side雲雀ー偽物でも、君の『好き』が欲しかった
第一印象は変なやつ
次はおかしいけど面白いやつ
その次は変な嘘つく変な女、そんでーーーー
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創は、誰にでも分け隔てなく優しい。
それは最初から分かっていたことだ。
うちに来たあの日からずっと、彼女は完璧だった。
柔らかな声色、整った動作、人懐っこい笑顔。母も近所の人間も、皆すぐに創を好きになった。……でも、俺にはわかった。あれは仮面だ。
神童だった頃、たまに見た大人がつけるお綺麗な嘘の仮面。誰にでも好かれるように貼りつけた、嘘の顔。
初めは警戒した。
こいつもあいつらと同じように俺を利用するだけ利用して捨てる悪い大人なのだと。
でもあいつがしたことと言えば俺に好きということのみ。
俺に何かしろや、何か発明しろなど才能を使わす要求など一切しなかった。
「好きですよ、雲雀くん」
俺を部屋から出すためについた嘘。
嘘だとわかって興味が湧いた。
この女はどうしてこんな嘘をつくのか。
こんな嘘で俺が外に出ると思って行ったのか?
まぁ、こんな変なこと言われなければ俺は一緒外に出ることはなかっただろう。
そりゃ誰だって気になるだろ?
好きでもないやつに好きって平然と言ってのける奴の気持ち、どうしてそんなことを言ったのか、何のメリットがあっていったのか。
そもそも初対面の俺を好きなわけがないのだから。
部屋にこもっていたあの日、
「雲雀くんが楽しいと思えること、一緒に探しませんか?」
そう言って、手を差し伸べてきた。
信じられなかった。
でも、その手を取れば、何かが変わるかもしれないと思った。
──だから一緒にいた。一緒にいることに意味を持たせたかった。
俺が扉を開けた日から、外に出た日から創は俺に嘘の好きを囁き続けている。
それでも俺は、その言葉を聞きたくて創のそばに居続けた。
いつか、その「好き」が本物になるかもしれない。
そう思ったからだ。
……いや、思いたかっただけかもしれない。
だから――佐山に対しての創を見て、気づいてしまったとき、心の底が軋んだ。
冬の帰り道、ふたりが本屋の袋を提げて、肩を並べて歩いていたのを俺は見た。
創が何か言って、佐山が笑う。
佐山が少し顔を赤らめて言い返すと、創は子供のような顔で「ははは」と笑った。
──その表情を、俺は見たことがなかった。
創は誰にでも優しい。
でも、それは当たり前で。
穏やかな微笑み、丁寧な言葉。
全てがよくできた仮面。
でも──佐山にだけは、それが違った。
本人は気づいていないと思うが、創は佐山にだけあの完璧な「仮面」を外す。
最初にそれに気づいたのは、ほんの些細なことだった。佐山にだけ、目線を合わせて話す。
名前を呼ぶとき、声がやわらかい。ちょっとだけ、笑い方が違う。
子どものような顔で笑う。
少しだけ困ったように視線を外す。
思わず肩を並べて寄り添う。
あれは、俺には見せたことのない創だ。
「……へぇ、佐山とそんなに仲良かったっけ。」
ある日、創が佐山の話を楽しげにしているのを、俺はそう口に出してしまった。
刺すような声だった。自分でもそう思うほど、醜かった。
創は一瞬きょとんとした顔をしたあと、「そうですね、雲雀くんと同じくらい仲良しですよ」と笑った。
……それが、さらに腹立たしかった。
佐山には「本当の好き」を見せているのに。
俺には「嘘の好き」を続けているくせに。
それでも、俺は離れられない。
創が笑うたび、俺の心はぐちゃぐちゃになるのに、彼女を見ていたい。
俺はわからないどうして創が嘘をつくのか。
こいつ、もしかしたら俺のことが嫌いなのか?
でも嫌いなやつに毎日好意があるフリをするのはあまりにも狂気じみている。
それに少なくともこの4年間一緒にいて嫌われていると感じたことはない。
創の嘘を、好きを聞き続けてわかったことがある。
その言葉は祈りに近い。
そうなればいいな、そんな気持ちが感じ取れるような気がする。
まぁ、俺がそう思いたいだけかもしれないが。
「……創。お前の嘘が、いつか本当になったらいいって思ってる。」
そう願ってしまった俺は、もうとっくに――創に惹かれてしまっているのだ。