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ジェノサイド・オートマチック・ガール  作者: 月光女神
フランケンシュタイン編
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第五十二話 激昂の哲人

 気分は最悪だった。

 超人と俺の意識は基本的に繋がっている。少女たちを蹂躙する光景には気分が悪くなった。口の中に広がる鉄の味に、そりゃクソまずいに決まっていると心の底から思った。

 しかし、超人がシャーロットの考えに乗ってくれたことから、本当に『方舟』を倒す駒に『殺戮機械少女』を使う気だということは分かった。

 だから、疑問に思った。 

(ここまで強いくせに、こいつはなんで国連と『殺戮機械少女』の力を借りようとする……?)

 一人で『方舟』を壊滅させればいい。

 素直に俺はそう思っていた。シャーロットが俺の霊石を人質にしているから、と考えれば超人の協力的な行動に辻褄は合う。しかし、超人はシャーロットが現れる前から、ファーストや光を見逃そうというつもりでいたはずだ。

 何か、『方舟』には超人一人で戦えない理由がある。超人以上の脅威が潜んでいるのか。こいつ以上の化物など想像もつかないが、少なくとも超人一人では『方舟』を相手にしたくない何かがあることは間違いない。

「九条哲人。貴様は私たちにどうこうできん。『アルカサル』に戻り、桜木アリスに事の顛末を伝えろ。桜木アリスはそれをレポートにして提出。内容を確認後、『方舟』に関しては動くつもりだ」

 シャーロットの人柄をこの短時間で把握できた。余計な話はせず、必要なことだけを最低限で確実に進めていく。俺の殺害派を黙らせるためには実際に俺と戦わせたあたりがその証拠だ。

 俺の処遇が『アルカサル』所属に決定し、事の顛末はアリスにレポートを提出させることで、問題は一時的に解決になる。つまり、もうここで、話はお終い。シャーロットは解散命令を下すつもりだ。

 だから、俺はその命令が発言される前に口を開いて割り込んだ。

「シャーロット、だっけ。待ってくれ」

「……なんだ」

「お前らは俺に協力的にならざるを得ないらしいが、まだ一緒に仲良くやるにはしこりが残っていると思うんだが」

「言ってみろ」

「一発でいい。殴らせろよ、そこのクソジジイを」

 俺の一件が片付いて終わった気になっているようだが、俺にとってはむしろここからだ。視線の先にいる『トリグラフ』のイヴァンは、「クソジジイ」が自分を指すことを理解したらしく、大げさに首をひねってくる。

「おやおや。もしや私のことかな」

「他にねえだろ。前に出ろ、カス」

「心当たりがまるでないが」

「……」

 ジロリ、とシャーロットを睨んでやる。彼女は眉を潜めてイヴァンを見る。他の連中もまた、『アルカサル』以外は同様に怪訝そうなリアクションを取っている。

 なるほど、なるほど、そういうことか。

 俺が国連とやり合った理由は、真実が伝わっていないようだ。

「今ここで言っても、証拠はないわ。向こうはしらばっくれるつもりよ」

 横に並んできたファーストが耳打ちしてくる。そのようなことは俺だって理解している。

 だが、理解と感情は切り離された関係にある。

 理解したからと言って、俺の身体は止まらない。

 気づけば、右拳を軽く握り締めていた。

 その時、集団の中から一体の少女が飛び出てきた。光だ。俺の胸に飛び込んでくると、かなり強い力で抱き締められる。

「だめ。テツヒト本気」

「本気じゃねえよ。超本気だ」

「なら超だめ。絶対だめ」

「気が収まらない。いいだろ、どうせ俺は超人のおかげで倒せないんだ。一回だけ好き勝手させてくれ」

「せっかくシャーロットがテツヒトを『アルカサル』所属だって皆に認めさせてくれた。比較的いい雰囲気。ここで超人だけじゃなくテツヒトが危ない奴って思われるのはよくない」

「……」

 国連の人間たちが奇異な目で俺を見つめてくる。エカチェリーナとファースト以外の『殺戮機械少女』たちも同様の反応だった。

 大体、ソフィアは俺が殺したと俺が証言している以上、事実を明らかにすることは至難と言える。

 握っていた拳から力を抜く。

 なんとか冷静さを取り戻した、その時だった。

「いやはや。しかし『アルカサル』も大変ですな。このような狂人かつ危険物を置いておくことになるとは。心中お察しいたします」

 イヴァンは被っていた黒のハット帽を取り、アリスに向けて軽く頭を下げる。

 アリスは無視を決め込んでいるのか、目すら合わせようとはしなかった。

「桜木アリス。レポート、楽しみにしておりますよ。あの極悪兵器の真実をどうぞ明らかにしてください」

「……さっさと消えろ」

「言われなくとも。では、お話も終わったようですし、これにて失敬。エカチェリーナ、帰りますよ」

 イヴァンは俺を睨みつけて離れていく。あいつ、根に持ってやがる。Aクラスの陸上兵器型『殺戮機械少女』と、Sクラスの音響兵器型『殺戮機械少女』を俺が殺したから、内心では俺が憎たらしくて仕方ないのだろう。

 それを理解すると、少し俺の怒りも落ち着いた。少なからず奴に不快感を与えられていることは、最高の鎮静剤になる。

 だが、その時だった。

 俺じゃなく、光でもなく、ファーストでもない。一人の女性がイヴァンの前に立って進路を塞いだ。げ、と驚いたアリスの顔が青ざめていく。

 俺はといえば、呆然としていた。

 なぜなら、エマさんが目の笑っていない口元だけの笑顔を浮かべて、イヴァンを見下ろしていたからだ。

「失礼。イヴァンさん。一つよろしいですか」

「桜木エマ自衛官。はて、なにか」

「極悪兵器、という御言葉だけは訂正頂きたい」

「……ほう」

 興味深そうにエマさんを見るイヴァンは、持っている杖の先をドンと地に突きつけた。

 明確に怒気を込めてエマさんを睨みつける。

「私共からすれば極悪以外の何ものでもありません。奴のおかげで『トリグラフ』を含めた『殺戮機械少女』は多くが全滅、その隙をつかれて『方舟』とやらに霊石を大量に奪取されました。そんな危険物だが、さらに危険物が潜んでいるから処分もできない。まったく極悪以外の何ものでもありませんね。なぜ国連を敵に回す凶行に九条哲人が走ったのか、頂くレポートで楽しみにお待ちしております」

「……」

「お退きなさい、桜木エマ」

「訂正を」

「っ」

 エマさんの笑顔が消えた。ろうそくの火が吹き消されたような勢いで、無表情になる。いつも優しく感情的にならないエマさんの面影がまったくなかった。

 普段とのギャップから、俺は恐怖すら感じてしまった。

「しつこい」

 イヴァンは杖を振り上げて、エマさんの左腕に叩きつけた。対して、エマさんはまったく動じない。直立不動のまま、そこにそびえ立っている。

 ……は?

 今、エマさん、なにされた?



 ―――テ、テツヒトだめ!! 目がイってる!! 待って!! ファースト、手伝って、早く!!

 ―――なにやってんの、ちゃんと押さえなさいよ!!

 ―――ふぁ、ファースト!! ちゃんと引っ張って!!

 ―――やってるわよ!! あんたも引きずられてるじゃない!! ちょっと、あなた聞いてるの、止まりなさいよ!!



 エマさんは叩きつけられた杖を右手で握って、強引にイヴァンから奪い取った。杖を取られたことに危険を感じたのか、イヴァンは肩をピクリと跳ね上げる。

「彼は極悪兵器ではありません」

 エマさんは落ち着いた声で、しかし重みの感じる声で、語ってくれた。

「イヴァンさん以外の方にもご理解頂きたい。彼は『アルカサル』のため、橘光のために命をかけて職務に励んだ仲間であります。心の内で彼を侮辱、恐怖、憎悪することは構いません。しかし、少なくとも私たち『アルカサル』の人間の前では、そのようなことを口に出さないで頂きたい。命をかけて私たちを守った仲間への誹りを、少なくとも私は絶対に許せない」

「軍人らしいですな、仲間ごっこに真剣とは」

「軍人ではなく、自衛官です」

 エマさんは杖を差し出した。イヴァンはしばらくエマさんと見つめ合うと、ゆっくりと杖を取ってハット帽を被り直す。

 大きなため息を吐いて、顔を上げた。

 渋々といった様子で告げる。

「いいでしょう。極悪兵器というのは言い過ぎ―――」

「ちーっす」

 背後から声をかけた。

 振り向いたイヴァンの顔をとりあえずビンタする。転がった老体にまたがって、状況を理解せず見上げてくるぽかんとした顔を覗き込んだ。キスしてしまいそうなくらいの距離で、俺的絶対に殺すリストナンバーワンに見事輝いてくれたクソジジイの面を目に焼き付ける。

「極悪兵器でーす。だからテメエをぶっ殺しまーす」

「なに―――」

 イヴァンの襟首を引っ掴んで、そのまま片手で持ち上げる。首が締まってうまく呼吸ができていない姿に満足し、俺はそのまま飛行甲板の上を早足で歩いていく。

「お一人様、海の底までご案内しまーす」

「っが……ぉ……!!」

「アツモリウオとかナメダンゴによろしくどーぞ」

 このまま海に落とす。

 ああ、落とすというか、下に向けて放り投げる。水面に激突した時点で全身バラバラになるように放り投げる。



 ―――なんで、私、もうさんざん働いたのに!! 死にものぐるいで働いたのに!! あなた、いい加減にしてちょうだい!!

 ―――ファースト、あなたって二人称やめて。テツヒトと結婚してる感じしてやだ。

 ―――うるっさいわね!! それどころじゃないでしょ!! 本気よこの人、なんとかして止めなさい!!

 ―――後で呼び方変えて。エマ、手伝って。もう太平洋がそこ。エマしか止められない。

 ―――え、ああ、うん……。って待って!! せっかく向こうが折れてくれたのに、なにやってるの哲人君!! だめだよ!!

 ―――エマの声も届かないなら、もう無理だと思う。アリス、責任取っておいて。

 ―――ふざけんなよおい。なに手ェ離してんだ光!! ちょ、まじで諦めるなよ、おい!! ああもう、手ェ貸すからまだ頑張れ!! ファーストを見習え!! 働け!!

 ―――正直、私もあいつ嫌い。死んでいいと思う。テツヒトの味方しようかな。

 ―――分かるけど!! あんたの気持ちは分かるけどダメよ!! 彼このままじゃ国連と協力なんてできなくなるわよ!! 

 ―――むう。

 ―――ロシア製!! 早く!!

 ―――むう。分かった。 



 背中に妙な重みを四つほど感じるが、どうでもいいだろう。ついでに遠くから声も四つほど聞こえてくるが、まあ関係ないだろう。

 さあ、海が見えた。

 俺はイヴァンを朝のゴミ出しのようにぽいっと投げ捨てた。

「本当にやるとはさすがですね。やっぱり面白いです、九条哲人」

「……エカなんとか。邪魔すんじゃねえよ」

 海に放り投げた直後、宙に舞ったイヴァンの身体が消えた。予想はしていたので、振り返って飛行甲板の上に降り立った少女を見つける。

 エカチェリーナ。彼女は抱きかかえていたイヴァンをそっと地に寝かせると、ケラケラと笑い出した。

「あはは。イヴァンさん落ちてますよ。相当首が締まっていたのか、恐怖で気絶したのか」

「起こせ。もう一回だ。次こそ殺す」

「鬼ですか。御老体には随分なアトラクションでしたよ、どうか許してやってください」

「エマさん殴ったろ。ブチ殺す」

「おやおや、ああいうのがタイプなんですね。年上好きなんですか」

「ベトナム好きの高身長巨乳金髪美人の喫煙者のエマさんがタイプなだけだ」

「世界で一人しか当てはまらない巧妙なタイプですね」

 エカチェリーナは俺から視線を外し、まったく関与してこなかったシャーロットに声をかけた。

「どうですか、シャーロット。面白いでしょう、彼」

「……」

「ファーストも溶け込み、なによりあのファーストと光が仲良くなっているんです。桜木アリスの手腕もあるかとは思いますが、彼なくしてはあり得ない光景だったと思いますよ。あのファーストが、『アルカサル』のメンバーと仲良く綱引きするなんて」

「……」

「それに、彼は本気でイヴァンさんを殺すつもりはありませんでした。私の能力については承知の上ですし、私がキャッチしやすいように、わざと上に放り投げたのですから」

「……」

「そして、仲間の自衛官が傷つけられれば許しはしない仲間意識も持っている。桜木エマの言う通り、彼は決して極悪兵器ではないかと思いますよ」

「『トリグラフ』と『アルカサル』の間になにかあったのか、エカチェリーナ」

 俺のイヴァンに対する行動から、シャーロットは何かを察した様子だった。エカチェリーナはいつもの微笑みを浮かべて、肩を竦める。

「さあ。イヴァンさんに聞いてあげてください。なにもない、ということはないんじゃないですか。九条哲人の様子からして」

「……イヴァンは置いて、貴様だけ『トリグラフ』に帰投しろ。後から帰す」

 言葉を切ると、シャーロットが俺を見て言った。

「桜木アリス、『トリグラフ』と九条哲人との間に何かあったのなら、証明できるものはなくともレポートにまとめて提出しろ。虚偽はなしだ」

「……わ、分かった、分かったよ。疲れてんだ、放っておいてくれ」

 なぜ俺を見る。いや、よく見れば少し視線が下だった。アリスの声も下から聞こえた。ちらりと足元を見れば、アリス、エマさん、光、ファーストが息を切らして膝をついていた。

「え、なにしてんの」

 何かのコントのような光景だった。

 思わず、首をひねってしまう。

「ってかエマさん、大丈夫っすか。息も絶え絶えじゃないですか。あ、すいません、吐き出した息がもったいないので吸い込んでもいいですか」

「き、気持ち悪いから、やめて」

「……っくぅ。すいません、もう一回、言ってもらっていいですか」

「き、君、ふられすぎて変態になってきてるよね。ふってるのに、逆に油を注いでいるような……変態に育ててしまったような……」

「そんなことより、腕は大丈夫ですか。怪我は」

「え、ああうん。大丈夫だよ」

「俺のために、すいません……。ありがとうございます……」

「急にまともなリアクション……。いや、まあいいんだけど」

「お手をどうぞ」

 エマさんに手を差し出す。すると、ガシッと凄まじい力で握り締められた。うわ、積極的。もしかして脈ありだったり……。

「テツヒト。流石に贔屓がすぎる」

「ごめんなさい」

 ぎちぎちと手が悲鳴を上げる。光が俺の手を握っているからだ。握力でも測るように力を込めているからだ。

 立ち上がった光は、頬を膨らませない本気で怒っている時の顔をしていた。返事を間違えたら取り返しがつかないので、誠心誠意、謝罪に徹する。

「ファーストもすまん。覚えてないけど」

「なにその謝罪。はっ倒されたいの」

 立ち上がって乱れた服を整えていたファーストは、吐き捨てるように言って俺から距離を取った。もう面倒事には関わらない、といった様子がしみじみと伝わってくる。

 こうして、俺は超人のせいで処分できないことと、国連の戦力不足を補える男の兵器であることを理由に正式に『アルカサル』の所属機体として認められた。つまり、国連のSクラスと協力して、『方舟』に対抗する未来が確立された。



 

 

 

 


 


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