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【短編】愛だの恋だの言ってみたい王女殿下はハイスペック従者に囲われている

作者: 月追める
掲載日:2025/03/08



ご覧下さり、ありがとうございます( .ˬ.)"


挿絵(By みてみん)


本作のメインイラストになります!

※今回は本編終了後に、ちま可愛い四コマもご用意しましたので、是非ご覧いただけますと幸いです。


では、本編をどうぞお楽しみください!





 はじめましてなのじゃ。

 わらわはクロイツヒリング王国の第一王女、ランスーニア・クロイツヒリングという。

 

 名が長くて呼びにくかろう?

 両親や兄上はわらわをランと呼ぶから、おまえもそう呼ぶとよい。

 

 ん? 不敬なんて言わんぞ?

 ――愛を込めてそう呼んでくれるのであればな。

 




 

 王女として生まれ、民が納めてくれる税によって生きておるわらわには、国を支え導く義務がある。

 王女として恥なきよう最先端の教養を身に付け、近隣諸国の言語や文化を学んできた。

 新しい知識や技術を身に付けることは苦ではなかったし、臣下達のつまらぬおべっかや、同世代の令息令嬢達の下らぬマウント合戦に付き合うくらいなら、書物を読むか、教師と語らうか、奉仕活動として童の面倒を見たり教育してやる時間の方が、余程有意義で楽しい。

 

 そうは言っても、同じく国の民である彼らにも礼儀は尽くさねばならん。

 王女だからとて、好き勝手に振舞えるわけではない。

 存外しがらみが多いのじゃ。



 その最たるものと言えば婚約、結婚であろうか。

 嫡男であれば必然的に王太子、そして国王に。

 それ以外は王子であれば王太子のスペアとして育てられるか、後継者争いの火種にならぬよう、ある程度の年齢になればそれなりの身分が与えられる代わりに臣籍降下させられる。

 そして王女であればこぞって国の益になるよう、政治的に使われるのが定めじゃ。

 王子と同じく臣籍降嫁させられることもあるし、突然何処ぞの国の王子や令息と婚約を結ばれるかも知れぬ。

 国王であるわらわの父上は横暴な独裁政権者ではないし無慈悲なお人でもないから、わらわの希望も多少聞き入れてもらえるやもしれんが……基本的にはこちらの気持ちなど、国の前では塵芥のようなもの。

 状況によってはフッと吹いて飛ばされ、なかったことにされてしまうじゃろうなぁ。

 なんと世知辛いことか。


 そんなわけで、数多の教養を身に付けたわらわにも、未だ知らぬことがある。

 それは――


「あぁ……実にいいのぅ、恋愛小説は。恋愛結婚など夢のまた夢じゃからと、愛だの恋だのくだらぬと思っておった昔が懐かしいのじゃ」

「ラン様、そんなババくさいことを仰らないで下さいませんか?」

「ニル! ババくさいとはなんじゃ! 失礼な奴め」


 わらわの側に控えておるこやつは、ニルス・フリクセル。

 フリクセル侯爵家の三男坊で、わらわの護衛兼秘書兼雑用係……とまぁ、所謂わらわの手足であり従者じゃ。

 わらわが四歳、こやつが六歳の頃からの付き合いのため、こうして人がおらぬ時はお互い取り繕うことなく好きに話している。

 とはいえニルは一応立場を弁えてか敬語で話すのじゃが……結局言葉がアレであるからして、尊敬よりも親しみが勝っているのだろうと勝手に受け止めておる。


 わらわももう十六歳。

 十八歳までには婚約者が決められ、二十歳の成人には何処かへ嫁がされるのじゃろう。

 しかし、こやつももう十八だというのに、そういえばそんな話は一切聞かんな……?


「おまえ、ずーっとわらわと共におるが、婚約者はおらんの」

「いませんね」


 即答どころか食い気味に言葉を重ねてきよったわ。

 主人の言葉を遮るなど、けしからん奴じゃ。


「三男とはいえ侯爵家の者じゃろうが。家柄も申し分なく、見た目だっていい方じゃろう? こうしてわらわの護衛を務めるほどの魔術と剣術の腕前に、文官のような書類作成や計算も熟す。わらわのためと言って、裁縫や茶が入れられたりと、侍女や執事紛いのことまで出来るというのに、相手の一人や二人、三人や四人居てもおかしくなかろう」

「お褒めいただいているのか、優柔不断な浮気野郎と思われているのか分かり兼ねるのですが」


 ニルからじとりと胡乱な瞳を向けられ、わらわは(しか)めっ面を返す。


「いやだっておまえ、わらわがちょっと離れると令嬢達に群がられておるじゃろう」

「私が望んで呼んでいるわけではありませんよ」


 そう言うとニルは目を閉じ、ツンとした表情を浮かべた。

 今度は不貞腐れおったわ、まったく。


「おまえ、面食いなのか? それとも相手に高望みでもしておるのか?」

「……さぁ、どうでしょう?」


 そうして首を傾げるニルは、少し困ったような表情を浮かべて笑っていた。

 わらわは目を輝かせ、ニルを覗き込む。


「なんじゃ! おまえもわらわと同士か? 愛だの恋だの分からんのじゃろう、そうじゃろう!」

「余計なお世話ですし、ラン様と一緒にしないで下さい」

「なぬっ!?」


 こんな風に、わらわは王女として平和で穏やかな日々を過ごしておったのじゃ。





 

 じゃが突如、恐ろしい事件がこの大陸中を襲った。

 大陸の西側、我がクロイツヒリング王国も一部面しておるそこで、瘴気の渦が観測されたのじゃ。

 元々枯れた不毛の地とされていた西側は、かつて多くの魔物が蔓延り、魔王の君臨する魔の地と呼ばれていた。

 魔王は古の文献から、勇者と聖女により封印されたとされている存在。

 瘴気の渦は正に、魔王復活を示していると言えた。


 暫くして、近隣諸国と力を合わせ魔王軍との戦に備えることとなり――わらわの従者であるニルが王国筆頭魔術師として討伐の主力部隊に選ばれてしまったのじゃ。

 これまでニルとは十年以上、共に過ごしてきた。

 いずれ婚約や結婚で道が分かたれることもあるやもしれんとは思っておった。

 じゃがこやつは幼い頃から「私は結婚せず、ラン様に一生お仕えします。万が一、億が一、結婚することになったとしても、ラン様にお仕えすることを許してくれる相手しか選びませんので」などと言っておったのじゃ。

 侯爵家の令息ともあろう者が、そんな好き勝手自由が効くものかと呆れておったが、こやつは常にわらわの側に居続けた。

 本当に婚約者も作らずに、ずっと……。

 それなのに、まさか命をかけるような場に見送ることになるなど思わんではないか。


「お、おまえなら……わらわの従者としての役目があると断れたであろう? どうしてそんな危険な場所に行くんじゃ!?」


 わらわはニルにしがみついた。

 なんじゃこれは。

 胸が痛くて苦しくて仕方がないではないか。


「ラン様に断りもなく決めてしまい、申し訳ございません。ですが、これは私のために行かねばならないのです」

「何故じゃ!?」

「魔王軍の討伐に成功したとなれば、陛下から褒美が貰えるでしょう?」

「ほ……うび……じゃと!? おまえ、そんな物を望んで行くというのか……? な、何が欲しいんじゃ!?  そもそもおまえは何かをそう望んだことなどなかっただろう! わらわが……わらわが与えてやれるものではないのか!? どうしてそんな危険な場所に行こうとするんじゃ!!」


 王女として身に付けた人前で貼り付ける仮面も、こやつの前ではただのランスーニアという一人の女が頭を(もた)げてしまう。

 手の震えが収まらず、じわりと涙が浮かんでくる。


「私の手に入れたいものは、本来私などではとてもとても手に出来るものではありませんでした。ですが、魔王討伐の褒美であれば……それが手に入るかもしれません。ですから私にとって、これは千載一遇の好機とも言えるのです」

「何を……っ」


 ニルを見上げると、何故か殊更優しく柔らかな表情で笑っていて、こんなにもわらわが心配しておるというのにと、怒りの方がふつふつと湧き上がってきた。


「もう知らぬ! 好きにするといい!!」

「ラン様っ!!」


 わらわは執務室から飛び出した。

 王女としては恥ずべき様子で廊下を駆け、私室へと駆け込んだ。

 侍女達が驚いた表情でこちらを見ているのも振り切って、そのまま寝室に籠る。


「ニルの阿呆! わらわの側を離れたりせぬと、そう……言っておったではないか……っ!!」


 わらわはベッドに潜り込んで、胸元をぐしゃりと掴んだ。

 大勢の民が討伐に向かう。

 魔王の復活と同時に現れるという勇者や聖女の存在も、近隣諸国で見付かったと聞いておる。

 人員も物資も磐石(ばんじゃく)な状態で送り出すことになるはずだと……そう、分かっておるのに。


「ニルが……ニルがもし、死んでしまったら……っ」


 わらわの人生にニルが居ない。

 そんなこと考えもしなかった。

 あやつに婚約者の影がなかったからか、わらわにも婚約の話が持ち上がらなかったからか。

 もし仮に結婚しても従者として側に居ると言ったニルの言葉が、どれだけわらわの心の支えになっていたのかを痛感した。


「ニル……っ」


 わらわはその日、ベッドで一日泣き暮らした。


 

 次の日の朝、腫れたみっともない顔を見て溜息を吐いていると、侍女達がテキパキと用意を始めた。

 珍しくすりおろした林檎やローズヒップティーが出てきて、わらわが目を丸くしていると、


「昨日、ニルス様がいらっしゃったのです。『私の不手際で殿下を傷付けてしまい、明日きっと必要になるかと思いますので』と持ってきて下さったんですよ。林檎はまぶたのむくみに効く果物ですし、ローズヒップティーも一般的にむくみに効くデトックス効果のある飲み物ですから」


と侍女が説明をしてくれた。

 侍女達はくすくすと笑いながら「ニルス様の仰られた通りですね」と言い、ホットタオルを用意してわらわの瞼の上に乗せてくれる。

 じんわりと温かく、とても心地いい。

 このタオルまでもニルが用意してくれたそうだ。

 

「ニルが……」


 あんな一方的に話を打ち切って逃げ出したというのに、身を案じて用意してくれるなんてと、わらわは己の幼さと未熟さを恥じた。


 

 ニルの計らいと侍女達の化粧の腕前もあって、腫れなど微塵にも感じさせない顔が完成していた。

 そしていつもと変わらず執務室に向かうと、ニルが少し顔を伏せて突っ立っていた。


「ラン様、その……」

「もういい。……おまえがわらわに相談もせず決めるなど、余程のことなのだろう?」

「……はい。人生の全てをかけてでも、この機会を逃せないと思っております」


 そう言うニルの表情は真剣で、かつてわらわの側を離れないと宣言した時のように、まっすぐこちらを見ていた。

 そんな決意をした瞳の男を止められんではないか。


「無事で……無事で帰ってくるんじゃ。それが約束出来んのなら、わらわは送り出してやらん!」


 ぐっと堪えるも、瞳が潤んでいくのが分かる。

 口を尖らせ、不細工な顔をしておることじゃろう。

 しかしそんなみっともない主人の足元に跪き、ニルは頭を垂れた。


「私、ニルス・フリクセルは、勇者や聖女と共に魔王を打ち倒し、必ず御身の元に戻ると誓います。少しの間、お暇を頂戴しますが、私が戻るまでどうかこの国の王女としてお待ち下さい」


 ニルの言葉にわらわはぎょっとした。

 何故ならその言葉には、誓いだけでなくわらわの拘束が含まれていたからじゃ。

 

 魔王討伐に一体どれくらいの年月がかかるか分からぬというのに、ニルはわらわにこの国から出るなと言った。

 元よりクロイツヒリング王家は結界や加護といった光属性の魔術を得意としており、戦争が始まればわらわも国の結界の強化と、戦地に向かった者達への祈りに尽力することになるだろう。

 戦争が終わらぬ内から他国に嫁がされることは少ないだろうが、それでも被害の大きい他国から結界と加護の力を望まれて、婚約や結婚をさせられることも考えられた。

 じゃがこやつは国で待てと言う。

 しかも()()()()()ということは、国内の令息とも婚約するなということだ。

 婚約は家同士の取り決め。

 その時点でほぼ結婚まで決まったも同然になるのだから、いずれ王女ではなくなる約束をするということだ。

 つまり、わらわはこやつが帰ってくるまで身動きが取れなくなるわけで……ヒクリと顔を引き()らせた。


「お、おまえ……わらわは無事に戻ってこいという要求だけなのに対して、随分言うではないか……?」

「私の要求が多いのではなく、ラン様の要求が少ないのです。もっと私に望んで下さっても宜しいのですよ? 魔王の首を勇者ではなくおまえが討ち取って来いであったり、討伐など一年や二年で終えてさっさと戻ってこいであったり」

「そんな危険なことや負担になりそうなことなど言えるかっ!!」

「ちなみに、こちらは先程お伝えしたものを陛下と取り決め、お約束した書面でございます」

「……はっ!? 父上!?」


 ニルが差し出した書類を引ったくり読んでいくと、魔王討伐の期間中、ニルが離れている間に万が一があってはいけないからと、私を王城から出さず、国の結界や加護に尽力せよと書かれていた。

 何故こやつはわらわの父上である国王陛下と、知らぬ間にこんな約束をしておるのじゃ?

 また、魔王討伐により近隣諸国の力関係や縁を結ぶべき相手も変わるだろうと言いくるめたらしく、わらわの婚約の話も討伐軍が帰ってくるまで一旦保留とされていた。

 わらわはあんぐりと口を開くしかない。


「お、おまえは何をしておるのじゃ……?」

「愛や恋を知りたいと仰っていたラン様が、私の知らない所で政治的利用をされ、嫌な相手に嫁がされるなど断固として許せませんから。一時的なものではありますが少しは時間を稼げますし、そもそもラン様は魔王が討伐されてもいない内から、愛するクロイツヒリング王国を離れることなど望まれないでしょう?」


 わらわは目を丸くした。

 いずれ国のために婚約し、結婚するなど分かっていたことじゃ。

 しかし、国が危機に陥るかもしれないと分かっていながら、付き合いがあるとはいえ愛着もない他国を守るために嫁がされるなど、無論望むはずもない。


「おまえはもしや、わらわのために……」

「勿論ラン様のためでもありますし、お伝えしたように私の望みのためでもあるのです」


 ニルは膝をついたままわらわの手を掬い上げ、手の甲にキスを落とした。

 わらわは息を飲んだ。

 こんな挨拶、これまで何度も受けてきたというのに、何故こんなにドギマギしてしまうんじゃ?

 それに何故、そんな射抜くような目でこちらを見ておる?

 わらわはニルから目を逸らせず固まってしまった。


「必ずラン様の元に戻ってきます。ですからこの国を、クロイツヒリング王国をお願いします。そしてラン様自身も、どうかご無事で」

「その言葉を言うのは本来わらわの方じゃろう……。ニルが陛下と取り決めてくれたおかげで、わらわはここに居られる。この国のことはわらわが守るから安心するといい。だからおまえも、絶対に戻ってくるのじゃぞ」

「はい、ラン様」



 その日からニルは、時折わらわの側を離れることが増えた。

 討伐の準備に駆り出されているらしい。

 わらわはこれまでニルが居るのが当然だと思いすぎていたようじゃ。

 文官しかおらぬところで「ニル、そこの書類を取ってくれんか」と言ってしまい、暫く経っても返事がないことで顔を上げ「……あぁそうか、あやつは今居ないんだったな」と苦笑して誤魔化すようなこともあった。

 

 ニルの茶が飲めぬ。

 ニルのサポートがない。

 ニルが控えてくれている安心感も……。


 あやつに依存していたつもりは決してないが、こんなにもニルが居ないことで不安を抱くことになるとは思わなかった。

 わらわはこれから何年、この日々を耐えることになるのじゃろうか。

 そう考えれば恐ろしく、せめて早く無事に帰ってきてほしい気持ちを込めて、空いた時間を使って護身符を作った。


 

 そうして日は巡り、魔王討伐軍が出陣する当日を迎えた。

 わらわは国王陛下や兄である王太子、弟や妹と並び、王族として彼らに激励の言葉をかける。

 そして出陣の前、ニルが挨拶に来てくれた。


「ニル、これを」

「これは……ラン様が?」


 これまで学んだ集大成として、糸そのものに祈りを込め、守護の魔術を編んだ護身符。

 時間をかけ丁寧に刺繍したそれは、我ながら良い出来だと言える。


「必ず魔王を打ち倒し、国に再び平和をもたらすのじゃ。――みなにどうか武運と加護を」


 わらわは両手を組み、天に乞う。

 贔屓に見えないよう、ニルだけでなく討伐に出る者達全てが無事に戻れるようにと祈った。


「ランスーニア王女殿下。行ってまいります」

「うむ」


 そうしてニルは騎士の礼をし、わらわに背を向けた。

 本当は手を伸ばしたい。

 行くなと叫びたい。

 じゃが、そんな気持ちを押し殺し、わらわはその背を見送った。




 ニルからは時折手紙が届いた。

 無事を知らせるだけの簡素かつ事務的な内容だが、最後に少しだけ小言が書いてあるのがどうもニルらしいと笑ってしまう。

 討伐軍から戦況報告も上がってきていて、西側では魔物のスタンピードが起きているらしい。

 クロイツヒリング王国でも魔の地に面した西の辺境では、我ら王族が張った結界に打ち当たる魔物が続出しているようだ。

 結界で足止めした魔物を、城壁に設置したバリスタや魔術で狙い撃ちしていると報告が上がってきている。

 

 王妃である母上は王族ではあるが、直接的な血縁ではないために結界や加護の力を持たない。

 そのため国王である父上、兄上、わらわ、そして弟二人と妹の六人で国の守護を固めることになる。

 しかし、一番下である双子の弟と妹はまだ十歳。

 持っている魔力量もまだまだ成長段階で、到底無理はさせられない。

 わらわの下の弟もまだ十四歳のため、十歳の二人に比べればかなり奮闘してくれているが、第二王子としての責任感からか、それとも無理をしすぎる性分のせいか、魔力枯渇を頻繁に起こしていた。

 ここで倒れられるわけにはいかないので、多く休息を取らせ、何とか持ちこたえてもらっている状態じゃ。

 そのため結界の維持は父上、兄上、わらわの三人が基本的に力を注ぎ続けた。

 不眠不休にならないよう交代で行うのだが、父上は国王、兄上は王太子としての執務がある。

 わらわの執務を下の三人が受け持つ代わりに、わらわが誰よりも魔力を供給することになったのじゃ。


 休息の時間には死んだように眠り、侍女達が必死で手入れをしてくれてはいるが、どうしても疲労が色濃く出てしまう。

 目の下には隈が出来、髪は少しパサつき始めてしまった。

 それでもわらわなど王城の中から国を守っているに過ぎず、戦地に向かったニルは衣食住も不安定な土地を巡っているはず。


(ニルと約束したではないか。あやつが戻ってくるこの国を、わらわが絶対に守るんじゃ……!)


 その気持ちを奮い立たせ、わらわは必死で祈り続けた。



 半年が経つと、ニルの手紙の頻度が減るようになった。

 魔物との交戦が激化しているようだ。

 クロイツヒリング王国から出陣した騎士や兵士達は奮闘しているそうだが、他国の軍は多くの被害が出ているらい。

 聖女が癒して回っているようだが、手紙には何故か歯切れの悪い言い回しが書かれていて、わらわは首を傾げていた。


 そうしている間に、何処からそんな話が生まれたのか、聖女の恋の噂が流れるようになったのじゃ。

 

 曰く、聖女はクロイツヒリング王国軍の者に惚れ込んでいる。

 曰く、聖女はクロイツヒリング王国へと嫁ぎたいと望んでいる。

 曰く、古の文献では勇者と聖女が書かれていたが、今代の聖女はとある魔術師と力を合わせている。


 その噂が知らぬ間に広まるようになり、そしてその相手がいつの間にかニルだと言われるようになっていた。

 わらわは何の間違いかと耳を疑った。

 それに聞こえてくるのは聖女の望みであり、その魔術師側の要望は聞こえてこない。


(仮にこの相手がニルだったとして、あやつのことだから聖女のこともこれまでの令嬢のように、何とも思っておらんのだろうなぁ……)


 わらわはそう思っておったが、魔王の存在や魔物との緊張した日々の中で、そんな明るい話題はみなの心を照らし、数少ない娯楽として話されたのだろう。

 聖女とその魔術師は互いに力戦奮闘し、愛の力で戦っているとさえ語られ、次第に討伐もまだ終わっていないというのに、二人の婚約や結婚まで囁かれるようになっていった。

 

 その話を聞く度にわらわは良い気がせず、誰にも見せぬようにしつつもムッとした表情がすぐ作れるようになってしまっていた。

 そういう時は祈りの間に閉じ籠るに限る。

 今日もそうして籠っていたが、どうも苛々する気持ちが日に日に膨れ上がっていく。


(これではまるでニルの気持ちなどお構いなしに、勝手に外堀を埋めているようではないか! あやつはわらわの元に戻ってくるんじゃ。あやつはわらわのものじゃ! …………え?)


 わらわは感情的に浮かんだ言葉に、ずくりと軋むような痛みを覚えた。

 そっと胸に手を添え、いやに音を立てる心音を鎮めるよう意識するが、それ以上にぐるぐると思考が駆け巡っていく。


(わらわは今、何を……? あやつは物などではない、ただ従者としてわらわの元に……。じゃが、そうしたらあやつは、噂通りに聖女と結婚させられるのではないか……? 父上としても、聖女が我が国の令息と結ばれるなど願ってもないことじゃろう)


 今までニルに婚約者が居る姿を思い描いたことがなかったわけではない。

 自分自身に伴侶が出来、その側で控えるニルにも相手が出来る……そんな姿を想像したことはあった。

 それでもわらわ自身の相手も、ニルの相手も、どんな人間か決まっていないせいか、影のような黒子が突っ立っている程度の想像しかしていなかった。

 明確に特定の女性――聖女や令嬢を想像したことなどなかったんじゃ。


(わらわではなく、ニルの隣に聖女が並ぶ……? ニルがわらわではなく、聖女を選ぶ……?)


 その考えに至り、わらわは自身の愚かさに気付いた。

 

 ――何が愛だの恋だのを知りたいじゃ。

 一番思う相手が近くに居すぎて、それが当たり前になっていただけではないか。

 いやもしかすると、王女であるわらわが侯爵令息とはいえ従者のニルとは結ばれるはずがないからと……わらわはその現実に傷付くのが嫌で、考えぬようにしていただけだったのかもしれぬ。

 わらわは、とうの昔から――

 

「うっ……」


 感情がぶれてしまったせいか、祈りの間で魔力放出量を誤ってしまったらしい。

 多くの魔力が吸われ、わらわは結界の魔法陣の上に崩れ落ちた。


「……なんと無様な姿か。だからとて、あやつが帰ってくるこの地を、わらわが守らずして誰が守るのか。もし本当に聖女とニルが結ばれることとなったとしても、わらわはあやつの幸せを願っていたいんじゃ……っ!!」


 地に伏しながらも強く願った祈りの力は、キラキラと輝く結界となり国中を覆った。

 国を守っていた結界に更に付与されたのは浄化の力。

 わらわが新たに得た浄化の力も加わったおかげか、辺境で警備をしていた者達は、バリスタや魔術で攻撃せずとも結界に触れただけで蒸発するように消えていく魔物達を見て、歓喜の声を上げたそうだ。






 それから一年。

 ニルが討伐に出てから凡そ一年半という期間で魔王は打ち倒され、再封印が完了したという報告が上がった。

 ニルは歴史的な偉業を達成したのだ。

 数年はかかるだろうと思われていた討伐がこれほど短期間で終わったのも、きっと噂の聖女様と魔術師のおかげに違いないと、凱旋には多くの民が駆け付けた。

 

 わらわは城からその様子を眺めておった。

 

 民達の歓声に答えるように笑顔で手を振る、聖女である証の服を纏った女性。

 聖女という言葉から清楚で落ち着いた雰囲気だと勝手に想像していたが、見るからに貴族らしい華美な雰囲気の令嬢だった。

 聖女服にもふんだんに刺繍や宝石があしらわれているのか、太陽の光に反射してギラギラと輝いている。


 

 クロイツヒリング王国の南に位置するベルリヒンゲル王国で見付かった聖女は、確か男爵令嬢だったはず。

 ベルリヒンゲル王国は恐怖政治が色濃く出た、平民貴族や身分差別が顕著な国じゃ。

 民には煌びやかで輝かしい聖女に見えるかもしれぬが、戦で多くの国や民が様々な節制と戦の支援をしていたというのに、聖女服をまるでドレスのように飾り立てる必要が何処にあったのだろうかと呆れてしまう。

 それに、あの服はどう見ても男爵家が用意できるような代物ではなさそうじゃ。

 誰かが聖女のためにと手を貸したのだろう。

 チラリと横目で見るが、父上や兄上が何を考えているのかはまるで分からない。

 

(それでも聖女の力が本物であれば、国のために取り込みたいと思われるじゃろう。そうすればニルは……)


 先頭ではしゃぐ聖女とは全く違い、後ろの方で静かに立っているニルへと目を向けた。

 近付いてくる凱旋の集団を見ていると、ニルの顔が上を……いや、こちらを向いていることに気が付いた。


(なんじゃ? あやつ、こっちが見えておるのか? これほど距離があるのに? いや、そんなわけはあるまい……)


 わらわは目を瞬くも、ニルは間違いなくこちらを見ているような気がする。

 もし本当に気付いているのなら、とんだ忠犬ぶりだなと笑ってしまう。


「さて、ランの下僕を迎えに行ってあげようか」

「兄上、わらわは決してニルを下僕扱いしたことはないんじゃが……」

「あんなもの下僕で十分だよ。もしくは駄犬だね。ラン、きちんとあの男の面倒見てくれよ。アレを手懐けられるのはおまえくらいなのだからね」

「え、えぇ……?」


 わらわは兄上の鬱々とした顔を見て疑問に思った。

 ニルはわらわの従者のため、他の者よりも王族との接点はあるじゃろう。

 とはいえ、あくまでわらわの従者としての接点程度であり、兄上とニルの間に個人的な関わりなどなかったはず……。

 一体いつの間にあやつの印象がこれほど悪くなったのか。


 

 父上と母上、兄上とその婚約者であり王太子妃の義姉上、その後ろにわらわと弟が続いて凱旋した者達を出迎えに向かう。

 一番幼い双子の弟妹はまだ幼すぎるためお留守番じゃ。


 王城で最も広い大ホールに整列した騎士や兵士達。

 それぞれの国ごとに縦に並び、その先頭には国を代表する者達が立っている。

 ホールの一番右奥に並んでいるのが、クロイツヒリングの者達だった。

 我が国の先頭は王国騎士団団長とニル。

 わらわは歩きながら静かにニルへと目を向けた。

 ニルもわらわを見ているようだった。


 その隣に並んでいるのは、北の国シュルディアン公国。

 先頭に立っているのが()の国で見付かったという、勇者アレクシスだろう。

 大きな大剣を背負っている、体付きのいい快活そうな男だ。

 中央に並んだのがベルリヒンゲル王国で、先頭は当然聖女。

 名をリーリンといったはずだ。

 その隣にも残りの他の国の者達が並んでいるが、何故かこの三国以外の騎士や兵士達には異様に負傷者が目立つような気がした。



「みなの者。此度(こたび)は魔王討伐、大儀であった。戻ったばかりで長話をしては傷に触る者も居るだろう。負傷者はまず速やかに手当を受けよ。健康な者は食事や湯浴みが行えるよう、離宮を整えてさせてある。好きに使ってくれたまえ。我が国の騎士や兵士も離宮を利用してもいいし、自身の家や寮に帰ってもよい。明日の夜には宴を予定しておる。今日はゆっくりと体を休めてくれ!」


 父上の短い挨拶に、騎士や兵士達はそれぞれの国の敬礼をする。

 ホールからは「怪我をされている方はこちらへ!」という声や「離宮へ向かわれる方はご案内します」と声が上がり、ぞろぞろと人の波が動き出した。

 そんな中、人一倍高い猫なで声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、ニルくんはどうするの〜?」


 間に挟まれたシュルディアン公国の者達を跨いで、リーリンはニルへと呼びかけた。

 ベルリヒンゲル王国の者達はニヤニヤ笑うだけで止める気配がなく、クロイツヒリング王国やシュルディアン公国の者達は呆れている様子が見て取れた。


「私はお仕えする方の元に戻りま」

「えぇー? 私一人じゃ寂しいもん! ねっ、ニルくんもリリと一緒に離宮に来てよぉー!!」


 ニルの言葉を遮り、リーリンは近付いてその腕を取った。

 腕を絡めるどころか胸まで押し当てているように見え、わらわは怒りや悔しさなどではなく唖然としてしまう。


(あ、あれが聖女じゃと……?)


 兄上の妻である義姉上はバサリと扇を口元に広げた。

 元々厳しいお人のため、リーリンの振舞いを見て目尻が猫のように釣り上がっている。

 父上や母上はじっとその様子を眺め、もう離席してもいいはずなのに動く気配がない。


(何故お二人は退場されないんじゃ? まだ何かあるのか?)


 そうしている間にこの三国以外の者達と、三国の者達の中でも後ろに控えていた者達は各々移動したらしい。

 それぞれの国の前方に立っていた数名だけがその場に残っている。

 ニルはその間、リーリンを引き剥がそうと抵抗しているようだった。


「ふむ、丁度いいか。ロルバッハ殿、以前貴国や貴殿からもらった話をここでまとめようではないか」

「おぉ! 宜しいのですかな?」


 いつの間にかリーリンの横に立っていた男が嬉しそうな声を上げた。

 こちらも聖女と同じく無駄に着飾った服を着た、小太りの中年男性である。

 本当に討伐軍に交ざり行動していたのか疑わしい服装や体格じゃが、わらわは静かに父上とのやり取りを聞くことにした。


「聖女リーリンが、我が国の筆頭魔術師であるニルス・フリクセルとの婚約を望んでいるそうだな? そして、貴国の第三王子ツェーザル殿が、我が娘である第一王女ランスーニアとの婚約を希望している、と」

「えぇえぇ、そうなのです! 見ての通り、お二人は討伐の一年半の間に仲睦まじくなられまして。こちらの国にも噂が広がっておりましょう? 今代は勇者と聖女でなく、魔術師と聖女の時代だ、と。こうして無事討伐を終えられた二人を結んで差し上げたいと家臣が願うのは当然のことです」


 ロルバッハはそう言いながら、下卑た笑みを浮かべてこちらを見てきた。

 わらわはきゅっと口を引き結ぶ。


「ではランスーニアの婚約については?」

「いやなに、姫様もそろそろ婚約者を探される頃合と伺っております。こちらから魔王をも討伐した聖女を差し出すのですから、光属性の使い手である王女殿下を是非とも我が国にお迎えしたいのですよ。聖女の幸せを思って手放すとはいえ、自国のことも考えねばなりませんからなぁ」


 確かにニルと聖女が結ばれるというのなら、その代わりを迎えたいと言うのはおかしなことではない。

 しかし、よりにもよってベルリヒンゲル王国に嫁ぐのか……と、わらわは俯きそうになる。

 貴族達も民もクロイツヒリングの者達と比べてしまえば、()の国を愛せる気がしない。

 じゃが父上が知っていたということは、父上とベルリヒンゲル王国との間で何かしらの話し合いがあったことは間違いないのじゃろう。

 もしそうなってしまえば……わらわとニルは引き離されてしまう。


「ロルバッハ殿の話は分かった。聖女リーリンはニルスとの婚約を望んでおるのか?」

「はい! アレクもかっこいいけど、ニルくんが一番美形だしスマートだし、私の旦那様像にぴったりなんだもーん」

 

 リーリンのあまりにも頭の弱そうな返答に、わらわは頭を抱えたくなった。

 義姉上は顔を赤くして明らかに怒っており、兄上は仄暗い笑顔を貼り付けて成り行きを見ているようだ。

 弟は表情を繕いながらも溜息を漏らしている。


「二人の話は分かった。ニルスよ。この話、受けてくれるか?」


 わらわは我慢ならず、父上へと顔を向けた。

 こんな風に国王から言われて、ニルスの立場で断れるはずがないではないか。

 声を上げそうになる唇を噛み締め、これからを覚悟してぎゅっと目を閉じた。


「国王陛下。その前に一つ、私と陛下との間にはお約束があったと思います。私が二年内に魔王討伐を終え、国に大きな被害を出さず帰還出来た時、それ相応の褒美をいただけると」


 わらわは「……ん?」と目を閉じたまま眉間に皺を寄せた。

 

(褒美……? 今? このタイミングで? あやつは何を言っておるのじゃ?)


「おぉ、そうだったな。二年どころか、それより半年も早く戻ってきたのだ。当然褒美は用意してやろう。して、おぬしは何を望む?」


 ニルの言葉を咎めることなく、父上は何故か楽しげに声をかけた。

 ニルはリーリンを腕から剥がし、その場で膝をつく。

 

「私、ニルス・フリクセルは、我が国の第一王女ランスーニア殿下との結婚を望みます」

「ニルくん!?」

「なっ!? 我が国の聖女を選ばんと言うのか!!」

「………………なん、じゃと?」


 周りの反応よりも数テンポ遅れてそう呟いたわらわへ、ニルは柔らかく微笑んだ。

 そして立ち上がって静かにこちらへ向かってくる。

 じゃが、そんなニルにリーリンが後ろから掴みかかった。


「ねぇ、なんで!? 私がニルくんと結婚したいって言ってるのに! 私は聖女なんだよ!? 私のような選ばれた聖女よりも、ただの王女の方が大事だって言うの!?」


 そのリーリンの発言に、ニルの瞳はギラリと光った。

 華麗に足をかけリーリンを転ばせると、その体を地に付け締め上げる。

 ニルは今回、筆頭魔術師として討伐に参加しているが、元々剣術も得意だし、当然武術もそれなりに嗜んでいる。

 見事な腕前でリーリンを押さえ付けていた。

 リーリンが「痛い! なにするの!?」と喚いているが、残っていたクロイツヒリング王国の騎士達やシュルディアン公国の騎士達、そしてアレクシスまでもがリーリンとロルバッハに剣を向けていた。

 二人とも顔を青くして静かになる。


「私との婚約を望むというそちらの言葉が(まか)り通るのなら、これほど魔王討伐に貢献した私の望みも(まか)り通るべきでは?」

「き、貴様! 我が国の聖女が不満だと言うのか!?」

「えぇ。そちらの聖女と我が国の王女殿下と、どちらが大事かなど比べるまでもない。貴女など、ラン様の足元にも及ばない。我が主こそ、気高く尊きお方です」


 ニルはロルバッハにぴしゃりと言い返した。

 いや、聖女と王女であれば、聖女のほうが普通上になると思うのじゃが……。

 突如褒められたわらわは、何が何だか分からず首を傾げるしかない。


「私が何も気付かないとでも? 身分が高く、見目のいい者ばかりを選り好みして癒しを施すような女の、何が聖女だと言うのです? 軽傷者と重傷者の判断もせず、どれだけの者が手遅れになったと?」


 その言葉にわらわは息を飲み、リーリンへと視線を向けた。

 弟も「えっ!?」と声を漏らしておったが、どうやら父上や母上、兄上は知っていたらしい。

 義姉上は更に表情を険しくしてはいるものの驚いた様子はなかったので、事前に聞かされていたのかもしれない。

 

「クロイツヒリング王国やシュルディアン公国の軍には私やアレクが居るからと、嫌々ながらも他の者達の治療もしていたようですが、残り三国の者達はいつもボロボロでした。お陰で私含め治癒魔術が使える者達で、彼らのテントに訪れ治療をする羽目になっていたのですが、ご存知でしたか?」


 ニルの言葉に、先程左側に整列していた三国の者達が何故傷だらけだったのかを理解した。

 危険と隣り合わせの戦地で、極力魔力を温存しなければならないのに、聖女の職務怠慢のせいでニルや他の魔術師達がその尻拭いで治療していたなど……。

 聖女やベルリヒンゲル王国の者達は戦地でどんな振舞いをしていたんじゃ?

 あまりの身勝手さに、わらわは怒りでぎゅっと拳を握る。

 

「そ、そんなことないわ! ちゃんと平等に治療してたもん! 何の証拠もないくせにっ!!」


 リーリンは反省する様子もなく、言いがかりだと反論する。

 その言葉にロルバッハも「そうです! 聖女様にこんなことをして許されるとでも!?」と便乗して怒りを(あらわ)にした。

 ニルがそんな嘘をつくことはないと知っているわらわからすれば、二人の態度は実に不愉快極まりない。


「証拠? ありますよ。お望みなら全て出しましょうか? 聖女がいろんな男の腕に絡み付き、鼻につくような甘ったるい声で擦り寄る光景や、疲れたから自分達で治療すればと言って、傷だらけの騎士や兵士達を残して癒しの力を使わずテントに戻っていく姿も、ロルバッハ様に『クロイツヒリングやシュルディアンにはニルくんとアレクが居るから好印象与えておきたいよね! 他は適当でもいい?』と話している密談も」

「なっ、そんな……!? いつ……!?」

「全部しっかり残しておりますよ。勿論今日のこのやり取りも全て。私は魔術師ですから、過去に起こった出来事を記録として残せる術や魔道具を身に付けておりますので」

「「!?」」


 二人の顔色は最早青から白に近い有様になっていた。

 けれど同情はしない。

 彼らは証拠がなければ有耶無耶に出来ると思っておったのじゃろう。

 そんな魂胆が心底腹立たしい。

 愚かなことだと軽蔑の感情しか抱けなくてもおかしくなかろう。


「陛下から聖女は国にとっての益になるか否かと問われれば、私は否と断言します。聖女の代わりにラン様をベルリヒンゲル王国に送るなど、もっての外です。我が主は誰よりも国の守護のために力を使って下さっていたと聞いています。しかも光属性の魔術の中で難易度の高い、浄化の力を得られたとも……。平等に民を愛し慈しんで下さる王女殿下と、力はありながらも自分本位にしか使わない聖女。どちらが我が国のために選ばれるべきか、誰もが分かるはずです」

「うむ、そうだな」


 父上はそう言って頷いた。

 そして先程までの少し気さくそうな雰囲気を捨て、国王らしい威厳を放ちながら二人を見下ろし、沙汰を下す。


「貴国の聖女よりも、我が国の王女の方が余程有益なようだ。この話はなかったことにしよう」

「そんな!?」

「その上で、貴国の聖女が我が国の王女を侮辱したこと、筆頭魔術師に無礼な態度を取っていたこと、騎士や兵士達の命をそちらの都合で弄んだこと、国として抗議申し入れる」

「なんだとっ!?」

「いやっ! 私、そんなつもりじゃなかったの!」

「聖女とその付き人であるロルバッハ。いくら魔王討伐の功労者だろうが、そなたらの国の者達を招くような宴の席はない。ベルリヒンゲル王国の者達は誰一人負傷していなさそうだったな。即刻この国から出ていってもらおう。その二人は逃げられんよう、牢屋に放り込め」


 父上の命令で、拘束されていたリーリンも剣を向けられていたロルバッハも、あれよあれよという間に縛り上げられた。

 それでもリーリンは紐を解こうと身を捩る。


「ニルくん! アレク! 助けてよぅ! 一緒に魔王を討伐した仲間じゃない!!」

「……その呼び方も、何度も止めるように言ったはずです。ニルという呼び方には、幼い頃のラン様との思い出が詰まっているのです。後にも先にも、私をニルと呼んでいいのはラン様だけ。そこに土足で入ってきた貴女を、私は決して許しません」

「聖女と魔術師の噂だって、どうせお前やそこのおっさん、あとはベルリヒンゲルの奴らが流したんだろ? 本当に姑息な奴らだぜ。ただでさえ緊張感のある日々だったってぇのに、おまえらのせいでテントでも(ろく)に休めやしない日がどれだけあったか……」


 どうやらアレクシスもリーリンを毛嫌いしているらしい。

 シュルディアン公国の者達も彼らを睨み付けている。


「そ、そんなぁ……! 聖女になればチヤホヤされて、かっこいい人達に囲まれて、高貴な人に見初められるって……」


 リーリンはそう言うと、がくりと力なく膝をついた。

 そしてロルバッハと共に聖女リーリンは騎士達に連行されていく。

 その背中を眺めていると、待ち侘びた声がわらわを呼んだ。


「ラン様……っ!」


 見送った時よりも更に精悍になり、身長も伸びたニル。

 けれど、少し頬が痩けておるように見える。

 やはり辛い日々だったのじゃろう。


「ただいま戻りました。一年で戻るつもりをしておりましたのに、一年半かかってしまい大変申し訳ございません」


 サッとわらわの足元に跪いて何を言うかと思えば、こやつは一年で戻ってくるつもりをしていたのかと笑ってしまう。

 わらわはその頭に手を伸ばし、優しく抱き締めた。


「ら、ラン様!? いけません! 私はまだ湯浴みをしていないので、汗や砂埃で汚いのです」

「そんなもの、おまえをこうして出迎えること以上に気にするものでもないわ。……よく無事で帰ってきてくれた」

「ラン様……」


 珍しくわたわたと手を彷徨(さまよ)わせていたニルは、わらわの言葉を聞いて静かに手を下ろし、その抱擁を受け入れてくれた。


「んっ、コホン」


 その咳払いでわらわはハッと顔を上げた。

 そこにはまだクロイツヒリング王国とシュルディアン公国の騎士や兵士達、アレクシス、それに勿論父上や母上、兄上に義姉上、弟も居る。

 母上は嬉しそうに「あらあら」と微笑んでおり、義姉上に関してはさっきとは違った意味で顔を赤らめ、パタパタと扇で顔を仰いでいる。

 わらわは飛び跳ねるようにニルから距離を取った。

 

「さて、ニルスよ。褒美はお主が先程願った通り、我が娘ランスーニアとの婚約、そして結婚でよいのだな?」

「陛下、結婚()いいのではありません。結婚()いいのです」

「……お主は本当に細かい上に面倒な奴だな。好きにせい。ニルスには魔王討伐での功績として公爵位を与え、短期決戦を見事成し遂げた褒美としてランスーニアとの結婚を王命にて命じてやろう」

「有難く頂戴致します……!」

「ラン、良いな?」


 わらわにそう問いかける父上の表情は、国王のものではなく父らしい思い遣りに溢れたものだった。

 潤みそうになる瞳をぎゅっと強く瞬き、わらわもニルの横に跪く。

 横目で見ると、幸せそうな蕩ける笑みを浮かべるニルがこちらを見ていた。


「その命、謹んでお受け致します」






 こうしてわらわはニルの婚約者として披露された。

 魔術師と聖女の恋物語はいつの間にか消え去り、国で待つ王女のため、討伐を一気呵成(いっきかせい)に成し遂げた魔術師と、魔術師の帰りを待つ思いの強さから、浄化の力にも目覚めた王女の恋物語へと変わっていった。

 その話を後押ししてくれたのは、クロイツヒリング王国の騎士や兵士達、そしてアレクシス殿とシュルディアン公国の者達だった。

 ニルが聖女ではなくいかに王女を敬愛していたか、各所で語ってくれたらしい。


 ――らしいのじゃが、社交界ではその話題で持ち切りな上、街ではその話が恋愛劇として演じられているという。

 近々童話のように描かれるとも聞かされ、わらわは顔を覆った。

 恥ずかしいったらないではないか。

 当然じゃが、今は以前と変わらずわらわの側には常にニルが控えておるからか、何処に行っても生暖かい目で見られるのじゃ!


「くぅっ! みなしてニヤニヤと……っ!!」

「皆様、私達の幸せを祝って下さっているのですよ」

「それだけではなかろう!? 恐らく下世話なことも考えておるじゃろうて! 王女として様々な思惑で見られるのは慣れておるが、これは中々ムズムズするのぅ……」


 わらわは両腕を摩る。

 ニルはそんなわらわを見てくすりと笑うと、温かな茶を入れてくれた。


「私が噂になっていた聖女とではなく、ラン様と結婚するなど思ってもなかったのでしょうね。民達も魔王討伐で貢献した聖女がまさか各国から非難を浴び、ベルリヒンゲル王国の修道院に入れられるとも思わなかったでしょうし」

「そうじゃなぁ……。それでもあの娘であれば仕方ないような気もするからのぅ」


 あの後、捕らえたリーリンとロルバッハ、そしてベルリヒンゲル王国の者達の所業を明らかにするため、各国の騎士や兵士達に事情聴取を行うことになった。

 すると奴らの所業が出るわ出るわ。

 聖女の癒しを笠に、ベルリヒンゲル王国の者達はかなり横暴な振舞いをしていたようじゃ。


 聖女がそんな人間だったと知らしめるのは些かセンシティブだろうと、ベルリヒンゲル王国に交渉を持ちかけ、水面下で処理をするはずだった。

 しかし大怪我を負い、すぐに癒しを与えられなかったせいで体を欠損した者や亡くなった者も多かったらしい。

 特に癒しを与えられなかった三国の怒りが鎮まるはずもなく、口止めしようにも瞬く間にその話は広まっていってしまった。

 戦争中に聖女やベルリヒンゲル王国の者達は一体何をしていたんだと針の(むしろ)になり、遂には国際問題にまで発展することに。

 結果としてベルリヒンゲル王国は、国から聖女を輩出し魔王討伐に成功した功績を持ちながらも、多くの国から相手にされぬようになってしまい、全ての国に賠償金を支払わされておった。

 

 罪を全て明らかにした後、リーリンは泣いてニルに縋っていたが、ロルバッハと一緒にベルリヒンゲル王国に強制送還された。

 ロルバッハは処刑。

 リーリンは聖女の力を生涯国のために使う約束で命だけは救われ、過酷な修道院に放り込まれたらしい。

 

 元々恐怖政治で鬱憤も溜まっていたのだろう。

 今ベルリヒンゲル王国では、王族vs貴族と国民で内乱状態に陥っているそうじゃ。

 身から出た錆としか言えぬので、クロイツヒリング王国や近隣諸国は彼の王族に手を貸すことなく静観している。

 今の王が討たれ、人道的な王が新たに君臨すると言うのであれば、民にとってはその方が良いのかもしれんな。

 もしくはシュルディアン公国のように、()の王国から独立した新たな公国が出来るやもしれん。

 我ら王族はそれを明日は我が身と思い、教訓として成り行きを傍観しておるのじゃ。


「……して、おまえが魔王討伐に向かったのは……」

「ラン様の従者としてではなく、伴侶として側に居られる権利を得るためです」


 ニルはキッパリとそう言うと、わらわの髪を掬いキスを落とした。

 これまでは従者としての距離を保ち、わらわがソファに座っている時は後ろに控えているだけだったというのに、婚約者としての立場を得てからこうして横に座り、距離を詰めてくるようになった。

 何故こやつはこんなにも普通なんじゃ!?

 わらわはこんなにもたじろいでおるというのに!


「私は生涯ラン様のものと誓っておりました。ですから、ラン様が国のために嫁がれても付いていくつもりでいたのは嘘ではありません。ですが……魔王が復活したと知った時、魔王討伐という功績があればラン様と共に生きられる未来があるのではと、そう望んでしまったのです」


 ニルはそう言うと、耳を伏せた犬や猫のように頭を擦り寄せてきた。

 まったく……ニルがこんなにも甘えたになるなど、こちらも想像しておらんかったのじゃ。

 わらわはその頭を撫でてやる。


「わらわはおまえを失ってしまうのではないかと、気が気ではなかったのじゃぞ?」

「そればかりは申し訳ないとしか……」

「ふんっ。これからはわらわの側を決して離れるでないぞ? ……わらわの旦那様」


 最後にボソリと呟いた言葉に、ニルはガバリと顔を上げた。

 頬を赤らめ、少し見開いた目があどけない。

 少しはやり返してやれたじゃろうか……。


「あ、あの、ラン様……。もう一度仰っていただけませんか?」

「〜〜っ!! うるさい! 一度しか言わぬわ!」

「そんな! お願いします、この通りですから!!」






 

「お初にお目にかかりましゅ。わたち……は、ニルシュ・フリクシェルと申しましゅ」

「はじめましてなのじゃ。わらわはクロイツヒリング王国の第一王女、ランスーニア・クロイツヒリングという」

「申し訳ございません、ランスーニア王女殿下。息子はもう六歳にもなるのいうのに、このように未だ滑舌が悪く……。殿下の方が達者でお恥ずかしい限りです」


 父様はそう言うと王女様に頭を下げた。

 ……だから挨拶なんてしに来たくなかったんだ。

 私は六歳になっても舌足らずで、何故か上手く話すことが出来ずにいた。

 王女様だって、こんな挨拶をされたら兄様達と同じように笑うか、父様や母様のように呆れたり怒るに決まっている。

 私は俯いた体勢のままそう思っていた。

 そして小さな少女が笑い声を上げるか、癇癪を起こし叱責が始まるのを待った。

 けれど――

 

「名が長くて呼びにくかろう? 両親や兄上はわらわをランと呼ぶから、おまえもそう呼ぶとよい」

「……え?」


 顔を上げ目に飛び込んできたのは、高飛車な言葉や態度を取りながらも、慈愛に満ちた瞳でこちらを見下ろす可憐な少女の姿だった。

 

「ん? 不敬なんて言わんぞ? ――愛を込めてそう呼んでくれるのであればな。そうじゃ! おまえのこともわらわがニルと呼んでやろう! のぅ、ニル!」


 自身の名すらまともに名乗れなかった私に、ラン様はにこやかな笑みを向け、しかも私のためにお揃いのような愛称を与えて下さったのだ。

 あの日から、私の心は彼女に囚われてしまった。


 

 恋愛などという陳腐な言葉では言い表せず、敬愛なんて言葉でも物足りず、私にとってのラン様はそこら有象無象の人間と違い、正に唯一無二だった。

 それからはどんな手段を用いてでも、ラン様の側に居られるようにしてきた。

 ラン様にとって私が有用だと思ってもらえるように、私が居れば多くの従者や侍女さえも不要に思ってもらえるように。

 そうしてラン様の周りに居着くものは、極力最低限に絞ってきた。

 その権限さえも手に入れてみせた。


 けれど、決して高望みはしていなかった。

 ラン様の側に侍り続けるだけの力を身に付け、彼女が伴侶を得てもなお、私を側に置き続けるのが当然と思っていただけるように。

 あの方のために己の力全てを惜しみなく使うだけ……そう思っていた。


 

 そんな時に魔王復活の報告を受け、胸の奥底に押し込めていた感情がむくりと顔を出したのだ。

 

 もし魔王討伐を私が成し遂げたなら?

 もし魔王討伐で私が功績を上げたなら?

 名実共に私はラン様のものになれるのではないか。

 そして、名実共にラン様を私のものに出来るのではないか。


 私の口角はみるみる上がっていった。

 こんな口が裂けたような笑みをラン様には見せられない。


 ラン様の夫という立場だけでなく、せっかくならラン様の気持ちを手に入れるためには。

 愛だの恋だのを知りたいと仰っていたあの方に、私以外居ないと思わせるためには――。


 ニィと笑む口を手で覆い隠し、これからの段取りをどうするか、思考を巡らせた。


 


 


 それからこの策士が国王や王太子を半ば脅し、取り決めを書面にまで書き起こさせる強行に出るのだが、長い時間をかけて男が作り上げた箱庭で伸びやかに過ごしていた姫様が、それに気付くことは終ぞなかった。

 そうして策士の思惑通りに事が進み、姫様の心をも男は手に入れた。

 自ら望んで男の囲いに囚われた姫様は、真綿に包まれるような幸せな夢に溺れたまま、甲斐甲斐しく尽くす男に生涯愛されたという。



 


お読み下さりありがとうございました!

前書きにも記載していた、四コマはこちら!!


挿絵(By みてみん)


こんな頃もあったのに……何故でしょうねぇ?

(大体は王女殿下の無自覚なタラシのせいでは……)


リアクション、ブクマ、感想やレビュー、評価など

とても励みになります……!

是非とも応援宜しくお願い致します( .ˬ.)"



本日開始した新作:

【平民聖女、鎖領します! ~聖女の力に目覚めましたが、平民のくせにと馬鹿にされたので故郷のためにしか貢献しません!!~】

挿絵(By みてみん)


第一章完結作品:

【恋の相談役になれば、あわよくば振り向いてもらえると聞きまして 〜いつの間にか振り向かされていたのは、わたくしの方でした?~】


前回好評だった短編:

【私の婚約者が人気過ぎてつらいのですがっ!? 〜恋敵はまさかの彼と同性です?〜】


完結作品:

【 吾輩、嫌々ながら死にかけの青年を拾ってみた 】


それぞれイラストがございますので、

気になるタイトルがございましたら他作品もお楽しみいただけましたら幸いです!



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