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禁忌でもいいから #9 

 実力を隠していただけあって、シリルの仕事ぶりは凄かった。おまけに、他部隊に仕事を押し付け……いやお願いをしたのだから、早く終わったほうなのだろう。

 それでも帰ってきたときには、空は白みだしていた。仕事量が異常だということがよくわかる。衣食住は保障されているといっても、労働環境は劣悪どころじゃないではないか。


 ケルシュの他に向かった街では、悪魔は見られなかった。

 動物に魔薬を投与したというのはほぼ確定で、その実行犯と思われる魔女は何とか捕まえたが。仕組まれたように魔女が見つかっていくのが少し変だった。





*****


 「ここは、そう……」


 「これで大丈夫か」


 「うん。ばっちり」 


 床について起きたのは昼過ぎだった。

 ちょうど帰ってきたキャロンに、昨日教えて貰うはずだった書類整理をしているが……。


 「やっぱり寝た方が良いんじゃないか?教えてくれたおかげで大分できるようになったし」


 出先で宿にでも泊ったのかと思ったが、そんなことはなく。キャロンは一睡もせず、帰ってきたのだった。

 目の下のクマがひどいし、今にも目が閉じそう。


 「そうねえ。じゃあ悪いけれど少し眠るわ。わからなかったら……今日は隊長かシリルはいるはずだから、二人に聞いて」


 「ああ」


 椅子に体を深く埋めるキャロンに毛布を掛ける。


 「さすがね」


 「なんならシリルから小さい火を貰ってこようか?」


 火の灯っていない暖炉を見る。


 「ゼッタイ嫌。あんな奴の世話になりたくない」


 「ふふ。いい夢を」


 「……うん。おやすみ」


 寝顔がかわいい。


 ずっと見つめていそうになったが、はっとして仕事に戻った。


 




 「キャロンさーん」


 ノックがしたかと思うと、こちらが返事する間も与えずに、シリルは扉から顔を出した。


 「キャロンは今仮眠中だ」

 

 「みたいだね」


 「緊急の用事じゃなければあとで渡しておくが」


 「ううん、本当の用はアウローラちゃんだから」


 そう言うとこちらに紙を差し出してきた。受け取って下に目を落とす。


 「報告書を書いてみよう。ここに大体のことは書いてあるから、君には悪魔と邂逅したときのことを書いて欲しい」


 事の次第を思い出す。


 「えっと……施設の裏から入って近くの部屋に入ったら、書類で山積みで。魔薬の研究結果を纏めたものを発見。いくつか持ち出そうとしたところを、悪魔が急に現れて阻止された」


 「まず施設の裏から入ったことはなし。持ち出そうとしたことも書かない。一応、軍規上罪状が明らかでない限り、侵入や強奪は駄目だから……まあ僕はやるけど」

 

 侵入は駄目って……最初から規則を破る気満々だったではないか。


 すでに書かれた文を参考にして、省くものは省いて纏める。


 「どうだ?」


 「……。うん、完璧。あとは裏に署名を」


 再びペンを持ち直すと、署名欄の直前の文章が目についた。


 ―――第三部隊ケルシュ小隊によると、研究施設から何も発見はなし。また、捕らえた魔女は、牢への移送中に狂人となったため、その場で処刑を執行した。


 研究施設を離れる際、魔法具で建物を封鎖していた。人の出入りはないのだから、あの悪魔が痕跡は全て魔術で消したのか。


 とりあえず、シリルの指示通りに文字を書き足した。

 

 「それで仕事は終わり?」


 脇の書類の束に目をやる。


 「そうだが」


 「まだ案内していないところが一か所だけあるんだ。調べ物ついでに行こう」



 



*****

 宿舎の裏手には森林が広がっている。

 少し進んだ先には洞窟があった。シリルは迷いなく、階段を下っていく。


 「ここも敷地内なのか?」


 「うん。ここの森まで一応」


 日の光が届かなくなってきたのでシリルは炎を掌に乗せる。


 今まで近寄ったことがなかったが、一体何があるんだろう。


 「ここは地下牢だよ」


 心の中を読んだようにシリルは言う。


 「牢屋?牢の管轄は第四部隊の仕事じゃ……囚人は魔女や悪魔ということか?」


 「当たり。基本は処刑なんだけれどね、力の強さや、魔女だと契約内容によっては、殺しても死なないんだ。本来なら第三部隊が管理するところを、悪魔や魔女はこっちの管轄だと押し付けられてきた」


 「貧乏くじばかりだな」


 「そうでもないよ。代わりに上手いこと言って他の仕事をやらせたり、何かにつけて融通を利かせて貰ったりしてるから」


 シリルは黙っていれば真面目で堅物そうなのに。口も達者だし、笑えば胡散臭いし、顔と中身がアンバランスだ。

 

 「今日は定期的な見回りのついでに、最古参の悪魔に話を聞く。聞いて素直に教えてくれるとも限らないけれど、最近面会していないから情報が得られればと思って」


 昨日、ケルシュ以外で捕らえた魔女は何も知らず、聴取の結果得られた収穫はなかった。


 しかし、魔女をここに連れてきてもいいものなのか。やらないが、中の奴らと共謀して脱獄させたりだとかをする可能性もあるのに。


 急に手を取られた。

 

 「これを」


 渡されたのはロケットペンダントだった。こういうのって、恋人や家族の写真が入っているものでは?どうやって開くんだっけ……。


 「おもしろいものは何もないからね?開けても魔石が砕かれた粉しか入っていないから。一度は身を守ってくれる護身用に。あげるからずっと持っていていいよ」


 「つまらん……まあ、ありがたく貰っておく」


 「今から会う悪魔は、拘束も特に意味がない程強力だ。牢の中だろうと何でもできると思っていて。少なくとも、捕らえられてからは目立った行動はしていないけれど、どんな印象を抱こうが油断しないように。僕が話すから絶対に声を交わしてはいけないよ」


 「わかった」


 命令が体に刻まれていく。








 「おい、出せ!」


 悪魔や魔女たちの鋭い視線が突き刺さる。シリルは気にも留めず、奥の鉄格子に鍵を差し込む。


 「凶暴だな」


 「怖いなら、腕を貸してあげようか?」

 

 「誰がするか」


 何度目かの鉄格子をくぐり抜けると行き止まりに行きつく。


 そこには庭園が広がっていた。


 小さな樹木の下に体に輪をつけた少女が座ってる。


 泣いてる…のか?


 一筋の滴が垂れて頬を伝っていく。


 どこからか差し込む光に照らされ、輝く水色の髪。遠くを見つめる横顔はまるで絵画のようで、綺麗なのにどこか不気味だった。


 「あら、あなたは隊長だったかしら?そちらは始めましての方ね」


 瞳がぐるっとこちらを向き、焦点が合わさる。  


 「惜しい。僕はシリル。彼女はアウローラ、先日入隊した」


 「ふうん……。人間って本当面白いわね」

 

 ケタケタ笑う様子は不気味だった。


 「この髪を持つ悪魔を知ってる?」


 シリルは無視して一本の毛を取り出す。

 

 昨日の悪魔と同じ茶髪だった。

 確かに姿かたちを変えていたとしても、魔術の痕跡は残っている。悪魔同士なら面識がある可能性もある。しかし、いつ髪をとったんだ。そんな余裕もあったのか……。


 少女は手を伸ばし、鉄格子の合間からそれを受けとる。


 しばらくすると、髪は糸のように延びて曲がっていく。魔術の一種……よく見ると、どこにも拘束する魔法具はついていなかった。

 

 「残念だけど、私はこの国の人間に傷つけられないから。つけるだけ無駄なのよ」


 私の心の中を読んだように魔女は言う。


 「見えてきたわ」


 髪は人影を作っていた。男だろう、両耳の三角の耳飾りが印象的だ。


 「これが悪魔の正体。私は知らない子ね」

 

 「そう、協力ありがとう。お礼にお菓子いる?」


 紙袋を差し出す。流石に悪魔も予想外だったようで目を瞬かせた。


 「いるわ」


 「王都で若い子に人気なんだ」


 「……あなた面白い子ね」


 お菓子を貰ったときは、本当にただの少女と見まがう程だった。しかし、一瞬でその表情は剥がれ落ちて、また不気味な仮面を被ってしまう。


 「これは仕事とは一切関係ないんだけれど、魔女が狂人になる仕組みを教えてほしい」


 「仕組み?ああ、この子がいつ狂人になるのか知りたいってこと?」


 私が魔女だということは知っていたようだ。


 「狂うとしたら……あと5年以内。でも、魔女の中には狂人にならずに生涯を終える人もいる。知っていて?」


 口を開きかけたが、シリルの鋭い視線が突き刺さる。そういえば、話すな、って言われてたっけ。


 目線で知っていることを訴えかける。


 突如ケタケタと気味の悪い音が聞こえた。この子が笑っている……のか?


 「知っているのね、わかったわ。だからあなたも気をおかしくしないかもしれないけれど……狂人になるかならないかの違いはわからないわ。アドバイスとして一つ。自分の心を揺さぶるモノから遠ざかること」


 「なるほど。邪魔したね」


 「あら、もう帰っちゃうの。またね」


 シリルは踵を返す。何が何だかよくわからない。けれど、私も近いうちに狂人になってしまう。その前に、犯人を……。


 「あなた、後悔するわよ」

 

 先ほどまで向こうにいたのに。彼女は一瞬でこちらの隣にいた。


 「ここは離れたほうが良い」


 耳元で囁かれる。


 「っ………」


 思わず声をあげそうになるが、シリルの命令により喉が引きつるだけで終わった。 


 目に見えない速さで、一気に冷や汗が吹き出る。多分、向こうが私を殺そうと思えば、死んでいた。


 後ろを振り返ると、彼女は木陰に戻り、もうこちらを見てはいなかった。少し先を歩くシリルは話しかけられたことに気づかなかったようだ。急いで、後を追いかけた。

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