半身は止まっていた。

その傍らで、踏み出すことを急かす上半身が疼いていた。


どちらを選ぶのか。

どちらを選んでしまうのか。

自分が一番、分からなかった。



不意に廃墟の方で、何かが倒れた音がした。

軽々しい金属音——あの日、掃除用具が倒れたときに聞いた音にも聞こえた。


次の瞬間、闇の向こうから空き缶が転がり出てくる。

ユウトは物陰に身を隠し、呼吸を潜めた。


空き缶が転がってくる先には、

足跡が廃墟の壁に空いた穴に消えていた。




問の答えは出ない。

だが、迷っている暇はない。

今するべきことは決まっている。


「いま行くからな」


ユウトは迷いを胸にしまい込んだまま、闇に踏み出した。







穴の向こうは何かの研究所の残骸だった。

風で裂かれ、破れたポスターが乾いた音で宙に舞う。

崩れた壁の隙間から、こちらを見ている“瞳”。


アンドロイドの瞳だった。



敵に囲まれれば終わる。

体を狭い廊下へ身を滑り込ませる。


背後から近づく、複数の追手の足音。

息を殺し、角で身を伏せ待ち構える。



——だが。

背中の闇が、動いた。


手刀による喉を狙った一撃。

自分の手を顧みない全力での攻撃。



突き出された手を、ユウトは掴んで止めた。


本気で弾けば砕ける手を、確かにつかんでいた。



ユウトは体を捻り、掴んだアンドロイドを窓の外へ投げ落とす。


水面を割る音。もがく音。


暗闇に、助けを求める小さな手だけが浮いていた。

ユウトは瓦礫の木材を掴み、水へ投げ入れた。


「後で迎えにきてやる」


小さい手が木材にしがみ付くのを見届けると、再び闇に戻っていく。





闇から闇に渡るユウトをアンドロイドは捉えることができなかった。

白いテープで縛り、音で陽動し、部屋に閉じ込める。



だが、廃墟からは足音が響く。


ユウトは大部屋に追いつめられていた。

四方を囲まれ、逃げ場はない。


もはやユウトには何も残されていなかった。

部屋を見回すも瓦礫の山ばかり。


崩壊した壁から突き出す、むき出しの鉄骨が鮫の歯のように並んでいる。

それはこの部屋に満ちる殺意も強めていた。


アンドロイドは無表情のまま鉄パイプを構え、無音で歩み寄ってくる。

そこに迷いや感情はなかった。


鉄パイプが唸りを上げる。

一体が跳んだ。

ユウトは後退する。


そして背後には尖った鉄骨―。



再び跳びあがったアンドロイドを見て、

背中に鉄骨の冷たさを感じた。


自分の背後に針山のような鉄骨が、口を開いて待ち受けている。


もし避ければ―。


そう考えるより前に――。


その腕を掴み、自分の背中を鉄骨に預けた。




鈍く、湿った音が辺りに響いた。




抱きかかえられたアンドロイドは自分の目の前に何かを貫通した鉄骨の先端を見つめた。


自分ではなく、ユウトが傷ついたことに気づく。


恐る恐るユウトの顔を見上げる。



「……けがは……ないよな」



体からは錆びた鉄骨が肺や肩も貫き、磔にしていた。

それでも、掴んだ腕だけは離さなかった。


それを見てアンドロイドたちは止まる。

言葉はない。

だが、目線でこれが何を意味するか、理解しようとしていた。


抱きかかえられたアンドロイドは、戸惑い視線が泳ぐ。

誰も動かない。誰も視線を外せない。

その周りだけ時間が止まった。


いつしか部屋に充満していた殺意が、消えていく。



「戦いに来たんじゃないんだ。迎えに来ただけだ」

ユウトの声はいつもよりも弱々しく、水の音を含む声だった。


それでも、痛みを見せず、頭をそっと撫でてやる。


広い空間には、鉄パイプが手から零れ落ちる音が響き渡った。




彼らは、もう敵ではなかった。



ユウトを囲んでいたアンドロイドの一体が一歩、下がった。

それに呼応して全員がゆっくりと左右に分かれた。


立ちふさがっていた壁は、いつしか道となっていた。



ユウトは体を起こし、鉄骨を引き抜く。

体は悲鳴を上げるが、その痛みに構っている暇はなかった。


立ち上がった瞬間、視界が白む。

膝が抜け、倒れそうになる。


だが、倒れはしなかった。


ふらついた体にそっと支える手があった。

先ほど抱きかかえたアンドロイドが、静かに彼の背中を支えていた。


ユウトは礼を言わない。

その次の一歩を、彼らが道を開けて待っていた。


彼らが道を開いた先――

ただ一枚の扉が、待っていた。


ユウトは息を整え、拳を握りしめる。


「……今……行くからな」


彼は次の一歩を踏み出した。


人には、生まれ持った役目があるのだと思います。

子どもをつくり、生み、育てること。

その根底には――世界を少しでも良い方向へ進めようとする力が宿っている。


人は、まだ形のないものを愛する。

自分の「善い」と信じる価値観を託せる余白があるから。


その余白に、自分の善を投じる。

それは未来へ世界を押し出す、ささやかな推進力になる。

守るという行為は、未来への自己投影なのだと思う。


この積み重ねが、世界をほんの少しずつ前へ進めていく。

明日、傷つかない世界を作る事は出来なくても

「傷つけることに、立ち止まれる世界」ならきっと作れる。


少なくとも私は、そう信じて書いています。


この物語は、間もなく終わります。

正しいラストが何か、今も探している途中です。


それでも――

最後まで、誠実に書き終えたいと願っています。


次回も、少しだけお時間をいただければ幸いです。

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