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19. ラブレターと恋愛相談2


その口ぶりからして、彼女——柚月美空(ゆずき みそら)さんは、どうやら過去の雲雀くんをよく知っているようだった。


昔の彼は確かに、誰も寄せつけようとしなかった。私が出会った頃もそうだった。言葉はトゲだらけで、目も合わせず、声をかければ睨み返すような。


でも変わった。

明確にそれを感じたのは──

「佐山くんという友達ができた時」や「都さんが亡くなった時」だった。


彼に起こった小さな変化。

それを、きっと彼女も見ていたのだ。


「概ねお話は理解できました。……私でよければ、力になりますよ。」


私がそう言うと、柚月さんはゆっくりと表情をほころばせた。


「……いいのですか?来栖とは全然違いますね。とてもお優しい方です。……貴方が我が校に一度だけ転入なさった時も、思ったのですよ。“気立ての良い女性だ”と。」


なるほど、雲雀くんのクラスメイトなら、あの“1日限定の仮編入”の時に、私のことを見ていたのか。


だから彼女は、私のことを知っていたのだろう。


「……あの時は本当に驚きましたのよ。なんだって、いつもスカしているあの男が、多焦りしていたのですから。ふふ....」


柚月さんはまるで小さな悪戯を思い出したように、ころころと可愛らしく笑った。


「私、小学生から高校まで、来栖と同じ学校なのですよ。なんの因果か知りませんが。だから、だんだん変わっていく彼を見て……そして、彼を変えた貴方を見て……なぜだか嬉しくって。」


懐かしむように、少し寂しそうに、彼女は微笑んだ。

その横顔に、言葉にしきれない感情が溶けているのがわかる。

柚月美空という少女は、ただの雲雀くんのクラスメイトでは無い。彼の成長と痛みと希望を、ずっと隣で見てきた“昔なじみ”だった。


「ところで恋愛相談って?」

佐山くんが、少し茶化すように口を開く。


「柚月、好きな人いたの?」

「貴方……少しは言葉にオブラートを包んだ方が良くてよ。……そうよ。居ます。佐山くん、貴方のお友達よ。」

「へ?……もしかして……?」


佐山くんの顔色が一瞬で変わる。驚きと納得と、それから微妙な緊張感が入り混じった表情。


「阿佐美秀、未来人よ。」


……。

静寂が訪れた。

その名前が、部屋の空気に妙な重みをもたらす。


「……阿佐美、に……?」

「そうよ。……私が、恋をしてしまったのは、未来から来た、“あの不思議な転校生”の方。」


「どこに惚れる要素があるんですか⁉︎」


頭の中だけに留めるつもりだった言葉が、口をすり抜けた。


しかし……いや、本当に思うのだ。

どこに惚れる要素があるんだ、阿佐美秀に。

自称・未来人、口が軽くて軽薄で、冗談か本気か分からないような話ばかりする男。いまだに彼の全貌は掴めていない。


佐山くんが、少し呆れたように私を見る。


「創さん……それ、阿佐美くんにめちゃくちゃ失礼ですよ……」

「まぁ、私は淡路さんの仰ること、概ね理解できますわ。」

柚月さんはあっさりと同意した。


「初めは“なんと軽薄な男”だと思っておりましたし。それに“自称・未来人”なんてふざけてる。」

……まぁ、未来人って点は本当なのだが。

私も、“軽薄な男”という点では完全に同意だ。


「……それがわかってるなら、なんで...」


佐山くんがぽつりと呟く。


そのつぶやきは、たぶん私も同じだった。彼のことを侮っているわけではない。ただ、惚れるには“理解不能すぎる”存在なのだ。


「だったら、なんで好きになったの?理由を聞かないと、創さんもアドバイスしようがないよ、柚月。」


佐山くんが正論を投げる。


「……それはもちろん分かっておりますわ。」

柚月さんは、まっすぐと背筋を伸ばした。


「私だって、初めから惚れていたわけではないのです。それに、“未来人”だなんて少しも信じていなかった……あの日までは。」

「あの日……?」

「ええ。数週間前の出来事です」


柚月さんは、ティーカップにそっと指を添えたまま、思い出すように語りはじめた。


「私、こう見えて昔は財閥系で名を馳せた名家の娘でして。身代金目的の誘拐なんて、まぁ、よくあることだったんですの。」

「……それ、よくあること⁉︎」


佐山くんは驚き、私も思わず息を呑んだ。


少し世界彼女の住んでいる世界は違いすぎる。

誘拐が“よくある”という人生を送ってきた人間が本当にいるのか。


「その日も、いつも通りお迎えの車に乗ろうとしたのよ。でも、車内にいたのは……いつもの運転手ではなくて、“誘拐犯グループ”だったの」

「⁉︎ なんだよそれ……」

「もちろん私もバカではないわ。すぐに異変に気づいたけれど、時すでに遅し。

ああいうのって、久しぶりだと感覚が鈍ってしまうのね。」


……久しぶり?


「怖くなかったの……?」

「もちろん、すごく怖かったわ。でも、殺されることはないってことは分かっていましたし。人質の価値があるうちは殺されませんから。」


淡々と話すその姿に、場の空気が少しだけ冷たくなる。

だけど、その先に——


「で、どうなったの?」

「……彼が現れたの。阿佐美秀が。」


「しかも彼が現れた場所は、誘拐犯たちが拠点にしようとしていた廃ビルの中だったのよ。」


柚月さんは、まるで舞台のワンシーンを語るように、少し得意げに口元を綻ばせた。


「先回りしていたの。あっという間に誘拐犯たちを倒してね。……あの瞬間は、痺れたわ。とっても格好良かったのよ。」


その表情は、恋する少女のそれだった。

冷静で気高い彼女が、あの軽薄な男に……?とまだ信じられない思いで私は見つめていたが、彼女の語りに偽りはなかった。


「それで……私はすかさず聞いたの。“どうして助けてくださったの?” “なぜここがわかったの?”ってね。」


そこで彼はこう答えたのだと、彼女は言う。


『未来人だから、誘拐事件が起きることがわかってたんだよ。別に特別なことはなんもしてねーよ。俺は平和主義で、世界平和が目的でここに来たんだからさ。』


「……世界平和って……さすがにその部分は嘘だと思ったけどね。」

柚月は苦笑する。


「でも、だったら……わざわざクラスメイトの誘拐事件に手間をかけて助けに行く?って、私は思ったの。」


私も、それには思わず息を飲む。


「……それに、その言葉を語る彼の目がね、あまりにもまっすぐで、寂しげだったのよ。」


静まり返った空気の中、彼女の最後の一言が妙に重く胸に響いた。

—聞いていて、信じられない話だった。誘拐犯をひとりで倒すという彼らしからぬ行動

未来を知っていたため、廃ビルに先回りしたことにわかには信じ難い。でも……


それでも、私の中のある疑問が、今、ふっと解けた。


昔、雲雀くんが言っていたことがある。


「あいつさ……クラスメイトの未来を当てたんだよ。誰が骨折するかとか、隣町の通り魔の名前とか、そんなのまで……」


私は、同じ未来人として、そんな細かな未来を知ることができるとは到底思えなかった。


未来で教えられたのは、大災害、政変、大規模な技術革新など、世界の枠組みに影響する事件だけ。それ以外の個人レベルの運命など、知る必要はないとされていた。

少なくとも私は——創という機体は——そう教えられていた。


でも、阿佐美秀は違う。


——きっと、彼は個人の未来まで見ていた。


見る努力をしていた。

大まかには知っていたはずだが個人の未来を知るなんて幾ら未来人でも限度がある。その点は未来で知ったのではなく実際に彼がそうなると推理しそれを事前に言っただけなのだろう。

これに関しては未来を知っていたと言うよりかは未来を当てたと言う方が正しい。


その小さな予言の積み重ねで彼はクラス内の未来人としての信頼度を上げていった。

それにも理由があったはずだ。


それこそ今回の誘拐事件。


これは未来で実際に起きてしまっていた事件。


彼が介入していなければ彼女はきっと死んでいた。彼女は誘拐犯だと語っていたがおそらく違う。

私の知る未来では彼女のストーカーらしき人物が彼女を殺害していた。

もちろん私は知っていたが基本的に未来には介入しないように言われている。それにその被害者が雲雀くんのクラスメイトであったことは今日初めて知ったのだ。


つまり彼はあらかじめ知っていた未来を元に、どこでいつ事件が起きるか予想し未来を当てたのだ。


未来で彼は類い稀ない頭脳を持っていた。

阿佐美秀ならばそれもきっと可能だろう。


それに、事実として、彼は“知っていた”のだ。未来で起きるクラスメイトの不幸、災い、そして——柚月の誘拐。


それを黙って見過ごさず、自ら手を伸ばして“変えた”ということ。


私にはそれが、——任務ではない“選択”に思えた。


「……もしかして、あさみくんっていい奴なのでは?」


ぽつりと佐山くんが言った。

不思議な間があって、柚月がそっと笑う。


「ふふ……今頃ようやく気づいたの? でも、それが“惚れる理由”としては、十分すぎるでしょう?」

「……なるほどね。」

と、佐山くんが言う。


そして私は、阿佐美秀という男の輪郭を、少しだけ見た気がした。

それは私とは違う“未来人”。


平和主義という言葉は案外——嘘じゃないのかもしれない。

平和主義。世界平和。そんな浮ついた言葉、私はただのジョークだと聞き流していた。だがー


彼は見逃せなかったのだ。


自分が“知っている未来”で犠牲になる人々を。

誘拐、事故、挫折——小さな不幸も、彼にとっては「救うべきもの」だったのかもしれない。


それでも。


それでも——あの日、柚月を助けた彼の行動には、それだけではない「意図」があったように思えてならなかった。

もちろん、惚れられるなんて彼にとって予想外だったはずだが。彼自身、愛されるような生き方を望んでいたようには見えない。

まして、無償の人助けに身を投じるような奉仕者にも見えない。


彼は軽薄で、いい加減で、女癖も悪そうで、未来人の癖に信用ならなくて。そのくせ、自分の“知っている未来”を変えようとする。


その矛盾した存在は、今日一日で、私の中で大きく印象を変えた。


——私とは違う。


同じ未来から来たというのに、彼はまったく別の道を選んでいる。


私は命令に従い、任務の遂行だけを目的としてここに来た。

未来に定められた「軌道」からは決して外れないように、雲雀くんに関係しない事象に関しては関わらないようしている。


彼は違った。

感情に突き動かされ、予測不能な言動で、未来という秩序そのものをぐらつかせている。


——それに、私達のことを観察している。


彼の行動には、時折妙な“目線”を感じる。直接的に干渉するわけではない。

私と雲雀くんがどう動くか、何を選ぶか、まるで記録しているような視線。


私たちの未来に、彼が何を知っているのかはわからない。それでもひとつだけ、確かに言えるのは——

彼は、私よりもずっと人間らしいということだ。


だから、わからない。


なぜ彼は、過去のこの世界に来たのか?なぜ、私たちを見ているのか?そして、なぜ——彼はそんなにも「誰かを助けようとする」のか?


その問いに答えはない。

けれど私は今、彼という存在が気になって仕方がなかった。


まるで、——未来からやってきた異物。——でも、その異物にこそ、この世界の希望が宿っているような。


それこそ本物の過去の異分子のように感じた。


「それで淡路さん! 今のお話をお聞きして、私、今後どのようにアプローチしていけばよろしいかしら⁈」


柚月が、キラキラとした瞳で私を見つめてくる。すっかり忘れていた——そもそもこれは恋愛相談だった。

阿佐美秀の不可解な行動や、過去の誘拐事件。

それに対する彼女の想い。

それらが現実味を欠いた“異常な日常”の話だったせいで、私は“恋”の要素を見失いかけていた。


「……あのさ、それに関してなんだけど……」


と、佐山くんが手を挙げる。目は泳ぎ、声もどこか迷っている。


「本人がいない時にこういうこと言うのホント気がひけるけど……いや、やっぱり言えない……」

「言いかけるくらいなら早く言っておしまいなさいよ。」

柚月さんがやや苛立ち混じりに促すと、佐山は机に肘をついて、頭を抱えた。彼の中で言うべきか、黙っているべきか、葛藤が渦巻いているのが手に取るようにわかる。

そして、意を決したようにぽつりとつぶやいた。


「……ごめん、阿佐美くん。勝手に言うけど……

……その、前に聞いたんだ。阿佐美くん、未来に好きな人がいたんだって……。だから、その……」


一瞬、部室の空気が凍りついた。柚月は、驚愕に目を見開いていた。


阿佐美秀が——恋?

あの男に、恋愛感情なんていう人間らしいものが?

しかも“未来にいた”——つまり、もう会えないかもしれない相手を??


「……なっ、それを先に言いなさいな!! 佐山くん!!」


柚月が怒鳴った。

丁寧語で構築される彼女の口調から怒気がにじんでいた。


「ご、ごめんって……。でも、勝手に話すのは阿佐美くんに悪いかなって……。絶対後で謝っておこう……」


佐山は肩をすくめて小声でそう呟いた。言いづらかったのは理解できる。だが、この情報はあまりにもデカすぎる。


——未来に好きな人がいる。


それは“現在の誰にもチャンスがない”ということと同義だ。


諦めるしか、ない——


そう誰もが思った、瞬間だった。


「……まぁ、それでも私はアプローチを続けるだけですわ。」


柚月の、静かで芯のある声が響いた。


「諦めるなんて言葉、私の中には存在いたしませんもの。」


そう言って、彼女は涼やかな笑みを浮かべた。

その姿はどこか、戦場に赴く騎士のようだった。

彼女は、思ったよりもずっと強かだ。

恋愛においても、逃げずに、真正面からぶつかる覚悟がある。「今の私が彼を振り向かせる」と、そう信じている。


私は、その強さに少しだけ、心を動かされた。

——彼女は、たしかに今、戦っているのだ。“未来”という名前の亡霊と。


それが何故だか、少し眩しく感じられた。

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