2. うざいって、つまりは気になるってことで
あれから季節は進み、雲雀君は中学生になった。
中学に進学するかも怪しかった雲雀君だが私と都さんの猛説得により地元の公立中学に入学してくれた。
入学式にはちゃんと出たし、制服だって文句ひとつ言わずに着てくれた。
それだけでも、彼にとってはすごいことだった。
……まあ、その後の学校生活については、相変わらず「気が向いたときだけ登校」って感じであったが。
それでも篭りっぱなしだった小学生の頃に比べて大きな進歩であった。だってそれは少しでも外の世界を見てみたいと、外に期待してくれた雲雀君の心の表れであったから。
「今日は学校どうだったんですか?」
そう訊いても、いつもは「別に」で終わる。
でも、その日は違った。
「……ちょーうざいんだけど。」
と、学校から帰った雲雀君はソファに寝転びながら、ぽつんと独り言を呟いた。
「え? なにがです?」
「学校。……いや、あいつ。クラスの委員長。」
ちょっとびっくりした。雲雀君がクラスメイトの話をするなんて、珍しかったからだ。
「へえ〜、委員長さんですか。どんな子なんです?」
「うるせぇ。……なんか、俺が学校行くとさ、毎回話しかけてくんの。ノート見せてきたり、“最近どう?”とか。マジでウザい。俺が休もうが誰も気にしてないのに、あいつだけ毎回絡んでくるんだよ。ほんとしつこい。ウザい。」
「ふふ……それ、本当に“ウザい”んだったら、雲雀君はスルーするタイプですよね?」
「う……」
図星を突かれたって顔をして、雲雀君はちょっとだけムッとした表情を見せた。
「……ウザいんだよ。でも、なんか気になんだよな。無視できねぇっつーか……」
「ふふっ、気になるんですね〜」
「違ぇよ! ……いや、ちょっと似てんだよ。創に。」
「え?」
「なんか、勢いっていうか、空気感っていうか……あいつ、創に似てんの。だから、突っぱねると罪悪感あるっつーか……うるせぇけど、嫌いにはなんねぇんだよ。……マジ調子狂う。」
雲雀君が“ウザい”って感じるほどに意識してる相手……それってもう、ちょっとしたお友達なんじゃないだろうか?
「もしかして、お友達できたんですね?」
「できてねぇ!」
「ふふ、それは立派なお友達だと思いますけど。今日の晩ごはん、お友達出来た記念のお祝いに雲雀君の好物、きのこグラタンにしましょうか。」
「……俺、別に祝ってほしいとか思ってねぇし」
「でも、雲雀君はきのこグラタン好きじゃないですか〜。お祝い関係なく作ってあげますよ?」
「……だったらいいけど。」
少し照れたような、でも悪くないって表情で顔をそらす雲雀君。うん、きっと彼は、自分でも気づいてないけど、その“うるさい委員長”さんにちょっと救われてるんだと思う。天才ゆえ孤独で独りぼっちだった雲雀君。そんな彼と対等な関係を望むような存在は今まで現れなかったのだろう。
私はまだその子に会ったことはないけれど、いつか会えるといいな。
でも今は、ただ素直に嬉しい気がする。雲雀君が、自分以外の誰かを“気にしてる”ことが。
ほんのちょっとの進歩。それは、何よりも誇らしい、宝物みたいな変化だった。