わたくしの婚約者がピンクブロンド令嬢をお姫様抱っこしている場面に出会うという、ちょっとした日常の一コマ
思わず淑女らしくない鼻歌が出そうになるほど、気持ちのいい陽気の日だ。
わたくしは今、王立学院の図書館に向かっている。
図書館は寒い場所にあるのだけれど、これからは行きやすい季節になるわね。
あら、向こうからいらっしゃるのは……。
「チャールズ様。御機嫌よう」
「やあ、クラリッサか」
わたくしの婚約者であるチャールズ第一王子殿下の一行とばったり出会った。
何だろう?
チャールズ様が所謂お姫様だっこでピンクブロンドの令嬢を抱えている。
その令嬢の総合能力値は……五か。
ゴミね。
「失礼いたしますね」
「おいおいクラリッサ。僕のこの姿を見て何も思わないのかい?」
「チャールズ様は逞しくなられましたね。惚れ惚れいたします」
「じゃなくて」
「そういえば、荷運びはテッド様の担当ではなくて?」
「荷運びって」
チャールズ様のお付きの一人テッド様は大柄の令息だ。
護衛として極めて優秀で、総合能力値は八〇〇を超える。
特に筋力に優れているから、荷運びには最も向いているのだが。
「まあ護衛の手が空いていないのも問題があるからな」
「ああ、なるほど。もっともなことですね」
「チャールズ様がお優しいので、抱えてくださったんですう」
唐突なゴミ令嬢の発言に戸惑う。
あなた以外のこの場の全員が顔を顰めたのに気付いたかしら?
チャールズ第一王子殿下とウェストモーランド公爵家の娘たるわたくしの会話に、ゴミが割り込んでくるとは。
「……チャールズ様が抱えていらっしゃるそのお方はどなたですの?」
「そういえば名前は聞いてなかった」
「ダーナ・コックルですよ。クラリッサ様ったらひどいじゃないですかあ。クラスメイトの名前を知らないはずがないでしょお?」
同じクラスの令嬢だったのか。
家名から察するにコックル男爵家の関係者。
いくら何でも直系の令嬢がこんなに不作法とは考えづらい。
ほぼ平民の傍系で、教育まで手が回っていないのかしらね?
「ねえ、チャールズ様。聞いてくださいな。クラリッサ様はいつも私を無視するんですよお」
「それはそうだろうな」
ええ、視界に入っていなかったから。
しかしゴミ令嬢はチャールズ様の答えを賛成と捉えたか、我が意を得たりとばかり続ける。
「クラリッサ様は私に嫌味を言ったり、私の教科書に落書きをしたりするんですう」
首をかしげる。
無礼な振舞いに嫌味を言ったくらいはあったかもしれない。
記憶にはないけど。
でも教科書に落書きするなんてことはないはず。
「他にもバケツで水を浴びせかけられたり、足を引っかけられて転ばされたりするんですう。今もそれで痛くてうずくまってたんですう」
「……」
何を言っているのだろう?
今わたくしは反対方向から歩いてきてるではないですか。
ああ、このゴミはウソを吐いているのか。
何のために身分が遥か上の者に対してそんな戯言を語っているのか。
所詮ゴミの行動は総合能力値が段違いのわたくしから見ると、もう一つ狙いがわからないけれど。
「チャールズ様、クラリッサ様は怖いんですう」
大きな胸を押し当てるようにチャールズ様にしがみつくゴミ。
ははあ、どうやら私を陥れてチャールズ様を篭絡しようとしているようだ。
ようやくわけがわかった。
野望値が大きいだけのことはある。
マイナス方向にだけれども。
「大方クラリッサ様は私の身分が低いのが気に入らないのですわ」
「「「「それは違う」」」」
ゴミ以外の全員の声が重なる。
「えっ?」
「ここにいるネイトは平民だ」
「大変優秀な頭脳をお持ちですのよ」
何と言っても知性値が最大値の目安の一〇〇を超えている。
稀有な才能だ。
平民ではあるけれども尊敬に値する。
「で、では私の容姿に嫉妬して……」
「「「「それも違う」」」」
全員に否定されて呆然としているゴミ。
儚げな目鼻立ち、フワフワのピンクブロンド、華奢だが出るところは出ている身体つき。
確かに優れた容姿かもしれないが、だから何だというのだろう?
このゴミは根本的なところを勘違いしているようだ。
しがみつかれているチャールズ様が嫌そうな顔をしているのに気付かないのだろうか?
「ああ、ダーナ嬢。クラリッサは今まで君のことを全く気に留めていなかったと思うが、勘弁してやってくれ」
「申し訳ありませんね。あなたに興味がなかっただけですわ」
「興味がないって……」
物事には優先順位がある。
第一王子の婚約者として、ゴミに割く時間が惜しいだけだ。
「クラリッサは特殊なギフト持ちなんだ」
「ぎ、ギフトってまさか……」
「人の能力値を知ることができるというものでね」
ギフトとは数千人に一人の割合で神から与えられる先天的な技能のこと。
わたくしは『能力視』のギフト持ちで、その人の品性・野望・忠義・仁愛・勇気・筋力・技量・魔法・知性・教養の度合いを数値化して見ることが可能なのだ。
特段隠しているわけではないので、私と交流のある令息令嬢は知っている者が多いと思う。
「ちなみにダーナ嬢は品性マイナス七七・野望マイナス八九・忠義マイナス三五・仁愛マイナス二四・勇気六〇・筋力二三・技量四六・魔法二八・知性五六・教養一七。総合能力値は五だ」
わたくしのギフトは人材の鑑定や発掘に有用であるため、天才ネイト様が宮廷魔道士の協力の下、私のギフトを再現する魔道具『スカウター』を開発した。
今ではその魔道具を使用し、チャールズ様テッド様ネイト様は私と同じように他人の能力値を見ることができる。
「あのう、総合能力値が五というのは……」
「例えばクラリッサの総合能力値は八〇〇を超えている」
「!」
理解できただろうか?
ゴミが何を言おうと信用などされないということを。
プルプル小刻みに震えるゴミ令嬢。
「な、何よ何よっ! 皆で私をバカにしてっ! 私だってギフト持ちなんだからあ!」
えっ? ゴミなのにギフト持ちなの?
ちょっと予想外。
「今使う気はなかったけど食らいなさいよおっ! 私の『魅了』を!」
わざわざ『魅了』って言っちゃうところがバカっぽい。
知性五六は、おバカというわけでもないと思うんだけどなあ。
品性が現れてしまうのだろうか?
一向に効果が現れない『魅了』に喚き散らすゴミ令嬢。
「どうして効かないのお? 『魅了』されなさいよお!」
「ムダですよ」
「な、何で?」
どう説明したらいいだろう?
「総合能力値に差があり過ぎると『魅了』されないのです」
「そんなあ! あり得ない!」
「例えば目の前にゴキブリがいるとしますよね? 少々テカりが増したからといって魅力的に見えたりしますか?」
歯牙にもかけないものに『魅了』されるわけがない。
もっともゴミ改めゴキブリ令嬢の魔法値が小さいとか、私達は精神系の操作を受けにくいお守りを身に着けているという理由もあるけれども。
「テッド」
「はっ!」
テッド様がゴキブリ令嬢の首の動脈をきゅっと絞めるとすぐ失神した。
「お見事ですわ」
「いえいえ」
「殿下、彼女をどうしましょう?」
「そうだな。本来ならかなり重い処分が必要だが」
当然だ。
精神操作系の施術は許可が必要な上に、よりによって王族に『魅了』をかけようとしたのだから。
しかし目撃者はわたくし達だけ。
さらに言うと、貴重な『魅了』のギフト持ち。
チャールズ様はどう判断されるだろう?
「ネイトはどう思う?」
「研究材料としてダーナ嬢をいただけると嬉しいですね。コックル男爵家に因果を含めて」
「よし、使いものにならなかったらならないで構わん。やってみろ」
「ありがとうございます」
ゴキブリ令嬢がどうなるかはわからない。
でも騒ぎ立てなければコックル男爵家に累が及ぶことはない、ということか。
処分がゴキブリ令嬢に限られるなら妥当な判断だろう。
「どうした、クラリッサ」
「少々哀れだな、と思いまして」
「ハハッ、クラリッサは優しいな。謂れのない非難を受けたのはそなたなのに。オレなど婚約者をバカにされて腸が煮えくり返っているところだ」
「まあ、チャールズ様ったら」
「惚れ直したかい?」
「……はい」
チャールズ様がどんな方かというのは、長い付き合いと能力値からわかっている。
言葉の端々から穏やかな愛情を感じられて嬉しい。
「放課後はずっと図書室かい?」
「いえ、後ほどお妃教育で王宮に伺います」
「そうか、よかった。オレもこのゴミを研究棟に放り込んだら、すぐに王宮に帰る。茶でもいただこうではないか」
「はい」
ウインクするチャールズ様。
王族や高位貴族ともなると、否応なくアクシデントに巻き込まれることが多いものだ。
今日の一件などは可愛いもの。
わたくし達の婚約は政略には違いないけれど、日々のありふれたイベントを通して愛が深まっていることを感じるのだ。
全てを乗り越えていく。
それが、素敵。
――――――――――後日。
「ところでゴキブリ令嬢はどうなったんですの?」
「あのゴミか。非協力的で、どうにも使えなかったそうだ」
「処分ですか?」
「いや、ネイトと宮廷魔道士が加護を封印する魔道具を開発してな。封印を施して放逐、経過観察中だ。ん? クラリッサと同じクラスなのだろう」
「ああ、そうでしたね」
「まあどうでもいいことだな」
天上人の無関心度怖いと思われる方、↓の★で評価してもらえると筆者が万々歳です。