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禁忌でもいいから #11-1

 あなたが生きているというのなら、今度は一緒にいることができるのかも、と期待してしまう。


 使命を全うできなかった、その罪も忘れてしまうほどに。




 

*****

 


 相手は貴族だ。とはいえ、マーティン様のフォックス領は、ハリス領の更に北の辺境の地。なぜ王都に?


 朝食のベーコンをフォークでつつきながら考える。

 官僚になって働いている……可能性としては低い。長男で家督を継ぐのは決定なのだから、領地にずっといる方が良い。


 「ええ!?オスカー様、どこから聞いたんですか?その情報」


 とりあえず、元気そうで安心したけれど、そもそも誰のせい、って話だよな。一応、保険はかけてあるけれど、今後大丈夫だろうか。この間だって、魔女たちによって村人が皆殺しにされる事件も起きたのに。


 「シリルがアウローラのことを好きだなんて!!」


 「しーっ」


 思わず声のもとを横目で見る。


 「……」


 「こら!大声で言っちゃだめだろ」


 「すみません……驚いちゃって」


 小声でも聞こえてるぞ。


 誤魔化す気のないキャロンとオスカー。


 関わると面倒そうな話題だ。聞かなかったことにして、食事を掻き込む。


 「あのね、アウローラ。よく聞いて」


 「聞かない」


 「言っちゃってください、オスカー様」


 耳を塞ごうとしたが、キャロンに阻まれてしまった。オスカーは口を開く。


 「この間……」


 『隊長、何か隠してることありませんか?』


 『悪い、シリルに言われて……アウローラくんと一緒にさせていた。キャロンに言われて来たんだろう?』


 「シリルがアウローラを口説きたいからって、隊長にこれは重大な罪よ!」


 「あぁ……」


 軍は単独で業務をすることはほぼない。必ず誰かしらと行動を共にする必要がある。

 それは、私にとっては不利で危険だ。一緒にいればいるほど、魔女だと気づかれてしまう可能性が上がる。


 相手がシリルならそういう心配もない……ということだろうが、もっと良い嘘はなかったのか。そしてそんな理由でウォルモは納得したのか、扱いやすい人だな。


 「次からは平等に組ませるって隊長が言ってたけれどそれでいい?それとも、アウローラが満更でもないなら、シリルとずっと組む?」


 「いや、シリルはチェンジで……」


 ここで同意すれば、自分も好意があることを認めるようなものだ。キャロンもくっつけようとしてくるだろう、私ならそうする。それは嫌だから……悪いな、シリル。お前を振られる役どころにして。


 




*****

 馬車は落ち葉を踏みながら、山道を登っていく。荷台から見える深淵は、クロン領を左右に分断する峡谷だ。

 クロンは、ハリスからフォックスまで向かうときによく通っていた。そのときは峡谷を避けて平坦な道を選べたが、王都側からフォックスへ向かうにはこの山を登って迂回しなければならない。


 「アウローラは、甘いものは好き?」


 「ああ」


 「じゃああげよう」


 手綱を握るオスカーは、振り向くと紙袋を差し出してくる。手を入れて1つ掴むと四角い物体が出てくる。白い粉がまぶされた、色は淡い、綺麗な桃色だった。


 実を言うと魔女というのは貧乏だ。悪事は好きなだけできても、それが金に直結するとは限らない。おまけに悪事にはリスクが伴う。基本はひっそりと息を潜めて最低限の生活しかしない。甘味なんて買ったことすらない。

 この菓子も見たことのないものだが、一般的なものなのか……?だとしたら、知らないでいるのもおかしい。


 「何だっけ、このお菓子?」


 「ロクム。フルクトーラの方の伝統菓子なんだけど、食べたことあった?」


 まずい、これ、割りと特殊なやつだった。

 フルクトーラは西の西。地図でいうと、一番左上に記される。勿論王都からはとんでもなく遠い。田舎なことに加えて、国境沿いということで治安も良くないので、なかなか訪れる人はいない。


 「なんか昔親に土産で貰ったような……いや、気のせいだったか?」


 噛むと甘さが口の中に広がる。美味しいが、正直オスカーに怪しまれていないかの方が心配で、それどころじゃない。


 「そうだ、この間拾ってくれたブローチ、キャロンには見せた?」


 「いや?それどころじゃなかったから」


 「……ならいいんだ。実は別れた妻からの贈り物でね……未練はないし、ただ物そのものは気に入って持っているだけだから。わざわざ一喜一憂させるのも忍びないな、と」


 結婚していたのか。年を考えればおかしくはないが、あまりピンとこなかった。

 

 「でも、キャロンの気持ちに答える気はないんだよな?」


 「まあ……そうだね」


 痛い所を突かれた、というような様子だ。


 「絶対に無理だと向こうもわかっててあの様子だから。出来るだけ傷つけたくないんだ」


 あまり私が口をはさむようなことでもなかったのかもしれない。オスカーだってキャロンを弄んでいるわけではないんだし。


 「悪い、出過ぎたことを」

 

 「全然。むしろ、心配してくれる友達がキャロンに出来て良かったよ」


 優しい声だな。


 「シリルさんや隊長にも言わないでくれる?」


 「あぁ、見るからに口が軽そうだもんな、あの二人」


 「うん……ってちょっと、同意しそうになったじゃないか」

 

 「内心思ってるだろ」


 「なくはない」


 ちょうど山の中腹にさしかかると、違和感を感じた。来た道に手を伸ばすと、何かにぶつかる。


 「止まれ!」


 どこからか、覆面姿の男たちが現れ、周囲を包囲した。


 「結界だ。恐らく行方不明の人たちは……」


 「なるほどね」


 オスカーは呟く。

 

 「通りたければ金を払え」


 「いくらかな?」


 男は私たちをじろりと見る。


 「銀貨50……いや10枚」


 そんなに金を持っていなさそうに見えたのか。


 ここ一か月くらい、山の中に潜伏した賊がこうして通行料を要求してくるという。

 大人しく従えば出てこられたそうだが、ここに向かった人で、未だに帰ってこない人もいるらしい。調査のため乗り込んだ麓の第三部隊も戻ってこず、賊の中に魔女がいるのではないか、ということになった。

 予想的中……ただ、この中にはいなさそうだ。賊の大半は人間で、魔女の人数は少ないとみていいだろう。

 

 「悪いけれど、お金を持っていないんだよねえ」

 

 「私も金は携帯しないんだ」


 「そんな訳あるか」


 「だってえ、顔で大抵の人は買ってくれるもん」


 え、何。賊どころかオスカーにまで、じとっとした目で見られた。

 いや、これはふざけているだけ……。


 「連れていけ」


 肩に手が伸ばされる。女だからと油断したんだろうが、隠していた剣を抜いて、手を斬り落とす。


 「ぐっ、てめえ!」


 オスカーはというと、後ろに下げていた鞄から何かを取り出す。太い、木の枝のようなものだ。


 以前シリルやキャロンから、オスカーは遠距離攻撃だと聞いたことがあった。近寄ってくる敵から、適度に守る。


 やがて爆発音のような音がしたかと思うと、棒の先にいた賊が倒れていた。続けてオスカーは片眼を閉じ、構える。中の空洞から飛び出したものは、一人、一人、と一瞬で倒していく。


 辺りに敵が潜んでいないことが確認できてから、馬車を降りて賊を拘束していく。

  

 「すごい、どうやったんだ?」


 オスカーは土属性だ。多分弾は硬い土なんだろうが、勢いがあんなにつくものなのか。


 「ここの内部に魔方陣と魔法具を張り付けているんだ。魔法具はシリルさん考案で、軽い爆発を起こすんだ。中に土を詰めていけば自由に、なおかつ素早く飛び出す」


 オスカーは地面に魔法陣を書いて、土を補充している。


 「シリルが……意外とすごいんだな」


 「学院時代からね、隠しがちだけれど天才なんだよ。何でも作っちゃう」


 多分シリルは魔法具自体が好きなんだろうな。いつかの語りぶりを思い出す。


 





 「さあて、教えて貰おうか。魔女や仲間はどこにいるのかな?ここに来た人たちは?」


 捕らえた賊は黙りこくっていたが、軍に入って教わった拷問法を行うと、あっさりと口を開いた。


 「……あそこだ」


 「あそこじゃ話にならん。ちゃんと説明しろ」


 「ひいっ、ここを、少し行くと洞窟がある。その中で生活を……金を払わなかった奴らも連れていったが、どうなったかは知ら……」


 聞きたいことは聞けたので、殴って気絶させておく。


 「うわ、こわ……いや、アウローラ、すごいね。そのうち第四から引き抜きがくるんじゃない?」


 あんたたちに教えられた方法だぞ。


 「洞窟ねえ……」

 

 「やっぱり、オスカーのそれは、閉鎖的な場所には不向きなのか?」


 「うん。普通の魔法を使えばいいだけだけれど、洞窟を支えている土を持ってきちゃったら、奴らと一緒に生き埋めになりかねない」


 なるほど。土属性の魔法は新しく土を生み出すこともできるが、オスカーはそれが苦手らしい。その場にあるものを使って土を再構築し、欲しいものを手に入れる。そういう使い方をしているんだろう。


 「うーん、そろそろ来るかなぁ」


 何やら来た道を振り返っている。


 「オスカー様!いたぁ!」


 キャロンだった。

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