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27. 疑惑と駆け引き

あの日、相葉さんに言われた言葉がずっと頭を巡っている。


言って後悔するか、言わずに後悔するか、か。


このまま、今の距離感でいられたら、それが一番いいと思っていた。

でも相葉さんの話を聞いてから、何かが変わった。


このままだったら、俺の気持ちは誰にも知られないまま終わる。


それなら――

振られて終わった方が、まだマシだ。


俺のことを、少しでも考えてくれた。そんな記憶が残る方が、きっといい。

創さんのことだから、きっとはっきり断るだろう。

でも、それでもいい。


俺はようやく、決意した。


文化祭の日に、創さんに告白しよう。

日を決めなきゃ、たぶん一生言えない気がする。それまでは、自分の中のもう一つの疑問に向き合う。

彼女は、ずっと何かを隠してる。

雲雀にさえも。

俺は今まで見て見ぬ振りをしてきた。

けどもう、できない。


その理由を、彼女の“本当”を、知りたい。



「お邪魔しますー。……あれ? 雲雀、創さんは?」

「リビングにいないなら夕飯の買い出しだろうな。商店街の方に行ってると思う。なんかあいつに用?」

「うん、まあ、そんな感じ。教えてくれてありがと。じゃ、俺行くわ」

「えっ、おい、もう帰んの?」

「今日は雲雀に用はないからー!」

「……正直に言いすぎだろ」


雲雀の呆れ声を背中で聞きながら、俺は玄関を出る。

早歩きで、夕暮れの商店街へと向かった。



商店街に着いてすぐ、彼女の姿は目に入った。

綺麗な髪を後ろに編み上げて、端正なメイド服を着た少女。両手に大きな買い物袋を提げて、ゆったりと歩いていた。


あれ、絶対重いだろ。

でも、彼女にとっては、きっと……重くないんだろうな。


「創さん!」


思わず駆け寄る。彼女が振り返った。


「……あら。佐山くん。偶然ですね。こんなところで会うなんて」


いつも通り、落ち着いた口調。笑みさえ浮かべている。


「……実は偶然じゃなくて。雲雀に聞いたんです。創さんに、話したいことがあって」

「そうなんですね。お話なら、聞きますよ。ちょうど買いたいものも全部そろいましたから」


くいっと、満杯になった袋を俺に見せる。


「……一個持ちますよ」

「本当ですか? では、お言葉に甘えて」


片方の袋を手渡される。ズシッと手に重さがのしかかった。重すぎる。やっぱり、普通の女性が持てる荷物量じゃない。

歩き出す彼女の横に並びながら、俺は言った。


「……創さん、ちょっと長くなるかもなんで。公園、寄ってもいいですか?」

「? ええ。構いませんよ」


少し不思議そうな顔をしながらも、彼女はついてきてくれた。


公園に着くと、ベンチに並んで座る。

風が揺らす葉の音と、カラスの声が、やけに静かに響く。

創が口を開いた。


「それで……なんですか? お話って」


俺は、まっすぐ前を向いたまま、言葉を絞り出した。


「創さん……」

「はい」


本当はこんなこと言いたくない。でも、確かめずにはいられなかった。


本当の貴方を知りたい。


ぎゅっと目をつぶり、覚悟を決める。


「創さんの……髪の毛、一本、もらえますか?」


……沈黙。

カァ……カァ……と遠くでカラスが鳴いている。

彼女の返事が聞こえるまで、ずいぶん時間がかかった気がした。


「……普通に、嫌です」


彼女は言った。静かに、しかし、明確に。


「佐山くん、それは失礼な発言ですよ。……それと。貴方が期待しているような結果は、得られないと思います」


言葉はいつも通り丁寧なのに、目は合わない。


「……何を考えているのかは、だいたい、分かります」


彼女は、こちらを見ようとしなかった。


「それで……雲雀は騙せても、俺は騙されませんよ。創さん」


その言葉に、彼女の肩が、ピクリと揺れた。

それから、彼女はほんのわずかだけ、口を引き結んだ。

さっきまでと同じ顔。でも、そこに張り詰めた緊張が走っていた。


──初めて見た。強張った、彼女の“素”の表情。


こんな顔もするのか――


俺は驚いた。


創さんの表情は、明らかに強張っていた。それは、これまで一度も見たことがない“素”の彼女だった。

怯え、歪んで、取り繕う余裕すらない。

あと、もう一押し。


「……阿佐美に、聞きましたよ。創さんが、未来人だって」


その瞬間だった。

彼女の表情が一変した。


仮面が――落ちた。


目を見開き、息を詰め、口が微かに震えていた。この瞬間、俺は確信した。俺の中にあった“疑念”は、完全に“確信”へと変わった。


「……う、うそ」

「……はい、嘘ですよ」


俺はあっさり言い切った。


阿佐美くんきに聞いたと言うのははったりだ。創さんと阿佐美くんは仲が悪い。

だからこそ、情報を漏らしたって言えば、きっと創さんは一瞬でも動揺すると、そう思ってた。どうやら予想通り罠にかかってくれた。


しばらく沈黙が続いた。


創さんは目を閉じて、ふーっと長く息を吐く。


「……私の負けですね。佐山くん、何が聞きたいんですか?」


「……自分が、未来から来たってこと。認めるんですか?」


小さく、間があった。


「……認めますよ。というか、もう貴方の中では確信になっている。流石と言うべきですか。……心理戦は、人間には勝てませんね」


言いながら、彼女は少し寂しそうに笑った。

どこか他人事のように――まるで自分が“人間ではない”と前提にしているような口ぶりだった。


「やっぱり、未来人なんですね。それに、人間じゃ、ない」

「はい。私は“人間を模範して作られた存在”です。生物的には、人間とは言えません」


俺はごくりと喉を鳴らした。


「……いつから気づいてたんですか?」

「確信を持ったのは、ほんの最近です。でも、疑ってたのは……最初からですね」


ベンチの手すりを見つめながら、俺はゆっくり言った。


「最初は……不気味だと思ってました。雲雀のそばにいる、なんでもできる使用人。

感情の起伏が乏しくて、完璧すぎる動作。中学生の時の俺には、ちょっと……怖かった」


創は静かに目を伏せた。


「ひどいですね」

「……でも、同時に、目が離せなかった。不気味なのに、気になって仕方なかった」


そして続ける。


「……夏なのに、ほとんど外に出なかったのも変だった。その時はピンと来なかったけど、今なら分かります。……創さん、汗かかないんですよね?」

「はい。その通りです。私達に、発汗機能はありません」

「あと、笑い方も、どこか不自然だった。無理して感情を模倣してるような……そんな印象を、ずっと持ってました」

「……なるほど。確かに、あの頃の私は、まだ“演技”が下手でしたから」


「でも、中三のとき……」


俺はゆっくり口を開く。


「創さん、俺に言ってくれたんですよ。“何も諦める必要はない”って。あの言葉が、当時の俺には――すごく、嬉しかったんです」


創さんは黙って、俺の言葉を聞いている。


「……あの時の創さんは、人間らしくて。あぁ、この人って、こんなにあったかい人だったんだなって……。それまでの“違和感”が、勘違いだったんだって思って……。それ以来、貴方のこと、疑わなくなりました」


創は目を伏せたまま、小さくまばたきをする。表情は穏やかだけれど、どこか寂しそうにも見える。


「でも、再び疑い始めたのは――阿佐美くんが現れたときです」


創の瞳が、わずかに揺れた。


「普段あまり感情を出さない創さんが、阿佐美くんにだけは……明らかに異様な反応をしていた。その時、思ったんです。

『この2人、ただの顔見知りじゃない。何か、深い関係があるんじゃないか』って」


創さんは軽くため息をついた。


「……阿佐美秀のせいで、私は墓穴を掘ったわけですね」

「それだけじゃありません。雲雀が教えてくれました。阿佐美くんは、“人間じゃない”って。彼の髪から、“ヒューズ細胞”が検出されたことを……」


創のまぶたが、ほんの少しだけ閉じられる。


「……それを聞いて、彼が未来人であることは確信に変わりました。そして、貴方も――人間ではないんだと、結論づけました」


俺はゆっくりと息を吸い、吐いた。


「ようやく、長年抱えてきた違和感の正体が、分かったんです」


創は少しだけ口元を緩める。


「……なるほど。やはり、貴方は侮れませんね」


それは、諦めとも、感心とも取れるような――困ったような笑みだった。

静かに、風が吹いた。ベンチの足元に落ちた木の葉が、ひらりと揺れる。


「……聞きたいことは、たくさんあります。でも、その中でも……これだけは、どうしても聞いておきたくて」


創は、ゆっくりと俺に視線を戻す。


「……なんでしょう?」


俺は息を止め、まっすぐに彼女を見つめる。


「雲雀には……このこと、話さないんですか?」


俺がそう問うと、創はハッとしたようにわずかに眉を動かした。


「創さんにとって、雲雀はもう“ただの世話をする対象”なんかじゃないでしょう。あの屋敷で――2人きりの、家族じゃないですか。」


創は何も言わず、ただ唇を結んだままだった。


「俺、ずっと疑問だったんです。創さんが未来人だと確信を得た日から、ずっと。……なんで、雲雀にだけは言わないんだろうって。貴方が一番信頼しているのは、雲雀なはずなのに」


返事はなかった。


でも、その沈黙が、答えよりも雄弁だった。


「言ったとしても……俺は、雲雀の気持ちは変わらないと思いますよ。どんなに酷い裏切りだろうと、雲雀は――きっと、創さんを受け入れてくれる」


その瞬間だった。


彼女の表情が、苦痛に歪んだ。

まるで、罪を告白する直前の、裁かれることを覚悟した罪人のような。


「――いえるわけ、ないじゃないですか!!」


創さんが、叫んだ。

……初めてだった。あの創さんが、大声を出したのは。


たぶん、雲雀でさえ聞いたことがない声だった。

その声は、震えていた。怒りと、恐怖と、悲しみに。


「私は……知っていたんですよ!? 都さんが――あの日、亡くなることを……!!」


吐き捨てるように言った彼女の声は、すでに涙に濡れていた。


「知ってて……っ、見殺しにしたんです……!!それが、私の“任務”だったから。

あの日、“絶対に介入してはならない”と教えられていたから...!」


俺は何も言えず、ただ創さんの言葉を受け止めるしかなかった。


「そんな私のことを……知ったら……雲雀くんは、きっと傷つく。壊れてしまう……!私は、もう――これ以上、彼に傷ついてほしくないんです……!幸せでいてほしい。それが、都さんに“任された”私の役目なんです……!」


創は、膝に顔を埋めるようにして、嗚咽を漏らした。


その姿は――

いつもの冷静沈着な彼女ではなかった。


仮面を脱ぎ捨てたその人は、まるで叱られるのを恐れる子供のようで。

その肩は小さく震え、声はか細く、

そして……ただの“少女”にしか見えなかった。


「創さんは……罪悪感を感じているんですね」


俺がそう言うと、彼女の眉が微かに動いた。


「なら、言って――楽になりましょうよ」


静かな言葉だった。けれど、俺の中ではずっと、くすぶり続けていた想いだった。


「最近、人から教えてもらった言葉があるんです。“言って後悔するか、言わずに後悔するか”……今の貴方は、どっちの方がいいと思いますか?」


しばらく沈黙があった。やがて、ぽつりと創が言う。


「……前者に決まってます。私にとって、“言って後悔する”ほうが、“言えなかった”ときよりも、ずっと……ずっと辛いから」

「なら……それが“人づて”で、雲雀に知られてしまったら?」


俺は少し声を強める。


「阿佐美くんがいつ貴方を裏切って、雲雀にそのことを言うのか。そんな保証、どこにもないですよ」


創は目を伏せ、震える指先で自分の袖をつかんだ。

……やがて、小さくうなずいた。


「……確かに、その通りですね」

「だから、その……告白しましょう。創さんから、ちゃんと、自分の言葉で」

「……告白?」

「はい。日を決めて、蹴りをつけて、全部話しましょう。俺は――罪悪感で潰れていく創さんなんて、見たくない。

貴方には、心から笑っていてほしいから」


それは、俺の願いだった。

どうか今だけは、俺の言葉だけを見てほしい。

俺の想いに、気づいてほしい。


――その時だった。


創さんと、その日初めて、目が合ったような気がした。

その目には、はっきりと俺の姿が映っていた。


「……俺も、代わりと言ってはなんですが――“告白”します。ずっと言えなかったことを、後悔しないように、ある人に伝えます」

「佐山くんも……?」

「はい! 二人一緒なら、勇気も……2倍ですよ!!」


そう言って、俺が思い切って笑ってみせると

創さんは、ゆるく微笑んだ。


優しくて、あたたかくて、だけどどこか切なさを含んだ、彼女らしい笑顔だった。


「……ははっ、本当、佐山くんってば面白いね」

「――は、はじめさん口調⁈」


俺が思わず突っ込むと、彼女は少し照れたように頬をかすかに赤らめて、言った。


「未来で、友達と話す時は、いつもこの口調だったんです。もう、変な演技をする必要も……ないでしょ?」


――そう言った創の声は、まるで、過去の殻を一つ脱ぎ捨てたような、晴れやかな響きをしていた。


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