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ジェノサイド・オートマチック・ガール  作者: 月光女神
フランケンシュタイン編
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第五十九話 極超音速機vs極超音速機

 私たち極超音速機型『殺戮機械少女』は、九条哲人の好きなオートバイや車と同じ仕組みで動くと言っていい。トップスピードに至るまで、ギヤを一つずつ上げていく必要がある。例えば、私は初速一秒でマッハ3、次の二速でマッハ4と、スピードを徐々に上げていく。最高でマッハ15までに到達したことが大戦中にある。しかし、身体の限界が来るほどのスピードに至ったことはない。無茶をしなければならないほど、スピードを出す必要がないからだ。大抵の『殺戮機械少女』は、マッハ5あたりを超えた時点で反応ができないので、こちらが本気で移動する必要がなかった。

 極超音速機型『殺戮機械少女』は機体数が少なかった。大戦において、極超音速機型『殺戮機械少女』の需要がなかったゆえに、極超音速機型に開発される少女があまりいなかったのだ。『殺戮機械少女』とは、文字通り効果的な殺戮を目的に開発される。したがって、速いだけの私のような機体より、プラズマ砲やレーザーを扱う光学兵器、大量の銃火器を生成運用できる陸上兵器、この二種にほとんどの『殺戮機械少女』が集中して開発された。

 稀に、シャーロットのような生物兵器、マイと妹のグレックヒェンのような冷凍兵器が製造された。この二種は開発が難しかった兵器ゆえに、大戦後期になって少しずつ製造されたが、すぐに世界大戦に潮時が来たので純粋に機体数が少ない。ただ、まだ殺戮という目的に沿って開発・製造された王道の『殺戮機械少女』と言えるだろう。

 今は亡きヴェロニカのような音響兵器は、殺戮という目的よりは、敵の武器兵器を殲滅するという高い需要があったので、そこそこ開発・製造された。こちらも殺戮の補助という点では理にかなった存在である。

 だが、フランチェスカのような幻覚兵器、私のような極超音速機は、殺戮という目的に沿って製造されたわけではない。大勢の命を焼き払うには、幻覚作用も高速移動も大して役には立たない。それでも、私たちは作り出された。

 なぜか、理由はただ一つ。

 幻覚兵器型『殺戮機械少女』や極超音速機型『殺戮機械少女』は、『殺戮機械少女』を殺すための『殺戮機械少女』として必要だったからだ。

 陸上兵器も光学兵器も、幻覚にかけて確実に殺害できる。あるいは、私のように圧倒的スピードで暗殺することができる。

 私たちは、殺戮という短い時間で大勢を抹殺する行為には長けていないが、『殺戮機械少女』を一人一人確実に倒すことができる。倒せるように作られた。

 ここで問題になるのは、幻覚兵器や極超音速機という、対『殺戮機械少女』用の私たち同士が戦った場合はどうなるかという点だ。

 これは、基本的・・・にスペックで勝敗が決する。

 幻覚兵器同士ならば、相手の幻覚兵器よりも早く強い幻覚をかけることができれば勝ち。極超音速機同士ならば、相手の極超音速機よりも速く移動できれば勝ち。

 したがって、ここに一つ、残念な事実が浮上する。アンナと私が戦えば、より速い方が生き残るわけである。そして、飛行機内の戦闘において、私は初速でアンナよりも劣っていることが判明した。

 つまり、この戦い―――既に勝敗が決している。

「遺言は?」

 アンナもそれは理解しているようだ。

 一瞬で私の首を落とすつもりなのか、拳銃を腰のベルトに挟み込むと、わざわざ腰元のホルダーからナイフを取り出して尋ねてきた。

「気が早いですね」

「何も話し合うことはない。やることは決まってる。そう言ったはずだよ、お姉様」

「確かに」

「……で、遺言は?」

「おや」

 再び同じことを尋ねてきたので、私は驚いて目を丸くした。私のリアクションに眉を潜めたアンナは、苛立たしげに眉根を寄せる。

「なに、お姉様」

「ああいえ、失礼。二度も聞いてくるあたり、私からの言葉をよほど待ち望んでいるのかと思いまして」

 アンナの表情が消える。

 なんだ、やはり図星だったのか。相変わらず、気持ちの悪い妹。

「まさかとは思いますが―――私から懺悔や謝罪を期待しているのでしょうか」

「……」

「アンナって、やっぱり気持ち悪いですね」

「……最後くらい、まともに話したかったや。お姉様」

 私は黒いジャケットを脱ぎ捨てる。ネクタイを少し緩めると、Yシャツの上から着用しているナイフホルダーに手をやった。ナイフの柄を手で触れて理解する。握り締める。瞬間、あの日、父と母の喉を刺した記憶と感触と興奮が脳内に蘇ってくる。そして、目の前の妹の脇腹を刺した感触も思い出す。

 笑ってしまう。

 こらえていたのに、決壊してしまった。

「ふふ、ふふ。お姉様ですか」

「なにがおかしいの」

 ―――なんで俺に敬意を払うの。口癖みたいに言うけど。

 ―――あなたは橘光を守り通しました。だからです。

 ―――お前の仲間、二人殺したけど。AクラスとSクラス。

 ―――アーニャとヴェロニカですね。お見事でした。  

 ―――恨んでないの。仲間、ぶっ殺したんだけど。

「ああ、いえね、姉妹だなと思って」

「どういう意味かな」

 ―――私たちもあなたを殺すつもりでした。殺されても文句はないつもりですから。

 ―――仲間、ぶっ殺した奴だぜ。

 ―――ですから、それは責められる立場にはないと。

 ―――そんな正論が吐けるあたり、あの二人を仲間と思っていなかっただろう、お前さん。

「両親の仇を取りに来たことは賞賛します。ただ、アンナ、あなた本当は―――両親の仇を取りにやってきたわけじゃないんでしょう。本当は、お父さんもお母さんも、大切だなんて思っていないんでしょう」

「私の大切なお父さんとお母さんを奪ったお姉様が、よくもまあそんなこと言えるね」

「あなたの大切なお父さんとお母さんを奪った私を、どうして『お姉様』と呼ぶのでしょうか」

「……」

「どうして私に敬意を払うんですか。先ほど、どうして私の言葉を望み質問したのですか。さっさと殺せばいいじゃないですか」

「……」

 沈黙するアンナに、抜き取ったナイフの先を突きつける。今なら、九条哲人の言っていたことが、肌身に染みるように理解できる。

 ああ、これはまったく。

 歪な生き物、極まりない。

「あなたは、大切な父と母を殺されたことに怒っていない。父も母もどうでもいいんですよ。だから、両親の不貞すら、気にも留めずに幸せを謳歌できた。あなたの前に、父と母として振る舞う存在がいればよかった。あなたが大切なのは『家族』であって、父や母個人ではない。『家族』があるなら、なんだってよかった。だから、父や母なんて本質的にはどうでもいいから、それを私が殺したことに憤っていない。だから私に『お姉様』と言えるんです」

「それは悪いことなの。家族が好きなのは、家族が好きなだけなのは、いけないことなの」

「いいえ。ご自由にどうぞ。ただ―――」

 ナイフを逆手に持ち変える。アンナの顔を見ると、普段は水平線のように静かな心に、大きな波紋が広がる。

 不快感。

 ああ、うん、そう。不快感だ、これは。



「―――『お姉様』と呼ばないでください。気持ち悪いんですよ」



 アンナは復讐という体を取って、私に期待して現れたのだ。私から懺悔や後悔の言葉を聞いて、家族で過ごしていたあの時の私がいることを実感したかったのだ。

 自分には姉がいる―――『お姉様』がいる。『家族』が、まだいる。それを感じたいがゆえに、私の前に現れた。私を襲って、私の言葉を欲しがった。

 この妹は、私が『お姉様』でなくなることを恐れている。私が『お姉様』でなくなることが許せない。

 父と母を殺した私が、未だアンナにとって『お姉様』なのかどうか。アンナの『家族』のままなのか。それを確かめたくて仕方なかったのだろう。

「『お姉様』はいませんよ。私はあなたに不快感しか覚えていません。昔から気持ち悪くて迷惑なんです」

「……家族が、嫌いなの。そんなに嫌いだったの」

 傷ついたのだろうか。悲しみに顔を歪ませていることが嫌でも分かった。

 改めて、率直に答えてやる。

「ええ。不貞を働き続けて仮面を被る両親と、家族という自分から見える世界に夢中のあなたが、家族ごっこをしている様は嫌も嫌。汚い芝居ほど見るに堪えないものもありませんよね」

「そう。もういいや。いないんだね、『お姉様』は」

「初めからいませんよ、そんなもの。私は『お姉様』以前に『エカチェリーナ』です。私はあなたの舞台で踊る都合のいい人形ではありません」

「分かった。じゃあ、もういらない」

 アンナの姿が消える。

 直後、私の喉元にナイフが突き刺さる。肉を貫き、熱棒を突っ込まれたような痛みが広がる。溢れ出る出血に、思わずクスリと笑ってしまう。

「やっぱり速いですね、私より」

「っ」

 喉元を守るように回した左腕に、ナイフが深々と突き刺さっている。回避できないならば、素直に攻撃を受けるしかない。アンナが狙ってくるだろう攻撃箇所を予測し、アンナが動いた瞬間にガードする。

 私に残された最初の一手は、これしかなかった。

 喉元を刺してくるかどうかは賭けだった。

 そして、私は賭けに勝った。狙い易い急所は喉、心臓、血の多く通う太腿。アンナならば、喉を狙ってくると思った。私が、彼女にとって大切な『家族』の喉にナイフを植え込んで、死の花を咲かせたからだ。

「今度は確実に殺します」

 初速はアンナが上だ。

 しかし、アンナより先に私が高速移動を開始して、一足速くスピードに乗れば、状況は変わる。

「『マッハ3』」

 ナイフの一撃を防がれて、アンナは動きが一瞬止まった。ここが唯一のチャンス。私は右手のナイフをアンナの心臓に突き立ててマッハ3で体当たりする。ヒュンッッッッ!! と、風を切る音と同化し、路地裏までアンナを刺して突っ込んでいく。

 しかし、防刃ベストか何かを着込んでいたようで、心臓までナイフは届かなかった。

 アンナは私を蹴り飛ばして、入り組んだ路地裏の道の一つに逃げ込む。アンナも高速移動を開始した。しかし、私はマッハ3に始まり、既にマッハ4まで到達している。アンナの背中を追って加速すると、なんとか背中に手が届いた。

「『マッハ5』」

 さらにもう一段階加速し、背中を引っ張ってマッハ5の膝蹴りを背骨に叩きつける。背中を引っ張ったことでアンナのスピードは減速した。そこに格段に速いスピードの膝蹴りが炸裂したのだ。

 当然、アンナは声にならない声を出してゴミ溜めの細い路地に吹き飛んでいく。そびえ立つレンガの建物に激突し、跳ね返りまた激突し、轟音と煙を撒き散らしながら奥の闇へ消えていく。

「『マッハ6』―――『マッハ7』」

 しかし、路地に降り立った直後、膝を伸ばして跳躍すれば一瞬でアンナの眼前に迫れる。既にマッハ7、約時速8600キロ。対して、アンナは完全に失速し停止状態。初速が私よりも速いとはいえ、一瞬でマッハ7以上には到達できないはずだ。

「この―――」

「経験が足りませんねぇ」

 フラフラと起き上がって顔を上げたアンナに、接近したスピードをそのまま乗せた蹴りを放つ。胸部に炸裂した。鎖骨が粉々になった感触を感じ取る。目を見開いたまま反応のできないアンナが、路地の果てへ吹っ飛びそうになる。

 また追いかけるのも億劫だ。

 私は右手のナイフを振り下ろして肩に根本まで突き刺した。そのまま地面に押し潰すと、うつ伏せになったアンナを中心に路地全体に深い亀裂がクモの巣状に走り抜けていく。

 地震が起き、やがて静まる。

 アンナと地面をナイフで貫き固定した私は、ようやく停止して息を一つ吐いた。

「あなた、大戦の経験がないようですね。ずっと開発実験を受けていたんですか」

「っ、が……ぁ……」

「極超音速機同士の戦いは、どちらがより速くギヤを上げて相手の追いつけないスピードに乗るか。初速のトルクに自信があっても、私がしたように万一防がれて失速すれば相手のターンに入り終わりです。もう少し慎重に仕掛けるべきですよ」

「っ……ぁ……」

 息もまともにできていない。

 最初の膝蹴りで背骨も折れているかもしれない。その後の攻撃で確実に鎖骨は粉砕、筋肉もズタズタに壊れたはずだ。肩に埋め込んだナイフは地面と繋がっており、逃げようと全力で動いてもスピードにロスが出る。もはやアンナに勝ち目はない。

「しかし残念です。やっぱり、私はあなたが嫌いのようですね。こんなあなたに、何も感じません」

 虫の息になった妹を見ても、私に情けや慈悲の心は芽生えない。

 我ながら決定的だ。唯一の肉親に対する思いが、決定的に欠如している。

「ところでアンナ、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』をご存知ですか」

 返事はない。

 だが、意識は失っていないようだ。悲しみと憎しみの両方が共存した瞳で私を睨み上げてくる。

 そんな目で見られても、反応に困る。

 とりあえず作り笑いと言葉を返してやった。

「感情とは、欲求と充足との間に生まれるらしいですよ。あなたのその感情はどうでしょう。家族ごっこに満たされていた充足と、唯一の肉親である私に家族らしく―――あなたの『お姉様』らしく振る舞ってもらいたい欲求。その間に、あなたのその感情は生まれたのでしょう」

「……」

「悲しくて憎くて仕方のない顔をしていますね。押し潰されてしまいそう。でも大丈夫、ご安心を。すぐに別の感情―――恐怖で全てを塗り潰してあげます」

「あなた……なんか……」

 唸るような声で、アンナが呟いた。

 地面を這うような低い声音が、足元から脳髄に響き渡ってくる。

「こわく、……ない……」

「あはは。私は怖くないですよね。でも―――」

 アンナの腰元にぶら下がっているナイフホルダーから大型のナイフを一本抜き取った。そのまま、流れるような動作で刃の先端とアンナの喉仏とをキスさせる。

 びくり、と妹の肩が跳ね上がった。

 大嫌いで気持ちの悪い怪物が怯む様子に、私は思わず満面の笑みを咲かせてしまった。



「―――死ぬのは怖いですか」



 アンナ。あなたは充足の世界を知っている。あなたにとっての父と母、姉が傍で笑っているあの世界を知っている。あなたはさぞや幸せだったろう。満たされていただろう。そして、今、あなたは『お姉様』を求めている。必死に、あの満たされていた頃のように、笑ってくれる『お姉様』を私に求めている。

 そんなあなたに、恐怖の感情は生まれるのか。

 気になっていたが、なるほど、やはりそうか。

 死にたくないか。

「羨ましい」

 私は死にたくないと思ったことはない。死に恐怖を覚えたことはない。それは、感情が欲求と充足との間に生じるならば、私は死にたくないと思えるほどの充足を―――幸せを知らないからだろうか。知っていたが、その後の苦痛で忘れてしまったのだろうか。

 もし、苦痛のせいだというのなら、私が恐怖できないのは苦痛を与え続けてくれた者のせいだ。

 そして、それは間違いなく……。

「あなたのせいです。あなた達、家族のせいですよ」

 ナイフの先端に血が伝う。

 プツ、とアンナの喉仏に先端が刺さったのだ。

「殺せちゃうんですよ。私はあなたを殺せてしまう。殺したってすぐに忘れます。部屋に帰ってネクタイを緩め、読書をする頃には……あなたの死など忘却の彼方にある。私は、そういう人なんです。あなたが、あなた達がそうさせたんです」

 生きていることに満足を、充足を得たことがないから。あなたが私を苦しめたから。だから私は、死ぬことになにも思えない。『殺戮機械少女』として殺し合うことに何も思わない。

 すべて、どうでもいい。

 なんでもいい。

 だが、目の前の醜い怪物だけには、久々に心が震える。珍しく高ぶったこの感情に―――あなたへの殺意と憎悪に深い感謝を込めて。

「さようなら」

 ナイフを握り直して、ぐっと突き出した 

 突き出せてしまった。やはり変わらない。私の心は、今も両親を殺めたあの戦場を彷徨っているのだろう。

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