第八話 『アルカサル』襲撃
『アルカサル』は東京都中野区の秘密地下基地。俺は光の肩を借りて一緒に飛んでもらい、ものの十分程度で到着した。中野区にある自衛隊駐屯地である。この中野区自衛隊駐屯地は、一般的にはただの自衛隊施設だ。まさか秘匿国防組織『アルカサル』の地下基地の一部であることは、一般人の誰も知ることはない。
俺たちは駐屯地に着陸すると、すぐに中へと急いだ。エレベーターを見つけて、一気に地下の『アルカサル』まで下降する。扉の開いたその先には、凄惨な光景が広がっていた。
死体が、ごろごろ転がっている。
自衛科の人や、保安科の人たちが、とりあえず廊下の突き当たりまでで5体ほど確認できる。体の一部分を欠損する形で死んでいた。腕が、肩が、足が、弾けたような傷口を残して横たわっている。
走った。突き当たりにぶつかる。左に研究科などのバックアップの施設が、右に機械兵器科などの現場の施設がある。俺を狙っていた奴らだ。もちろん、右に進んで俺を探しているに違いない。
右に曲がっても、そこは既に地獄だった。
同じように、抵抗した『アルカサル』メンバーの死体が転がっている。その中に、まだ息がある人を見つけた。あれは、秋乃さんだ。フラフラと立ち上がって、右腕を左手で支えながらこちらに歩いてこようとしている。
俺と光はすぐに駆け寄っていった。改めて光にバリアを貼ってもらっているので、基地内を俺が移動しても問題はない。
「秋乃。無事で良かった」
「……能力が、分からなかったの。注意してね。目に見えない攻撃で、皆やられていた。敵の狙いは、九条くんだよ。それだけ、伝えたくて。……自衛科が、下の階で、食い止めてるはず」
光は秋乃の体を触診して、体の状態を調べていた。その結果、光は苦虫を潰したような顔になった。
「……肋骨が折れてる。右腕も。肋骨は、下手に動けば内臓に刺さる」
「……」
「テツヒト?」
「光。秋乃さんを頼むよ」
俺は明確な怒りを覚えた。
相手は兵器化された少女だとは知っている。光やファーストのように、何か壮絶な過去や理由があるのだろうとも分かっている。ただ、そういう戦うことを躊躇えるような理由を想定しても、俺はただ純粋に自分の心へ従えた。
「ぶっ殺してやる」
人の体をさんざんにした上、俺の新しい居場所を血で汚しやがった。秋乃さんまで死にそうになっていて、今も自衛科の命が危ない。そして、狙いは俺。また注射器をぶち込んでくれるってわけだよな、おい。
「テツヒト。待って―――」
「どこのどいつかは知らねえ。だが、一つだけ事実がある。俺の人生をめちゃくちゃにして、新しい俺の居場所すら奪いにきたクソ野郎って事実だ。光、これは俺がやる。俺の戦争だ」
『アルカサル』内には人間がいるため、バリアを展開したまま戦わなくてはいけない。つまり熱放射や火炎放射は使えない。しかし、体温の上昇ならばどうだろうか。先ほど、あの大男の攻撃をくらって体温上昇のみの工程に集中した。あの時の感覚で、胸の中心に意識を集中して大きく深呼吸してみる。
体が熱っぽくなる。しかし、ネックレスのブザーは鳴らない。少しずつだが、Nのコントロールができるようになってきている。Nを体の中だけでなるべく循環させて、必要以上に外へ流出させないでいられる。光のバリアがあってのことだが、これで肉弾戦なら可能だということが判明した。
もはや躊躇する理由がない。
俺は真下の床を殴りつけて、瓦礫と一緒に一瞬で下の階に下りる。目の前には、一体の『殺戮機械少女』がいた。青みがかった長髪を腰元まで伸ばした少女だ。事態を飲み込んだのか、少女はバックステップで後方へ避難する。俺は振り返って見る。廊下の突き当りで障害物や各部屋の隙間から銃口を覗かせる自衛科の姿があった。
俺は少女に向き直る。
よく見れば、冷たい、ロボットのような顔をした少女だった。青色のドレスを着ていて、高いヒールを履いている、どこかの貴族のような格好をしていた。そして、腰元にレイピアを装着していて、大きな人間一人は入っていそうなゴルフバッグを右肩にかけていた。
「あら。ご機嫌よう」
「……俺を探すのに、なぜここまでする」
「焦って帰ってくるかな、と思いまして。外よりもここで戦った方が、あなたの能力は制限されますからね」
「……俺、キレるとやばいの知ってるよな」
「ええ。うちのエージェントを二人、殴殺されてますからね。よく知っておりますわ」
「―――話が早い」
俺は2千度は超えているだろう拳を顔面に打ち込んだ。しかし、少女はダンスでも踊るかのように左へステップして回避する。さらに踏み込んで、左のストレートパンチを整った顔に放った。再びかわされて、拳は壁に直撃する。一瞬で壁一面が溶けながら弾け飛ぶのを見て、少女は口元を隠すように手を添えて言った。
「あらあら。これはなかなか。当たったらひとたまりもないですわ」
「1つ答えろ。なぜ俺をこんな体にした」
「おや。零次さんから何もお聞きになっていないのですか」
「っ」
なぜそこで、親父の名前が出る。
再び拳を振るおうとすると、少女は指をパチンと鳴らした。その瞬間、俺の全身にズシンと重圧がのしかかってきた。さらにもう一度フィンガークラッチが響くと、今度は肺の中の酸素が全て漏れるほどの衝撃が俺を襲った。派手に吹き飛んでいった俺は、地面に手をついて転がるのを無理やり制止する。
何だ、今のは。
『哲人。聞こえるか』
『アルカサル』施設内のスピーカーからアリスの声が響いた。こちらの声が届くわけではないので、特に返事はしない。敵の『殺戮機械少女』にのみ意識を集中する。
『まだ死んじゃいねーよな。これは外線だ。いま外にいる。秋乃は光が地上の提携病院に連れて行った。あと少しで、光が戻ってくる。非常時だからエマの部隊も向かわせた。それまで持ちこたえろよ。とりあえずそのフロアに人間はもういない。―――やっちまえ』
振り向くと、先ほどまで持ちこたえてくれていた自衛科の人間がいなくなっている。ここには俺と『殺戮機械少女』以外にいない。誰も、いない。
ならば、命令通り、やってやる。
「ヒューム曰く、理性は情念の奴隷らしいな」
胸元のネックレスを引きちぎった。全身の筋肉に力を込める。その辺にネックレスを放り投げると、警告音がけたたましく鳴り響いた。光のバリアが弱くなり、俺のNが完全に解き放たれたのだ。
「ああ確かに―――こりゃ抗えねえよ。腹立って仕方ねえんだ」
俺は目の前の少女に向けて、銃の形を作った指を向ける。
熱放射。不可視の高熱エネルギーが少女を襲う。しかし、またもや見えているかのように右へくるりと回って避けてしまう。何だ。こちらの行動が全て見透かされているような気がする。
ならば、絶対に逃げられない一撃を与えるだけだ。
ここは地下だ。どれだけ大きな炎が出ようと、巻き込まれるのは奴と俺一人だけ。俺はポケットからオイルライターを取り出して、左手で着火する。
俺はライターについた炎に、銃の形を作った右手の人差し指と中指の先を当てた。指先の延長線上には、初めて余裕の表情の崩れた少女がいた。
構わずに物質Nを放出する。アリスの言っていた通り、タバコのときとは比べものにならない爆炎が絶え間なく廊下の全てを焼き払った。一瞬では過ぎ去らない災厄だ。少なく見ても3千度以上の火炎放射は、鉄をも溶かす地獄の具現化である。それが十秒ほど続いた後、俺はようやく熱放射の手を止めた。
出来上がったのはグニャグニャに変形した、もはや芸術の一種のような『アルカサル』地下2階。コンクリートの天井がドロドロに溶け落ちており、マグマの塊のようになってあちらこちらへと垂れている。真っ赤に発光した熱地獄のその中に、やはりそう簡単にはいかないようで、先ほどの少女がゴルフバッグを盾にして立っていた。
よく見ると、ゴルフバッグのジッパーの隙間から手が出ている。俺に向かって突き出された掌は、先ほどの渾身の火炎放射を防いだことを示しているようだった。
「危ないですわ。あなたを連れて来てよかった。私一人じゃもう死んでいましたわね」
「あまり喋るなよ。毒ガスにもなるんだから、Nは」
ゴルフバッグの中から、もう一体、少女が出てきた。青のドレスを着た少女とは真反対に、真っ赤なドレスを着た長い赤髪ツインテールの少女だ。赤髪の少女はバッグから出てくると、ぐっと伸びをして不敵に笑った。
「さすがにやばいな。九条哲人」
「……どいつもこいつも人の名前勝手に知ってんじゃねえ!!」
俺のプライバシーはどこへ行った。いらっときた俺は、指二本に限定していた熱放射のリミッターも解除する。右手の五本指全ての先を二人の少女に向けた。
大体―――
「―――隠れてやがったな、ずっこいぞ!! 二人とか聞いてねえぞくそったれ!!」
腕に反動が生まれるレベルのNが放出された。先程のマッチョウラン兵器野郎にも、この熱量なら効くかもしれない。灼熱地獄に油を注ぐ俺の攻撃をさすがにくらうのはまずかったのか、少女二人が一斉に壁を駆けて近寄ってくる。
接近戦に持ち込まれる。
俺はすぐに両手の拳を握ると、高温状態での打撃を可能にする。赤髪の少女が腰元に装着していたレイピアを引き抜き、青髪の少女も腰からレイピアを引き抜いた。
連携の接近戦か。厄介だ。
先程のウラン兵器の経験から、何でも無力化できるとは考えないようにした俺だった。両側の壁から跳躍して、2本のレイピアが真正面から同時に突き刺さってくる。咄嗟に前転をして回避に成功するが、振り向けば赤髪の少女だけが接近してきており、青髪の少女は微笑みながら指を鳴らした。
まただ。
ズン!! と、凄まじい重力がかかるように身動きが取れなくなる。まずい。あのレイピアに何か仕掛けがあって、Nの高温防御が効かなければ確実にやられる。
息を呑んだ、その時だった。
赤髪の少女の体が思い切り吹っ飛ばされていった。青髪の少女を巻き込んで転がっていく。重圧の消えた俺は、光が到着してレーザーで助けてくれたものだとばかり思っていた。
しかし、振り返ってそこにいたのは……。
「元気そうじゃない。人のログハウスを灰にしておいて」
黒いワンピースに肩まで伸びた黒髪。
でかいスナイパーライフルを肩に担いだ、世界で最初に生まれた陸上兵器型『殺戮機械少女』―――ファーストだった。