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13. 創と未来人2


「へー、やっぱ賢いね、ヒューズは。」


阿佐美秀は、わざとらしく感心した声をあげて、口の端を釣り上げた。


「……その“ヒューズ”っていうの、やめてくれません? 創と呼んでください。」


私は淡々と言った。軽蔑を込めたその呼称に、意味がないことを示すように。


「ははっ、面白ぇ冗談。さっすが、人に近いヒューズ。」


彼は乾いた笑い声をこぼし、缶コーヒーを一口飲んだ。その目は笑っていなかった。


「ま、いーわ。呼んでやるよ、創。

んで――なんで監視してるかって? 残念だけど、その質問には答えられねぇんだよね。未来秘密保護法に引っかかるんでさ。」

「未来秘密保護法……?」


曖昧な言葉を並べ、口を濁す。それが彼の“主義”のようだった。


「アンタには、今まで通り来栖雲雀のそばにいて、いつも通りの日常を過ごしてもらえりゃそれでいい。」

「……はい?」


話が唐突すぎる。私は眉をひそめた。


「俺は別に、アンタらに害をなすためにここに来たわけじゃねぇって話。」


言葉のトーンは変わらず、だがその中に、妙な真実味があった。


にわかには信じがたい。


「それにさ。俺は半端者のヒューズで、アンタはホンモノ。ここで戦闘にでもなったら、100パー俺が殺されちまう。俺はのこのこ殺されに来たわけじゃねーの。アンタに釘を刺しに来ただけだよ。」

「釘……?」

「そう。余計なことはするな。予定通り“来栖雲雀を見届ける”だけにしろってこと。変に暴走するな。そう言いに来ただけ。」


私の指先にわずかな力が入る。


「信じられない。」


阿佐美は肩をすくめる。


「別に、信じなくてもいいよ? 好きにしろって感じ。でも観察の方は続けさせてもらうから。俺の仕事でもあるし。」


そう言って、彼は椅子の背に寄りかかった。


「あとそれと、昔俺、アンタに言ったよな? “ヒューズが嫌い”って。……あれ、ちょっと意味違うんだよね」

「……どういう意味ですか?」

「俺はヒューズ全体が嫌いなんじゃない。アンタが嫌いなんだよ、創。」


言い捨てるように言いながらも、阿佐美の声には妙な含みがあった。


「正直、ヒューズはどうでもいい。未来じゃヒューズに敵意持ってた方が評価されやすいし、な。一種の処世術よ。嫌ってるフリしてた方が安全ってやつ。」


私は静かに問い返す。


「だから“大嫌いなヒューズ”になったのですね?」


その瞬間、阿佐美の目がひどく愉快そうに細まった。


「そーそのとーり。」


そう言って、彼は自分の頭を指差す。


「俺の脳機関をコピーして、データ丸ごとヒューズの脳に移植したのよ。ん、だからつまり――中は人間、外はヒューズってわけ。」


私は言葉を失っていた。あり得ない話。

だが、彼の言動すべてがそれを裏付けていた。

感情を持つヒューズ、過去に来られないはずの人間、観察者でありながら敵ではない存在。


「創、アンタは完成体だ。ヒューズとしては、まぎれもなく“最高傑作”だったよ。流石佐山が作っただけある。」


阿佐美は缶コーヒーを飲み干し、笑った。


「でも俺の方が……ちょっと“ずる賢い”んだよな。ヒューズになりたくてなった人間の方が、ずっと厄介だってこと、覚えとけよ。」


やはり――私は、この人が苦手だ。


薄く笑い、他人の感情を玩具のように弄び、罪悪感も倫理も持たず、悪びれることもなく汚い言葉を吐く。


 ……吐き気がする。


「……よくわかりませんが、私の邪魔はしないでくださいね。それと――阿佐美秀。」


私の目は細まり、声音に鋭さが混じった。


「あなた、雲雀くんに……何か言いましたか?」


阿佐美は、一瞬間をおいて、にやりと笑った。あの、虫唾が走るような嘲笑。


「あー、言った言った。」


こともなげに言い放つ彼の声が、妙に耳に残る。


「ほんと、来栖雲雀っておもしれーな。狂う前はあんなガキなんだな。未来の大犯罪者も、今はただの子供。……最高だよ、煽りがいしかなかったよ。」


私の中で、何かが音を立ててひび割れた。


「――雲雀くんに、何を言ったのですか?」


言葉は静かだったが、指先に力が入っていた。呼吸がわずかに乱れる。


阿佐美は、肩をすくめながらも面白がっている様子を隠そうともしない。


「おいおい、タンマ、タンマ。さっき言ったじゃん。余計なことするなって。」

「……」

「アンタは平和な未来のためにここにいるんだろ? 俺を殺しちまったら、それは一生叶わねーぜ?」


その言葉が、私をほんのわずかに縛り付ける。彼がそれを知っていることが、さらに苛立たしい。


「……なんと雲雀くんに言ったのですか?」


再度、問いかける。抑えていた声が、少しだけ震えた。


「別に、『俺はアンタの未来を知ってるよ』って言っただけ。」

「……」

「『何を知ってる?』って聞かれたからさ、アイツの未来を、ちょーっとかいつまんで教えてやっただけよ。」


その語り口はあくまで軽薄で――だが、内側に潜む悪意だけは、鋭くて重たい。


「……なんと?」


もう一度、問う。

私の中で警報が鳴り始める。


「『アンタは未来で大切なものをなくすよ』ってね。」


阿佐美の顔に浮かんだのは、心底楽しそうな笑みだった。


「それ聞いた時のアイツの顔、傑作だったよ!! いやー、天才様も見る影なくてさー!! 嘘って可能性、まるで頭に入ってなかった。あれは効いたねぇ~」


私は口を閉ざす。胸の奥が、焦げつくように熱い。

雲雀くんが……あのときの雲雀くんの表情が、頭をよぎる。虚ろな目。歪んだ笑み。きっと不安だったのだ。この男の戯言に酷く傷ついていたのだろう。


「……やはり、私はあなたのことが嫌いです。」


そう言うと、阿佐美は声を上げて笑った。


「おー、気が合うね! 俺もアンタ嫌い!

これでわかったろ? お互い、無干渉でいこーぜ。嫌い同士さ。」


阿佐美秀は、あくまで軽い調子でそう言った。だが、その目は油断なく、私の反応を探っている。


……彼の言葉は、正しい。

ここで争っても得られるものはない。むしろ、先ほどの会話から多くの情報を得た。彼が未来の一部を知っており、雲雀くんを明確に観察しているという事実。――十分すぎる収穫だった。


「帰ります。つけないでくださいね。」

「つけねーよ。」


あくび混じりの口調でそう言い捨てると、彼はソファにだらしなく身を預けた。

私はその場を後にする。

――やはり、あの男は嫌いだ。

 

屋敷に帰ると、玄関に雲雀くんが立っていた。制服姿のまま、靴も履かずに私を待っていたらしい。


「創、どうだった? あいつ……」


少し不安げな声。

その瞳は、今にも答えを求めて私に縋ってくるようだった。

あの男と話した直後だからかもしれない。彼のそのまっすぐな眼差しに触れた瞬間、胸がじんわりと温かくなった。浄化されるような感覚。これが「感情」というものなのだろうか。


「……雲雀くんに任されましたので、ちゃんと調べましたよ。特に変わった点は見られませんでした。未来人であるかどうかは、よくわかりません、が……結論ですね。」


私は、嘘をついた。

久しぶりに、彼に嘘をついた。


けれどこれは――彼を守るための嘘。

危険分子を知った今、真実をすべて話してしまえば、きっと彼はその男に関わりすぎてしまう。煽られ、揺さぶられ、また――壊れるかもしれない。


「そっか。……ありがとな、創。」


雲雀くんは、ほっとしたように微笑んだ。その笑顔に、ほんの少しだけ罪悪感が揺れる。


「いえ。任されたことをしたまでです。」


 私の言葉は、機械のように整っていた。


「今日は俺の料理番だろ? ハンバーグ作ったんだよ。上手にできたから、食べて欲しいんだ。」


そう言って、彼は自然に私の手を引いた。彼の手はあたたかくて、迷いがなかった。私は抵抗する理由もなく、黙ってついて行った。

 

――危険分子が現れた。

阿佐美秀。彼は、私が知らされていない未来を知っている。未来を知る人間でありながら、私の“任務”に直接関与しない宣言存在。

だが――明らかに、雲雀くんに影響を及ぼそうとしている。


私は、守らなければならない。あの男が再び雲雀くんに近づいたとき、今度は本当に排除するかもしれない。

 

ーー今はただ、彼が作ったハンバーグを一緒に食べる時間を、守りたかった。


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