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第4話 地下室の秘密と三つの呪い


地下へと続く石段は、ひんやりと湿っていた。

一歩下りるごとに、魔力の密度が濃くなっていくのが肌で分かる。まるで、粘度の高い水の中に沈んでいくような感覚だ。壁からはじっとりと水が染み出し、カビの匂いが鼻をつく。空気そのものが、重い。


階段の先は、完全な闇だった。

俺は懐から火口箱を取り出し、松明に火を灯した。ぼうっとオレンジ色の光が広がると、広大な地下室の全貌が明らかになる。


「……なるほど。こりゃ酷い」


そこは、ただの地下倉庫ではなかった。

石造りのだだっ広い空間。床には、複雑で幾何学的な模様が描かれている。魔法陣だ。それも、何かの儀式に使うための、かなり大規模なもの。そして、その魔法陣を中心に、空間全体が強烈な魔力溜まりと化していた。


自然に魔力が集まる特異点(マナスポット)の上に、意図的にそれを増幅させる魔法陣を構築したのだろう。これでは、長く住めば誰もが体調を崩すはずだ。普通の人間なら、過剰な魔力に心身を蝕まれ、病気になる。魔力過剰障害。内見の時にバルクが言っていた、「住人がすぐに越していく」原因の一つは、間違いなくこれだ。


「……ん?」


そして、地下室の隅に、奇妙なものが鎮座しているのに気が付いた。

それは、屈強な戦士を模した、等身大の石像だった。精巧な作りだが、その表情は苦悶に歪み、全身から禍々しい呪いの気配を放っている。まるで、生きている人間をそのまま石に変えてしまったかのようだ。


「呪いのアイテムか。商売敵に呪われていた、ってのはこいつのことか」


元々この屋敷の主人は、魔道具を商う商人だったという。同業者からの嫉妬や妨害は日常茶飯事だっただろう。この石像は、その中でも特に悪質な呪物であるに違いなかった。屋敷全体に不幸を撒き散らし、住人の精神を蝕む。原因その二、発見だ。


そして、原因その三。

俺が地下室に足を踏み入れたことで、澱んでいた空気が動き始めた。

闇の奥から、ゆらり、ゆらりと、無数の人影が現れる。地上にいた亡霊たちとは比較にならないほど、強い怨念をまとった連中だ。


『『キ……タ……』』

『『クルシイ……ツライ……コワシテ……』』

『『コロシテヤル……!!』』


絶望、憎悪、苦痛。様々な負の感情が混じり合った声が、地下室に反響する。その中心にいるのは、ひときわ強い気配を放つ一体の亡霊だった。立派な服を着た、恰幅のいい中年の男。おそらく、この屋敷の元々の主、先代当主の霊だろう。その目は血のように赤く、俺を射殺さんばかりに睨みつけている。


「……勢揃いだな」


俺は松明を壁の燭台に差し込み、ロングソードを構え直した。

原因その一、魔力溜まり。原因その二、呪いの石像。そして原因その三、亡霊の軍勢。全ての元凶が、この地下室に集結していた。そして、この三つは互いに影響し合っている。魔力溜まりが亡霊を呼び寄せ、縛り付け、呪いの石像が彼らの負の感情を増幅させている。悪循環の完成だ。


「まずは、一番うるさいお前たちから片付けるか」


俺は先代当主の霊に向かって、剣先を突きつけた。


「俺はこの家の新しい主、カインだ。お前たちの事情には興味ないが、家賃も払わずに居座る不届き者は、力づくで叩き出す。文句があるなら、かかってこい」

『痴れ者がァァァッ!!』


当主の霊が絶叫すると、周囲の亡霊たちが一斉に俺へと襲いかかってきた。

その動きは、地上の霊たちのような緩慢なものではない。魔力溜まりの影響か、実体化しかけた鋭い爪を振りかざし、獣のような速さで飛びかかってくる。


だが、速かろうが数が多かろうが、俺にとっては同じことだ。

『骨拾い』の異名は、伊達じゃない。


ひらり、と身をかわし、爪を空振りさせる。すれ違いざまに、魔力を纏った剣で胴を薙ぐ。浄化の光を浴びた亡霊は、断末魔の叫びと共に消滅した。

四方八方から襲い来る霊の群れ。俺はその中心で、舞うように剣を振るい続けた。

斬る、薙ぐ、突く。

一つ一つの動作に無駄はない。アンデッドとの戦闘経験が、俺の身体に最適な動きを染み込ませている。腐った死体の臭いにも、不気味な叫び声にも、もう何も感じない。ただ、目の前の「障害」を効率的に排除していくだけだ。


「フルボッコ、とはこういうことを言うんだろ」


数分後。

あれほどいた亡霊の群れは掃討され、後には先代当主の霊だけが、信じられないといった表情で立ち尽くしていた。


『ば、かな……。我の僕たちが、こうも容易く……』

「お前の僕とやらは、脆すぎたな。さて、大将。お前はどうする? 大人しく成仏するか? それとも、ここで塵になるか?」

『……許さん……許さんぞ、小僧……! 我が家を……我らの安息を汚す者は、誰であろうと……!』


当主の霊は、残った全ての魔力を振り絞り、巨大な悪意の塊となって俺に襲いかかってきた。だが、もはやその攻撃に、先程までの勢いはない。


俺は真っ向からそれを受け止めるように、剣を突き出した。

「安息、だと? お前たちがやっているのは、ただの後追いと八つ当たりだ。そんなものは、俺が断ち切ってやる!」


剣先が、悪意の塊の中心を貫く。

浄化の光が、当主の霊を内側から焼き尽くしていく。


『ああ……あ……。これで、ようやく……』


断末魔の叫びは、最期には安らかな呟きに変わっていた。憎悪に縛られていた魂が、解放された瞬間だったのかもしれない。

光が消えた時、そこにはもう何も残っていなかった。


「ふう。まずは第三の問題、クリアだな」


亡霊たちがいなくなり、地下室の空気は少しだけ軽くなった。だが、根本的な問題は解決していない。この魔力溜まりと、呪いの石像がある限り、また新たな霊が引き寄せられてくるだろう。


「次は、お前だ」


俺は呪いの石像へと向き直った。

近づくだけで、頭がずきずきと痛み、吐き気がこみ上げてくる。強力な呪いだ。並の人間なら、この気配を浴びるだけで発狂するだろう。

解呪の方法はいくつか考えられる。高位の神官に依頼するか、解呪の魔法陣を描くか。だが、どちらも金と時間がかかる。


「面倒だな」


俺は呟くと、ロングソードを大きく振りかぶった。


「こういうのは、物理的に壊すのが一番手っ取り早い」


魔力を最大限に込めた一撃を、石像の胴体めがけて叩き込む。

ガァンッ! という金属的な破壊音と共に、石像に亀裂が走った。


『ギ……ギ……ィ……』


石像から、怨念の呻きが聞こえる。だが、構うものか。

二撃、三撃と、立て続けに剣を叩きつける。亀裂は広がり、やがて石像は大きな音を立てて崩れ落ち、ただの瓦礫の山と化した。

途端に、頭痛と吐き気が嘘のように消え去った。呪いの中核が破壊されたのだ。


「よし。第二の問題もクリア」


残るは、根本原因である魔力溜まりだ。

これは、魔法陣を破壊すれば済む話ではある。だが、それでは少し勿体ない。この豊富な魔力、何かに利用できないだろうか。例えば、魔道具の動力源とか、自分の魔力を鍛えるための訓練場とか。


俺が床の魔法陣を眺めながら思案していると、瓦礫の山と化した石像の残骸の中に、何か黒い石が大量に転がっているのが見えた。大きさは拳大ほど。表面は滑らかで、光を全く反射しない。


「……これは、吸魔石か?」


魔力を吸収し、蓄える性質を持つ希少な鉱石だ。おそらく、この石像は、呪いを永続させるために、魔力溜まりから魔力を吸い上げる役割も担っていたのだろう。

これがあれば、解決策は簡単だ。


「なるほどな」


俺は地下室の床――魔法陣の上に、吸魔石を一つ、また一つと並べていった。

すると、空間に満ちていた過剰な魔力が、面白いように吸魔石へと吸い込まれていく。粘性の高い水が、排水溝に流れ込んでいくように。

全ての吸魔石を配置し終える頃には、地下室を支配していた重苦しい魔力の圧はほとんど消え失せ、ただの少し湿った地下室、という程度に落ち着いていた。


「これで、第一の問題も解決、と」


俺は満足げに頷いた。

魔力溜まりを完全に消すのではなく、吸魔石でコントロール可能な状態にする。これで、魔力過剰障害の心配はない。むしろ、この適度な魔力は、住人である俺の身体能力を少しずつ強化してくれるかもしれない。


これで、この屋敷の「訳アリ」の三大原因は、全て俺の手によって解決された。

あとは、地上の部屋に残った血痕や汚れを物理的に掃除するだけだ。


「さて、と……」


地下室の片付けをしながら、ふと、隅の方に打ち捨てられた古い木箱があるのに気が付いた。埃を被り、蜘蛛の巣が張っている。先代当主の隠し財産でも入っているだろうか。

期待を込めて蓋を開けると、中には二つの品が、厳重に布に包まれて納められていた。


一つは、黒檀の鞘に収められた、片刃の刀。

もう一つは、銀の縁取りが施された、手鏡。


どちらも、一目で分かるほどの強力な魔力を秘めていた。

だが、その魔力は、これまで対峙してきた呪いや怨念とは質の違う、妖しい輝きを放っていた。


「……こいつはまた、厄介そうなのが出てきたな」


俺は思わず、苦笑いを浮かべていた。

この屋敷は、まだまだ俺を飽きさせてはくれないらしい。


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