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28. 本当の未来人

あの日以降――

創さんとさらに仲良くなれた気がした。


以前はいつも、どこかに“壁”があった。

言葉の節々に、距離を測るような温度があって。けれどそれが、今ではもう、すっかり取り払われたように思える。


雲雀は、俺と創さんの関係が近づくのをあまり良く思ってないようだったけど――

俺は、素直に嬉しかった。


雲雀抜きで創さんと話す機会も、どんどん増えていった。


「――創さん、お邪魔します」

「いらっしゃい、佐山くん。今日も実行委員のお仕事で遅かったの?」


創さんは以前に比べて、ずっと砕けた口調で俺に話しかけてくれるようになった。


その響きが嬉しくて――まるで、自分が“対等な存在”として認められたような気がして、自然と心が浮き立つのだった。


けれど、そんな雰囲気を割るように、廊下から不機嫌な声が響く。


「……創、お前、最近妙に佐山に馴れ馴れしくないか? なんかあったのか?」

「――秘密です。強いて言うなら、前より“仲良くなった”んです、佐山くんと。……彼と2人きりになりたいので、雲雀くんは――あっち行っててください」


唐突すぎる追い出し宣言に、雲雀は目を見開き、むくれた顔でとぼとぼと歩き去っていった。不機嫌そうで、でも……少しだけ寂しそうだった。


「……あの、よかったんですか?」


俺が問いかけると、創さんは首を傾げるように笑った。


「雲雀くんのことですか? ええ、いいんですよ。今日は佐山くんと話がしたかったので」


――その笑顔は、まるで年相応の少女みたいで。

未来の人工人間でも、感情を制限された存在でもなくて、ただの“はじめさん”だった。


「ところで……“告白”はいつするんですか?」

「……あぁ、日程言ってませんでしたね。文化祭の日にしようかなって」

「9月22日ですか。……あと一週間ほどですね」


創さんは、ほんの少し息を吸い込み、表情を引き締める。


「……すごく、緊張します」


でもその顔は、怯えているというよりも、“覚悟を決めた人”の顔だった。


以前の創さんにはなかった感情。

いや、あったけれど、ずっと見せてこなかっただけなのかもしれない。


まるで感情の鎖を全部解き放ったみたいに、創さんは最近、いろんな表情を見せてくれる。


「そう言えば……佐山くんのクラスは、文化祭で何をやるんですか?」

「遊び場です。簡単なゲーム会場みたいな感じですね。ポーカーとか、ダウトとか、囲碁将棋、トランプ、なんでも遊べますよ!」

「へぇ……楽しそう。いいですね、そういうの」

「夜は近くの地域の人たちによる花火が見られるんですよ。夜までやってる文化祭って、ちょっと珍しいでしょ?」

「ふふっ。確かに。でも、楽しみですね」

「企画とか屋台は15時くらいで終わるんですけど、花火が始まる7時までは自由行動なんです。だから、その時間が狙い目かなって」

「……じゃあ、その時間に“告白”ですね」


創さんの声は、静かに響いた。


「んで、話終わった?」


タイミングを見計らったかのように、雲雀が部屋に入ってきた。


「はい、終わりましたよ。雲雀くん、拗ねないでください」

「拗ねてねーよ」


口調はいつも通りだが、その眉間にほんのわずかな皺があることに、俺は気づいていた。


創さんと雲雀――ふたりの間にある“特別さ”は否応なく目につく。


たとえ“恋愛感情”ではないとしても、あの近さは、俺の心をもやつかせるのに十分だった。


創さんが雲雀に告白する前に、俺は自分の気持ちを伝えなければならない。

今を逃したら、きっと一生、言う機会なんてなくなる。


――そんな焦燥を、ぐっと胸の奥にしまい込む。


* * *


次の日、学校では文化祭準備のピークを迎えていた。実行委員会の会議は連日続き、放課後も遅くまで残される日々が続く。

この日は、各クラスの出展企画の最終確認と予算整理、それに文化祭当日の運営警備シフトの作成。

正面には、相葉さんが座って黙々と作業を進めていた。


パソコンを打つ音だけが響く静かな空間。

その中で、彼女がふと口を開いた。


「……もうすぐで、文化祭だねー」

「……そうですね」


「覚悟、決めたんだねー」


――吹き出すかと思った。


この人は、どうしていつも、こんなタイミングで核心を突いてくるのか。

どこまで知ってて、どこまで知らないんだろう。


「……佐山くんってさ、ほんと顔に出やすいからさ。揶揄い甲斐あるよねー!」


そう言ってにこっと笑うその顔が、まっすぐで、眩しかった。


「……創さんに告白するんだ。頑張ってね」


その一言に、思わず息が詰まった。


応援のつもりで言ってくれてるのは、分かっている。

でも、なんだろう。その声が、ひどく優しくて――少しだけ、痛かった。


「私もね、君の頑張るところ見てたら……このままじゃダメだなって、思ったんだよ」

「……え?」

「振られてくるよ。蹴りをつけてくる」


彼女は、笑っていた。

まるで、何でもないことみたいに。


「私も告白するよ。でさ、終わったら――お互い、傷の舐め合いでもしよーね?」


“にひひっ”と笑ったその顔には、もう迷いなんてどこにもなかった。


「やっぱり、相葉さんって……かっこいいですね」


ぽつりと漏れた俺の言葉に、相葉さんは驚いたように一瞬目を丸くして、それから照れくさそうに微笑んだ。


「佐山くんもね」


――その笑みがなんだか悔しいほど、まっすぐだった。

そんな風に2人で地味な作業を進めていると、教室のドアが開く。


「……あれー? 二人とも、まだ仕事してんの?」

「……あれ、阿佐美? なんであんたここにいんの?」

「忘れ物。宿題で使う参考書、ロッカーに置きっぱでさ」

「あー……ならついでに手伝ってよ。ちょうど人手足りなかったんだよ」

「え〜、なんで俺が? メリットなくね?」

「クラスに貢献できるんだからありがたく思いなさいな」

「……てかそれ、完全に2人の仕事じゃん。……ま、いっか。暇だし」


彼はいつもの気だるげな様子を崩さないまま、素直に俺たちの作業を手伝いはじめた。

阿佐美くんは、一見チャラくて軽薄そうに見えるが、本質は優しい人間だ。

その優しさを無理に見せびらかさないのが、彼の良いところでもある。


――柚月も、きっとそういうところに惹かれたんだろうな。


そう思っていたら、ふと彼が口を開いた。


「佐山くん、創さんに告白するってホント?」

「――えっ!? な、なんでそれ知ってんの!?」

「廊下から聞こえてた。ごめん盗み聞き〜。でも安心しろー、本人には言わないからさー」


ケラケラ笑う阿佐美くん。まったく油断ならない。


「……阿佐美って未来人じゃん。じゃあ……告白の結果とか、知ってたりする?」


相葉さんの声に、阿佐美くんは少しだけ言葉を選ぶような間を置いた。


「……いや、知らねーよ。結果は。でもさ、佐山先生が未来でずっと片想いしてて、独身貫いてたって話は有名だったから」


――その言葉に、思わず背筋が凍った。


(……俺、独身なのか?)


創さんに気持ちを伝えられずに?

あるいは伝えたけど……受け入れられなかった?


心の奥に、冷たい水を流し込まれたような感覚が残る。


でも――そこには、もうひとつの違和感があった。

……あの時、阿佐美くんに“俺は未来で幸せですか?”って聞いた時……


彼は、何も言わなかった。否定も、肯定もしなかった。ただ、沈黙していた。


やっぱり、幸せじゃなかったのか。俺も、創さんも


だとすれば――何のために、未来から過去へやってきたのか?

俺が創さんのことを好きなことは、未来では有名な話だったという。

けれど、それを“創さん自身”がどう受け取っていたのかは、誰にもわからない。


彼女が未来人であると確定した今、阿佐美くんが言っている言葉に一つ矛盾が出来てしまった。


未来での俺の好きな人。


彼女は未来人で俺と彼女は未来では出会っていないはずだ。

なのに阿佐美くんは俺が創さんを好きなことを知っていた。

それは、つまり。


阿佐美くんのいた未来で、俺と創さんは出会っていて。そして何かがあって創さんは未来からきた?

あり得ない話ではない。


彼女は俺に対して異様に優しかったように感じる。

もしかしたら既に学生時代の俺たちと一緒の日々を過ごしていて、その先の未来の創さんなのかもしれない。


そしてもう一つ。


創さんが未来から来た目的って……いったい、何だ?

来栖雲雀に近づいた理由。メイドとして彼のそばにい続ける理由。なぜ“今”この時代に現れたのか。


――それが分からない。


未来の俺が好きになった創さんは、――きっと、未来人の創さんだ。


じゃあ……今、目の前にいる彼女は……誰なんだ?

その矛盾が、頭の中でずっと、ずっと鳴り止まなかった。


辻褄が合わない。


そして――ふと、ひとつの可能性が脳裏をかすめた瞬間、すべてが腑に落ちる音がした。


(……あぁ、そういうことか)


俺が、創ったんだ。


――未来の俺が。


未来で、俺は創さんを失った。


そして……彼女が目の前から消えたとき、俺は、ヒューズの研究にのめり込んだ。


取り戻すために。

もう一度、会うために。


“感情を持ったヒューズ”を作る――ただそれだけを目的に、自分でも気づかないまま、彼女に似たヒューズを作り上げてしまった。


(あれが、彼女だったんだ)


そして、完成した彼女は過去に行く任務を命じられた。


そして、未来の俺は気づいてしまった。


この世界が、同じ時間を繰り返す“ループ”の中にあることを。

そして、毎回のループで、自分が創った創さんが、俺や雲雀と出会い、その末で彼女がまた死んでしまうことを


過去を変えようと未来から来た彼女の行動はすべて、決められたレールの上を走っているだけだった。


それに気づいた未来の俺は、もしかしたら、彼女を止めようとしたのかもしれない。この無限の悲劇から救おうとして。


――でも、殺された。


何者かに。あるいは、“ループ”そのものに。

きっと何度も俺は気づいては殺されてを繰り返している。


そしてまた、新しいループが始まった。


俺は知らず知らずのうちに、過去の自分として、また“彼女”に惹かれ、同じ日々を繰り返している。


それがこの世界の正体――人為的に作られた永遠の回路。


創さんは、変えようとしていた。でもその「変えようとする行動」すら、最初から決められていた。


もしかしたら、彼女自身すら気づいていない。自分が、既定された世界線を進んでいることを。


教室には、時計の針の音が微かに響いていた。


日が傾き、窓辺の影が少しずつ長くなっていく。


相葉さんは「お手洗い」と言って教室を出て行った。

残されたのは俺と、窓際でのんびりと椅子を揺らす阿佐美くんだけ。


――ちょうどいい。


俺は、ずっと気になっていたことを聞くべき時が来たと、腹を決めた。


「阿佐美くん」

「ん?」


彼は軽く振り返り、いつもの気の抜けた笑みを浮かべる。


「未来で……何があったの。創さんは、どうして未来から来たの?」


ピタリと、椅子の揺れが止まる。

阿佐美くんの表情が、かすかに引き締まった。それでも飄々とした口調は変わらないまま、ぽつりと呟いた。


「すげーな、やっぱり佐山センサーは頭の出来がちげーや」


「……?」


「大体理解した、って顔してるもんな。そろそろ全部、教えてやるよ」


彼は椅子を少し引き、こちらに身体を向けた。夕陽が彼の頬を照らした。


「未来では、ヒューズの暴走で――人類のほとんどが死んだ」


言葉が、落ちるように教室に響く。風がカーテンを揺らした。


「ヒューズ……」

「創みたいな存在のことだよ。遺伝子調整された、人間と機械の境界線にいるやつら。感情を一つしか持たない、完璧に制御された兵器。そいつらは来栖雲雀に命令されて地球にいる人類のほとんどを殺しちまった。」

「……」

「ヒューズが暴走して、あらゆる都市が火の海になった。創はその元凶を作った人物――“来栖雲雀”を殺すためにこの時代に送り込まれた暗殺者だ」


阿佐美は、あっさりと言った。


「創さんが……暗殺者……」


衝撃はあった。けれど、それ以上に心のどこかが妙に納得していた。創さんの冷たさ、使命感、時折見せる焦燥。それは、そういうことだったのか。


「でも……殺せてないんだろ?雲雀を」

「ああ。創は、一度たりとも雲雀を殺したことがない」


阿佐美は天井を見上げた。


「理由は簡単。お前らが“感情”を教えちまうからだよ。何度ループしても、どこかで誰かが創に感情を芽生えさせる。そうすると、彼女は“殺せない”って気づく。で、失敗して、また未来は滅ぶ」


ふぅーっと彼は一息つく。


「それに、創には、未来を変える力なんてない」

「なんで……?」

「だって、あいつ自身が“固定点”だからさ」


その言葉は、理解に時間がかかった。


「創が未来から来る、雲雀を殺す、それが失敗する――それ自体が、この世界の“仕様”なんだよ。つまり、創がここにいる時点で未来は変わらない」


「……それって……」


「皮肉な話だよな。自分こそが異分子で、未来を変えられるって信じてる創が、実はこのループの核だったってわけだ」


沈黙が落ちた。

急に心が重苦しくなる。

「でも、この世界のループは、もうとっくに以前のものとは逸脱してしまってる。――そうでしょ?」


その瞬間、阿佐美の動きが止まった。

窓辺に座って揺れていた椅子が、キィ、と静かに軋む。普段は飄々とした彼が、珍しく、目を見開いていた。


「……やっぱ、鋭ぇな。佐山センサー」


苦笑しながら、阿佐美は立ち上がる。

そして、俺の方へゆっくりと近づいた。


「君は、このループに……いや、今までのループのどこにも存在しなかった」


俺は言った。

確信に近い直感だった。


「君という存在は、何度も繰り返されたこの世界の“バグ”みたいなもんだ。君こそが、本当の意味での未来人。――未来を変えられる、唯一の異分子だ」


その言葉に、阿佐美は口角を上げた。

そして、両手を打ち合わせる。パチパチパチゆっくりとした拍手が教室に響き渡る。


「そうだよ。全部、未来で“佐山先生”が残したノートを読んで気づいたんだ。世界がループしてることも、俺がこの世界の異物だってことも」


「……君は未来で、どんな存在だったの?」


阿佐美は少しだけ視線を落とし、言葉を探すように小さく息を吐いた。


「俺は……未来で、“タイムマシンを完成させた科学者”ってことになってる」

「ことになってる?」

「本当は、俺が作ったわけじゃない。

作ったのは、別の科学者達。数十年後にはとんでもない天才がいたわけよ。」

「じゃあ、君は……」

「そいつにループの話をしてな。そしたら喜んで協力してくれたよ。そいつから借りた設計図を機関の奴らに見せて俺は未来でタイムマシンを作った科学者になったわけ。」


言葉に誇らしさはなかった。

むしろ、虚しさが滲んでいた。


「でも、その科学者の協力のおかげでこの世界は既定路線から外れた。」


阿佐美は、笑った。


「俺は本来この世界にはいないはずの存在。だけど、何故だかこの世界に発生しちまった。」


「創さんとは……未来で会った?」


「もちろん。俺は“科学者”として、彼女の計画に協力するふりをしてた。

そんで外れたループの結末がどんなんになるのか見守るために俺も未来から来たって訳。まぁでも、こっちに来た目的は別にもあるがな。」


「目的……?」


一瞬、阿佐美の表情が固まる。

その視線は、どこか遠く、どこにも向いていないような曖昧さを帯びていた。


「――それは言いたくねぇ、今言ったら面白くないだろ?」


「――創さんが、誰に殺されたかとか……どうして死んでしまうのか、その理由ってわかる?」


俺の問いに、阿佐美は短く首を振った。


「それは、わかんねーよ」


あっけらかんとしたその声に、ほんのわずかだけ冷たさが混じっていた。

創さんのの死に対する“執着”が、彼には明確に欠けていた。


むしろその先――創が死んだ後に何が起こるか。彼の関心は、そこにしか向いていない気がした。


「ねえ、阿佐美くん」

「ん?」

「……君は、創さんが死んでもいいって、思ってるよね?」


一拍。

それから、阿佐美は笑った。

愉快そうに、そしてひどく空っぽな笑みで。


「ははは、バレた? 思ってるよ。正直、アイツの生き死になんて、どうでもいい」

「……」

「救いたいってんなら、勝手にすればいいさ。俺は止めない。だけどな――俺が本当に見てるのは、来栖雲雀だ。アイツが狂って、この世界を壊そうとしない限り、俺は来栖雲雀には絶対、手を出さねーよ」


その言葉に、俺はようやく――少しだけ、理解できた気がした。

阿佐美が、なぜあれほどまでに創に冷たいのか。

なぜ「好きにしろ」と突き放すようなことしか言わないのか。


俺は、ずっと思っていた。

彼は“バグ”だと。この世界のループを乱す“異物”として生まれた存在だと。


けれど違ったのだ。


彼は――“バグに出会ってしまった人間”だった。

彼は、そのバグに関わったことによりこのループに存在してしまったのだ。

思い出す。

以前、阿佐美が言っていた。

未来に「好きだった人」がいた、と。

その人のことだけは、話したくない、と。


……まさか。


「阿佐美くん」


俺はそっと、問いかける。


「君の“好きだった人”こそが、ループの“バグ”だったんだね?」


一瞬で、彼の笑みが消えた。


その表情は、怒りでも苛立ちでもなかった。むしろ、凍りつくような虚無。何も返さず、ただ黙っていた。

やがて、ぽつりと口を開く。


「リコ。ヒューズのくせに感情みたいなのがある、バカの象徴みたいな女」


阿佐美は、どこか遠くを見るように言った。


「俺はアイツに拾われて、生かされた。命の恩人で……俺の、好きな女」


その言葉に、俺は自然と訊いていた。


「その人がいたから……阿佐美くんは、生きることができたんだね」

「そう。俺は――親に捨てられて、荒れた荒野で、ひとりぼっちの赤ん坊だった。世界の崩壊した未来で、生きるには小さすぎて、弱すぎた。

でもアイツが俺を育ててくれた。ループの中では死んでいたはずの俺を助けた。」


夕焼けが教室を照らす。

それから彼は未来であったことを、リコさんとの思い出を語り始めた。

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