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禁忌でもいいから #10

 「うぁあああ!」


 平穏な街は、姿を変えていた。


 突如として現れた青い髪の男。魔女だか悪魔だかは知らないが、顔見知りがどんどん殺されていく。


 「た、助けてくれ……命だけは……」


 「はい、今楽にしてあげるから」

 

 整った顔立ちの男は、容赦なく人間の首を掻き切っていく。その瞳には何も映していなかった。

 

 「イフリート、お楽しみ中悪いけれど、早くしてくれないか?上から怒られるのは俺なんだ」


 「お、ベリアル。おかえりー」


 後ろから誰かが声をかけた。


 あの親しさからして仲間か。元々いた奴とは対象に赤髪の男で、両耳の耳飾りが印象的だった。

 

 逃げようにも、施錠した家の中から引きずられていく人たちを見た。どこにも隠れる場所がない。どうか、見つけず遠くに行ってくれ。


 「あ、人間はっけーん」


 目が合ってしまった。駄目だ、殺され……。


 「遅かったじゃん、手こずった?」


 「まさか。なあイフリート。お前人と契約したことはなかったよな?」


 「そりゃもちろん。めんどくさいし」


 「ならいい。次は殺す」


 二人の会話を聞く者は、もういなかった。





 *****


 「キャロンは、適当に突っ込みすぎ。アウローラくんは、動きが遅い。特に魔法だね」


 ウォルモ隊長は私たちの動きを見て、弱点を挙げていく。

  

 「はい……」


 魔術は感覚ですぐに操れる。ただ、魔法に見せようとすると、なかなか難しい。咄嗟の場面で魔方陣の存在を忘れそうになり、急いでブレーキをかける。そんな状態だった。

 

 「お二人さん、合同訓練には興味ある?」

 

 「あれですか?」


 「あれ?」


 キャロンは知っているみたいだ。

 

 「毎年この時期になると、王都の第三主催で開かれるの。対象は、今年入った新人たち」


 「キャロンは新人じゃないが、未成年なら経験は問わないから。とはいえ、一人で行かせるのもと思って去年までは参加を見送ってきたんだが、今年は違う」


 「一緒に行かない?」


 「じゃあ」


 





 「これより合同訓練を始める」


 王宮の一角。

 第三部隊本拠地の演習場に、各部隊の新人たちが勢揃いしていた。

  

 「まず君たちには手合わせをしてもらい、実力を見つつ、それぞれの隊に分ける。各隊には我々第三部隊から、一名指導係をつける。指示に従うように。この訓練が有意義なものとなるよう祈っている。では各員、準備につけ」

  

 名前を呼ばれた者から順に、ぞろぞろと移動しだす。

 

 「というかキャロンって今いくつ?」


 国によるけれど、この国では成人は15才。


 「14。アウローラは?」


 「いくつだっけ……18?」


 「嘘でしょ、覚えてないの?」

 

 年を重ねるにつれて、わからなくなっていくものである。


 それにしても4つも下なのか……同い年くらいかと思っていた。顔つきもそうだし、胸も……いや、この感想は気持ち悪いな。


 「女?」


 「あとで声掛けたら引っかかってくれるかなー」


 周りを見たが、私たち以外には全員男で、好奇の視線に晒される。


 軍に身分は関係ないとはいえ、一部を除けば花形職業だ。貴族の次男坊やら三男坊など、家督を継げない者も多く所属しているはず。その割には品のない者が多そうだ。


 「舐められてるな」


 「同感よ。ここは……」


 キャロンと考えていることは一緒だ。


 ボコボコに打ち負かす。






 「勝者……キャロン!」


 キャロンはあっという間に、全ての新人に勝った。


 「びっくりなんだけど。アウローラ、あなた一回目で負けるなんて」


 「……」


 勝負内容は一対一、相手の剣を落とすか、首元に突きつければ勝ち。


 魔法は貴族に多いと言われているが、それでも半数程は魔法を扱えない。公平性を重視して魔法なしでの手合わせとなった。


 「仕方ないだろう。いざというときに魔法を使いそうになるんだ」


 「でもまあ、私含めて小さいときから剣を握ってきた人ばかりだからね。無理なら練習してくれていても良かったのに」


 「やってみないとわからないだろう?」


 「それもそうね」


 顔を見合わせて微笑むと、集合との声がかかった。




 

 「剣の握り方が違う!まず片手じゃなくて両手、握る位置ももう少し下!」


 「は、はい!」


 あのあと、数人ごとのグループに分かれ、それぞれに先輩騎士一名が割り振られた。実力を考慮しての采配だったため、勿論キャロンとは一緒じゃない。


 「……説明してもらおうか!」

 

 向こうの方が騒がしい。


 見ると激昂した男が誰かに詰め寄っている。そこにキャロンが近づいていた。


 「なんだあれ?」


 「さあ……」


 どうしたんだろうか。気を逸らす私たちに指導員の怒号が飛ぶ。


 「よそ見するな!お前たちは続けろ」


 「「「はい!」」」






 *****


 「これはどういうことだ。説明してもらおうか!」


 「説明?」


 有意義な訓練の時間が、この一言で破られた。


 他のグループの人が怒鳴りつけているのは、サンベルという人だ。多分新人の中ではこの人が一番強いんじゃないかしら。まあ私が勝ったけれど。


 「これ見ろよ」


 投げられたものを受け取ると、サンベルは黙ってしまう。


 くたびれた鞄に……それとは不釣り合いな、宝石のはめ込まれた指輪が出てきた。


 「うわ、盗み?」


 「これ、あいつの婚約指輪じゃん」


 「違う、僕はやっていない」


 「おまけにハンカチもない。一緒に盗んで、金にならないから捨てたんだろうけれど、それは婚約者から貰った大切なものなんだよ……」


 更に場の同情は告発者に傾く。反論しても、無意味だ。


 「平民ってやることが汚いよな」


 「このことはちゃんと報告させて貰うから。君は果たしてここにいれるかな」


 平民ねえ。

 この騒ぎに対して、野次馬はいるけれど、指導役の人たちも止める気はなさそう。同じグループだった人も関係ありません、とばかりに遠くにいるし。なるほどなるほど……。


 この人は、親がそれなりに偉い貴族なのね。


 「ちょっといいかしら?」


 「……」


 「あら、さっきの平民云々って発言は、この人に対してのものでしょう?まさか平民だからって無視するような差別主義者なのかしら」


 「失礼、聞こえなくてね。どうぞ、お嬢さん」


 「上官に報告するなら、れっきとした調査が必要だと思うの。ないと思うけれど、実はお洋服にありました……とかだったら目に当てられないわ。念のため、近くにあるか調べましょう」


 「それは……」

 

 「大丈夫。あなた方が手荷物をちょっと確認するだけよ。私がこの人を見ておくから、心配しないで行ってきて」


 「そ、そうだな。悪いけれど頼むよ」


 「ええ」


 残念だけど、私は腐った貴族の味方にはならないけれど。


 笑みを崩さずに奴らを見送る。


 確か荷物を置いておく場所は、ここから遠い。しばらく時間は稼げるはず。


 「さあ、サンベルさん。行くわよ」






 「なあ、君、こんなことしなくていいから。黙って見捨ててよ」 


 「言っとくけれど、あなたのためじゃないから。私のため」


 訓練場と荷物置き場、そして正門。そこに行くときに通るであろう場所を手当たり次第に探す。


 「どういう意味だ?」


 「あなたは不当に陥れられた。違う?」


 「違わない」


 即答。

 これまでも嫌なことをされてきたことは想像に難くない。うちの隊は隊員が少ないお陰で平和だけれど、他の隊では私は生き残れなかったでしょうね。


 「平民だからと侮り、自分勝手に振舞う。今のターゲットはあなただけれど、いつ私が標的になるかわからない、彼らに似た人はいっぱいいるんだし」


 この茂みの中には探し物はない。立ち上がって土を払う。


 「だから当たり前にしたくないの。自分の番になったときに、犯行できるように、周りがそれを応援……とまではいかなくとも容認してくれるように」


 「ありがとう」


 「礼なんていらないわ」


 「これは俺のためだから」


 「……」


 なんかこの人むかつ……ちょっと気にくわないわね。


 「あと探していないのは……」


 




 あった。

 

 庭園の隅。池の中央に浮かんでいた。


 「婚約者から貰ったって言っていたくせに、本当ろくでもない連中ね」


 自作自演なら、もう少し場所を考えれば良いのに。いえ、このハンカチだなんて、彼らには取るに足らないものなのでしょうね。


 靴を脱ぎ捨ててズボンの裾を捲り上げる。


 「ちょっと待て、後はもういいよ。あいつらをここに呼んでくるから」


 「言い訳ないでしょう。そのあとどうなるか、予想してみなさい」


 ―――盗んで捨てたのは間違いなかった。

 ―――バレたから場所を教えて。犯行を誤魔化そうとしたんだ。


 「だから私は行くから」


 「いやいやいや、俺が行く」


 「いいってば。びしょ濡れで帰ってどうする気?ハンカチを見つけたことが向こうにバレたら計画が破綻するの!」


 膨れっ面をすると向こうは観念したようだった。


 「じゃあ、お願いします」


 「任せて頂戴」






 計画は簡単。

 ハンカチが、向こうの手元にあればいい。実は勘違いだった……というのが最も簡単で穏便な決着のつけ方だ。


 当人とその取り巻きは、帰ってくるなり騒ぎ出した。


 こちらに向かってきたので声をかける。


 「あらおかえりなさいませ。なかったでしょう?」


 「……」


 すごい百面相。屈辱でしょうね……ここじゃみんなの目があるから、それを見なかったことにはできないもの。


 「あ、安心して。この人のことはずっと監視していたわ」


 「いや、それが……実は勘違いだったみたいで……」


 「え……?」


 「ここに置いていたタオルに挟まっていたんだ。いやあ、訓練を中断させて悪かったね、君も否定してくれれば良かったのに」


 騒ぎを起こした張本人は去っていくと、一人が残った。


 「これは君らが仕組んだことか?」

 

 あれ、この人新人じゃないわね。

 

 「ライン先輩、毎度もめ事を起こしてすみません」


 「いやいい。こちらこそだ、それと色々あってあの者たちは退職することになった。今回で最後だろうから安心して欲しい」


 責められるのか、と思ったけれど、雰囲気からしてそうでもなさそう。ほっと胸をなでおろす。

 

 「ラインハルト・リシュターと申します、お嬢さん」


 「えっと、初めまして、リシュターさん。私のことはキャロンと」


 なぜ自己紹介……でも苗字があるってことは貴族なんだから、返さない訳にもいかない。


 「キャロン嬢。本日は我々の面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ありません。訓練の時間も十分に取れず、良ければ今度ここを貸し出しましょう。必要なら指導員もつけます」


 「お気遣いなく。当然のことをしただけです。それに、元々私は付き添いみたいなものですし」


 遠くで今だにしごかれているアウローラを見る。うわあ、大変そう。まあ良い機会になったかしら。


 「ではお詫びに今度食事でもどうでしょう……いや、言い直させてください。強く優しいあなたに惹かれました。お詫びにもなりませんが、少しでも私を知ってほしいのです」

 

 あれまあ……。


 「ごめんなさい。タイプじゃないので」


 あと、ランチはアウローラと食べたい。


 



 「キャロンさん勿体ない」


 「何が?」


 「ライン先輩は世の女性に人気なのに」


 あのお顔立ちと丁寧な言葉遣い、温和な雰囲気だし納得はできるけれども。


 「じゃあ求められているところにいけばいいじゃない」


 第一オスカー様の方がかっこいい。


 「はあ……ライン先輩が女性に言い寄っているところなんて、今日が初めてだよ。身分的に軽率な行動ができないんだから」


 「今日の言いがかりをつけてきた人たちよりも偉いの?」

 

 「隊長の息子だよ」

 

 「隊長って……え?」


 確か、第三の隊長って三十にもいっていなかったはずじゃ。


 「あ、違う違う。軍全体のね、統帥の息子」

 

 「ああ……」


 あのおじいさんがお父様なのね。


 「性格も、家も、顔も良い。何が不満なんだい」


 「好きにならなきゃダメでしょう」


 それに、告白まがいのことをされた時点で答えは決まっている。

  

 「みんな、好きな人から好かれれば良いのにねえ」


 「贅沢な悩みだね」 







 *****

 「これで終わりだ」


 疲れた……。


 「もう動けない……」


 「死んだ……」


 「同意見だ」


 そうだ、キャロンは……。


 「お疲れ様」


 「キャロン!」

 

 水筒から水を出して渡してくれた。喉の渇きを潤そうと一気に飲み干す。


 「ありがとう、そういえば、さっきは大丈夫だったか……?」


 「まあ」


 ……なんか、表情がぎこちない?なぜか耳や頬が赤いような……。

 

 「風邪でも引いたか?」


 「ぶっ」


 第三者のふきだす声が聞こえた。


 「ライン先輩の誘いを断ったくせに、内心気になって仕方ない感じ……?」

 

 「うるさい」


 見覚えのある髪型だ。あのとき誰かに詰め寄られていた人か。

 

 「アウローラ、何でもないからね!」


 そんなことはないだろう。


 「わかったわかった。……そうだ、お手洗いをお借りしたいんだが」


 「なら案内します」

 

 「いいのか?」

 

 「キャロンには今日いっぱい助けて貰いましたから」







 「ではここで待っていますので」


 「いいですよ、自分で戻れますから。今日は疲れたでしょう、早く休んでください」


 「じゃあ、また」


 「はい」


 道中、サンベルから出来事の概略を聞いた。

 

 やっかみを受けていた人たちに絡まれたところを助けてくれたのだと。ただ、なぜキャロンの様子がおかしいかまでは、本人にと教えてくれなかった。


 用を足すと来た道を戻る。


 「今日の……」


 角を曲がろうとしたところで、話し声に立ち止まる。


 この特徴的な声。壁に隠れてこっそりと覗き見る。


 あの男……見覚えがある。確か、王妃の生家の弟だか甥だか。全身肥えていて、好色なじじい、と悪名高かった。今もお変わりないようで。


 前は身分という盾があったから手出しはされなかったが、今は違う。平民でこの顔だと目を付けられる……いや、手を、といった方が正しいか。


 この通路はさっき行った厠で行き止まりだ。ここは通らないはず。壁に張り付いて、通り過ぎるのを待つ。


 コツ。コツ。


 次第に近づく音。


 「いやあ、流石だな。こんな優秀なご子息がいるなんて、フォックス伯爵も安心でしょう」


 「そんな、まだまだですよ」


 姿は見えないけれど、すぐにわかった。


 あっという間に通り過ぎ去る背中。こっそり後を伺うと、じじいに話しかける横顔が見えた。


 ……マーティン様。


 唇はその形に動いたけれど、声を発することはできなかった。

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