プロローグ
--幼い頃、親父に言われたことがある。
『男ってのはな、好きな女の事は命を懸けて守らなきゃいけないんだ。分かるか?』
確かこの時は頷いたんだと思う。
なぜなら、
『そうか、なら大丈夫だな』
と満足げに親父が頷いたんのを覚えているからだ。
その後親父は苦い顔をしながら、
『実はな、父ちゃん理由があって遠くに行かなきゃならなくなったんだ』
『どこ?かいがい?』と聞いたと思う。そしたら親父は笑って、
『ハハッ、そんなところよりももっと遠いところだよ。でもまあ、海外っちゃ海外だなあ』
なんて言っていたもんだから俺は『行きたい行きたい』と駄々をこねた。しかし親父はやはり笑いながら、しかし諭すように、
『駄目だ。洋祐まで行っちゃったら母さんと萌は悲しむだろう? 母さんと萌のヒーローは洋祐なんだから』
『母さんのヒーローは父さんじゃないの?』
すこし不思議に思い、そう聞いたが親父は、
『さっき言っただろう? 父さんは遠くに行かなきゃならないんだ。だから、母さんを守れるのは洋祐しかいないんだ』
と言った。反論したかったがおとなには〈おとなのじじょう〉があるんだろう。と、子供心ながらにそう思ったのでとりあえず、
『いつ帰ってくるの?』
とだけ言った気がする。
それに親父はすこし寂しそうな目をしながら、
『いつになるか分からないんだ。明日かもしれないし、五年後かもしれない。父さんが帰ってくるまで、洋祐は母さんのヒーローになってくれないかい?』
と言った。だから俺は、
『わかった! 僕が父さんのかわりに母さんのヒーローになったげる!』
と元気よく言ってやったら親父は安心したらしく、満面の笑みでただ一言、『ありがとう』と言った。
その後、親父とは一言も喋らなかったと思う。
“いつ”行くとか、“なんで”行くのかは聞かなかった。いや、多分聞けなかったんだと思う。
そして、その数日後。目を覚ましたら親父はいなくなっていて。お袋の寂しそうな顔が妙に印象的で。
だけどその当時は、『あぁ、しゅっちょうにいったんだな』
としか思わなかったが、それから十数年経った今でも、親父は帰ってきていない。