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11. 創と家族


私が先日駄々をこねたおかげか、雲雀くんはまた毎日家に帰ってくるようになった。


 ちゃんと帰ってきたら、「ただいま」と言ってくれるし、夕食の時間になるとリビングに現れて、ご飯を一緒に食べてくれる。

かく云う私も、以前よりもずっと人間らしく、日々を過ごしている。


……これは私の話になるのだが...


最近の私は、以前よりずっと「人間らしい」と思う。

感情が豊かになった、とでも言うのだろうか。悲しいとか嬉しいとか、そういう明確なものだけじゃなくて、言葉にしづらい、胸の奥がくすぐったくなるような気持ちが増えてきた。

もしかしたら"心"と云うものを学び得たのかもしれない。

そのせいでよく自分の感情とやらに振り回されることが増えた。都さんを亡くしてから私の中でなにかロックが解除されたかのよう。このことを聞いたらきっと都さんや佐山先生は喜ぶんだろうな。


彼に朝会えると嬉しくなるし(毎日会っているのに)、居ないと寂しいし、一緒にいるだけで楽しい気分になる。


これは、全部、どこかの誰か――そう、雲雀くんのせいなのだが。


でも、こんなことを彼に話したら、「お前は本当俺のことが好きだな」とか言って、絶対に調子に乗るので、今のところ黙っておこうと思う。

それに、今では毎日のように言っていた雲雀くんに対する「好き」という言葉を言う機会がめっきりと減った。

というか、言わなくなってしまった。自然ともう言う必要はないんだろうなと私自身が判断したからだ。まぁ、これはちょっとした言い訳で本当は雲雀くんに「好き」というと体内温度が上昇するような気がするから。

ただ、それだけの理由。


それに、今日はちょっとした事件があった。


なんと、雲雀くんが「友達」を家に連れてきたのだ。



しかも、その友達というのが……女の子...

 

「……ひ、ひばりくん!? わ、私という者がいながら浮気ですか!?」


つい反射的に、わざとらしくヒステリックに叫んでしまった。

雲雀くんの目が半分くらい閉じて、じとっと私を睨む。


「おい、変な演技やめろ。あと、誤解される!!」

「誤解? どこに誤解があるっていうんですか。女の子ですよ? 女の子と二人きりでうちに来て、夕方に。これはもう婚約と同義ですよ。創は悲しいです、いつの間に外に女を作ったのですか!?」

「お前、ホントこういうのノリノリでするよな……」


彼は大きくため息をついた。

その隣にいた少女が、くすくすと笑った。


あれ? この子、どこかで……

見たことがあるような。

黒髪を二つに分けて編んだおさげ、端正な顔立ち。制服は近所の公立中学のものだ。少しあどけなさの残る笑顔が、妙に印象に残っている。


でも、思い出せない。


「……雲雀くん、まさか年下がタイプだったんですね。ごめんなさい、年上では好みに合いませんでしたか?」

「お前な……いい加減、その茶番やめろ。こいつ、お前も知ってるやつだぞ。」


知ってる?


思考が追いつく前に、少女がにぱっと笑って、一礼してきた。


「初めまして、ではないから……お久しぶり、でいいのかな。佐山梅です!」


その名前を聞いて、一気に記憶がよみがえった。


「――佐山、くんの……」

「妹!! です!!創さんには、昔ちょっとだけ遊んでもらってました! 2年ぶりですね!」


2年。

そんなに経つだろうか。

確かに、あの頃の彼女はまだ小さくて、スカートのすそを引っ張って「ねえねえ、創さんってホントに目からビーム出せるの?」と目を輝かせていた。

あの記憶が、目の前の少女と重なっていく。


「……そう、でしたね。お久しぶりです、梅さん」

「わぁ、覚えててくれた! 嬉しいな〜!」


梅さんは、当時と変わらぬ明るさで笑った。

その笑顔は、周囲の空気を一気に柔らかくする力を持っていた。

私はといえば、なぜか少しだけ胸がざわついた。

たぶん、これは――


「雲雀くん、私より年下の可愛い子とこんなに仲良くして……やっぱり浮気じゃないですか。」

「もう黙れ、創...」


雲雀くんは、再び大きなため息をついて、ぼそりと呟いた。


「あ、あの!! 創さんにお願いがあって!! 雲雀くんに相談したら、創さん紹介してくれるって言ってくれて!!」

「はー、なるほど。……雲雀くん、私、何も聞いてないですけど?」

「……あー、言ってないしなー……」


雲雀くんが、目を逸らしながら気まずそうに言う。


「言うの、忘れただけでしょう?」

「うぅ、そうだ。すまん、その通りだ。」

「えっ、雲雀くん!? 創さんに説明してなかったんですか!? ありえない!? しっかりしてください!!」

 

年下の女の子に、雲雀くんが叱られている。思わず、口元が緩む。……面白い。


 「それで、お願いって?」


女の子は一瞬だけ戸惑い、それから大きく息を吸い込んだ。


「えっと、その、もうすぐお兄ちゃんの誕生日なんですよ。うちって、中学入るまでは“危ないから”って火を使う料理はさせてもらえなくて……でも、今年からは、長女である私がキッチン使えるようになったので……!」


言葉が次第に熱を帯びていく。彼女の目は真っ直ぐだった。


「誕生日、お兄にご飯作ってあげたいんです。うち、朝と昼は母さんがご飯作ってくれるけど、夜ご飯は母さん帰ってくるの遅いから。だから毎日、お兄が夜ご飯作ってくれてて……その恩返しもあるし、これからお兄のお手伝いできるようになりたくて!」


「創さん!! 私に料理を教えてください!!」


バッ、と勢いよく頭を下げられた。

まるで身体ごとぶつかってくるようなお願いの仕方だ。可愛らしいなと思ったと同時に、その想いの真剣さが胸に伝わってきた。


ふむ。料理、か。

私のデータベースには、過去に佐山先生から教わったレシピがいくつか記録されている。

どれも家庭的で、手間はかかるが美味しい。

たしか、彼は「創にはこれが似合うと思って」と言っていた。……懐かしい。


「創さん、もしかして……無理ですか?」


梅ちゃんは不安そうに上目遣いで私を見ていた。瞳が揺れている。あぁ、この感じ、どこか懐かしい。昔、怖がりながらも私の手を引いて迷子になったときの、あの目。



「……ふふ、そんなに頭を下げなくてもいいですよ。」


私は少し笑って、言葉を続ける。


「わかりました。教えましょう。」

「……!! ほんとですか!? やったぁ!!」


ぱっと顔を上げた彼女の目が、ぱあっと輝いた。彼女は両手をバンザイの形に突き上げた。素直に喜ぶ様子はとても人間らしく、眩しい笑顔。


私はふと、過去の記憶を思い出しそうになった。"佐山先生"もこんなふうによく私に笑顔を見せてくれていた。


「じゃあ、まずはお兄さんの好きな料理から聞きましょうか。あと、誕生日に作るメニュー候補も、一緒に考えましょうか。」

「はいっ!! お兄、ハンバーグが好きなんです! あと、オムライスとか、グラタンとか、チーズがのってる料理!!」

「なるほど、じゃあそのあたりで、おうちで作れるように工夫しましょう」

「やったー! 創さん最高!! ありがとうございます!!」


隣で雲雀くんが、微妙な顔で私を見ていた。


「……なんか、創楽しそうだな?」

「そうでしょうか?梅さんが可愛らしいからかもですね。」

「ふーん。」

「それに、こういうまっすぐなお願い、久しぶりにされたので。」


***


梅ちゃんは思った以上に真面目だった。

メモを取りながら、私の手元をじっと見て、手際よく野菜を切ろうと試みる。

少しぎこちないが、やる気は十分だ。


「包丁の刃先はこう。利き手じゃないほうの指は猫の手に。」

「は、はいっ!猫の手……!あ、ちょっと指切ったかも……!」

「落ち着いてください、すぐに消毒しましょう」


私は慌てて救急箱を取りに走った。

少しだけ血が滲んでいたが、たいした傷ではなさそうだ。


「すみません、私、やっぱり不器用で……」

「不器用なのではなく、まだ経験が足りないだけです。佐山くんも最初は焦がしてばかりでした。」

「え!? お兄が!?」

「はい。最初に一緒に作った味噌汁は、焦げました」


それを思い出すと、私の中にも笑いが湧く。

昔に佐山くんにもまた同じように料理を教えたことがある。

理由は兄妹たちに美味しいものを食べさせたい。佐山家の人間は皆家族愛が深い。


中学になった頃私に料理を教えてくれと言われた。それまでは佐山母ができる限りご飯を作っていたが、夜ご飯はスーパーの弁当やカップ麺などの火を使わないご飯が主流だったらしい。中学になりキッチンを使えるようになった佐山くんは兄弟に美味しいご飯を食べてほしいという気持ちから私のもとで猛特訓を始めた。


正直、センスはなかった。


練習する中で特に失敗していたのは味噌汁。なぜか焦げていて匂いが凄かった。

彼は「これは香ばしいだけだ」と言い訳していたが、実際は……苦かった。


そんなことを思い出してくすりと笑ってしまう。


「そういえば創さんって……料理以外にもこのお家の家事全部やってるんですか?」

「はい、そうですね。この家の家事全般は全て私が任せていただいております。もちろんお食事も。」

「わぁ、凄い!へぇ……じゃあ、毎日、雲雀くんのごはん作ってるんですか?た、大変だぁ!!」

「まぁ、それが私のお仕事ですので。それに最近は当番制度で作っていますよ。でも、以前までは彼が外に出たがらなかったので、私が一方的に用意していましたね。」

「ふふ、それって……」

「……なんでしょう?」

「創さん、ちょっとだけ“お母さん”っぽいですね。」


思わず、手が止まった。


“お母さん”――それは、暗殺者である私から1番遠い単語。

だからこそ、それが自分に向けられるとは思わなかった。

私の役割は護衛、監視、支援。


雲雀くんの。家族などではない。


でも、その言葉はー


「……悪くない響きですね。」


私は、静かにそう答えていた。


**


料理のレッスンは思いのほか順調に進んだ。

佐山くんと比較して梅ちゃんは要領が良く、私の説明を正確に理解して動ける。

包丁の持ち方もすぐに修正できたし、初めてにしては野菜炒めも上出来だった。


「創さんって、やっぱり先生って感じですね!」

「お褒めの言葉ありがとうございます。一応、佐山くんの、あなたのお兄さんの先生もしていましたからね。」

「じゃあ、これからも……私が困ったら、創さん、助けてくれますか?また、頼っちゃってもいいですかね?」


彼女は、まっすぐにそう言った。その顔はとても無邪気で、それでいてどこか不安げでもあった。


「ええ。私に可能な範囲であれば、いつでも。」


私はそう答えるのが、自然だった。


「よかったぁ〜。創さんが料理できる人でよかった〜!」

「使用人として当たり前のことですよ。」

「使用人、か。雲雀くんと創さんって仲良いですよね。まるで、家族みたいですね!! 」


また“家族”という言葉。私は戸惑いながらも、否定できなかった。


そのとき、廊下の奥で控えめに扉が開いた音がした。覗き込むと、雲雀くんがひょこっと顔を出していた。


「終わったか?」

「雲雀くん、途中で飽きて放棄しましたよね。」

「いや、まぁ。でも……」


彼はなぜか少し頬を掻きながら、ぼそっと言った。


「……あいつと仲良くしてくれて、ありがとな。お前案外面倒見いいよな。」


思わず、私は見返してしまった。彼がそんなことを素直に言うなんて。……珍しい。


「……それ、録音しても?」

「死んでもやめろ。」

「どうして。」


残念なことに録音の許可は降りなかったのだった。

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