03:入部
昼休み、俺達は二階の空き教室にいた。三階と比べれば微妙に涼しい。
ただ、ここに俺達を連れてきた目の前の彼女はいったい何者なのだろうか。
「食べてるところ悪いんだが、結局、あんたはなにしに来たんだ?」
事の顛末は昼休みの始めの事だった。一人弁当を広げようとしたところで彼女が話しかけてきた。
「ねえ、ちょっといいかな?」
そうして連れてこられて数十分。「まずは食べようか」と彼女に促されて、昼食を食べ終えたのが数分前。彼女がなにをしたいのかわからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。今は、彼女が食べ終わるのを待つしかい。
「ごちそうさまでした」
彼女が弁当をたたんだのを見計らって、俺は話を切りだす。
「で、なんの用なんだ?」
「うん。青木君、授業中に封印といたでしょ?」
「封印? なんだそれ」
いきなり意味のわからない単語を突きつけられ困惑していると彼女は右手をゆっくりと上げる。
「封印っていうのは、なにかを封じる、閉じ込める事だよ。そう、あなたの事だね」
そう言うと、人差し指をピンと立て優梛に向ける。
「私?」
優梛が自分に指をさしながらきょとんとする。正直、俺もよくわからない。しかし今は、他に見えている奴がいる。という事に驚いた。
「見えているのか?」
「うん。そりゃもうバッチリ。だから、学校で勝手に出しちゃダメだよ」
「そうなのか、知らなかった」
有紀がため息をつく。俺、なんか変なこと言ったか?
「とりあえず、勝手に封印といた事で、放課後ちょっと付き合ってね」
「どうすればいいんだ?」
「放課後わたしから声かけるから、いつも通りに寝てて大丈夫だよ」
「そんなに有名か俺」
そこまで広まっているとは思っていなかったんだが。
「クラスメイトだもん、知らない方がおかしいでしょ」
クラスメイト。クラスメイト……?
「あー、寝てるからよくわからないんだが、クラスメイトだったのか?」
「嘘、まさかここまでなんてね。じゃあ名前も知らない?」
頷くと、彼女はと呆れていた。
「私の名前は西東有紀。以後よろしくね」 以後よろしくされるのかは置いといて、とりあえず「こちらこそよろしく」と返す。
「じゃ、そういうことで放課後にねー」
彼女は立ち上がるとそう言って、短い髪を揺らしながら颯爽と教室を出て行った。 有紀の足音が遠ざかった頃、優梛が口を開いた。
「あの子、なんだったんでしょうね?」
「さあ?」
俺達は、よく状況が飲み込めないまま放課後まで待つことになった。
放課後、約束通りに有紀が来る。
「あれ、起きてたの? こりゃ明日は超寒くなって隕石が墜ちてくるかも」
それは、ともすれば神々の黄昏たりえないだろうか?
「まあいいや。じゃあ、ついてきて。はぐれないでね?」
そう言って歩き始めた有紀に、歩いているのにはぐれることなんてあるのだろうかと思いながらもついていく。
三階から一階まで下りて、西校舎の角、体育館の渡廊下と階段の間で有紀が足を止める。そこには見慣れない部屋があった。黄ばんだドアに錆び付いた回転式のドアノブがついている。教室の名前を示すプラスチックカバーには、光のせいですっかり茶けてしまった紙が、丁寧にきっちりと挟まっている。紙をよく見るとなにか書いてあったらしいが、それももう判別できなかった。
「ここに入るのか?」
「うん。失礼しまーす」
そう言って有紀は元気にドアを開けて入っていった。どうやら見た目に反してドアの具合はいいらしい。 つられてその部屋に控えめに入ると、目の前の机に鎮座している人がいた。
「部長、青木洋介君つれてきましたよ」
俺が部室に入るのを確認した後、有紀が机に座っているセミロングの女性に報告をする。どうやら彼女が部長らしい。彼女は「お疲れ」と言うと、茶色の瞳をこちらに向けた。
「はじめまして、青木洋介君。青木君でいいかな?」
「はじめまして、どう呼んでも構いませんよ」
「じゃあヨウちゃん、ヨウちゃーん」
そう言って部長は両手をパタパタ左右に振ってくる。
「さすがに嫌ですね。青木君に戻してください」
部長は「冗談だよ」と言って机から離れる。
「私の名前は浅田あさひ。この部屋へようこそ、青木君」 と言って手を差し出して来た。
俺はよろしくの意味がよくわからなかったが、とりあえず手を握り返す。彼女の手の冷たさがこちらに伝わる。
「で、あなたが幽霊さんね?」
握手していた手を解き、一人浮いている優梛にも握手を求める。
「ええ、そうよ」
「はじめまして幽霊さん」
浅田先輩は笑顔で挨拶する。
「優梛です、はじめまして」
優梛はすこし不思議そうな顔で返す。
「ねえ、あなたどこかであったかしら?」
初対面のはずの優梛が、そんな不思議な事を言った。
「いえ、初対面よ。どうかしたの?」
笑顔を崩さずに部長は答える。
「あ、いえ、なんでもないわ。ごめんなさい」 そう言ったきり、優梛は口をつぐんだ。
「ところで青木君」
浅田先輩が再びこちらを向いて笑顔で話しかけてきた。
「なんでしょうか」
「お願いがあるんだけど」
「お断りさせていただきます」
即答だった。笑顔での頼みごとなんて、嫌な予感しかしない。
「そんな事言わずにさあ。ねえ、優梛ちゃんもそう思うわよねえ?」
「え? うーん、そうね。まあ、話くらいなら聞いてもいいんじゃないかしら?」
「お、おい--」
「さっすが優梛ちゃん、話がわかる。実は今、仕事の人手が足りなくて困ってるんだ。だから、手伝ってもらえるとありがたいなあって」 止める間もなく浅田先輩が説明を始めた。
「それは、こいつじゃなきゃとできない仕事となの?」
俺を見てそう尋ねる。それにしても「コイツ」呼ばわりは酷くないか。
「ええ、青木君ならできる。というか青木君じゃないと駄目なの。お願いできる?」
浅田先輩が話し終わると、優梛は下を向いて考え始めた。そうしてしばらくの沈黙。俺は断ってくれと願うしかできなかった。
「よし、決めたわ」
優梛は下を向きながらそう言う。周りに緊張が走る。
「手伝わせてもらうわ」
「なんでだよ、俺は嫌だぞ。というかなんで俺抜きで話が進むんだよ」
俺は優梛に反論する。というかなんで優梛に決定権があるんだ。
「アンタ、昨日の夜「いい」って言ったわよね? 私がやりたいことには有無を言わずに手伝うって」
「うっ」
確かに昨日の夜中、そんな事があったような。
「でも、あれはこんな事があるとは予測してなかったし……」
「詭弁ね。そんなの理由の内に入らないわ」
「ぐっ……、そもそも俺とこの部屋となんの関係があるんだよ?」
「えっ? それは……うーん」
やっぱりそこまでは考えが及んでなかったのか。このままいけば。
「関係あるよ?」
不意に横から有紀の声が割り込んでくる。
「青木君は優梛ちゃんについて知らないだろうし、正直優梛ちゃんが出てきて困惑してるでしょう? ここで活動していればなにかつかめるかもしれないし、優梛ちゃんとお別れできるかもよ? それをみすみす手放すのは私は得策とは言えないと思うな」
「えっ」
「ナイス有紀」
「そういう事よ。アンタにもメリットがあるでしょう? ね、手伝ってみましょうよ」
確かにこのまま優梛といるのは少々厳しいかもしれない。でもなんかこう、手込めにされてる感じもする。
「部長、一つ条件をつけてもいいですか?」
「いいよ。手伝ってくれるならね」
「じゃあ。俺が聞いたことには正直に答えてください」
これは、優梛に関する情報を隠されて、延々とこき使われないための条件だ。俺は部長の顔をじっと見る。
「いいよ。のんであげる。じゃ、そういう事でよろしく。私たちは君たちを歓迎するわ」
「よろしく」
「よろしく、あと、私の事は優梛でいいわ」
「そうじゃあ私もあさひでいいよ」
「わかったわ、あさひ」
そう言って二人は固く握手をした。