8. 涙のない喪失
その一報は、あまりにも静かに、世界の終わりを告げた。
「○○便、墜落。生存者は確認されず」
飛行機が──墜落した。
テレビの画面で、そのニュースを見た瞬間、私はただ立ち尽くしていた。
「まさか」と言う必要もなかった。知っていた。
わかっていた。この未来を、私は止めなかった。
止めることができた。でも、止めなかった。
それが、“私の使命”だったから。
その瞬間、創の中で何かが崩れた音がした。
数分後、家の電話が鳴った。
ああ、もう来たか。そう思った。
「都さんが……亡くなったそうです。」
都が亡くなったという知らせだった。機械のように冷たい声で、現実を告げるそれに、私はただ「わかりました」とだけ答えた。
頭の奥が痛んだ。
そのあとしばらく、何も考えられなかった。何をしていたかも、思い出せない。
数日後、葬式が開かれた。白い花と、白い服と、白い天井。どこまでも静かな音のない空間で、私の感情だけがひたすらにうねっていた。
雲雀くんは、泣かなかった。
黙って、淡々と式を進めていく。司会者の言葉にただ頷き、参列者に深く礼をする。
彼が一番、取り乱しそうだと思っていた。
彼が1番辛いはずだ。でも誰よりも冷静で、まるで悲しみの感情をどこかに隠してしまったみたいだった。まるで別人のようだった。
葬儀が終わった後、私は彼に問いかけた。
「……どうして、泣かないんですか?」
思わず聞いていた。
その声に雲雀くんはふっと微笑んで、そして答えた。
「悲しいよ。辛いし、悔しいし、さ……
もっと、ちゃんと話せばよかったって後悔ばっかりだ。母さんに“ありがとう”って、もっと言えばよかったとも思ってる。でも、それよりも──」
雲雀くんはそう言い私の方を向いて少し微笑んだ。
「創の方が、俺より苦しそうな顔をしてるから」
それは悲しみ混じりの痛々しい表情。
「創が……俺の代わりに泣いてるみたいな顔するから。だから俺は泣かないよ。泣いたら、創がもっと苦しむ気がするから。俺、強くなるって、母さんに約束したから。」
そのとき私は、ようやく気づいた。
自分の顔が、どれほど歪んでいたかを。苦痛に満ちた、感情の濁流に呑まれたような表情をしていたことを。
私は、泣いていた。
涙は流れていない。ヒューズには、涙腺という機能は存在しない。だけど、これは確かに──泣いている。
「……うあ……っ、……あ……っ……!」
言葉にならない声が漏れた。
背筋が曲がるほどの痛みが、胸を貫いた。私は雲雀くんの胸に倒れ込んだ。
彼は黙って、私の背中に腕をまわした。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……っ……!」
なにに謝っているのかもわからなかった。止めなかったことか。
愛されたことか。
悲しいと思ったことか。
感情の嵐が、私の中の“ヒューズ”を壊していった。
プログラムでは処理できないものが、波のように押し寄せた。
私は、雲雀くんの胸で泣いた。嗚咽が漏れ、声が潰れるまで叫んだ。彼はずっと、何も言わずに私を抱きしめてくれていた。
その温かさは、都さんと同じだった。その温かさすら懐かしく感じて、さらに私の"心"を苦しめる。
きっと、彼も私と同じだったはずだ。
壊れそうだったけれど、
誰かのために強がっていた。
涙を堪えて、心を守っていた。
でも今は、もう守らなくていい。私が壊れるとき、彼は支えてくれた。そしてきっと、私もまた、雲雀くんこために──壊れたかったんだ。
その日私は悲しみを知った。
愛しいと言う感情と喪失、そして私のそばに居続けた雲雀君の強さを。
部屋に閉じこもって、我儘で、口が悪くって、意地悪な彼はもうそこには居なかった。
私の痛みを受け入れて、それでもそばに居てくれた。
絶対に忘れたくない、この感情全部覚えていたい。
ごめんなさい都さん。
私も雲雀くんと一緒。
素直になれなかった。
ありがとうも、ごめんなさいも、親子らしい会話も、せっかく貴方が私を娘と言ってくれたのに。
何もできなくて、何も返せなくてごめんなさい。
未来を変える覚悟がなくてごめんなさい。
雲雀くん、ごめんなさい。
「ご、めんなっ、ざい、、ごめんなさい、、」
何度も何度もその言葉を紡ぐ。
未来を変えなかったことを許して欲しいわけではない。
自分が見殺しにしたくせに泣かない貴方の代わりに鳴く私の醜さを、醜悪さを許して欲しい。
私は泣き続けた。
葬儀の終わり、空を見上げた雲雀くんが小さくつぶやいた。
「母さん、創を残してくれてありがとう。 俺、あいつがいなかったら、きっと……」
それ以上の言葉は、風に消えていった。