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禁忌でもいいから #4


 「場所を移動しようか」


 シリルは魔女の力を封じる3つの輪をそれぞれ首、指、足首につける。


 「こいつの記憶は消せる?」


 「あぁ。私がここに戻ってきたときからでいいか?」

 

 「助かるよ」


 魔法には記憶に関わることはできない。忘却魔術はそこそこ力のある魔女なら使える。悪魔に与えられた力には限界があるから、奪える情報量も大したことはないが。


 魔女の目を手で塞ぎ、頭の中の情報を吸いとる。


 「アウローラちゃんって転移も出来るの?」


 「ああ」


 ちゃん付け……まあいいや。


 「契約するなら誰にも聞かれない所がいいよな。私の家で良いか?他に候補があるならそこでもいいが」


 「じゃあ君の家にお邪魔しよう」


 



 軍人は皆、隊や勤務地ごとに用意された宿舎で生活する。この古びた家ともおさらばという訳だ。荷物などさしてないが、一応荷造りを済ませる。


 あとは、薬を求める人用に、表に休業の張り紙をして……と。


 「待たせたな、ってなんだこの匂い」


 「何って、コーヒー。僕好きなんだ」


 容器に雫が落ちる様子を、シリルは楽しそうに眺めている。傍らには魔法陣の燃えカス。


 いやこいつ、他人の家で何してんだ。


 「魔法は使えないんじゃなかったのか?」


 「魔力が減っているだけでまだギリギリあるから、ご心配なく。ミルク、お砂糖はいる?」


 「……ブラックで」


 マイペースというか、自由人というか。


 シリルはどこからか取り出したカップにコーヒーを注ぐと、片方に、これまたどこから取り出したかわからない砂糖を尋常じゃないほど入れた。


 「これから軍で働いて貰う訳だけど。まあ知っての通り、君が魔女だなんてバレたら、僕も君も首ちょんぱ。ぜっったいバレないように」


 糖尿病予備軍にいいね?と念を押され、頷く。

 

 「君の入隊に関しては、隊長と同僚には知らせてある。君はこの街にある青果店の娘。偶然客として訪れた僕が、君の魔法の才能を見込んで、スカウト。何度も足を運んでは断られたけど、今日やっと僕が説得に成功……っていう設定ね」


 「わかった」


 よく思いつくなあ。少々雑な気もするが。


 「じゃあ、君の身バレ対策といこう。魔法の原理はわかる?」


 「魔方陣を書いて、そこに手を翳す」


 「その通り。まず魔方陣だけど、それなしで火を放ったりしたら魔女確定だ。しばらくは僕が書いたものをあげるから、徐々にこれで勉強して」


 シリルのお下がりだろうか、表紙がとれかかった本と紙数枚を渡される。


 「この渦巻きのようなやつは火、水、木、風魔法用。規模は今日の魔女程度かな。こっちはもう少し簡易的なやつ。ただ、小さい火や風を起こすだけで、日常生活でしか使えないレベル。魔術を使うときは、基本この渦巻きを取り出しておけば問題ないから」


 魔法陣は魔力を込めて描く。


 使うことができる人間は、書き手が想定した人物、そして魔力を有していれば誰でも構わず、有効期限等もない。魔力のない私には縁のなかった代物。それがこうして今使うなんて、不思議だ。


 「魔法発動時には魔方陣と手が光る。君が魔術を使うときは、この紙を取り出して手を上に、魔術で光を出す。この手順を踏むこと」


 シリルが実演すると、手のひらに小さな炎が現れた。


 「さあ、やってみて」


 魔方陣を選び、光らせ、試しに水を出す。


 目を開けると、シリルが何故かびしょ濡れだった。


 「どうしたんだ?」


 「どうしたじゃないよ、君だよ……。何年魔女やってるの」


 どうやら光と水とで二個も同時に発動したものだから、制御をうまく出来なかったようだ。なんとも情けない顔をしていておかしい。


 「悪い悪い」


 「僕らは一個しか使えない訳だし、同時にいくつも使える魔術ってほんと便利だよね」


 「その分、軍に追いかけまわされるけどな」


 「確かに。そうだ、魔法の属性も決めておこう、得意不得意はある?」


 魔法には火、水、氷、風、土魔法がある。属性は一つに決まっていて火を出せても水を使えない、逆に水を出せても火を操ることはできない。一方、魔術は人……魔女によりけり。


 「特にない」


 「じゃあ、風魔法でどうかな?隊には風属性の奴がいないから、相性やバランスを考えると丁度いいんだ」


 「風か」


 一般に、魔法の属性には偏りがある。火と水は多いが、風はあまり見かけない分、参考になる知識がない。


 上手く出来るか微妙だが、試しにさっき濡らしたシリルの髪を乾かす。


 「髪の毛濡らしたままだと風邪引くからな」


 「……」


 なぜかぼーっとしている。


 「どうした?」


 「いや、本当に魔法を使っているのかと。さすが魔女だ。あとは隷属契約」


 「隷属契約?」


 「知らないか」


 契約魔法は知っているが、これは初めて聞く言葉だった。


 「魔道具を用いた契約でね、契約者は片方の言うことには絶対服従。命令は無視できないし、危害を加えたらそのまま自分に跳ね返ってくる、理屈は簡単でしょう?」


 「あぁ……ってそれ、何年か前に禁止されたやつじゃないか」


 シリルの言葉を聞いて思い出す。確か、それで他人を操り、盗みをする集団犯罪が起きたとか。当時新聞で話題になったし、国王直々に禁止令が出たはず。


 「へへっ」


 こいつ、他にも法を犯しているのでは?


 胡散臭い笑顔をじとっと見つめる。


 「少し痛くなるよ」

 

 シリルは短剣で自身と私の指を切り、血を魔道具に垂らす。


 魔道具は深紅色に染まったかと思うと、音もなく消えた。


 「これで終わり。荷物を纏めたら、ご飯にしよう」


 外を見るといつの間にか日が暮れかかっていた。


 魔女は危険な存在。よって、魔女と繋がりを持つことも重罪とされている。魔女を軍人にするなんて、判明すれば招き入れた人間が罰せられるどころか、一族が処刑されるだろう。そこまでの危険を犯すなんて、こいつは何がしたいのか。尋ねることはしなかった。


 





 カランコロン。

 心地よいドアベルの音がすると、店員はこちらに顔を向け微笑む。


 「いらっしゃい、空いてる席へどうぞ」


 カウンター席と円卓、合わせても十数個ほどのこじんまりとした酒場だ。


 シリルは窓側のテーブル席を選ぶ。


 「今日は君の歓迎会だ。全部経費で落ちるからね、何でも食べていいよ」


 「はあ……どう申告したら経費で落ちるんだ」


 とりあえず手元にある手書きのメニュー表を見てみる。

 

 今すぐ飛べる無重力体験、ドリームサンド、深海サラダ、久しぶりに会えたよ記念ソテー……。


 なんだこの名前は。


 「あんたに任せる」


 「そう?じゃあ苦手なものとかある?」


 「特に」

 

 差し出したメニューを一瞥すると、シリルは店員を呼んでテキパキと注文をする。


 「……んんっ」


 焼き目がしっかりとついた肉。揚げたての魚のフライは口の中で良い音を立てて溶けていく。芋の冷製スープは油で火照った体にちょうど良いし、喉ごしも良い。


 どれも最高だった。


 「うますぎる」

 

 「他になんか頼む?遠慮しなくていいよ」

 

 「このやつはどうだ?」

 

 「それはもう頼んだよ、この料理かな。あぁ、ちなみにこれとこれは注文したから。気に入ったなら何度でも構わないけれど、被りたくないならそれ以外から」


 「じゃあ、これ」


 「了解。注文しとくからどんどん食べて」


 追加で注文した料理もどれも絶品だった。勢いよく口に放り込んでいく。


 「で?」


 一通り腹に収めたところで、シリルに尋ねる。 


 「この店を選んだ理由は?」


 この店は軍部とは方向が正反対だ。食事は上手いが……あまり客層がよろしくない。時折聞こえてくる会話は、金を盗むだの誰かを殺そうだの物騒なものばかり。


 正直歓迎会という名目で人を連れてくる場所ではない。


 シリルはよくぞ訊いてくれたと満足そうな表情で、懐からハンカチを取り出す。


 「ついてるよ、ハニー」


 周りに聞かれてはまずい話か。


 「ありがとう」


 口元を拭かれ、シリルからハンカチを受け取る。


 丁寧に折りたたまれたハンカチにはわずかに膨らみがあった。


 白くて丸い……薬?


 「それが目的」


 「なるほど」


 

 

  


 黒魔術は人の精神も操ることが出来る。


 そしてこの丸薬。かすかだが、そういった類の魔術の形跡が感じられる。西方では麻の葉の薬が流行っていると最近の噂だ。一時的な気分の高揚の代わりに、効果が切れると幻覚や認識力低下、意識障害を引き起こす。同じようなものを魔女か悪魔が作って、高値で売りさばいているのだろう。


 「怪しい人ぉ?」


 まずは情報収集。店主のおばさんはすっとんきょうな声をあげる。


 「私からすればあんたらの方が怪しいね。確かにそれは軍のものだけど、格好もそうだし第5って…」


 身分証を見ても顔は曇ったままだ。


 「まあまあ、お母さん。お店の損になるようなことはしませんから。あ、これ迷惑料です」 


 「…仕方ないね」


 袋の中をちらりと覗くと、顔つきが変わった。


 「聞きたいことはこの子に言いな。客と揉めなきゃいいから、あとはご自由にどうぞ」


 「ありがとうございます」


 ……金で解決していいものなのか?


 とりあえず手分けして探そう、とのことで、シリルは客席がある表、私は店の裏側を捜索することになった。


 「こちらが倉庫です」


 店の棚や引き出し、あらゆるものは全て確認したが、何もない。


 金さえ出せばすんなり協力してくれたのだから、薬の売買に店は関与していないか。


 「ありがとう、もう大丈夫だ。手間をかけさせた」


 「いえ、また何かあったらおっしゃってください」


 ぺこりとお辞儀してウエイトレスは戻っていった。


 

 


 

 「ねえ、お兄さん。その手にあるものは何?」


 「これは……その……」


 「あとで話を聞かせて貰おうか」


 私も表に戻ると、シリルはちょうど一人の男から薬を押収していた。


 「近くの第三部隊の詰所に行って渡してくる。ついでに逃げた客もいたから追いかけるから、少し時間がかかるかも。もういないだろうし、好きにして待ってて」


 そういうと、数人を連れて外へ出ていった。


 暇だ。


 何かつまみを貰うか。


 「店主、なんかつまみはないか?」


 「豆菓子ならあるよ」


 「じゃあ頼む」


 数分とせずに提供された豆をひたすらぼりぼり食う。

 

 止まらないおいしさだ。


 「こちらもどうぞ」

  

 「頼んでいないが」


 「あちらのお客様からです」

 

 目を向けられた方を見ると、二個隣に座っていた客が、微笑みを返してきた。

 

 なるほど……この顔だと、こういうこともあるのか。


 渡された酒は葡萄酒だった。飲みやすい。


 「お嬢さん、一人?」


 移動してきた客が肩に腕を回してくる。

 

 「悪いが、連れがいる。だからこういうのは遠慮して貰いたい」


 「えー、見当たらないけれど」


 「少し用事で外に出てる。そのうち戻って……」


 段々喋っているうちに舌が回らなくなってきた。周りの音もどこかぼんやりとしている。


 まずい、しくった。


 この酒には、恐らくあの薬が溶かされている。薬と言われると水と一緒に口に含む工程を想像してしまう。タダ酒に浮かれて、警戒が足りなかった。


 「酔っちゃった?酒弱いね」


 カウンターに顔を突っ伏す。男は下卑た笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばしてくる。


 カウンターの向こう側にいる店員を見上げるが、こちらの異常には気づいているだろうに、知らん顔で押し通すようだ。店主は捜査に気づいているから違うだろう、こいつがグルだったか……。


 意識が遠のく前に、魔術を発動する。


 「いたたたっ」


 男は心臓を押さえたかと思うと、白目を剥いて倒れる。

 

 これでしばらく起きないはず。あとは店から早く出ないといけないのに……力が出ない……。


 




 「ん……」


 すごい揺れる。頭がぐらぐらと。


 「起きた?」


 「あぁ……」


 目を覚めるとシリルに担がれていた。意識を失ったあと、シリルが助けてくれたのだろう。


 「ごめん」


 なんだか元気がなかった。


 「なぜ謝る?」


 「あの薬は魔薬と言ってね。自分に使う場合もあれば、若い女性相手に飲ませて暴行を加える、犯罪にも使われていた。用途を考えたら、ああいう店では君一人にすべきではなかった」


 「ある意味囮になったのは正解だろう?結果、店も取り締まれた」


 「そういうこと言わない。言っておくけれど、君を囮には今後も絶対使わないから。アウローラちゃんは望んで軍に入った訳じゃない、それで命を危険にさせることは絶対にしないから」


 口調が強い。まるで叱られている気分だ。


 「魔女に何を心配して。このか弱い女子の面に騙されるなよ」


 「魔術が使えない状態になったら、眠ってしまえば、ただの女の子でしょう。守るべきだった」


 ただの女の子……魔女の恐ろしさをわかっているのか?多分、こいつは魔女に対しての考えが甘い、だから軍なんて引き入れようとする。そんなことばかりしては、早死にしそうだと思った。


 「ほら」


 差し出された小瓶には薄ピンクの液体が入っていた。 


 「なんだこれは?」


 「解毒薬」


 「別にいらん。同族の物だし、そんなに影響はない」


 なんか、正直飲む気の失せる色合いだ。


 「いいから飲みなさい。それとも飲ませて欲しいの?」


 「わあかったって」


 しつこいので仕方なく流し込む。


 「良い子良い子」


 「馬鹿にしてるのか」


 会話が途切れた。


 「本当に、自分のことは大切にしてね」


 「はあ」


 シリルは星空を見上げて言う。


 「命は一つしかないんだから。僕はこの仕事はやりたくてやってる。でも、君は違う。魔女になってまでやりたいことがあったんでしょ?そのために命を使いな」


 やりたいこと……。そんなのもう、ない。


 「ないなら作ればいい」


 「声出てたか?」


 「あぁ、心の中で思ったつもりだった?丸聞こえだよ」


 からかうように言われる。 


 ないなら作る……か。

 

 「寝床まであとどんくらいだ?」


 「30分くらいかな」


 「長い、寝る」

 

 「え、僕の腕が死ぬんだけど。ねぇ、ちょっと!」


 帰り道。おぶられて帰る。

 頬がちょうど肩に当たって痛いし、進む度に体は揺れる。それでも案外、寝心地は悪くなかった。

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