第九話 VSファースト
「あなた達も、どこの『殺戮機械少女』なのかしら。どういうつもり。『アルカサル』殲滅は私に任された仕事なのよ。勝手に取られちゃ困るわね」
ファーストはライフルを後ろに放り投げて歩み寄ってくる。すると、驚いたような顔をして俺の全身を眺めた。
「あら。Nの漏出が極端に減ってるわね。少しコントロールできるようになったのかしら」
「まだ発達途中だよ。―――で、お前もやろうってのか」
「いーえ。来てみれば『アルカサル』メンバーは外へ避難したっぽいから、地上で探し出して殺すわ」
「させるかよ!!」
俺は二人組の『殺戮機械少女』から狙いを変えて、ファーストに熱放射を炸裂させようとする。
しかし、ファーストの方が早かった。
彼女の手には一瞬で巨大なガトリング砲が出現して、既に引き金に指がかかっている状態だった。GAU-8 Avenger。アメリカ軍の航空機搭載機関砲のなかでは最大にして最重、そして最強の破壊力を誇る極上の一品。対戦車攻撃によく使われ、30mm弾を高初速・高回転で炸裂させる。
そして、何よりも重要なのは……。
「毎分3,900発を、1,200mの有効射程距離から炸裂させられる、だったっけ?」
「よく覚えているわね。―――なに、私のこと好きなの?」
馬鹿にした顔で俺を煽りながら、そのやばすぎる兵器が発動した。いくら鉄や鉛を溶かすだけの高温防御が可能とはいえ、その弾丸速度と数の多さは脅威的になるはずだ。無限に全身に衝撃が走り、俺は顔を腕でかばいながら、ジリジリと後ろへ押し流されていった。
ようやく砲撃の嵐が止む。俺は凄まじい疲労感に膝を付き、こういう風に高温防御の処理が間に合わない速度と数で押されることもあるのだと理解した。
「ちっ。本当に化物。ただ馬鹿ね。後ろの2体は天井を突き破って地上に逃げていったわよ。同じように下の階か地上に逃げれば良かったのに」
「……俺はお前に話があった。だから耐えた」
「話?」
「そうだ。単刀直入に言うぜ。お前、『アルカサル』を襲うの、やめろよ」
呆れるようなため息が返ってきた。ついでに、生ゴミを見るような目で俺を睨みつけてくる。……ドキ。え、待って、なんで俺今ちょっと心臓が跳ねたんだ。
「仕事、なのよ。大金が入るの。ここを潰すだけで大金がね」
「……いくらだ」
「教える義理はないわ」
再びガトリング砲に指がかけられた。どうする。このままでは上に逃げた2体を追えない。光もまだ戻ってこない。ここを切り抜けるしかないのだ。
……待て。光の戦い方を思い出せ。相手の確実な情報のもとで行動していたはずだ。同じように、ただ戦うだけじゃなく、考えて戦え。
(ファースト……フリーの殺し屋……金で動いてる……光と同等の力があるから今の俺じゃ勝率は低い……戦えばあの2体も追えない……)
試してみたいアイデアが閃いた。
こいつと戦うことは避けるべきだ。まだ勝てない。あの光すら負けたことのある機体だぞ。勝ったとしても時間は食う。上に逃げた2体を追跡して破壊する工程まで含めれば、ここはファーストと戦っている場合ではない。
味方にするべきだ。
「なあ、お前さ、金が入るからここを襲っているんだよな」
「そうね。だからなに」
「―――仕事を頼みたい。今度は『アルカサル』を守る仕事だ」
「……は?」
パチパチと大きくまばたきをしたファーストを無視して、俺はさらに畳み掛けて言った。
「いくら積まれてここを襲っているかは知らん。だが、俺がそれ以上の金をお前に払う。一生かけてな。俺の今後の国防任務で発生した給料をやる。全部やる。俺が死ぬまでお前に金を払い続ける。どうだ、雇われてくれないか」
「……正気?」
「正気も正気さ。俺はお前と戦いたくない」
「そりゃ、あの2体もいるからね。でもだからって―――」
「いや、それもあるけど、俺はお前と仲良くしたい」
ファーストは眉根を寄せて、ガトリング砲を向けてくる。
「馬鹿にしてるわね、あなた」
「してねえよ。お前とはそれなりに関わった。ティータイムも過ごした。なんか、あれだ……知り合いだから、戦いたくない」
「……」
「……」
これはどっちだ。じっと品定めをするように俺を見つめるファーストに、負けじと俺も目を逸らさずに真っ直ぐ見つめ返す。
「国防任務はかなりの大金が出ることがあるわ。Aクラス『殺戮機械少女』から国を守った場合とかね。五千万はくだらないわ」
「……やるよ。五千万全部」
「そうね。永続的な資金をあなたで確保して、また別の仕事で大金を狙うのもあり」
「……つまり、いいのか」
「一つだけ条件よ」
ガトリング砲が蛍の飛び散って行くように光を発して消えていく。俺は、とりあえず一安心して尻もちをついた。体の力を抜いて、物質Nの流出をなるべく防ぐ。ファーストは俺の目の前に立つと、ニタニタと笑ってこう言った。
「『アルカサル』は守らないわ。あなたの手伝いをするだけ。―――私の仕事は、あなたを守ることよ」
「……やっぱ、なんか恨みでもあるのか、『アルカサル』に」
「まあね。どうするの」
「任せた!!」
形勢逆転。
ファーストを俺の人生全てで味方に引き入れた今、こちらの勝率は格段に跳ね上がった。
俺は立ち上がり、笑ってファーストにサムズアップを送る。
彼女は呆れたように苦笑して、言った。
「仲良くしたい、ね。馬鹿な人」
その時、地上から轟音が響いてきた。俺はファーストと頷き合うと、天井に向けて右手の五本指を突き出す。最大出力の熱放射だ。一気に地上への空洞が出来上がり、俺とファーストは駐屯地の玄関広場に飛び出る。
そこには、エマさんの部隊と光がいた。他の研究科や医療科、栄養科の人たちを遠くに避難させるために、二人の個体の足止めをしているのだ。青髪の少女が光に、赤髪の少女がエマさんを含めた自衛官十五人と向かい合っている。
まずい。
光は深手を負っているはずだ。片腕が折れている、と言っていた。先のウラン型兵器との激闘で、体力の消耗も甚だしいことは想像に難くない。
事実、光は青髪の少女のフィンガークラッチが響くや否や、勢いよく吹き飛ばされて止まっていた装甲車に激突していた。フラフラと立ち上がったはいいが、息切れが凄まじい。このままでは、確実にやられる。
しかし、エマさんたちもまだ戦闘が始まっていないだけだ。いつ張り詰めた空気が壊れ、戦いが始まるかは分からない。どちらの助けにも入るべきだ。俺が判断に迷った、直後だった。
ゴゥンゴゥン!! と、隣から2回銃声が響く。光に迫っていた青髪の少女はまたもや吹き飛ばされ、赤髪の少女は右腕に弾丸が着弾するも無傷のままだった。
ファーストは右手に持っていた大きなハンドガンをくるくると手の中で器用に回すと、俺に指示を出す。
「あなたは赤いドレスの女、私は青いドレスの女よ。赤いドレスの方は、恐らく防御型。まったく弾がきいていなかった。私とは相性が悪いかも」
「そういえば、赤い方は俺の熱放射を防ぎ切っていた。青い方は、なんか指を鳴らすと重力みたいのがかかったり、当たってきたりしたぞ」
「なるほどね。青髪の機能は何となく把握したわ。問題は赤髪ね。倒せなくてもいいわ、私が青い方を破壊するまで、持ちこたえなさい」
「りょ、了解した」
すっげえ頼りになるな、こいつ。判断が早い。くわえて、俺はこの少女の強さを身をもって知っている。味方になると、これだけ安心感があるのか。
俺に指示を出すと、ファーストは起き上がった青ドレスの少女のもとへ歩き出した。そして、背中から徐々に銃器の翼が出現する。ガチャガチャとあらゆる陸上兵器が肩甲骨付近から生み出されていき、気づけば5メートルほどの両翼が完成する。
「『モード・オートスナイパー』」
唱えた瞬間、翼の中から十丁の大きなスナイパーライフルが前に出てきて、言葉通り勝手に青ドレスの少女を撃ち抜いていった。左肩を撃ち抜かれて転がった青ドレスの少女は、咄嗟に止まっている装甲車両の列に身を潜めようと駆け出す。しかし、駆け出した瞬間に別のライフルが少女の右足を撃ち抜き、苦悶の表情を浮かべて片膝をついた。
「リリィ!!」
「大丈夫ですわ、ルーナ」
赤いドレスの少女が叫ぶと、青いドレスの少女は冷静に返事をした。なるほど、赤い方がルーナ、青い方がリリィと言うのか。光の側に歩み寄っていったファーストは、面白いおもちゃを見つけたように笑っていた。対して、光はむっと睨みつけている。
「どういうこと。なんでテツヒトと一緒にいるの」
「あら。哲人っていうんだ、彼」
「答えて」
「凄んでも無駄よ。しかし、懐かしいわね。あなたがそれだけやられるなんて、二次の大戦で私がボコボコにしてあげた時くらいじゃないの」
光の頬が膨らむ。同時に、体から電流が溢れるが、弱っていくように電流の勢いが落ちていった。
「……むう」
「あなた、ここに来るまでに相当な敵と戦ったわね。体力が落ちれば、ダメージを受ければ、霊石を使った能力行使の限界がくるわ。全然力がないじゃない。大人しくしていなさい」
「なんで味方するの。きもい」
「哲人君と、たーっぷり仲良くなったから」
「……」
俺はエマさんと向き合うように立って、間に挟まれているルーナと言われていた赤髪の個体に意識を集中した。あっちの個体は、ファーストがいれば問題ない。安心して任せられる。しかし、何だか身に覚えがある、じとーっとした絡みつくような視線を背中に感じるが……とりあえず無視する。
赤髪の少女は、エマさんたちから俺に向き直った。俺の方が危険度が高いと判断したのだろう。
「ファーストを取り込んだのか、九条哲人。一体なにしやがった」
「永遠の愛を誓ったんだよ」
「ふざけろ。さっさとてめえにこれを打ち込んで、リリィのところに行く。あの銃女、絶対に許さねえ」
ルーナはドレスの胸元から、一本の注射器を取り出した。
あの謎マッチョウラン兵器が言っていたことは、嘘ではなかった。こいつらは、あの晩、俺に物質Nを打ち込んできた組織の『殺戮機械少女』である。何の目論見があって俺を襲ったのか、ここで必ず吐かせてやる。
俺はエマさんたちに、避難してくれるように声を上げようとした。エマさんたちが、俺のNの巻き添えをくらってしまうからだ。
「エマさ―――」
「隙あり」
衝撃の光景を目の当たりにした。
エマさんが一瞬でルーナとの距離を詰め、背後から後ろ回し蹴りを側頭部に炸裂させたのだ。たたらを踏んだルーナが振り向き、応戦しようとするが、エマさんはそれを許さない。すぐに懐に入り込んで、徒手格闘で打撃の嵐になった。
え……何か圧倒してる……?
喉元に肘を打ち込み、首根っこを付かんで顔面に飛び膝蹴りを炸裂させた。さらに膝を顔に埋め込んで対空した状態で、腰のホルスターに入っていたハンドガンを頭頂部に押し当てる。そして、ガゥンガゥンガゥンガゥン!! と、躊躇なく引き金を引きまくる。
苦悶の表情を浮かべたルーナは、エマさんを強引に突き飛ばした。しかし、受け身を取って転がっていったエマさんの左手に、手榴弾のピンがあった。爆弾の本体は―――ルーナの足元に転がっていた。
ドガァァァン!! と、凄まじい爆発がルーナを包んだ。土煙の先にいたのは、忌々しげにエマさんを睨みつける『殺戮機械少女』だった。足から血が流れており、確実にダメージになっていることが分かる。
「んー、君、Bクラスってところかな。あと、戦後に作られた実戦の浅いタイプでしょ」
「あんた……!!」
「手榴弾には警戒しないとだめだよー。ファーストや光だって、今のをくらえば結構な痛手だ。米軍現用のM67破片手榴弾。殺傷可能範囲は半径15メートル、破片の最大到達距離は230メートルに達する。自分が『殺戮機械少女』だからって油断したでしょ」
相手は怒りに頭が沸騰している。これ以上は、まずいのではないだろうか。
「哲人くん、手を出さないでいいよ」
「え、エマさん? でも―――」
「この程度なら、勝てるかも」
エマさんは不敵に笑って、ハンドガンを改めてルーナへ向けた。引き金を何度も引きまくり、弾丸の豪雨が浴びせられる。しかし、まったく効いている様子がない。
先ほどの手榴弾は効いたはずなのに、なぜか弾丸が通らない。俺の熱放射も効いている様子がなかった。妙だ。俺の攻撃を防げた奴が、なぜ手榴弾はダメージになったのだろうか。
エマさんは左手を上げた。
その瞬間、エマさんの背後から一斉に残りの自衛官がアサルトライフルの引き金を引いた。
ルーナは相変わらず弾丸を弾く。効かない。しかし、エマさんは腰元の手榴弾を2つルーナに向かって投擲した。その時、初めてルーナが回避行動を取った。横に転がっていって、銃弾の雨を浴びながら手榴弾だけを回避する。爆風が吹き抜けていき、中の金属片が直撃するが、やはり効いている様子がない。
地面に伏せて手榴弾の被害から身を守っていたエマさんは、寝転んだまま俺に言ってきた。
「ごめん。やっぱり手を貸して」
「え、は、はい!!」
「私たちが銃で足止めするから、その間に哲人くんが攻撃してみて」
「了解っす!!」
再びアサルトライフルの豪雨が降り注いだ。ルーナは俺たちのやり取りに顔色を変えて、勢いよくエマさんたちのもとへと駆け出していく。しかし、それを俺が許さない。
俺は右手の人差し指のみを突き出してルーナの足元に熱放射を展開する。周りへの被害を少なくするためだ。そして、華奢な両足が見事にドロっと溶け落ちた。少女が頭から地面へ転がっていく。エマさんたちは一気に射撃の手を止めて、後方へ避難していった。
俺は、人差し指にくわえて中指も立てる。銃の形を作って、装甲車も溶解させる高熱エネルギーを放出した。
少女の全身が赤く発光し、一瞬で体がバラバラになった。そのバラけた肉変すらも物質Nは骨まで焼き尽くし、真っ黒な焼跡を地面に残して何もかもが焼失した。
……勝った。
「え、でも何で攻撃が通じたんだ」
「あの子の能力が、恐らく『対象に適した耐防御機能』だったからさ」
耳まで覆ったマスクをつけたエマさんが、俺のもとにやってきた。え、何そのマスク。
「ああ、Nを吸引しないためのマスク。昨日配給されたんだよ。これしてれば君に近寄れるから。なんかばいきん扱いしてごめんね」
先ほどの戦闘などなかったかのように、いつもの調子で喋ってくるエマさん。彼女たち自衛科の人間が、『殺戮機械少女』との戦闘においてプロであることを理解した。恐らく、これまでの訓練や実戦を通して、特に驚くような相手ではなかったのだ。
「なんか、慣れてますね」
「そりゃーそうだよ、お仕事だもん。普段の訓練じゃ、光ちゃんとやり合ってるんだから」
普段、訓練は光を相手にしているらしい。その言葉に俺は得心がいった。Sクラスの『殺戮機械少女』を相手に日々備えている以上、過度に心配をした俺が馬鹿だったようだ。
俺はタバコを取り出して、とりあえず一服する。
「それで、『対象に適した防御機能』っていうのはなんなんですか」
「哲人君が跡形もなく消したから推理の域を出ないけど、ようするに弾丸系には硬度の高いチタン、防弾チョッキに使われるようなやつね……とか、火炎放射には耐熱強度の高い素材、例えばタングステンなんて金属は融点が3千度だからね……とかに肉体を変化できたんじゃないかな。ただし、頭に銃をぶち込んだ後に手榴弾が効いていたあたりから、硬度の高い防御から耐熱の防御には切り替えられていなかったことが分かる。だから、あー多分同時に硬度と耐熱の防御ができないんだろうと思って、ライフル攻撃と哲人くんの攻撃を同時に浴びせた」
「……分析力ぱねえ」
「嬉しいねえ。まあ、ちょっとは頭が使えないと『殺戮機械少女』なんて相手にしていられないからね。すぐ死んじゃうよ」
俺は、俺以外の『アルカサル』メンバーの実力の高さに度肝を抜かれていた。俺はたまたま物質Nを有していて、スペックの高い能力に頼れるから生き残っているだけだ。光も、エマさんたち自衛科も、俺とは戦闘における技術の格が違う。
……足手まとい、だな。このままじゃ。
最強の化学兵器らしい俺が、助けられてばかりじゃいけない。
「俺、精進します」
「あはは。十分やばいほど強いからいいと思うけどなー。君がいなかったら、銃撃と爆撃をコツコツこなして追い詰めるしかなかったよ。何人かは死んでたかもね。うちの部隊も」
「……廊下の死体を、ご覧になったんですか」
「アリスから被害状況を聞いただけ。……久々だよ。あれだけの人数がやられたのも。残りのあの個体に、いろいろゲロってもらわないと―――腹の虫は収まらないよね」
初めてエマさんの目から明確な殺気を感じた。その視線を追うと、既に勝敗の決している安堵の光景があった。
ファーストが血だらけで転がっているリリィの脳天に、ショットガンの先を突きつけていたのだ。引き金に指をかけるが、その時、やはりリリィのフィンガークラッチが響いてファーストが後ろに吹き飛ばされる。しかし、彼女の背中から生えている銃器の翼が、勝手に弾丸の雨を降らせてフラフラと立ち上がったリリィの体を豪快に何箇所も撃ち抜いた。
「がっ……あ……!!」
「だから、意味ないってば。あなたね、私と相性が悪すぎるのよ」
飛ばされたファーストは、くるりとバク転をして地面に足をつけた。クスクスと笑いながら、これでもかというくらいに嗜虐的に笑う。
「音響兵器ね。ただ、ちょっと弱いわ。フィンガークラッチの音を霊石を通して莫大にして、とんでもない轟音をぶつけてくるんでしょ。あとはこちらの動作の音を感知できるから、ちょっとした先読みができるって感じね。だけど、私を吹き飛ばしても私の翼がオートであなたを狙うから、音の不可視攻撃も動作の先読みも意味はない。肉体硬度も弱いから、ライフルとかショットガンでダメージは十分通る。Bクラス程度ね、雑魚だわ」
「……うる、さいですね……黙って聞いていれば―――」
「あらそう。ごめんなさいね」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!! と、翼から飛び出てきたGAU-8 Avengerが、対空した状態で勝手に砲撃を開始した。一瞬で全身が穴だらけになっていき、気づけばそこには僅かな肉片のみが散らばっている。
―――待て。
「おい!! そっちも粉々にしたら何も聞けないだろ!!」
「だったら最初から殺すなって言いなさいよ。愚図」
「ふつー分かるだろうが!! サド女!!」
「肉片すら残さないで灰にしたあなたが、文句を言えると思って?」
「っぐ……!!」
言い返せなくなった俺は、ガシガシと頭を掻いて、遠くで座り込んでいる光の傍に駆け寄った。
光は俺を見上げると、ほっと安心したように息を吐いた。
「良かった。無事で」
「ああ。お前もな。やっぱりあの男との戦いで、かなりバテてたんだろう」
「……ん。無理はした。ごめん」
「いいさ。良かったよ、無事ならいいんだ」
本当に助かってよかった。ファーストが加勢してくれなかったら、まず光も参戦しなくてはいけなかっただろう。だが、既にウトウトと眠そうにしているこの状態では、あの音響兵器にやられていたかもしれない。ファーストなしでは、生き残れたかどうか、考えるまでもない。
俺は振り返って、ファーストに礼を言った。
「助かった。本当にありがとう」
「……仕事よ。とりあえず今回の2体撃破分、あなたに入る報酬を頂くわ」
「もっていけもっていけ。そんなんでいいならな」
俺は笑顔を返す。
ファーストはぷいっとそっぽを向いてしまうが、そのファーストの向いた方向には、エマさんがハンドガンの銃口を突きつけて立っていた。エマさんは、冷たい目でファーストを睨みながら尋ねる。
「ファースト。君はなぜ協力したのかな」
「……『アルカサル』壊滅の依頼は下りた。哲人君が、助けてーって足にすり寄ってきたから、助けただけ」
「……本当だとしても、君にうちの人間がどれだけやられたと思う。このまま逃がすわけないよね、普通」
「あら。別にいいけど、私に勝てる可能性が、十人程度の自衛官だけであるっていうのね。びっくりして顎が外れそうよ。―――5秒あげるわ。その間に下ろさないなら、気が変わる」
「……」
エマさんは沈黙すると、脱力して銃を下ろす。やってられないなー、とぼやきながら仲間の隊員たちのもとへ戻っていった。
エマさんの気持ちは、痛いほど分かる。俺もファーストに光を殺されてでもいれば、同じようなことをしただろう。不思議だ。身勝手極まりないじゃないか。自分の知っている『アルカサル』メンバーが殺され、傷つけられれば、俺は躊躇いなく『殺戮機械少女』を殺した。しかし、ファーストは俺の知っている人を殺していないだけで、本質的には俺が殺した個体と同じ存在だ。なのに、俺はファーストを味方にしてこうして生き延びた。
今も、ファーストと戦う意思はない。
そんな俺の心境を察したのか、ファーストは顔を向けずに言った。
「仲良くなんて、できやしないわよ。私は世界で一番人と『殺戮機械少女』を殺している、殺戮者」
「……」
「だから、金さえ貰えればそれでいい。仲良くだなんて、しらける話はもうしないでちょうだい」
「―――実存は本質に先立つ」
「は?」
ようやく振り向いた殺戮者に、俺は自分の正体を明かした。
「意味とか価値なんてものを持つより先に、人間は生まれて存在しちまってる。だから、意味や価値を自分で作っていくのが、人生ってことだ」
「……だからなに。説教なのかしら」
「まさか。俺の話さ。でな、俺の本質は『自己愛』なんだ。くそったれな、自分さえ良ければいいっていう、自己愛。それが俺の正体なんだ。本質なんだ」
「……」
俺はファーストから目を逸らし、いつの間にか眠りこけている光を膝枕してやった。頭を撫でて、これまでの感謝の気持ちを込めていく。
「だから、俺は正義や信念を持たない。自分さえ良ければ、それでいい。自分を尊ぶだけの生き方を選んだ。人を殺した夜に」
「……クズ野郎ね」
「ああ。俺は俺の世界を守るだけだ。光がいて、エマさんやアリスたちがいて、お前とコーヒーを飲んだ、あの世界。俺は、それが結構好きなんだ。それさえ守れれば、お前やアリスやエマさんが、光がどんな奴だろうと構わないよ」
「だからって、私を許すの」
「―――どうでもいいんだ、正直。俺はお前と話すのが嫌いじゃないから、お前と喋る。お前に助けてもらったから、お前のことが好きになってきている。俺は俺のことしか尊ばないから、お前のことなんて知らん」
「……」
「だから、あれだ。またコーヒー飲もうぜ。俺は飲みたい」
「最低のお誘いね。それだけのクズ哲学を披露しておいて、よくもまあ、ぬけぬけと」
「あー、まあそうだな。すまん。俺、良い奴じゃねえんだわ、多分」
「……そうね。クズなら気遣う必要もない。私はもっとクズなんだから」
ファーストは、俺の前で初めて笑顔になった。嗜虐的ではない、ただただ純粋な、普通の女の子としての笑顔。思わず見惚れた俺に、彼女は言った。
「ずっと搾取してやるから、精々死なないでね」
「……へいへい」