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ジェノサイド・オートマチック・ガール  作者: 月光女神
フランケンシュタイン編
51/61

第五十一話 尋問開始

 ムカつく奴だ。

 過去に殺されかけた機体、というのもあるが、軍人らしい格好にお似合いの命令口調。それが何よりも気に入らなかった。俺はお前の部下でもなんでもないのだ。こいつにも助けられたはずだが、どうにも命令に従うような真似はしたくなかった。

「……」

「不服そうな顔だな。文句があるのか」

「文句しかねーよ。偉そうな奴は嫌いだ」

 ピクリ、とシャーロットの眉が動いた。気に食わないといった様子だ。少し達成感と満足感を覚えたので、俺はくわえていたタバコから煙を吸い込んで一服する。

 すると、遅刻魔の少女が声をかけてきた。

「九条哲人。シャーロットはあれです、ずっとこうなんです。軍人一家なんですよ彼女。どうか許してやってください」

「……」

「んー、どうしましょう。シャーロットとは相性が悪いようですね」

 エカチェリーナが困ったように光に視線をやった。光はジト目で俺を見つめると、嫌そうに眉根を寄せて頬を膨らませる。そして、隣に立っているエマさんにコソコソと耳打ちをする。

 エマさんはきょとんとした顔になる。かわいい。なにそれかわいい。あ、瞳がよく見える。めっちゃ綺麗、なにそれ星空ですか。今度から望遠鏡を携帯しておきますね。

「えーっと、哲人君」

 エマさんが怪訝そうな顔をしながら、俺に声をかけてくださった。

「全部話してもらえるかな。君のこと」

「はい。俺は九条哲人。趣味はバイク喫煙飲酒。好きな女性のタイプはベトナム好きの高身長巨乳金髪美人の喫煙者です。あと今日も世界一綺麗ですね」

「ありがと。そうじゃなくてね、霊人とか超人とかの話かな。あと今回の騒動について」

「はい。霊人は『殺戮機械少女』に埋めこまれた霊石を心臓に持つ一族、九条一族のことを言います。超人とは霊石が反転した反転霊石を持った存在で、不死身の肉体に超速再生のおまけつき、くわえてその反転霊石エネルギーには対象を死に導く効果がある化け物みたいな存在のことです。その超人を使って世界中の霊石を回収するつもりの組織が『方舟』でした。ただ、その超人は『方舟』を裏切って今は俺の肉体に寄生しているという状況です。俺は『方舟』に狙われていて、先手を打つために今回は超人をおびき出して戦闘を行いました。ファーストがメインで協力してくれました。以上です。あと、見るたびに綺麗になってますよね。海に沈む夕日と満天の星とクリスマスの粉雪を足しても全く及ばないほど綺麗ですよね」

 そもそも今回の超人をおびき出して戦った理由は、国連からの協力を得て『方舟』に対抗するためだ。超人や『方舟』、自分自身の説明はもちろんするつもりである。エマさんから聞かれなくても、きっと説明したはずである。

「そうかい、ありがとね」

「俺知ってますよ。天使なんですよね、本当は」

「人間だよ」

「じゃあ結婚できますよね」

「できるね」

「じゃあ結婚してくれますよね」

「ごめんね」

「また明日チャレンジしますね」

「うん、ありがと。―――だってさ」

 エマさんがシャーロットに顔を向けて言うと、なぜか難しそうな顔でいた彼女はぼそりと呟いた。

「……桜木エマ。文末でなぜか口説かれていなかったか。最後は求婚されていたように聞こえたが……」

「え、ああ、うん」

「……」

「えっと、それがなんだい」

「……いや」

 シャーロットがなにか言いたげに口を閉じる。『アルカサル』メンバー以外の者全員が、どこかポカンとした顔でエマさんと俺に視線を動かしていた。

 シャーロットは咳払いをしてから、敵意のこもった瞳でエマさんの隣にいるアリスを睨みつけた。

「桜木アリス。霊人に超人、くわえて九条哲人の兵器化の謎、九条哲人に対するファーストの協力、話がまとまる気配がない。―――貴様が九条哲人に肩入れしていることは察しがついている。後、全てをまとめたレポートを国連に届け出ろ。いいな」

「ということは、九条哲人をうちに連れ帰っていいってことだよな」

「今からその点をはっきりさせよう。ヴェロニカの損失もあり、戦力は確かに確保したい。九条哲人の物資Nに対応して奴を監督できるのも、『アルカサル』以外にはもはやあるまい。好き好んで毒ガスの塊を置いておく国防組織は貴様ら以外ありえん。九条哲人を戦力として確保する場合、『アルカサル』所属の機体として認めてやっていい」

「……戦力として確保しない場合は?」

「今ここで、排除する」

 そういう展開になるだろうとは予想していた。俺はぽっと出のナチス製化学兵器。国連の『殺戮機械少女』を壊滅状態にまで追い込んだ、元敵だ。『アルカサル』に秘密裏に保護されて国防任務に務めていたとはいえ、それは『アルカサル』以外の国防組織から信用を得るには至らない。

 ため息を吐いて、横にいるファーストを見る。彼女は背中に隠した左手にハンドガンを生み出しており、シャーロットが俺を攻撃する場合に備えている様子だった。

 ちらりとシャーロットに視線を向ける。ファーストの挙動に勘付いているのか、無言の圧力をこちらにかけてきていた。

「と、言いたいところだが、そもそも九条哲人に危害は加えられない。『アルカサル』に連れ帰っていい。今回の集まりは、Sクラス保有の各国国防組織に九条哲人の存在を認めて帰ってもらうためにある。以上だ」

 言い切ったシャーロットは、これ以上の話し合いは無駄だと言うように踵を返して立ち去っていく。俺には国連の秘匿国防組織の上下関係が把握できていないのだが、仕切っているあたりからシャーロットがリーダーということだろうか。

 だとしたら、横暴すぎる。

 俺ですらそう感じた。ならば、『アルカサル』以外の連中は黙ってはいまい。

「シャーロット。あんた、冗談言えるようになったんだ」

「……フランチェスカ」

 シャーロットの前に現れたのは、プラチナブロンドをツインテールにした、エメラルド色の瞳が綺麗な少女だった。絵本から出てきたお姫様のような可愛らしい見た目に呼応するように、ゴシック・アンド・ロリータ系の服装をしている。ピンク色のドレスにリボンのついた靴、趣味嗜好が手に取って分かるような少女だった。

 そういえば、国連との戦争において、彼女とも戦った記憶がある。集結したSクラスの中にいたはずだ。

 フランチェスカと言われた少女は、シャーロットの軍服に手を伸ばした。ボタンを外してインナーを顕にし、ぐいっと襟首を引っ張る。

 そして、シャーロットの胸あたりに視線を落として、眉根を寄せながら言った。

「あんたさ、食いちぎられたの忘れたの。傷跡、残ってるじゃん」

「……」

「あの男は危険。殺すべき。あんたの『ペスト』が霊石に感染しているなら、さっさと始末して」

「……できん」

「なんで」

「九条哲人の霊石に『ペスト』を感染させたのは、奴の中にいる怪物の自由を奪うためだ。九条哲人の霊石を人質に取っているから、怪物は大人しくしている」

「さっきの超人ってやつ」

「そうだ」

「あんたとエカチェリーナ、橘光とファーストだけがそいつとやり合った。私やマリアたちは、そいつのことを知らない。九条哲人ほどの超絶危険物よりも、その超人ってやつがやばいの」

「そうだ」

 断言したシャーロットは、襟首を掴んだままのフランチェスカの手を払った。軍服を着直すと、納得いかない様子のフランチェスカにため息を吐いて、集まっている全員に向けて口を開く。

「九条哲人を『アルカサル』に置いておくなど言語道断、今すぐ殺すべきだと考える者、挙手を」

 おいおい、いじめだろ。なんだよこれ、我ながら可哀想だ。『アルカサル』とファースト以外の連中の手が上がっていく。そこまで俺に死んで欲しいか、お前ら。

 と、そこで『アルカサル』とファースト以外に、手を上げない者が一人いた。

 シャーロットは眉を潜めて、そいつの名前を呼ぶ。

「エカチェリーナ」

「彼は敬意を払うべきお方です。私は彼を味方にして、私たちの霊石を狙う『方舟』という組織に対処すべきかと」

 エカチェリーナの後ろには、俺がボコボコにしたくて仕方のない初老の男が立っていた。紳士的な格好をしているが、中身はクソ野郎だとよく知っている。イヴァン、だったか。ロシア秘匿国防組織『トリグラフ』機械兵器科の監督役。光を取り返すために、たいそうな権謀術数を施してくれた、むかつくクソジジイだ。

 イヴァンは眉を潜めながらエカチェリーナの背中を見下ろしていた。しかし、俺の殺気に気づいたのか、手を挙げたまま俺に視線を向けてくると、挙げたままの手をひらひらと振ってくる。

「ぶっ殺すぞ、あの野郎」

「やめなさい。あなたの処遇が決まるまで、余計なことはなしよ」

 俺の呟きに横から説教が飛んできた。ファーストが肘で脇腹を小突いてくる。正論なので、ここは彼女の言うとおりに怒りを鞘に収めておいた。

「いいだろう。ならば、今挙手をしている『殺戮機械少女』全機に告ぐ。九条哲人を殺せ」

 シャーロットの言葉を合図に、俺は右に広がる太平洋に向けて走り出した。

 しかし、ドンと何かに胸がぶつかった。

 見下ろしてみると、そこにはエカチェリーナが逃げる俺を抱きとめて微笑みを浮かべている。

「なに笑ってんだ、どけよエカなんとか」

「エカチェリーナです。あなたは敬意を払うべき人。ぜひ名前を覚えていただきたい」

「敬意を払っているなら、逃げるの邪魔しないでくれる」

「なぜ逃げるんですか。これから私たちと協力して『方舟』と戦いましょうよ」

「あれが協力する流れに見える!?」

「―――超人と代わってください」

 俺にだけ聞こえるように声量を調節して、エカチェリーナは言った。疑問を目で投げかけると、つま先で背伸びをして俺の耳元に唇を近づけてくる。

「シャーロットからのチャンスです。あなたの中の超人を倒せないことをフランチェスカたちに経験させる。そして、あなたの霊石を人質にしているシャーロットが、超人に引っ込むように命令して従わせる。これによって、純粋にあなたを処分できないこと、またシャーロットがいる限り超人の危険はないことを周囲に納得させます」

「……なるほど。いや、でも代われって言って代われるもんじゃ―――」

 頬に手が添えられる。

 背後から、冷たい手が俺の頬を撫でてくる。目を見開いたエカチェリーナは、一瞬で俺から距離を取った。ベタベタとしつこく俺の顔を触る手は、徐々に胸元まで伸びていく。

 這うように、舐めるように、俺の服の中に侵入してくる。蛇に犯されているような感覚に呆然とする。なんとなく理解した。

 俺は軍服の生意気な少女に顔を向けて告げる。

「あー、シャーロットだっけ。頼むよ」

「……」

 背中から生えて俺の胸部に伸びた手は、見覚えのある真っ白な腕だった。超人を知らない連中は、どいつもこいつも固まって唖然としている。

 俺は知らないからな。

 最後にファーストを見る。心配そうに俺を見つめてため息を吐いた彼女の姿に、安心して意識を失った。









 やはり、超人は彼を通して外の状況を理解しているらしい。私の目の前で、俯いていた彼の黒髪が白髪に変わっていく。心臓が取り替えられたのだろう。

 顔が上がる。

「私のこと舐めてるよね。全員ブチ殺そうかな」

 その瞳は真っ赤な色に染まっており、ゴミ溜めでも見るような顔でシャーロットたちを見つめていた。しかし、背後にある音速機に私が寄りかかっていることに気づいた超人は、振り向いてこちらに笑顔を見せる。

「やあやあ、昨日ぶりだねー。ファースト」

「……エカチェリーナの話、聞いていたわよね」

「だから出てきたんじゃん。哲人君を人質にこの私を気軽に利用しようとか、やり口が完全に悪党のそれだよ。人の気持ち考えられないのかなァ、おっぱい吸って二足歩行したら習うんじゃないの、学校ってやつで」

「……なにを」

「人の嫌がることはしちゃだめって」

「……冗談、かしら」

「え? なにがー?」

「ああ、いえ。なんでもない」

 退屈そうにあくびを手で隠す超人に、私は一応確認を取っておく。

「彼女たちSクラスは、『方舟』に対抗する戦力。削ぐつもりはない、ということでいいのよね」

「ああ、うん」

「……殺さないでくれるならいいわ」

「遊ぶつもりもないよ。だって君が『殺戮機械少女』で一番強いんでしょ。君以下に興味はない」

 そう言った超人は一瞬で姿を消した。シャーロットの目の前に現れ、彼女の隻眼を覗き込んでいた。

「ちなみにさァー、君をブチ殺したら哲人君の霊石にかかっている『ペスト』は消えるの。だったら君を殺せば解決なんだけど」

「答えるつもりはない」

「君に反転エネルギーを流せばどうなるの。感染させている『ペスト』は操れなくなるのかな。それとも、霊石の働きとは別に、科学的改造の力で『ペスト』を遠隔操作できるとか、なのかな」

「答えるつもりはない」

 動じないシャーロットに舌打ちを返した超人は、振り返って『殺戮機械少女』たちを眺めながら言った。

「君の『ペスト』のコントロールの仕組みが分からないから、まあ言うこと聞いてあげる。たださァ、分かっているとは思うけど―――」

 口が引き裂かれ、笑顔が作られる。

 純粋無垢な子供が、嗜虐心だけに水をやって育てられたような、清々しく禍々しい笑顔だった。

「―――ブチ殺すよ。君は、いつか絶対に」

「……」

 シャーロットの返事がないことを理解した超人は、敵意と困惑の顔で見つめてくる全員を捉える。中でも、一番彼に敵意をむき出しにしていたフランチェスカを見つけると、興味などない退屈そうな顔になった。

「来なよ」

「……あんたが、超人」

「そうそう。だからほら、早く早く」

 フランチェスカは自信家だが驕らない少女だ。超人の舐めきった態度に激昂することはない。努めて冷静に、確実に超人の首を落とそうとしている。

 しかし、超人と戦った私たちは知っている。ロシア製も、エカチェリーナも、シャーロットだって分かっているはずだ。

 こんなもの、決まりきった不細工な演劇だと。

「……あれ。なにこれ」

 超人が自分の目をこする。ふらり、と後ろに倒れそうになるが、踏みとどまった。眉根を寄せて不快感いっぱいの顔をフランチェスカに向ける。

 次の瞬間だった。

 背後から一際小柄な少女、マリアが出刃包丁のような大剣を振り下ろした。右肩から腹部まで刃が埋めこまれ、超人は少し驚いたように目を丸くする。

「ご、ごめんなさい」

「やだ」

 マリアの言葉に端的な返事をした超人は、埋めこまれた大剣の刃をコツンと軽く殴りつける。瞬間、バラバラに大剣が崩壊して消えてしまう。反転霊石のエネルギーを流し込んだのだろう。物質にも腐敗という「死」が約束されている以上、マリアの大剣は超人に接触するだけで死んでしまう。

 呆然と立ち尽くすマリアに振り返った超人は、開いた右手を振りかぶった。しかし、再び酔ったようにふらつくと、振り返ってフランチェスカに笑いかけた。

「分かった。幻覚兵器ってやつだね」

「マリアの一撃を食らって、なんで無事なの……」

 フランチェスカはイタリア製Sクラス幻覚兵器型『殺戮機械少女』だ。光学兵器の派生型の機体で、身体から光を照射することで、相手の視神経を興奮させ、一時的に目を見えなくさせるほか、幻覚や気持ちの悪さといった副作用を生じさせる。

 フランチェスカの場合は、彼女の目から光が照射されるため、目が合った時点で幻覚作用を相手に与えることができるのだ。超人はフランチェスカが幻覚作用を与えてくる兵器だとは察したようだが、その秘密がフランチェスカの目から照射される光だとは判断できていないだろう。

 フランチェスカを倒すために超人は動くだろう。その行動を読んでいたかのように、白黒のまだら模様の髪をした少女二人が超人を挟み込むようにして舞い降りた。

「今度はなに―――」

 超人は言い終わらずに、一瞬で凍結する。全身凍結までの時間はわずか一秒。舞い降りた双子の少女たちは、ドイツ製Sクラス冷凍兵器型『殺戮機械少女』だ。姉のマイと妹のグレックヒェン。液体窒素の生成・強化・運用ができる彼女たちは、本気を出せば街一つ程度なら完璧に氷漬けにできる。しかし、九条哲人相手ならば相性が悪い。物質Nによる体温上昇によって、冷凍されることはないはずだから。

 しかし、今の彼は超人の反転霊石を心臓にしている。物質Nを扱うことはできないため、冷凍化が可能だった。

 完全に動かなくなった超人を前に、マリアが大剣を手から生み出してもう一度叩き斬った。それは、誰もが決着のついたことを確信する、最高の一撃だった。

 彼女と戦ったことのある、私たちを除いて。

「あは」

 頭から離れない、笑い声が咲いた。

 マリアの大剣を肩に受け止めていた超人が、氷漬けになっているはずなのに口の端を釣り上げる。 

「壊されたいんだ。イイよ」

 強烈な後ろ蹴りがマリアの腹部に着弾した。小さな身体が飛行甲板の上を転がっていく。すぐに反撃しようとマリアは立ち上がるが、内蔵をやられたのか口から血を吐き出して膝をついた。その手から大剣は離れてしまっていた。すぐに武器を生成しようと右手を開くが、柄の部分までが出来上がり、刃がまったく生み出されない。

「君、結局何の兵器なの。やたら馬鹿力だけど」

 困惑するマリアの後ろから、一本の腕が伸びた。

 いつの間にか背後に回っていた超人が、襟首を引っ掴んで小さな身体を持ち上げる。既にこれまでに負った傷は完治しており、マリアたちの必死の戦いに残酷だが無意味の烙印が押される。

「な、なんで……剣が……」

「反転エネルギーだよ」

「は、はんてん……?」

「うん。おかわりしようか」

 マリアをうつ伏せで地面に叩きつけると、首を鷲掴みした。それだけで、マリアから絶え間ない絶叫が響き渡った。完全に気絶したマリアを一瞥すると、超人は首の骨を鳴らして双子の冷凍兵器に狙いを定めた。

 指で銃の形を作る。

 彼が物質Nを放射するように、超人もまた同じようにする。

「バーン」

 瞬間、黒い一閃が走り抜けた。反転エネルギーを飛ばしたのか。ならば、奴は先日の一戦でつくづく私たちに手を抜いていたことになる。まだ隠し玉が残っているのだろうか。

 妹のグレックヒェンにそれは着弾し、肩に風穴が空いた。そして、倒れる。痙攣と吐血を伴って、うつ伏せになったグレックヒェンの姿に、姉のマイが激昂する。

「お前―――」

「もういいよ。そういうの、もういらないから」

 マイの目の前に、舌なめずりをした超人が立っていた。反転エネルギーによる循環状態。霊人篤史やエカチェリーナでなければ、ついていけない速度で距離を詰めたのだ。

 マイの腕を取る。

 そのままぐいっと引っ張り、二の腕に超人は食らいついた。肉を噛みちぎって、激痛に絶叫を上げて倒れるマイの脇腹を踏みつける。

 むしゃむしゃとよく噛んで、少女の肉を飲み込んだ超人は、口元を腕で拭って顔を上げた。視線の先には、立ち尽くすばかりのフランチェスカがいた。

「クソまずい。冷えた鶏肉みたいだよ、パサパサのやつ」

「……」

「冷凍兵器はクソまずいけど、君はどうかな。幻覚兵器」

「……なんで」

「ん?」

「なんで、私の目を見ているのに、幻覚作用が起きていないの。それに、あんた、氷漬けになって……」

 声が震えていた。いいや、フランチェスカだけではない。九条哲人殺害派の挙手をしていた者達は、一人残らず震えていた。冷や汗と震えを伴い、浅い呼吸を繰り返しながら立ち尽くしていた。

「ああ、君の目から幻覚にかけられるんだ。へェー、面白いね。私と相性悪くないよ」

「……」

「目眩、吐き気、平衡感覚の狂いはあったよ。もっと君と目を合わせていたら、いよいよ気でも狂ったのかな」

「だから、なんで」

「循環状態を使っただけ。反転エネルギーを体内に循環させた。顔にもね。反転エネルギーは私にとって生命エネルギーだから、体調が悪いのは良くなる。それだけ……って言ってもまだ分かんないよね。分かっていたら、わざわざ私に絡んで来ない」

 超人は一歩踏み出す。

 フランチェスカは一歩後退する。

「凍結はね、あれ意味ないんだよ。循環状態に入っていたから、そもそも体内までは凍結されない。反転エネルギーに触れた時点で死ぬ。まあ蒸発するってことだね。後はさ、肌から反転エネルギーを漏らせば全部蒸発して終わり」

「……」

「それで、どうするの。君をなぶって食ってボロ雑巾にでもすれば、この面倒事も終わるのかな」

「……」

「もう飽きたんだけど。いい加減にブチ殺すよ」

 フランチェスカは超人からシャーロットに視線を移す。腕を組んで状況を見守っていたシャーロットに、フランチェスカは悔しそうに歯を食いしばってから言った。

「……私たちの負け。シャーロットの指示に従う」

 それを聞いたシャーロットが、用意していたような素早さで指示を出す。

「もういい。九条哲人の霊石が大切なら、もう戻れ」

「……むっかつくなァ、本当に。とんだ茶番」

 シャーロットの言葉に毒を吐いて、超人は踵を返した。音速機に寄りかかっている私のもとまで歩いてくると、ぐいっと襟首を掴まれて引き寄せられる。

「……なによ」

「キス、もうしないでね」

「私からは、ね」

 じっと睨みつけて返事をする。

 超人は無表情になると、ポツリと呟いた。

「……またね、ファースト」

 一拍置いてから、彼の身体がガクンと膝から崩れ落ちる。咄嗟に抱きかかえると、白髪が黒髪に戻っていく。下りていた瞼がゆっくり開いて、綺麗な黒い瞳が見えた。思わず、ほっと息をついてしまった。

「おはよう。気分はどうかしら」

「……最悪」



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