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① 雪が音を吸う。  ―狙撃された誰かの父親―

東京・八王子市、八月。

先の大戦で多くの大陸が削られ、気候までもが変わってしまった未来。

重たい雪が降る森の集落は、異様なほどに武装化されていた。

その武器の中で、似つかわしくない赤いランドセルが笑っていた。



目撃したのは狙撃の姿勢で息を潜めた一人の男。

高度に強化された機械の体を持つ彼は、無表情に銃へ体を預けていた。

男は軍の任務でここにいる。

赤いランドセルを見送るために毎朝ベランダに立つターゲット。

それを排除するため、ここにいる。

雪に埋もれ、狙撃体勢を続けること二か月、それも今日終わる。

義体化された男にとっても、限界を感じていた。

「こう寒いと……銃の動作も心配になるな」

表立って弱音を吐くことはない。通信が常にオンラインだからだ。

だが、心の奥底からの弱音を銃が心配なんだと置き換え、不満を漏らしていた。

「こちら本部…中継ドローン、すべてオーケー。いつでも行ける」

「……作戦の変更は?」

「予定どおりだ。指定したポイントとタイミングで狙撃を行え」


技術の発展と共に進化した大口径の銃は、 上半身を文字通りに消滅させてしまう威力を持つ。

そこである種の、配慮が必要になったのだ。

狙撃は排除だけでは終わらない。その映像の使われ方までが、作戦の一部だった。

誰もが死の瞬間をネットを通じて見せられる時代。

日本という国は、いつしかイデオロギーを希薄にさせ、

「国が見せたいもの」をメディアを通じて自然に、人々に見せる世界になっていた。


そして国が求めたのは悪逆無道の軍司令官の死、そして死を肉親に見せつける事だった。


泣き叫ぶ赤いランドセル、雪に広がる赤い点、流れる涙。

今ではそれらも舞台装置でしかなかった。


「最後に義体のチェックをしておけ」

「了解」

通信を切り、義体のシステムを点検する。

再び、男は一人きりになった。


雪は音を吸う。


静かすぎる世界で、男は母から聞いた昔話を、ふと、思い出していた。

『むかしむかし、あるところに祈るのがとても上手な女の子がいました』

『少女が罪を犯すと、神さまは言いました。祈りが届かぬ場所を探しなさい』

『そこを見つけたら、家に帰ることを許しましょう』

『女の子は旅を続けました。 そして世界の果て、祈りが届かぬ場所で、ひとり泣きました』

『だってどうやってそれを神さまに伝えればいいのか、わからなかったのです』


「承認が下りた」

眠りにも似た静止状態から、義体のシステムが急激に稼働を始める。

「了解」

スコープ越しにベランダへ照準を合わせる。

あと五分もすれば、ターゲットが現れる。

ターゲットは毎朝、スクールバスに乗り込む娘を見送るのが日課だった。


「あの親子には気の毒な事をするな…」


出来れば見せたくはない。

そんな思考が一瞬頭をかすめたが 罪悪感は雪のように風に舞い、どこかへ消えていった。

もはや彼の体の半分以上は機械に置き換えられていた。

その中には「副腎」と呼ばれる制御モジュールがあり、感情を抑える事が出来た。

彼の心はすでに鉄の中に封じられていた。


男の名は優人ユウト。優しい人と書いて、ユウト。


ベランダにターゲットが現れる。太陽を浴び、新しい朝を肺に吸い込んでいる。

遠くのニューススタジオでは、狙撃中継の準備が進んでいた。

アナウンサーはこれから流れるであろう映像には似つかわしくない笑顔で、挨拶していた。

ユウトは薄まった罪悪感を捨てて、軍人としての使命感で引き金を引いた。

だが、歴戦の兵士には確かな違和感があった。引き金がいつになく重たいと感じた。


その心配をあざ笑うかのように、死神が銃口から飛び出した。

この時代の遠距離射撃はあまりに遠く、死神が到達するまで数秒から数十秒もかかることがあった。

ユウトはただ漫然と、死神が仕事をしているのを見つめていた。


雪が、また音を吸っていた。



娘に手を振ろうと、手を上げた瞬間――弾丸が下半身を消してしまった。

音速を超えた速度で死神が向かっていることに気づくはずもない。


「着弾がずれたか」


ユウトの心配をよそに中継用カメラが、 ターゲットの絶命を映し出そうとズームを繰り返す。

ターゲットの体から、赤い命が漏れ出ている。

下半身があった場所に何かが揺れていた。

風に揺れるそれが、骨なのか、義体の部品なのか、ユウトにはもう分からなかった。


狙撃による突然の死…よくある絵、よくある死だった。


ユウトは小さくため息をした。

それは自分自身の狙撃の腕への落胆ではない。

むしろベランダの内側に倒れた事により、死を隠せたという安心のため息だった。

少なくとも、下半身を失った人間が生き残ることはない

そして死をうまく隠せた事、

それがユウトには幸福であると感じたが、再び鉄の副腎によって喜びは消えてしまった。


仕事は終わった…ように見えた。

しかし…ターゲットはまだ動いていた。


失われた下半身を横目に、

ベランダの手すりを掴み、身を乗り出す。


ユウトは混乱した。

助けを呼ぶのか?何かを叫ぶのか?

何度も見てきた死の光景が、今回は異質だった。


だが、叫ばなかった。助けを求めることもしなかった。

ただ娘に手を振り続けた。

手を振るたびに、上半身に残った命が、漏れ出ていた。


幸いな事に上半身しか見えない娘には、 何事もなく映っていたのだろう。


「頭部を狙撃しろ」

無線機から新しい命令が耳元でささやく。

それは、死神に耳元でささやかれる感触だった。 照準を調整し、頭部に合わせる。

その間も1秒、2秒と時間がたつ。

「撃て撃て撃て」

死神の吐息が耳にかかる。


だが…どこかから声のような物が聞こえた。

誰もいないはずの真っ白な世界で、優しい声が聞こえた。


「撃ってはいけない」


降りしきる雪のように、世界は止まる事ない。

ユウトの指先は凍ったように動かなかった。


銃声の変わりに小さくクラクションが鳴った。

スクールバスが発車した合図だった。

それを見届けターゲットはその瞬間、静かに息絶えた。

力なくベランダに倒れ、天を仰ぎ笑顔で死んでいった。

それでも笑顔を崩さぬその姿は、 この国の誰よりも“父親”だった。


雪が、また音を吸っていた。



――この世界は、まだ祈りが届かぬ場所のままだった。

静かな始まりです。

雪は音を吸いますが、静寂の中でも祈りは届く——そんな一場面を描いています。

音や距離に関係なく、願いが誰かに届くことを信じて祈る。

この物語全体を貫く想いの一端です。


次回は、雪が雨に変わり、出会いのシーンへ進みます。

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