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01:出会い

「……す…け……洋祐、青木洋祐!」

 誰かに呼ばれている気がする。

 意識が少しずつ覚醒していく。

 微かに霞む目で周囲を見渡しながら、寝ぼけた頭でしばしの思考をする。

 ああ、そうだ数学の時間だったのだ。しかし先生方の仰る言語はおおよそ地球上の言語ではない。と、頭が判断し、その後に睡魔という名の、非常に抗いがたい化け物に襲われたのだった。

 その睡魔という最強の化け物から俺を助けてくださった先生方の手は、黒板のある所を指していた。

「これを解いてみろ。」

 「これ」と言われた、微妙に伸びた腕の先にある数式を見てみる。

 ……ダメだ、わからない。なにやら方程式らしいのだが、およそ俺の理解の範疇を越えている。いったい、誰がこんなモノを作ったのだろうか。世の中和差積商さえ理解していれば、普通の生活は送れるというのに。

 数秒考えたが、わからないものはわからない。

「わかりません。」

 そう結論を述べると先生は嘆息した後に、

「……わかった。じゃあ土谷、これを解いてみろ」

 土谷が答えを述べる。学年一位の名は伊達ではなく、発した答えは正解だった。


 数十分後、気だるい授業が終わると俺は少し、さっき見た夢のことを思い直していた。

 さっき見た夢は、もう十年ほど前になるか、俺がまだ、「おばけが怖くてトイレに行けない」くらいガキだった頃の記憶だ。あの日から少し経ったある日、突然親父は帰ってこなくなった。所謂「失踪」と言うやつだ。しかし、お袋はなぜか警察に捜索願を出さなかった。当時はガキだったからそんなものは知らなかったが、今思えば不思議である。もしかするとお袋は、親父が帰って来ないのを、探すだけ無駄なことを知っていたのかもしれない。……それにしても、アレはない。うん。いくら当時スーパー戦隊モノが好きだったからと言っても、あの頼み方はいくらなんでもないだろうし、それに意味も分からないくせに条件反射的に頷いた俺も俺だ。ああ、今思い返すと結構恥ずかしいな。しかし、思い出してしまったものは仕方がないので、帰りにでもお袋に好物の水ようかんでも買って帰ってやろう。うん、そうしよう。

 そのような結論に至った俺は、「窓の外の雨、さっさとやまねーかなー」とか「帰りまでにはやんで欲しーなー」とか思いながら再びヒュプノスの誘いを素直に受けたのである。



 --気がつくとそこは、辺り一面真っ暗だった。真っ黒と言ってもいい。とにかく光なんて言葉とはまったく無縁そうな、それくらい底無しに黒かった。

 「無明の闇」とはまさにこのことなのだろう。手を握ろうとすれば握った感触はあるのだから、自分の体はあるのだろうが、ここまで見えないとこの感覚は実は幻ではなかろうかと思ってしまう。

 するとふいに、世界が少し明るくなった気がした。しかし周りはあいも変わらず真っ黒で、自分の体は覆い尽くされているらしく、よく見えない。しかし、今出現した闇の中の一粒の光。あの光の元に行けば、自分の体に纏わりついた闇はなくなるだろうと、俺はなぜかそう確信していた。そうして光を目指して進んでいくと、案外あっさりと光の正体に辿り着いた。

 光の正体は珠だった。涙マークの立体を結晶化させたような形で、深く、吸い込まれそうなくらいに青い色。それがあまりにも綺麗だったので、しばらくの間見惚れていた。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。相変わらずあたりは真っ黒で、時間の流れも定かには分からない。そして、目の前には青い珠がある。その青い珠は「取ってください」と言わんばかりに、そこに佇みながらはっきりと輝いていた。しかし、これだけ近づいても、未だに真っ黒な泥が付着しているようで、体は見えない。未だに輝いているコレを取れば、見えるようになるのだろうか。やってみなくちゃわからない。それが、大科学実験。とやたら耳に残っているそのフレーズを頭に浮かべながら、燦然と輝く珠に右手らしい感覚を伸ばしてみた。

 一センチ、変化はない。ニセンチ、やはり変化はない。

 三センチ、四センチぐんぐんとその距離を近づけていき、珠にあと数ミリ程度で触れられるのではないのだろうかという所で、変化は起きた。突然、珠が激しく輝きだしたのである。驚くと同時に、体に付いていた泥が剥離していく。どうやら全裸だったらしく、体は一面肌の色だった。そして次に、視界があたり一面真っ白になり、俺の夢の世界は終わりを告げた。



 ……夢の世界から抜けて、再び真っ暗になった世界から静かに抜け出す。ぐっすり眠っていたらしく、目を開けた時、やけに目も頭も冴えていた。時刻はもう夕方らしく、雨があがった空からは容赦なく西日が差し込み、無人となった教室を黄昏に染め上げていた。運動部も活動しているらしく、グラウンドから元気な掛け声が、吹奏楽部の楽器達と混じり合いながら聞こえてくる。

 つまり俺は、あの休み時間から今の今まで、爆睡していたわけだ……いつもなら授業中寝て休み時間に起きて休み時間も寝て、また授業中に……という流れだが、一貫して寝たのは今日が初めてである。先生達もさることながら、クラスメイトの皆もさぞ呆れていたことだろう。

 ……さて、俺もそろそろ帰りますか。そう呟きながら、校舎に響く喧騒を後にした。



 帰宅して、鏡を見た時に、その異常に気が付いた。何が異常か説明すると、首に先程夢で見た青い珠が、ペンダントとしてぶら下がっているのである。

 あれは確かに夢だった。それは間違いない。じゃあ何で、夢で見たモノが現実にあるんだ……。まあ深く考えても分からないし、邪魔だからとりあえず外すか。とペンダントに手をかけようとした瞬間、電気が弾けるような感覚がして、思わず手を引っ込めた。…………痛みは、無い。……。

 もう一度、ペンダントを外そうと手をかけようとするが、また電気が弾けるような感覚が起きた。今度は無理矢理手を伸ばし続けると、だんだん電気が強くなってくる。その内我慢出来なくなり、俺は結局、紐に触れることができなかった。

 ……これは、無理だ。悔しかったが、この不思議で少し忌々しいペンダントをを外すことを諦めることにした。余談だが、買ってきたみずようかんは好評だった。



 夕食が終わり、部屋に戻ってくる。夕食中誰も何の反応もしなかったので、それとなく「首に何か付いてる?」と聞いてみたが、妹の萌もお袋も、「何も付いていない」と言っていたので、どうやらこのペンダントは、他の人には見えていないらしい事がわかった。

 つまり、見えないのであれば誰かに外してもらうこともできないわけであって……。

「どうすりゃいいんだよ……」

 思わず愚痴が出る。しかし本当にどうすればよいのだろうか。自分で外せるわけでもなく、他人に見えるわけでもない。八方塞がりとはまさにこの事だと思う。

「なんか考えるのも疲れたし、寝るか」 こういう時は寝るに限る。どうせ今考えがポンと出たとしても、実行できる状況まで悶えるのは無駄な労力だし、忘れてしまう可能性も否めない。なら自由に動ける時にポンと出して、ストンと解決したほうがいい。まあアレだよな、寝れば頭もリセットされるし、何か閃くかもしれないし、寝るのが正解だ。俺は早々にベッドに潜ることを決めた。



 --夜。目が、覚めた。まあ、日中にあれだけ寝たしな。とにかく今は何時だろうか、時計を見るために仰向けの体を起こそうと……。

 ……起こそうとするが体が動く気配は全く無い。指一本動かせない。何だよ、これ。体が石になったみたいで、本当に動かせない。そんな風にパニックになっていると、不意にズン、と腹部に重みを感じた。最初は白い靄みたいであったが、ソレはうねうねと動きながら時間をかけてだんだんと人の形に成っていくように見える。そうしながら最終的にそこに現れたのは、全身が真っ白な俺と同い年くらいであろう容姿をした女性だった。

 肌も、市松人形みたいに切り揃えられた腰まである長い髪も、長袖のドレス(?)までも、全てが白く、白くない所と言えば、ドレス(?)な二の腕辺りについている赤いリボンと、大きくて黒いつり目くらいだ。しかし、この蒸し暑い梅雨の夜の闇の中で、彼女の冬のような白は、アンバランスで浮いているようにも見えた。

 そうして俺は未だ動けずに視線だけをさまよわせていると、

「あれ? ここどこよ? アンタ誰? 何で私ここにいるの?」

 不意に目の前の女性が「?」マーク四つで慌ただしく話しかけてきた。

「ここは俺の部屋だが、お前こそ誰だよ」 とりあえず冷静に対応してみる。すると女性は少し考えた後、

「私の名前は優梛。ねえ、何で私こんなところにいるのかしら?」

「知らねえよ。俺が聞きたいくらいだ」

「……ところでアンタ、名前は?」

「洋祐。名字は青木」

「そう」

 それだけいって優梛はきょろきょろと周囲を見渡す。……。

「なあ」

「ん?」

「いや、いきなり俺の前に現れて、お前何者だ?」

 優梛は「んー」と腕を組んで考えた後、


「多分、私幽霊だと思うのよね」


 と言った。は? 幽霊?

「嘘つくなよ。この世に幽霊なんて存在するはずがないだろ」

「とは言われてもねえ、じゃあ私の存在をどう説明するのよアンタは」

 ほんの少し険しい顔になって優梛が聞いてくる。

「じゃあ、幽霊だっていう証拠でも見せてくれ。そうしたら信じる」

「わかったわ。じゃあ具体的に何をすれば信じてくれる?」

 幽霊……、幽霊か。やっぱり幽霊って言ったらアレかなあ?

「やっぱり幽霊ならそこの壁くらいはすり抜けられるんだろ? やってみてくれよ」

「わかったわ」

 優梛は本当にあっさりと承諾した。本当にすり抜ける気かコイツ。それにしても動けない。原因としては一つしかない。優梛が乗っかっているからだろう。

「あと、やるならあっちの壁でやってくれないか? 重くて動けないんだ」

 と言うと、そこで空気が凍った気がした。

 続いて凍った空気にだんだんと殺気が混じってきて、優梛の顔が恐ろしくなっていく。

「こんの--馬鹿!」

 そして優梛の右拳が見事に俺の左頬にめり込んだ。痛くて悶絶するが、動けないのでもどかしかった。

「~~っ!」

「女の子に向かって重いなんて言うんじゃないわよ!」

 声を荒げて怒る優梛。そんなに嫌か、重いって言われるの。

「すいませんでした。でも本当に動けないのは嫌なんで俺の上から移動して下さい」 素直に謝り懇願すると、少し間が空き、

「しょうがないわね。でも次からは気をつけなさいよ」

 そういって、なんかしぶしぶといった感じで俺の上から優梛が降りると体が軽くなり、自由に動けるようになった。という事はやっぱり重かったんじゃ……。

「しかし、本当にやるのか?」

「だってやらない限り信じてくれないでしょ? ならやるわよ」

 そう言って、優梛は壁に向かっていき、壁の前で止まった。

「どうした。やっぱりやめるのか?」

「そうじゃないわ。動けないのよ、これ以上」

「は? なんで」

「私だって知らないわよそんなこと」

 少し言い訳がましく聞こえたが、優梛の口調は明らかに少し困惑しており、少し踏ん張っている感じなところを見ると、嘘をついているようには思えなかった。少し心配になり、布団から出て優梛に近づくと、優梛は逃げるかのように壁へぶつかり、そしてめり込み、消えた。

「え?」

 なんで動けるようになったんだ? というか本当になんの苦もなくすり抜けやがった。と、すこし混乱していると、壁の中から優梛が出てきた。

「まあ、途中少しトラブルがあったけど、これでいいわね?」

「あ、ああ……」

 まあ何はともあれ確かにすり抜けたしな。幽霊なんだろうけど。

 まだ微妙な混乱をしていると「それにしても」と優梛は少し考えるような素振りをした後、

「ねえアンタ、ちょっと部屋の隅まで行ってみてくれない?」

「え? なんで」

「いいから」

 意味がわからなかったが、一応部屋の隅まで歩いて行くと、隅までいけずに引っ張られているよな感覚に陥り、それ以上先に進めなくなる。

「やっぱりね」

 振り向くと優梛は一人納得していたようだった。

「どういうことだよ」

「これは仮説なんだけど、私たちはこれ以上離れられなくなっているらしいわね」

 この距離。俺は俺と優梛の間を見る。だいたい大股一歩。多分実測ニメートルそこいらへん。

「こんな短いのは、常時くっついてろって呪いか?」

「知らないけどまあ、受け入れるしかないんじゃない?」

「お前は平気なのかよ」

「確かに不自由ね。でもアンタといればどうにでもなる気がするのよね」

「それはつまり俺任せにする気だなお前」

「バレたか。でもまあ明日になればなにかわかるわよきっと」

「根拠無いだろ」

「あるわよ」自信ありげな優梛。

「なんだよ」不信感しかない俺。

「女の勘よ」胸を張り言う優梛。

「うわあ……」

 俺は若干引いた。初めてみたよ、女の勘とか平然と言う奴。というかやっぱり根拠なんて無くね?

「ん? なんで引いてんの?」

「いや……、普通そんなに堂々と勘とか言うか?」

「科学理論の最初は大体勘からくるのよ?」

「お前は科学者じゃないし、この現象は仮説すらたてられない程の不思議じゃねえか」

「幽霊については不思議でもなんでもないじゃない。ただ単に死んだ人の魂なんだから」

「そっちじゃねえよ、この不思議間隔の方だよ」

「わかってるわよ、冗談に決まってるじゃない。でもそれのことは私がアンタに合わせれば、問題ないでしょ?」

「お前は、それでいいのかよ」

「今は特にやりたいことも無いしね。どうせ体は死んでるだろうし。まあやりたいことが出来たら有無を言わさずに手伝ってもらうけどね」

 今はやりたいことが無い、か。だけど死んでまでやりたい事ってなんだろうな。無いと信じたい。まあ成仏くらいはしたいんだろうが、それはまあ後々考えるか。

「まあ、それならいいか」

「交渉成立ね。じゃあ、これからよろしく」

「交渉ってなんだよ。でもまあ、よろしく」

 こうして俺と優梛と言う名の幽霊との、奇妙な生活が始まった。

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