3. 雲雀君のお友達
ー「今日、委員長、家来る。」
朝ごはんを食べ終わったあと、唐突に雲雀君がそう言った。
私はスプーンを持つ手を止めて、思わず聞き返してしまった。
「……えっ、委員長って、学校の?」
「他に誰がいるんだよ。」
ぶっきらぼうにそう返されたが、私の胸の中は少し浮かれていた。だって、雲雀君にとっての“委員長”は──彼の、初めての友達なのだから。
「そ、そんなに仲良くなってたんですね〜! すごいじゃないですか! おやつ何がいいです? クッキー? シフォンケーキ?」
「うるせぇな。……別に仲良いとかじゃねぇし。」
照れ隠しなのか、そっぽを向いて不機嫌そうに返す雲雀君。だけど、目の端にはちゃんと嬉しそうな色が滲んでいる。
「そっかぁ、でもあんなに突っぱねてたのに、気が合ったんですね? 雲雀君が“ちょーうざい”って言ってたの、懐かしいですね〜。」
「うっせー、ばか創。……たまたま話があっただけだよ。」
彼の言葉に私はくすっと笑った。
はいはい、そういうことにしておきますね。
「……あいつ、俺が研究してるヒューズ細胞について興味あるらしくてさ。試しにいくつか問題ふっかけてみたら、意外といい線いってて。……才能あんだよ、あいつ。」
「へえ〜。すごいじゃないですか、委員長さん」
「だから、今日も遊ぶわけじゃなくて。研究の話、するだけ。……放課後、来るから、準備よろしく。」
そう言って、雲雀君は玄関に向かい、制服の裾を少し直してから登校していった。
──たぶん、ちょっとだけ、楽しみにしてるんだと思う。素直じゃないけど。
***
放課後。
私は、いつになく緊張に似た感情を感じた。あの雲雀君が「認めた」人が、家に来るのだ。
正直、興味津々だった。
どんな子なんだろう? どんな雰囲気? 雲雀君とはどんな会話をするんだろう?と。
玄関のチャイムが鳴いて、雲雀君の「来たぞー」って声がして──私は出迎えに行った。
……顔を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。
その委員長は、癖のない綺麗な黒髪で、落ち着いた目元で──だけど、私にとっては決して忘れられない、見覚えのある顔だった。
ー佐山 威人
未来で私を造った、あの人だった。
私は未来では、感情を持たなかった。そんな私に感情に似たものを与えてくれた人。
だからこそ、彼の言葉も、笑顔も、全部を思い出せる。
その人が、なぜここに? なぜ雲雀君と?
なぜ今この時代に……?
でも、言葉には出せなかった。
だって彼は──未来の記憶を持たない、まだ何も知らないただの中学生なんだから。
「こんにちは。あの、委員長……さん、ですね?」
「はい。佐山威人です。お邪魔します。」
優しい声でそう言って頭を下げた彼に、私はただ笑って見せることしかできなかった。壊れてしまいそうな、息が詰まる気持ちを押し殺しながら。
***
「創さんっていうんですね! 雲雀から聞いてます。俺、メイドさんって初めて見たな〜!」
玄関で出迎えた瞬間、佐山先生はまっすぐ私の顔を見て、目をきらきらさせながらそう言った。まるで未知の生き物を見たかのような純粋な好奇心。ちょっとびっくりするくらいの笑顔。
──やっぱり、この子は間違いない。
未来で私を造った、あの「佐山先生」だ。
けれど目の前にいる彼は、まだ過去の佐山先生。目の奥はは無垢で、頬を緩ませて笑う姿には、まだ少しあどけなさすら残っていた。
「はじめまして、佐山くん。私の名前は淡路創と申します。雲雀君のお世話をさせていただいてます」
「丁寧!かっこいい! 俺、佐山威人っていいます!よろしくお願いします!」
にぱっと笑う彼に、私はふっと笑ってしまった。
──あの佐山先生が、こんな子どもっぽく笑うなんて。
雲雀君が「委員長」って呼ぶ理由も、ちょっとだけわかった気がした。
ふたりはすぐに部屋へと上がっていった。その背中を見送りながら、私はようやく思い出していた。
──そうだ、佐山先生と雲雀君は「友達」だった。
すっかり忘れてた。
というより、そんなに昔からの関係だったなんて、思ってもみなかった。
未来で私が知っていたのは、研究者としての佐山先生。静かで、理知的で、誰にも心を開かず、それでも孤独には強かった人。
でも今の佐山くんは──
「……六人兄弟の長男で、化学大好きな、ちょっとおしゃべりな子。」
それが、未来で“世界を変える研究”をするなんて、誰が想像できるんだろう。
私は悩んだ。
彼にどう接するべきか。このまま何も知らないフリをしていていいのか。でも一つ、確かなことがある。
佐山先生は、未来でも私にとって「信頼できる人」だった。そして、きっと雲雀君にとっても。
「……しばらくは、見守ることにするか。」
誰にともなく、私はぽつりとそう呟いた。
──未来を変えられるかもしれないからこそ。今は、この再会がどうしようもなく愛おしい。