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第6話 新しい相棒の切れ味


依頼を受理した俺は、その日のうちに北の森へと向かった。レオは「気をつけろよ」と一言だけ残して、別のパーティーの護衛依頼へと向かっていった。あいつはあいつで、しっかり稼いでいるようだ。


アークライトの北門を抜け、街道を数時間歩く。やがて、道は鬱蒼とした森の中へと入っていった。陽の光が遮られ、昼間だというのに薄暗い。湿った土と、腐葉土の匂い。時折、獣の鳴き声が遠くで響く。

依頼書によれば、アンデッドが出没するのは、この森の奥にある古い墓地の周辺らしい。かつては近隣の村が使っていた共同墓地だが、今はもう使われなくなり、忘れ去られた場所だという。


「……いるな」


森に入ってしばらくすると、俺の鋭敏になった感覚が、微かな死の気配を捉えた。それも、一体や二体ではない。数十の規模だ。

俺は腰の吸血刀の柄に手をかける。刀が、歓喜するかのように、ごくりと脈打った。血を求める、その意志が伝わってくる。


「落ち着け。これから嫌というほど飲ませてやる」


俺は刀を宥めながら、慎重に気配の源へと近づいていく。

やがて、木々の合間から開けた場所が見えてきた。そこが古い墓地だった。傾いた墓石が乱立し、雑草が生い茂っている。そして、その中を何体もの人影が徘徊していた。


ゾンビだ。腐りかけた肉を体に纏い、うめき声を上げながら、目的もなくふらついている。その合間には、骨だけになったスケルトンも混じっていた。

その数、およそ30体。なかなかの数だ。並の傭兵パーティーなら、苦戦は免れないだろう。


だが、俺は一人で十分だ。


「さて、仕事の時間だ」


俺はロングソード――これまで愛用してきた普通の鋼の剣――を背中に回し、代わりに吸血刀をゆっくりと鞘から抜いた。

漆黒の刀身が、森の薄明かりを吸い込むように、静かな輝きを放つ。


俺の出現に気づいたのか、一番近くにいたゾンビが、緩慢な動きでこちらを向いた。腐り落ちた顎ががくがくと動き、うなり声が漏れる。

ゾンビは、両腕をだらりと前に突き出し、のそりのそりと俺に向かって歩き始めた。


絶好の試し斬りの相手だ。

俺は吸血刀を中段に構え、間合いを測る。

ゾンビが攻撃範囲に入った瞬間、俺は地を蹴った。狙うはゾンビの首。アンデッドの弱点の一つだ。


ヒュッ、と風を切る音。

黒い閃光が走る。

そして、驚くべきことが起きた。


手応えが、ない。

まるで、熟れた果実でも斬ったかのように、吸血刀はほとんど抵抗なくゾンビの首を両断した。切断面はまるで熱したナイフでバターを切ったかのように滑らかだ。

ゴトリ、と頭が地面に落ち、胴体も糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

そして、刀身がゾンビの血を啜るのが分かった。ジュウ、と音を立てるかのように、黒い刀身が返り血を吸収していく。刀は再び脈打ち、先程よりも力強い歓喜の念を俺に伝えてきた。


「……すげえな、こいつは」


思わず感嘆の声が漏れる。

これまでのロングソードでは、骨を断ち切るために、ある程度の力と技術が必要だった。だが、この吸血刀は違う。まるで、刀自身が斬りたいと願っているかのように、吸い付くように対象を切り裂いていく。


俺の存在に、他のアンデッドたちも気づき始めた。

うなり声を上げ、一斉にこちらへと向かってくる。ゾンビの群れ、スケルトンの群れ。地獄のような光景だが、今の俺にとっては格好の餌の群れにしか見えない。


「来いよ。お前たちの命(?)で、こいつを育ててやる」


俺はアンデッドの群れの中に、自ら飛び込んでいった。

右から来るゾンビの腕を切り飛ばし、左から迫るスケルトンの頭蓋を砕く。

吸血刀は、振るうたびに血を吸い、その切れ味を増していく。最初は「斬る」という感覚があったが、今や「触れたものが斬れる」という感覚に近かった。硬い骨だろうが、腐った肉だろうが、関係ない。黒い軌跡が描かれるたびに、アンデッドがパーツとなって崩れていく。


そして、何よりも楽なのは、返り血を気にする必要がないことだ。

ゾンビの腐った体液は、浴びれば悪臭が染み付くだけでなく、病気になるリスクもある。いつもなら、それを避けながら戦う必要があった。だが、吸血刀は刀身に付着した血液や体液を、瞬時に吸い尽くしてしまう。おかげで、俺は純粋に戦闘だけに集中できた。


まるで、嵐が通り過ぎたかのように。

わずか数分で、墓地を徘徊していた30体以上のアンデッドは、すべて動かぬ骸の山と化していた。


「……はぁ」


俺は一つ息をつき、吸血刀を眺めた。

刀身は、あれだけの数の敵を斬ったというのに、血の一滴も付いていない。ただ、その黒さは以前よりも深みを増し、刀全体から放たれる妖気も、格段に強くなっていた。

そして、刀から伝わってくるのは、満ち足りたような、満足げな感情だった。


「お前、いい相棒になりそうだな」


俺が語りかけると、刀はこくりと小さく脈打って応えた。


依頼は完了だ。あとはギルドに戻って報告すれば、金貨10枚が手に入る。これで当面の生活には困らない。

俺は吸血刀を鞘に納め、墓地に背を向けた。

その時、墓地の奥、一番大きな墓石の陰から新たな気配が現れた。

これまでの雑魚とは違う。腐臭と、濃密な魔力。


ゆらり、と姿を現したのは、一体のグールだった。

ゾンビの上位種であり、人間の知性をいくらか残した、厄介なアンデッドだ。その目は憎悪に燃え、口からは涎を垂らしている。


「グルルル……キサマ……ワレラノ、エモノ……ヨコドリ……スルカ……」

「餌、ね。残念だったな。今日の狩りは終わりだ」


俺は再び吸血刀を抜く。血を吸って満たされた刀は、静かにその時を待っている。

グールは、俺が先程の戦闘で疲弊しているとでも思ったのだろうか。猛然と地を蹴り、鋭い爪を振りかざして襲いかかってきた。その速さはゾンビの比ではない。


だが、今の俺の目には、その動きがやけにゆっくりと見えた。

これも、あの家に住み始めてからの変化だ。身体能力の向上。魔力による知覚の強化。


俺はグールの爪を最小限の動きでかわし、カウンターで喉元に黒い刃を滑らせた。

先程と同じく、ほとんど手応えがない。

グールは自分が斬られたことに気づかないまま、数歩進んでからどさりと地面に崩れ落ちた。


「……さて、本当に終わりだ。帰って、温かいスープでも飲むか」


俺は今度こそ森を後にした。

新しい家、新しい武器、そして新しい自分。

すべてが良い方向に回り始めている。そんな予感が、俺の胸を満たしていた。

『訳アリ物件』を買ったあの日から、俺の人生は確実に変わり始めていた。


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