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02:はじまり

 翌朝玄関を出ると、白い日差しと青い空の下に異界が広がっていた。

「は?」

 いや待て待て、ちょっと待てなんだこれは。俺は家に戻りたくなる気持ちをグッと堪えながら目の前の状況に目を向ける。暑いとかいってる場合じゃない。

 まず目の前には足がない人だと思われる何かがふわふわと目の前を行ったり来たりしている。次に、電柱の影には、なんか触れてはいけなそうなどす黒いオーラを放つ子供がうずくまっていたり、塀の上を見事な二足歩行で踊りながら歩く猫がいたり。そして、某すごい妖気を察知すると髪の毛が立つ少年の仲間である布っぽいものが浮いているに見えるのは、さすがに気のせいだと思いたい。それ以外にも大なり小なりがそこいら中にちらほらといて、まさに「魑魅魍魎」って感じの風景がそこに広がっていた。

「どうしたのよ、外に出るなり固まっちゃって」

 あまりの光景に唖然としている俺に、優梛が話しかけてくる。

「いや、俺の住む世界はいつから恐怖の大王に支配されていたんだろうなと」

 アルマゲドンよりもタチが悪い気もするが。

「何が言いたいのよ。意味のわからない比喩なんか使ってないで、はっきりと言いなさいよ」

「ええと、俺は昨日まで幽霊って信じてなかったし、見たこともなかったんだが」

「ええ」

「それが、一晩たったらなんでこんなに幽霊が出てきたんだろうなと」

 昨日までは間違いなくなにもなかった。ブロック塀の立ち並ぶ閑静な住宅街だったはずだ。梅雨の水蒸気で出来た蜃気楼なんじゃないかと疑いたくなる。俺が暑さにやられたいうということはない。

「これくらい日常の範疇じゃない」

 優梛がさも当然のようにそう返してくる。

「これが普通?」

「ええ」

「こんなに混沌とした景色が?」

「そうよ」

「……マジ?」

「マジ」

 優梛の目はしっかりとこちらを向き、これが日常だと言っていた。正直、こんな日常お断りしたい。

 でも、昨日まで見えるどころか感じすらしなかったものが、なんでいきなり見えるようになったんだ? やっぱり、このペンダントが関係しているのか?

「ところでアンタさ」

 不意に優梛が話しかけてきて、思考が一旦中断される。

「なんだ?」

「時間、大丈夫なの?」

 言われて携帯の画面を覗くと、時計は既に八時を過ぎていた。これは走らないとヤバイ。

「ヤバい。優梛、走れるか?」

 なぜかわからないが、優梛とは一定距離以上離れられない。そうなると必然的に優梛も走らなければいけないワケで。

「浮かべば問題ないわよ」

「浮かべるのかよっ!?」

「知らなかったっけ?」

「知るかっ」

 俺は走り始めながら言葉を返す。

「今朝方はずっと浮いていたのよ?」

「どうりで……」

 振り返れば確かに朝はいつも通りだった。今まで忘れているくらいに。

 でも浮かぶってそんな卑怯な事、アリか?

 俺は夏の日差しで夏服に汗がにじむのを感じながら、学校まで走っていった。



 俺の通う春陽高校の昇降口は北側にある。そのお陰で日中でも薄暗い。だから冬は外気より寒くなったりするくらいだが、夏場は割と涼しかったりする。

 しかし、それは朝早くに限る。今のように生徒がなだれ込むギリギリの時間帯は、周りの人達の外から持ってきた熱気と汗で地獄と化すわけであって。

 俺はここまで走ってきたわけであって、汗だくであって。

 周り人の熱気と自分の熱気が混ざりあい、少し気持ち悪うへえ。

 なんとか熱気のプールを乗り越え、東側に面した廊下を通り教室にたどり着くが、公立の高校にクーラーなんてものは当然のように、無い。廊下からは日差しが俺達を焼かんと照りつけてくる。東側校舎の影はアテにならない。窓は全開になっているが暑いものは暑い。扇子やうちわで暑さを紛らわしているやつがちらほらといるが、それも今のうちのなぐさめでしかない。先生が来たら仕舞わなければならないのだ。理由を簡単に説明すると、

「アタシは暑いのにお前らだけ涼むのはズルい」

 ……と言うわがまま極まりない担任のせいだったりする。

 チャイムの少し後に、に先生が教室に入ってくる。束の間を涼んでいたクラスメイト達は、名残惜しそうな様子でそれらを鞄に収める。

「おら席つけてめーら、ホームルームやるぞー」

 男口調でだるそうに生徒を席へ促している彼女が、俺達のクラス担任、鳴神愛乃なるかみよしの先生である。彼女に逆らうと雷の如き拳骨が跳んでくるので、皆大人しく従ってる節がある。その拳の悪名高さは、この学校に不良と呼ばれる者がいないことに機縁しているとかいないとか。

「野口、号令」

 こうして地獄の一日が始まるのであった。



 昨日の雨とはうってかわって、今日は雲一つなく風も穏やかで、気持ちがいいくらい快晴だ。いやー、こんな日にはのんびり釣りにでも……。

「あっづ……」

 老後の暇を楽しむおじいちゃんごっこは少し無茶だったようだ。暑さで頭が沸騰しそうになる。しているかもしれない。七月初日の一時間目からこの暑さ。これから訪れる夏の気温とか、想像したくもない。大体今は梅雨のはずなのに、何でこんなに気持ちいいくらいに晴れてるんだ。雨だけ降ってればいいのに。いや、それはそれでじめじめしていて嫌だけどさ。曇りがベストだな、うん。

 授業の内容なんて対して聞いてはいないが、暑さを紛らわすためにノートを取って集中することで、無我の境地を図ったりしてみた。

 しかし無駄な努力であり、暑いものは暑い。一時間が終わる頃には、机に顔を突っ伏しながら汗を流して撃沈している自分がいた。


 四時間目は少し寝心地の悪い腕枕をしつつ授業を流す。四階建て校舎の二階は、昼頃になると朝より暑さがマシ(?)になってきて、色々と考えられるようになる。そこではじめて優梛がいないということに気づいた。

 いついなくなったんだろうか。朝学校まで走っている時はいたよな。うーん。

 わからん。まあでも、そのうちひょっこり――。

 その時、首の下が急に眩しくなった。

「うあっ!?」

 あまりにも眩しくて思わず両手の甲でで顔を隠す。指の隙間から目を細めて覗く。どうやらペンダントが光っているようだ。

 なんでいきなり光りだしたんだ? なにもわからないまま光を見ていると、次第に粒子状になっていき、それが人の形になっていっていることに気づく。まさか……?

 次第に光は輝きを失い、完全に消えたその場所には優梛が立っていた。

「あ」

 頓狂な声は先生に聞こえたらしく、

「どうした、青木」

 何事かとこちらを見る。

「え? あ、いや、なんでもありませんよ。ははは……」

 うああ、――!

 顔は平静を取り繕いつつも心の中で羞恥に悶える。

 うがああああ……飛びたい。今すぐあの窓から飛び立ちたい! いや不可抗力ではあるけど、絶対に変人だと思われてるよ。

「面白い顔してるわねアンタ」

 優梛が口角を上げながら言う。悲しいことに、どうやら顔も平静は保っていないらしい。

「h……!」

 「ふざけるな」と言いかけたところでブレーキがかかる。ここで叫んだりしたら、変人扱いに拍車がかかるかもしれない。ここは我慢、我慢だ青木洋祐……!

「さらに面白くなってるわね」

 くすくすと笑い始める優梛。ちくしょう、人が我慢していればいい気になりやがって。でもどうすりゃいいんだ……。

 あ。

 俺は普段あまり使う機会のないルーズリーフを取り出すと、シャーペンを走らせる。

『いったい誰のせいだと思ってるんだ』

 そう書くとルーズリーフを指の先でコツコツと叩く。意図を汲み取った優梛はその場でしゃがんで文字を見る。筆談なら怪しまれないだろう。

「知らないわよそんなこと。それより、私はいつの間にそれの中に入ったのよ。まったく忌々しいわよね、人の事勝手に閉じ込めるなんて」

 それ、とはペンダントの事だろう。優梛が出てきたり入ったり、着けている本人にははずせなかったり、他の人には見えていなかったりと謎ばかりだ。だけど忌々しいというところは、優梛と同じだ。

『まったく忌々しいのは同感だ。だけどな、授業中くらい静かにしてくれないか?』

 まあ授業なんてまったくと言っていいくらい聞いていないんだが。こんな日に集中できるわけがない。

「嘘つきなさいよ。さっきまで寝ていたでしょ。顔に跡がついてるわよ」

『これは机に突っ伏しながら先生の話を聞いていた跡だよ』

「それ、思いっきり寝ているわよね?」

 どうやら優梛とは寝ているの定義が違うようだ。これは理解してもらう必要があるだろう。

『大体、今日は珍しく起きて授業を聞いてるんだからな?』

「ということはいつもは寝ているわけね?」

 墓穴った。何を露呈しているんだ俺は。

「説得力が一気にさがったわね」

 くそ……くそっ!

『ちくしょう、覚えていろよ……!』

 何を覚えるのかは自分でもわからない。

「いつでもかかってきなさい小悪党」

 にやりと優梛が笑うのとほぼ同時に、勝利宣言のファンファーレがわりのチャイムがなった。何故だろう、すごい負けた感じがするのは。

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