禁忌でもいいから #11-2
なぜキャロンがここに。別の仕事があって、オスカー様とご一緒できないー、いいなー、なんてごねていたのに。
「ご安心ください、仕事は終わらせてきました!」
「いいところに」
オスカーの様子からして、よくあることなのか。しかし、この山道を……キャロンは馬車どころか馬すら持ってきていない。徒歩で……?凄まじい執念だな。
「洞窟内部が拠点らしい。アウローラと一緒に調査に行ってくれる?」
「はい、喜んで!」
「この紐を引くと相手に音が伝わる。まず、中に人を発見または遭遇したら一回引いて。助けが欲しいときには二回」
これまたシリルのお手製だという魔法具を渡される。キャロンと相談して、紐を引く担当は私になった。
「基本こっちからは何も送らないけれど、そっちの魔法具が振動したら撤退を。俺と合流はしなくていいから、二人で安全なところに行くように。怪我が何もなければ麓の第三まで、動けなければ合図をしてね」
洞窟内部は入り組んでおり、出入口がいくつもあるだろう。オスカーは周囲を見回り、外にいる賊を捕らえつつ他の逃げ道を封鎖することになった。
「一先ず俺がここを離れている間は封鎖しておくから、開けて欲しければさっきの合図を三回して」
私たちが洞窟の内部に入ると、オスカーは外から土で蓋をする。
洞窟にも、結界が張られているらしい。厄介なことだが、切り抜ける方法はなんとなく予想がつく。そこまで問題じゃないだろう。
内部は一応向こうの居住空間。真っ暗闇という訳でもなく、所々に松明が設置されている。仄暗い中、侵入を悟られぬように無言でひたすら歩く。
少し行くと、向こうから足音が聞こえた。様子を見ようにも、隠れる場所が何もない。立ち止まっていると、隣のキャロンはどんどん進み、人影に向かって剣を振りかざした。
ビシャ。
血が散乱する。急いで駆け寄ると、賊の息はもうなかった。
「キャロン。捕らえもせず、殺さなくても良かったんじゃないか?それに、何か情報だって得られたかも……」
キャロンは何も言わず、私の手にしていた魔法具をひったくって合図を送る。
「賊……特に魔女と共謀しているような奴ら、生かしておく価値はないわ。それに情報だって、すぐやられるような下っ端じゃ限られている。ゆっくり情報収集なんてしていたら、その間に親玉に逃げられちゃうわよ」
魔法具を返された。
「他に言いたいことは?多分もうすぐ中心部だろうから、おしゃべりするならここまでよ」
「いや……大丈夫」
当然すぎて言い返す言葉は見つからない。
しかし、キャロンってこんな感じだったか?今日どうした、なんて訊けないが……仕事をすると、性格でも変わるのだろうか。
また歩を進めると、左側に空間があった。壁は剥き出しの岩だが、部屋と言っても差し支えないものだろう。
そこを覗き込んで絶句した。
部屋中に広がる悲惨な光景。何が起きたのか、その場にいなくてもわかる。
「連れてこられた人たち、みんな……」
ただ殺された訳ではないと死体は物語っていた。散々いたぶって、殺されたのだ。
「わかった?魔女のすることを。人の心がないのよ、容赦なんてしちゃ駄目」
悲しそうで、それでいて怒りを孕んだ響きだった。
「うん……」
自分も、その中の一人なのだ。
私もこんなことをするのだろうか。それとも、気づいていないだけで、今までしてきたのだろうか。
「痛い、痛い……!」
「許してくれ……!」
悲鳴と、それを嗤う声。
キャロンと頷き合い、急いでその元へと向かう。
「軍も大したことねえな」
「まあ?普通の賊なら楽勝だったかもしんねえけど、俺らは違う。ライナー様とドレカヴァク様がいるもんな」
「こいつらには恨みしかねえ。せっかくだし、いたぶってから帰してあげようぜ」
ということは、中にいるのは先に行ったという第三部隊か。悲鳴が聞こえるということは、まだ生きているようだが……声が聞こえるのは二人か三人程度。しかし、報告ではもう少し人数がいたはず。もしかしたら、もう既に手遅れの人もいるのもしれない……。
キャロンに袖を引っ張られる。
キャロンは見張りと自身を交互に指さすと、今度は私と部屋の方を指さした。正直単独行動は避けたいが、こちらには人質がある。こうするしかない。
賛成していることを示すように、親指を立てる。キャロンは駆けて行った。
ビュンッ。
持ち前の素早さで、片方の見張りの首を切る。もう一人の見張りはキャロンに気づいて、攻撃を防いでしまう。恐らく長丁場になるとふんだのか、キャロンは逃げて見張りを引き剥がす。
「なんだぁ?」
「お仲間が来てくれた、と思ったら尻尾巻いて逃げちゃったよ」
恐らく中の賊も二人。ただまあ、風魔法だけでやってたらかなり手こずるのは目に見えている。
キャロンはもうここにはいない。第三の人の意識は奪わせてもらって、結界も張れば……大丈夫か?魔術を使おう。
結界魔術、催眠魔術、転移魔術。
急に現れた私に、賊は驚いた顔をする。両手を向ければ、闇が放たれる。賊たちは、意識を失った。
もう、いないよな?
とりあえず、賊たちの記憶を改竄して、第三の人たちの様子を見る。全身傷口と青あざとで年齢もわからないほどに酷い有様だ。呼吸は……なんとかしているが、一番重症な人だと地上に着くころには息だえている。
オスカーがいて託せたとしても、麓か、向こう側の治療所に運ぶまでに半時。もしそれが上手くいかないとなると、一時か下手したら二時はかかる。容態と時間とを計算しつつ、治療していく。
これで、全員……。
キャロンは未だに帰ってこない。心配だが、こっちの優先度も高い。一先ずキャロンの腕を信じよう。
倒した賊から衣服を頂戴して、転移魔術を発動する。
入口の少し手前。あとは、自力で彼らを運ぶ。結界は依然として張られており、通り抜けはできない。だが……。
オスカーの塞いだ穴の隙間から、さっき拝借したものの一つを放り投げる。すると、壁を通過して跳ね返ることなく、向こう側の地面に落ちた。
当たりだ。
結界は、この人はだめ、この人は入ってよし、などと限定して出来る程、便利な代物ではない。術者がずっと監視していられるのなら別だが、そんな暇はないだろう。そこで利用するのがこの方法。
元々結界の中にあったものは一度だけ外に、外にあったものは一度だけ中に入れる、という法則を通常の結界に付与する。
原理を知らなければどうしようもない、出口のない迷宮の完成。反対に、それを知る賊たちにとっては簡単な話だ。出入りの度にそこらの小石でも木の枝でも拾って身に着けておけば、出入りできる。
あとはオスカーに気づいて貰わないと。
渡された魔法具を取り出し、紐を引く。助けが欲しければ二回、開けて欲しければ三回、だったか。今はどちらも欲しい。回数は迷ったが、とりあえずどちらも鳴らしておいた。
そして賊の服を繋ぎ合わせ、そこに隊員たちを括り付け、その一端を外に出した。
「お待たせ、怪我はない?」
しばらくすると、オスカーは岩戸を開けてくれた。
「私は平気だが、キャロンと別行動をしてしまって……キャロンが大丈夫かは……わからない」
言っていて不安になってきた。大丈夫、そう思えるだけの実力がキャロンにはある。でも、万が一、最悪を想像してしまうと、居ても立っても居られない。
「とりあえず、生存者を運んできた。かなり危険な状態だから、すぐ治癒所に」
状況を手短に説明し、結界の対処法も教える。
オスカーはそれを聞くと、私が投げた簡易ロープを引いた。見た目通りの素晴らしい筋肉で、大人数人分でも難なく引き上げてくれた。
「あの子ならきっと大丈夫。何もできなくてごめんだけど、任せたよ」
オスカーはそう言うと、いつの間にかとめていた馬で隊員たちを乗せていった。
私も、急がないと。
さっきの部屋の付近まで飛ぶ。
「そこの魔女」
「……!」
ぼそっと放たれた言葉に、肩を震わせる。
まずい、見られてしまった。だが、さっきと同様結界を引いて、ただの人なら認識できないはず。つまり、この賊にいるという魔女。
後ろを振り向くと、隈がなんとも酷い不健康そうな青年がいた。陰気そうで物静かな雰囲気。第一印象とは全く違うが、その顔は間違いない。
「お前、シリルと一緒にいた……」
彼は、シリルを私のもとに連れてきた張本人であった。




