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禁忌でもいいから #6

 「アウローラ、おはよ!」


 「わっ、キャロン……おはよう」


 急に肩を叩かれてびっくりした。


 「ねえ、近くにカフェが新しく出来たらしいんだけど、お昼休み一緒に行かない?」


 「行きたいが、街まで行く時間なんてあるのか?」


 「あるある。今日はあなたに事務仕事を教えて、って言われたの。一通り済ませたらすぐ休めるわよ」


 「……門から人が走ってきてるぞ」


 軍服を着ているから他の隊の人間ということだろう。しかもすごい焦りよう。緊急任務だ。


 「今日はお昼ご飯どころか晩御飯までお預けかも」


 「はあ」


 二人でがっくり肩を落とした。 


 





 「伝令!各地で家畜が死んだとの報告が」


 キャロンが渡された急報を開く。横から覗き込むと、差出人は各地の領主からで、畜産用の動物や馬車の馬が死んでいるということ。死因は自然死と思われるものから明らかに殺されたものもあった。死体には魔術の痕跡が残されたものもあり、悪魔や魔女の仕業の可能性もある。この一連の不審死の原因解明を望むものだった。


 「我々第三部隊はこの他に要請のあった箇所に赴いています。第五部隊の方々にはそちらを担当して頂きたい」


 最初に手渡された何通かで終わりかと思ったら、麻袋を取り出してきた。手紙を入れておくには大きすぎる。100……とはいかずとも50通は入っていそうだ。


 いくらなんでも、数人しかいない部隊に任せる量ではない。 


 「わかりました。報告ご苦労様です」


 「では次の報告がありますので失礼」


 伝令兵はすぐに去ってしまう。


 「こんなに……」


 「ま、第三の奴らが2、3個しか引き受けていないからでしょうね」


 「それならもう少しやらせれば良かったのでは……」 


 「軍の立場的にうちの隊が一番弱いの。断るなんてできないし、無茶をするのが私たちの仕事よ」


 「全部、出来るのか?」


 「信じてなさそう。帰ってきてあなたの驚いた顔を見るのが楽しみだわ」


 そう言ってキャロンは足軽に中へ入ってしまう。


 なんだか、取り残された気分だった。







 「オスカーはここ。遠いけれど、頑張って」


 「うわぁ、えげつない量……」


 「シリルはアウローラくんと一緒に」


 キャロンからの報告を受けたウォルモは、てきぱきそれぞれに指示を出す。

 

 「キャロンは私と」


 「了解です」

 

 軍人らしく敬礼をした。

 






 「僕らはここ」


 ウォルモ隊長から預かったメモには、十個ほどの街の名前が書かれていた。


 「シリルは余裕か?この量」


 「さあ、命令だからやるしかない」


 魔法を使えるとはいえ、人間の範疇だ。無理だと思っていたが、キャロンたちにとってはこれが普通なのか。


 「今日のルートはこう」


 馬車に揺られながら話す。


 「馬車で隣街、そしてメッソ街道沿いにサンベル領の最初の街まで進む。そこは王家の直轄地ではないのに、珍しく転移門があるから、ルベイまで飛んで、残りの王家の直轄地を転々とする。効率的でしょ?」


 「ハード過ぎる……」


 「これでも僕らは一番楽させて貰っているよ」


 転移門と呼ばれる場所では、魔法省の職員が常に待機し、転移魔法で常に人や物を移動させている。費用は馬と大して変わらないが、金さえあれば身分の制限なく誰でも手軽に利用できる。欠点としては設置場所が限られていることで、王家の直轄領且つ、人口も多い街であることが多い。田舎では選択肢から省かれる移動手段だった。


 「魔力がないことを考慮しての采配か」

 

 「いいや。適度に魔法を使っているから、気づいていないと思う」


 仲間だから相談する、ということはないのか。


 「目的はなんだ、魔術に使ったのか、それとも……」


 シリルは呟く。


 報告を見る限り、動物たちはどれも死んでいるだけで、死体は外傷はあれどその場に残されていた。高度な魔術は命を代償に使うことが出来るが、死体ごと綺麗になくなるはず。それに、動物よりも人間の方が、生贄としての価値は高い。少し不自然だった。


 「そもそも、動物が死んだのは悪魔や魔女の仕業とは限らないのでは?」


 「それはない」

 

 「なぜそう言い切れる?」


 思ったままのことを言うと、シリルは何とも言えない表情をした。


 「うーん、まあアウローラちゃんならいいか。昨日の続きだけど、十年前、狂人の出現の一月ほど前から、同じように動物が不審死を遂げていたんだ」


 「初耳だ」


 「国が隠し続けているからね。今回のように全国各地で起きていたけれど、当時は問題視されていなかった。一部反対した貴族もいたけれど、陛下が腰を上げないのだからどうしようもない。ろくに対応もせず、結果として大惨事が起こった」


 「ん……?待て。その話下手したら国家機密なんじゃ」


 「そうだね。これ、一部の貴族と軍人しかしらないから。隊長も知らないんじゃないかな」


 「耳を塞いでおけば良かった」


 「君が訊いたんでしょ」


 その通りである。そしてお前はなぜ知っている。

 

 「もしあんたとの契約が解消されることになったら、口封じに……」


 「解消しないから安心して。それに知りたかったでしょう?十年前の騒動に興味津々じゃないか」


 「興味っていうか……確かに知りたかったのかもな」


 人を殺した。


 あの日のことは、生涯忘れない。






****十年前****


 秋にしては陽気な天気。

 穏やかな日差しが少し開かれた玄関の扉から漏れ出していた。

 

 

 「どうしたの?」


 昼頃まで寝ていた私は、外の騒がしさに目が覚めて急いで玄関へ走る。扉には父と妹を抱えた母がいた。


 「実は急に仕事ができちゃってね。ごめん、今日は遊びに行けないんだ」

 「何で!今日は私の誕生日だから、一緒に街に、って約束だったじゃない」


 膨れっ面をすると、お父様はしゃがみこんで柔らかく微笑んでくる。


 「ごめんね、じゃあ、次の休みの日にまた行ってくれる?」

 「わかったわ」

 「よし」


 お父様に肩を引き寄せられ、ハグをする。

 あまり筋肉がなさそうな見た目なのに、抱きしめる力は結構強いものだから、少し苦しい。いつもより長い抱擁に飽きて遠くを見つめていると、見覚えのある家紋の馬車が向かってくる。


 「あ、マーティン様!私早く大人になって、マーティン様のお嫁さんになるんだ!お父様泣いても知らないよ」


 父の腕をすり抜け、ダッシュで門扉へ向かう。


 「女の子は父親離れが早いな……」

 「あの子ったら」





 「マーティン様」


 道のすぐ傍で待っていると、馬車から婚約者は降りてきた。


 家同士の取り決め。最初は思うところがあったけれど、今は何の不満もない。だって……。


 「久しぶり、アイビー。元気にしてた?」


 ああ、もうかっこいい!


 「は、はい!」

 「ふふ、なら良かった。とりあえず、誕生日おめでとう」


 そう言って花束を渡される。


 白い花に緑の葉っぱ。片手で持てるくらいの大きさで可愛らしい。


 「ありがとうございます」

 「今日も可愛いね」

 「あ」


 ふと言われて思い出した。

 いつもマーティン様と会うときはしっかり着飾っているのに今はほぼ部屋着の紺色のワンピース。おまけに髪は軽く櫛を通しただけ。


 「見ないでください」

 「ごめん、嫌だった?」

 「いえ、つい部屋のままの恰好で出てきてしまいました」

 「大丈夫だよ。いつも通り可愛い」


 マーティン様、好きぃ……。

 優しいし、かっこいいし、まるで絵本の王子様。


 亜麻色の髪は触ると滑らかな指通りだろう。萌黄色の瞳は、何を映したら一番輝くのだろう……。


 「久しぶりだね、マーティンくん」

 「お久しぶりです、ハリス伯爵」 


 準備を終えたお父様は馬を連れて向かってきた。


 「今日は例の騒動でお仕事ですか?」

 「ああ。悪魔や魔女が近隣の村を襲っていると知らせがあってね」

 「死傷者が多く出ていると聞きました。どうかお気をつけて」

 「ありがとう」


 マーティン様と会話するお父様をじとー、と見る私。約束破ったのは許さないからね。


 「そ、そうだ!今日はアイビーと街へ遊びに行く約束だったんだが、この通り無理そうでね。もし時間があれば、この子の相手をしてやってくれないかな」

 

 焦ったように言い出す。娘の恋の手助けだなんて、流石お父様。

 

 「アイビーが良ければぜひ」

 「いいんですか?」

 「うん。君の誕生日だからね。なんでも付き合うよ」


 やったわ、作戦成功ね!


 「マーティン様、お父様ありがとう」


 笑顔で答える。


 「じゃあ悪いけれど。この子を頼むね」

 「お任せください」

 「いってらっしゃい」


 お父様は護衛たちと馬に跨って去る。


 「一先ず家へどうぞ!私は着替えてきます」

 「わかった。今日は何をしようか?」

 「まず街に行って……お洋服を買って、カフェに行って……」


 この時、私は浮かれ過ぎていた。





 


 「今日はありがとうございました」

 「楽しんでくれましたか?お姫様」


 絵本の中の王子様みたいな台詞。

 かっこいいから、どんな言葉でも似合う。


 「はい!最高の誕生日プレゼントです」

 「そんなに喜んで貰えるなんて良かった」

 「そうだ」


 一つの袋を出して、中身を開ける。


 「今日のお礼……にならないかもですけど。お揃いで二つ買ったので、受け取ってくれませんか」


 渡したのは白いウサギのぬいぐるみだ。

 私のはマーティン様の瞳の色、マーティン様のは私の瞳の色でお揃いだ。


 「ありがとう。大切にする」


 そう言ってマーティン様は破顔する。


 「お父様は無事でしょうか」

 「やっぱり心配?」

 「そ、そんな訳ありません」


 誰が心配するもんですか。ふいっと顔を逸らす。


 でも、最近お父様と全然一緒にいられない。お仕事で忙しいから。


 「なんでみんな魔女になっちゃうんでしょう。駄目って言われてるのに」


 お父様やお母様、今はいないおじい様やおばあ様も、小さいときから口を揃えて言いつけられてきた。悪魔の話に耳を傾けるな、とか、あそこは魔女がいるから行くな、とか。

 魔女になって国を乗っ取った王様が、隣の国の英雄に成敗される昔話もあるのに。


 「一番多いのは、魔法と同じ……いやそれ以上のことを出来るからじゃないかな」


 魔法……魔力がある人だけが使える特別な力。


 「魔法を使うには魔法陣を書かなきゃいけない」


 そう言って紙に円が複雑に重なりあった模様を描き、手をかざすと、小さい火が出現した。


 お父様や使用人たちから聞いた話だけれど、マーティン様の力はかなり強いらしい。こうして直接、力を見せてもらうのは初めてだった。


 「けれど悪魔が扱う黒魔術には、そんなものはいらない。魔力がなくても、契約すれば力が手に入る」


 「私も魔力がないから、気持ちだけなら少しわかります」


 「うん。でも便利だけどとても危険なんだ。力に耐えきれないのか、理由は定かではないけれど、徐々に精神が蝕まれていって……やがて周囲の人を殺して、物を壊して、最終的に自殺するんだ。最近は、そのおかしくなった魔女、所謂狂人が大量発生して人を襲っている」


 狂いだしたら、どんな言葉も効かない。死ぬまで壊して殺し続ける。


 「ただ、これはあくまでも一例。魔女によって違うだろうから、直接訊いてみないとわからないね」

 「訊くんですか?」

 「もし、魔女と会うことがあったらだよ」

 「その前に逃げないと」

 「そうだね。良い子のアイビーは関わってはいけないよ」


 マーティン様は例外なの? 


 隣を見ると、背景に違和感を憶えた。


 窓に赤い、何かが飛び散ったのだ。


 「マ、マーティン様……」


 次に目玉が……飛んできたかと思うと、窓に当たって潰れた。


 「いいかい?アイビー。出来るだけ姿勢を低くして、隠れていて」


 「は……はい」


 マーティン様は馬車から降り立つ。


 扉が閉まると座席と座席の間にうずくまって座る。外は騒がしかった。

 きー、と獣のような咆哮。あれが狂人なの?


 護衛たちが剣や魔法を繰り出す。


 あの瞳が忘れられない。確か、家に古くから仕える御者も、同じ金色の瞳をしていた。綺麗だわ、と珍しがりながら言ったことがある。


 死の恐怖を感じて、呼吸が上手くできない。苦しい。


 「ひゅっ、はっ」


 周りが明るくなった。これはマーティン様の炎だ。


 「はあっ、はあ、すーっ、はーっ、すーっ、はー」


 なんでかちょっと安心した。大丈夫な気がした。


 落ち着かないと。





 どのくらい経ったのか。


 「アイビー、行くよ」


 扉が開くと、マーティン様が現れた。


 「外は危険なんじゃ」 

 「後ろを振り返らないで。大丈夫、僕に着いてきて」


 手を繋がれたまま、走り出す。

 いつもより、手を握る力が強い。それに、服だってボロボロ……。大丈夫なはずがなかった。

 後ろを見てはいけない。そう言われたのに振り返らずにはいられない。


 「……!」


 辺り一面が紅く染まっていた。体なんて、原型がわからない程刻まれていた。


 奥に白目の瘦せこけた、みすぼらしい格好の老人。あれが正気を失っている魔女なのだろう。それに残った数人は立ち向かっていた。

 中には何の武器も持たない侍女もいて、抵抗もせずに攻撃されるがまま。戦えないのだから逃げなさい、なんて言えなかった。みんなよく知る顔見知り。でも立場は対等じゃない。

 私たちを守って、逃がすために、盾となった。






 「ここまで来たら大丈夫。アイビー?」


 近くの森林に入ってしばらく進むと、マーティン様は歩みを止めた。


 息は苦しいし、体は鉛のように重いのに。なぜか妙に頭が冴えていて、走っている間ずっと思考が止まらなかった。


 全て私のせい。

 警護が厚い屋敷の傍でなく、遠い街に行こうとした。

 最近お父様は狂人の対処に、昼夜を問わず駆り出されている。物騒な事件が起こっていることを知っていた。なのに……。

 私が違う選択をしていれば、みんな死ななかった。マーティン様も怪我しなかった。 


 「マーティン様……」


 ごめんなさい、と言いかけたけれど、謝っても無意味だ。取り返しがつかない過ちをした。


 心配そうにこちらを伺うマーティン様に、にこりと微笑む。


 「怪我を見せてください」


 正直処置のやり方なんてよくわからない。ただ、ハンカチでマーティン様の腕を縛る。


 「将来の奥さんは緊急時に手当も出来る。頼もしくて僕は安心だ」


 最近わかってきたこと。マーティン様が軽口を叩くのは、周りを和ませたいからだ。

 そしてさっき手を繋いでいて、また新たに発見した。周りには彼自身も含まれている、と。

 

 マーティン様は何かにすがり付くように、痛いくらいに私の手を握っていた。怖いんだ。婚約者である私を守らないといけない。でも自分を守ってくれる人はいない。


 「手、繋ぎたいです」

 「うん」


 守れなくてごめんなさい。せめて、少しでも心が軽くなるように、安心させてあげられるように。


 「屋敷に戻ろう。方角はあっちであっているはずだから。道なんてないようなものだけど、歩ける?」


 「はい」


 また、再び歩き出したとき。


 後ろから叫び声が聞こえた。

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