第六十一話 フランケンシュタイン博士
「その必要はないよ。竜次くん」
甘ったるい匂いの煙が、九条竜次の背後から伸びてくる。思わず顔をしかめてしまう。そのまま眉根を寄せて煙の元に視線を向けると、目元の隈がすごい女がいた。細長いタバコをくわえて、九条零次のように白衣に身を包んでいる。白髪交じりの黒髪をゆるく結って右肩にかけており、何よりも特徴的だったのは不健康なことが見て取れる色白の肌だった。
「博士」
「そもそも君は私に協力してくれているだけだ。これは私の不始末さ、私が対応する。なあ、九条哲人。そしてエカチェリーナ」
竜次に博士と言われた謎の女は、じとーっとした感情の読めない目で俺とエカチェリーナを交互に見た。
博士。
こいつか。最初に『殺戮機械少女』を作った人間兵器開発者―――霊人の心臓を人間に埋め込み、生命力を底上げして、少女を兵器化させるという狂気の研究を行い成功させた女。
博士をじっと見つめていると、向こうも俺に粘着質な視線を返してくる。
「竜次くんから説明があったように、私はフランケンシュタインと呼ばれている者でね。『殺戮機械少女』の開発を成功、実用化したのも私だ。世界大戦に油を注いだ、まあ戦犯とでも言うべきか」
「半世紀も前の大戦から生きているにしては、随分と老けていないな。随分といい心臓でもお持ちで?」
「……皮肉を言えるタイプか。零次くんとは大違いだ。いいね、ユーモアがある。ユーモアは大切だよ、哲人くん」
無表情のまま、死んだ魚のような目をしたまま、女はタバコを深く吸い込んで煙を吐き出した。
そして、なんてことはない様子で言った。
「指摘の通り、私は霊人だ。しかし、九条一族の者ではない。半霊人だ」
「……」
「ただの人間さ。拍動する筋肉の塊の心臓を持って生きているよ。石ではなくね」
「半霊人って、どういうことだ」
「竜次くんも私と同じ、半霊人。人間の心臓に霊石を結合することで、霊人もどきの状態のことを言う」
竜次は大きく頷く。と、なると、女性の霊人からしか霊人は生まれない以上、竜次の母は九条一族ではない一般人ということになる。
親父は一般人の女性との間に恋をし、愛を知り、竜次を産んだということか。
「足りねえな。親父のことも、あんたらの目的も、全部話してもらう」
聞きたいことは山ほどある。
循環状態を発動する。先ほどの竜次との戦闘でもそうだったが、気持ちいいほどに身体が軽くなる。異常なほど霊石エネルギーの巡りがいいというか、循環状態を発動すると重力が消えたような錯覚を覚えるのだ。自分でも驚くほどに速く、強く、動ける。
だから、俺は強気だった。
今の俺なら竜次にも負けない自信があった。
殺せる自信があった。
「―――気づいているのかい」
「あ?」
博士の無表情の仮面から嘆きがこぼれた。
それは嘆きだ。ぽとりと心の内をこぼしたような言葉だった。
「君が、君自身に」
「博士。だめだ」
竜次が口を挟んできた。
じろり、と博士の顔を睨みつけている。すると、博士は呆れるようにため息を吐いてから言った。
「わざと誤魔化したね、竜次くん。それはよくない。彼はいい加減に知るべきだ」
「しかし……今でなくとも……」
「黙るといい。私が言う」
冷たく言い切った博士は、俺に長く細い人差し指の先を突きつけた。
糾弾するように。
宣告するように。
まるで罪人に刑罰を明らかにするように。
「君は超人になりつつあるよ。その右胸の反転霊石が、君の肉体に飲み込まれていっている」
右胸。
反転霊石。
無意識に手を該当部分、右胸胸部に添える。呼吸が止まっていた。なぜか知らないが、この女の言うことは信用にあたると肌身で理解してしまっていた。
「先ほどの、竜次くんを圧倒した動き。あれは反転霊石の循環状態だ」
「……」
「君の肉体に反転霊石が埋め込まれ、肉体が超人になりつつある。君の心臓の霊石が、わずかだが反転しつつあるんだよ。肉体が超人になりつつあるのに呼応して、心臓の霊石も合わせて反転しつつある」
「……霊石は魂なんだろ。肉体が超人になっても、霊石に影響が出る理由がわからない」
「普通はそうさ。心臓が反転霊石だから肉体が超人化する。だが、君は例外だよ」
「なんで」
「君は河野裕二―――私が創った怪物『ヴィクター』の子どもだからさ」
今、こいつは言った。
河野裕二を創った、と。




