禁忌でもいいから #11-3
前回の話(11-2)で書き忘れた部分があったので修正しました。一言なので戻って読み直して頂くほどではありませんが、失礼いたしました。
「ん……?どこかで会ったか?」
どういうことだ。
目の前の魔女は確かに軍人だった。本人でない、とかなりすましている、とかいう可能性もあるが、ここは敵のいない場所。わざわざそんなことをするか?
そして、シリルを連れてきたとき魔女の気配は一切しなかった。勿論今も。その上、こいつの結界内とあっては、戦っても私に勝ち目はない。
「さあ。誰だと思う?予想してみな」
てか、シリルとの関係性も掴めないな。
魔女である私を軍に入れるくらいだ、シリルとこいつは仲間、なんてこともあり得る。だとしたら話は簡単、か……?いや、でもそんなこと聞いたことないし、下っ端には教えないという方針……?だとしたら私はシリルとこいつの掌の上、ってとんでもない悪党じゃないか。
もう1つ考えられるのは、シリルは知らず、ただ軍に潜んでいた魔女というだけ。いや、これの方がまずい。
「……お前の顔は見たことがない」
「一度会ったっきりだ。思い出せないならそれでいい」
「いや、絶対思い出す」
興味を持ってくれたようだ。彼の虚ろな目が、少しの光を取り戻す。
「ヒントはいるか?」
「あー、ビスクロの魔女か」
「そう呼ばれているのは初耳だが」
簡単に当てやがった。時間稼ぎにもならない。
「魔女の名前なんて知る機会はない。定住している奴は地名で、なければ服装でも、声でも、何かと特徴で区別するしかない」
「ふうん。お前は何て名前なんだ?」
「誰が教えるか」
冷たい。本当にこいつ、あの陽気そうな奴と同一人物なのか?正反対過ぎる性格に敬意を称して、こいつをコンフリくんと命名しよう。
雑談は終わりなようで、コンフリくんは攻撃準備万端だ。掌に魔術を発動させかけている。
「最後に聞こう。なぜ魔女が魔女狩りをする?誰の指示だ」
勝手にバラしていいものなのか。悩んでいると、以前会ったときのコンフリくんの様子を思い出す。
喧しく、シリルの助命を懇願してきて。おまけに翌朝までずっとそこにいて、回復したシリルを渡したら安心しきった顔をして。
あのときは確かにシリルのことを心配していたのだ。敵だとしても、立場が違うだけで、嫌ってはいない。なら、言っても良いんじゃないか。
「私を引き入れたのはシリルだ」
魔術で細かい刃がこちらを突きさそうとしてくる。体に当たる直前で、急に軌道を逸らした。
「何考えてるんだ、あいつ」
コンフリくんの声のトーンが少し上がった。なるほど、本来は根暗でテンションが低空飛行だが、何かあると少し元気になるのかもしれない。面白い奴だ。
「私も聞きたい」
「はぁ……もうやめだ。これやる」
渡されたのは黒い便箋だった。中央に捺された赤い印籠はどこか血のように濁っていて、何ともいえない不気味さが漂う。
「魔宴への招待か?」
別名サバト……魔女の集会だ。出席したことはないが、存在は知っている。
「そうだ。次は10月31日。シリルに怪我をさせた詫びだ。お前一人でも、二人で仲良く行くのでも、まあご自由に」
コンフリくんはもうこちらに用はないのか。外へ行こうとしてしまう。
「おい待て!コン、じゃない……シリルのお友達!」
「は?」
「何か言伝はあるか?」
「なんであいつと友達なんだ」
眉を上げていやーな顔をする。正直それ以外にどう呼べばいいのかわからなかっただけだ。
「知らん」
「あの金は使った?」
「いいや?」
「あとで使えよ……ああ、シリルにもか、じゃあ少し早いけど誕生日おめでとうって」
シリルの友人は姿を消した。
*****
苦しい。苦しいよ、父さん。
声にならなかった。
表情で訴える。けれど、狂人となった父には、この叫びは届いていなかった。
「げほっ、げほっ」
「はいもう一回」
水の入った桶。そこに頭を押されて入れられる。
魔法さえ使えれば、こんなもの大したことないけれど、この状況―――腕を拘束されて壁に固定された状態じゃ何もできない。おまけに見張りはいないようだけれど、部屋の中には二人も人手を割いてくれているなんてね。
「答えろ、軍はあとどれくらいいる?」
「……私と他には二人。一人はこの中に、もう一人は外で外で待機しているわ」
「それだけか」
男は鼻で笑う。追いかけっこは上手くいっていたはずなのに、この人が異様に強かったのよね。おそらく、この賊の頭目。
「ええ。応援を呼びに行ければもう少し来るだろうけれど、無理な話ね」
「ふうん、まあ情報はこれくらいか。あとは好きにしろ」
目の前の桶は不要とばかりに、中身をひっくりかえす。顔も服もびちゃびちゃ……よくこんなきれいに水をかけられるものね。
「うわ」
背後に立っていた見張り番は背中を見て声を上げた。上着は脱がされてしまったから、シャツからあれが透けて見えたのかしら。
「リーダー、こいつ気味悪いタトゥーしてますよ」
「ん……?ああ、これは烙印だな。一度だけ赦された罪人に、目印代わりに肌を焼いて捺す……まあ魔法の使えない俺らには関係ないことよ」
「よくわかんねえっすけど、軍の奴らも俺らと変わらないんですね……ってありゃ、行っちゃった」
納得したようにしているけれど、一緒にしないでもらいたいわ。大体、あの父親とも言えないような男が勝手に犯した罪なんだもの。
頭目は外へ出ていくのを確認すると、見張り番は楽しそうに刃物やら拷問道具やらを取り出す。
チャンスね。手錠には鎖がついていて、壁に固定されていた。氷の切っ先で岩盤ごと抉り取り、起き上がって男の股間目掛けて蹴る。
「いってえ」
すぐに向こうもナイフを手にとり振りかざしてくる。けれど、その動きは散漫で、軌道を読むのも容易い。右、左と避けて相手の腹を殴る。
「悪いけれど、もう用はないの。本物の罪人は大人しく死んでくれる?」
体中に氷柱を突き刺す。あっさりと息だえてくれた。
*****
キャロンはこの近くのはずだが……。
誰もいないからいっか、と魔術を駆使し、何とか道にも迷わずにここまで来れた。
薄暗くて見えないが、遠くに二つの人影が見えた。賊と……子供?松明に照らされて浮かび上がる影はかなり小さい。
追いかけた方が、とも思うけれど、まずはキャロンだよな。反応のする部屋を覗く。
「な、なぜ裸!?何かされたのか?」
目を逸らしながら尋ねる。
直視はしていない……丁度腕で胸も隠れていた。
「さっき水をかけられたの。服が張り付いて気持ち悪いから、絞っていただけ」
「下着は……?」
「冬は着ない派」
どういう理屈だ。
床にキャロンの上着が落ちているのを発見した。拾い上げて見るが、びりびりに破かれていて、とても着れそうにない。
「風邪引くぞ。シャツは諦めて、私のでいいなら直接着な」
「うん!ありがと」
着替えたキャロンと共に、さっき消えた賊を追う。
「さっきさ……見た?」
「み、見てないぞ!いや、ちょっと見えた……?」
「あれね、父親が魔女だったからなの」
あれ、これ違う話してるぞ?
ついでに話されただけで、本来聞くことはなかった話。遮ることができる雰囲気でもなく、話はどんどん進んでいく。
「もうとっくに処刑されたんだけど、私もそのとき捕まってね。一緒に殺される予定だったんだけれど、隊長やオスカー様が頑張ってくれて、こうして軍に入って国に貢献するなら、許してくれることになった。さっきのはその証」
「キャロンが今生きているのは、そのおかげなんだな」
「そうかもね。あんまり人に言う話でもないけれど、このタイミングで話せて良かった。隠し事は性に合わないもの」
「……」
言葉通り、キャロンはすっきりとした顔をしている。
「背中って目立たないと思っていたけれど、何気に見られがちなのかな?」
「前にも経験あるのか?」
「うん、あのスケコマシ、お風呂に入ろうと丁度脱いだら、手洗い場に入ってきて。勿論ビンタした」
「それは許せないな」
「アウローラも気を付けなよ、手洗い場は浴場のとこしかないんだから。入口に札をかけてあるから、ひっくり返すのを忘れないようにね」
「ああ」
いやこの流れ、どっかでやりそうだな。
嫌な予感がしたところで、地面が揺れ出す。
「これ……」
「多分オスカー様ね」
魔法具を取り出すと、いつの間にか真っ二つに割れていた。
「シリルの馬鹿!おんぼろ魔法具!」
いや、もしかしてあのときか?痛くはないけど、衝撃を感じて……シリルの友達にやられたのかも。
そうこうする間にも地響きは止まない。これ、生き埋めになるんじゃないか……?
「多分、戻っている間に崖が崩れるよな……どうしよう」
「進むわよ」
「え?」
「死ぬならせめて、あの親玉を、いえ、魔女に加担する奴らをこの手で葬る!」
走っていくキャロンを急いで追いかける。
揺れもすごいのに、よくこんなに真っ直ぐ走れるな……。
しばらく行ったところで、先を行っていたキャロンが立ち止まった。さっき目撃したであろう男が数歩先にいた。キャロンは躊躇なく男に飛び掛かる。
「うわっ、キャロン待ってって」
天井がどんどん落ちてくる。死ぬ……!いや、死んでもいいけどね、でもここは嫌かもなっ!
道中にはネズミやらミミズやら、地下の生き物がたくさんいた。そいつらに死体を分解されるのは……御免被りたい。
なんとか追いついたけれども、そこが安全って訳ではない。
既に頭上に迫っていた岩盤。
背中を押された。
全然気づかなかったが、下へと降りる通路があったのか。
地面に顔から激突しそうだったところを、急いで風で体を浮かせる。
「げほっ、また水ー?」
すぐ横を流れる小川から、キャロンは顔を出した。
さっきまでいた場所は土で埋もれていた。勿論、あの人の顛末も予想に難くない。
「もしかしたら谷底に出れるかもしれないな」
洞窟内は基本下り坂だった。
そして今落ちた距離を考えると、合計すれば相当降下している。
「じゃあ行きましょ」
「服は絞っていくか?」
「魔法を使ったってことは、オスカー様がピンチかもしれないでしょう?ゆっくりしていられないわ」




