第五話 殺戮機械男子《ジェノサイド・オートマチック・メール》
夜の海辺に、俺はいた。隣を見れば、懐かしい父親の顔があった。俺は親父と海へやってきていた。先頭を歩いていた親父が、何かを決心したように突然立ち止まる。俺はその後ろ姿を見つめる。哲学に浸り続けてきた孤高の研究者の背中には、きっと、俺には担ぐことなどできない深い苦悩がのしかかっているのだろう。
海面は穏やかだった。どこまでもどこまでも広がり続ける、洞窟のような闇夜の中で、夜空の星々と満月が光を放ち、それは広い海を一級品の宝石のようにきらきらと輝かせている。
親父は振り向かなかった。
ただ、言葉だけを零す。
「アインシュタインとフロイトは、ナチスによる支配が始まる少し前に、なぜ人は戦争を起こしてしまうのかというテーマで手紙のやり取りを行っていた。彼らは言った。『憎悪に駆られて相手を絶滅させようとする欲求が人間にはある』と」
「……」
「つまり食欲や性欲や睡眠欲と同様に、もう逃れることのできない『神のプログラム』として、人は相手を滅ぼすように出来上がってしまっているわけだ」
親父は海へ入っていく。水平線に波紋が広がる。まるで怪物が暗い深海へ帰っていくようだった。
海の中へ歩を進めながら、彼は言った。
「フロイトは、パクス・ロマーナは戦争によって手に入れた平和だと言ったことがある。思うに、秩序やモラルが守られている状態を望むならば、当然、重視すべきことは結果的にそういう状態に至れるのかということだと私は思う。平和という結果に行きつくことができるのか、ということ。たとえ平和という状態のバックグラウンドに、数多の戦争という事実があっても『平和になった世界』において問題はないんだ。むしろ、戦争がありそれを後悔することができたからこそ、平和というものを見つめるようになったとさえ言える。戦争に感謝をしろとは思っていないが、我々人類の犯した過ちは、ただの過ちではなくこの先の未来の在り方を示唆してくれた、価値があるものだと言えるかもしれない」
親父との会話の仕方を思い出す。まだ家にいた頃の、親と子の関わり方を、身体が覚えているのだ。単純に主張しないんだ。いつだって、歴史的な事実や学問的見地を根拠に、ものを言う面倒な父親だった。
「平和への意識の確立のバックグラウンドに、戦争というものがあっても問題はない、か。戦争や虐殺が人類の平和意識確立のニーズだって、必要不可欠な仕方のないものだって、言いたいのか」
「そう。平和意識は、戦争などの悲劇を元に成り立っている。戦争が必要なんだ。悲劇が必要なんだ。平和な世界のためにはね」
親父は下半身が全て飲み込まれるほど歩いていくと、そこでようやく足を止めた。神々しく煌めいている海の一部となっていた。
俺は、その寂しそうな背中に言葉を投げた。
「我々は打ち続く太平の世の災いに苦しんでいる。武器よりも残酷な、贅沢という病が人々の中に住み、武器に征服された世界に敵討ちをしているのだ、だったっけ」
「ユウェナリスの『風刺詩』か。それは衝撃的な台詞だったな」
「親父がずっと俺に朗読していたから、頭からこびりついて離れねえんだよ。変なものばかり覚えさせられた。勉強とかさせれば良かったのに」
「勉強は社会的地位を一定以上保証するビジネスに過ぎない。生きるために必要なのは、哲学さ。私はそれさえ分かってくれれば十分だったんだ」
肩をすくめた背中から、再び語りが始まった。
「ユウェナリスは長きにわたる平和によって、人々は堕落し贅沢になったと嘆息した。だからと言って、戦争があっていいはずはない。―――哲。お前はどう考える?」
「戦争なんてないほうがいい。だけど、人間には戦争への欲求があって、それは変わらない。平和な意識を獲得するには、戦争なんてろくなもんじゃないって後悔が必要。あんたの話を踏まえれば―――」
振り返って、親父は楽しそうに笑った。
海に溶けていく満月が、親父ごと飲み込んでしまいそうな輝きを発していた。その光が、俺も、世界も飲み込んでいった。
目を覚ます。
ばっと敷布団から上体を起こした。夢だ。時計を見ると、夜中の2時。隣のベッドには、光が背を向けて眠っている。
最近、妙に親父の夢を見る。いや、正確には夢に親父が出てくるのだ。
「……どこにいったんだよ、親父」
俺の心臓について、親父は何か知らなかったのだろうか。生みの親なのだから、可能性はなくはないはずだ。
しかし、問うべき相手が、もう何年も行方不明のまま。
お手上げだ。
「……あ」
だめだ。
まずい。くる。
「っ……う……」
涙が、こぼれ落ちた。
自分を騙すのも限界だったようだ。常に光がいてくれたから、この苦しみから目をそらすことができていた。しかし、1LDKのこの部屋に、俺だけがいまここにいる。
二人、殺した。殴殺だ。必死だった。いつも通りに仕事から帰ってきて、誰もいない家で、一人でテレビを見ながらカップラーメンを食べた。そして、いつも通りの時間に就寝した。違和感を感じて目を覚ますと、二人のスーツ姿の男が俺を組み倒して腕に針をねじ込んできた。錯乱した。暴れた。肉体仕事をしていることもあって、俺はかなり筋肉があり、がたいもよい。俺は一人の男を突き飛ばした。椅子を持ち上げて、脳天に叩きつけた。動かなくなった男に馬乗りになって、顔と頭をひたすらに殴り続けた。横からもう一人の男に蹴り飛ばされたが、叫びながらタックルして、再び馬乗りになって殴打を炸裂させた。
最初は抵抗していた男だったが、だんだんと弱っていくことが分かった。俺の服を引っ張っていた手が、少しずつ、ずり落ちていったのだ。完全に脱力して動かなくなった腕を見て、俺はようやく我に返った。
我が家には、死体が2つ出来上がっていたのだ。
「……っ……っ……!!」
母親は俺を生んで死んだ。唯一の肉親である父親も消えた。俺は一人で働いては眠って、働いては眠ってを繰り返してきた。もう何年も、ずっと、一人で。そこに、人を殺めたという大罪がのしかかってきた。既に限界だった俺は、自分が人殺しに特化した怪物になっていることを知った。くわえて、昨日はっきりしたことは、自分は心臓がない生まれながらの化物であるという真実。
これから先、俺はどうなるんだ。
これからが、未来が、不安で不安で仕方ないのだ。
その膨れ上がった不安が、夢に懐かしい父親が現れたことと、闇の中で一人きりという状況の結果、爆発した。
声を必死に押し殺して、泣く。
泣いても泣いても止まらない。この涙すら、本物なのかどうか疑ってしまう自分がいる。
ああ、だめだ。親父のことなんて、思い出すんじゃなかった。一人になっては、いけなかった。
「―――テツヒト」
背中に声がかかった。
光だ。起こしてしまったのだろう。声が、漏れていたのだろうか。
「ああ、ごめん。……ごめん。あと、ちょっとで、……大丈夫だから……すぐ終わるから、……ごめ、んな……」
「……」
光はベッドから下りて、部屋の電気をつけずに台所へ向かった。コーヒーの匂いがした。戻ってきた彼女は、俺の隣に座ってコーヒーの入ったマグカップを2つ床においた。
「ごめん。一人にはしてあげられない」
光は小さな声で言った。ああ、分かっているさ。光は何も悪くない。
「……テツヒト」
彼女の顔を見ることができない。こんな顔を、誰にも見せることができない。
ただ涙を流して嗚咽する俺に、光はこう言った。
「だから、一緒にいるよ」
「……え?」
恥もプライドもどうでも良くなる、それくらい聞き逃してはいけない言葉だった。
俺はぐしゃぐしゃになった顔で、光を見た。
彼女の青い瞳が、俺を包んでくれた。相変わらずの無表情のくせに、その目を見ただけで光がどんな気持ちでいるか分かってしまった。
光も、悲しい目をしているのだ。
「一緒にいよう。たぶん、テツヒトと私は、そういう縁があったんだと思う」
「……」
「川でテツヒトが私を助けて、今度は私がテツヒトを助けて……。一緒にいなくちゃいけなくなって……」
「……」
「テツヒトのこと、私、まだ全部知らない。テツヒトも、私のこと、全部知らない。ずっと一緒にいなきゃいけないから、もっとお互いを知るべき」
「……」
「だから、とりあえず一緒に起きてるよ。眠れないなら、私も眠らない。一緒にいようよ」
「お前に、迷惑だ」
「確かに迷惑。だから、私が眠れないときは、テツヒトも起きててね」
膝を抱えて座った光は、俺の隣でコーヒーを飲み始めた。
俺は、かけるべき言葉が見つからなかった。
「……光」
「ん。礼ならいい」
「……ああ。それだ」
光に教えてもらって、ようやく見つけた。
俺は大粒の涙を落として、言った。
「―――ありがとう」
返事はなかった。
しかし、俺が泣き疲れて眠ってしまうまで、コーヒーをすする音が響いていた。
後日、俺は地下施設『アルカサル』から地上に出ていて、山梨県寄りにある自衛隊駐屯地の演習場を利用していた。実際の戦場を想定した広さは、俺や光がある程度力を使っても問題のないことが分かる。光は首輪の取れた犬のようにはしゃいでいる。あっちこっちにレーザーをばんばん打ち込んでおり、定期的に爆音が炸裂していた。今日は、俺の物質Nの使い方を少しでも多く理解するためにここへ来た。
「九条哲人」
俺の隣で仁王立ちしているアリスは、監督係として訓練に同伴してくれていた。他にも、保安科や自衛科の人間がちらほらいる。現場で一緒に業務をこなす以上、新入りの俺の能力については把握した方がよいとのことらしい。そういうわけで、マイフィアンセのエマさんが、離れたところでタバコを吸いながらこちらを見つめてくれていた。今日も明日も愛しています。
「お前がどれだけやばい兵器か、お前自身と『アルカサル』メンバーが理解することが今回の目的だ。いいな」
「うす」
「よし。まずは―――」
ゴォォォンッッ!! と、軽い地響きと共に爆音が炸裂する。アリスの声がかき消され、俺は元凶の銀髪光学兵器に視線をやった。だから、アリスが光の後頭部に綺麗なローリングソバットを叩き込んだのをはっきりと目撃した。ジャンプ力えぐいな、アリス部長。
「まずは、ファーストを撃退した技を出せ。私達はヘリコプターで上から見物しておく」
「……大丈夫ですかね。演習場より先まで被害出ないっすよね」
「ここは最大級の広さを持つ演習場だ。演習場から周辺1キロに住民もいない。演習場も含めれば相当な距離だ。奥多摩山中での一撃を確認したが、この演習場ならあれの倍以上の威力を出しても問題はねえよ」
「……安心しました」
「準備ができたら、光に指示を出す。お前は光の言うとおりにすればいい」
アリス部長とエマさん、その他合わせて十人程度の『アルカサル』メンバーが、離れた場所に止まっていたヘリコプターに乗り込んでいく。プロペラが回り始まり、ゆっくりと空へ上昇していった。俺と光の後ろに滞空した状態で、アリスは指示を出したようだ。
光が俺にサムズアップ送る。
瞬間、バチッと全身に静電気が走ったような感覚が走る。ビー、ビー、と胸元の十字架のネックレスが低く鈍い音を上げた。俺は騒がしいネックレスを外して地面に置くと、タバコをくわえて火をつけた。そして、人差し指と中指で摘んだまま、ぐっと力を込めてフィルターを押し潰す。
視界いっぱいに、電光石火の爆炎が走り抜けた。
地面を焼き焦がし、一体が真っ黒に変色してしまっていた。
改めて、えぐいな。我ながら。
俺は光の顔を見ると、耳元のインカムでアリスからの指示を受け取ったのか、俺に向かってこう言ってきた。
「最大瞬間温度は3千度だって。5百メートル先まで、現在の温度が千度を超えてるらしい。恐らく、タバコのフィルターから先端の火種までをNが通って、そのまま前方にNが飛んでいって、今みたいな現象になってるって」
「……なるほど」
「テツヒト。今、力を込めたのは、指二本だけ」
「ああ。うん」
「今度はタバコなしで、銃のポーズを作って」
言われた通り、俺は親指と人差し指、中指を立てて、残りの指を全て握り込んだ。銃のような形を維持する。
「そのまま、人差し指と中指の先に力を込めて」
「? こうか?」
瞬間、見えない圧が光の傍を走り抜けた。チリチリとした熱波が駆け抜け、たまたまそこにあった大きな装甲車に激突する。
ボコボコボコ!! と装甲車のボディが凹んでいき、最終的に勢いよく花火のように爆発した。飛び散っていく金属片を見上げていると、光が傍によってきて身につけていたイヤホン型のインカムを差し出した。
つけてみると、アリスの声が響いてくる。
『化物だな。お前』
「第一声がそれですか」
『お前をいくつか特殊なカメラで眺めているんだが、今のは爪の間から噴射するようにNが放たれた。こいつは使い道があるぜ。さっきの大量火炎放射と比べて、指先の延長線上のターゲットにのみ攻撃ができる』
「今のは何なんですか」
『物質Nが放出されただけだ。Nは空気に触れただけで高温になる。見えない熱エネルギーが装甲車に照射されて破壊したんだ。熱放射だな。あ、装甲車一台分、お前の給料から引くから」
「え、給料出るんすか」
『命がけの仕事だからな。それなりに。―――で、だ。計測結果から、火炎放射はなるべくタバコを火種にする程度にしろ。もしも、オイルライターなんか使ってみろ。タバコの火種であの威力だ。火そのものを通してNを放てば、威力は桁が違う。あと、熱放射も、指二本分で装甲車を破壊できることを忘れるな。5本指全てを使ってみろ。単純に今の威力の倍以上だぞ』
「うっす」
『最後に、拳を握ってコンクリートを殴れ。右端にあるやつだ』
右端、と言われて顔を向けると、すぐ近くに自衛隊の実践演習用で使われているのだろう、コンクリートでできた障壁があった。ここに隠れて銃を撃つのだろう。これを殴る……?
言われた通り、右拳を握ってみる。熱い。拳全体が熱くなってくる。カイロを握っているような、そんな感覚だ。
軽く殴ってみた。
すると、あろうことか、手がめり込んだ。粘土に指を突っ込むような気軽さで、手首辺りまでズボっとコンクリートの中に潜ってしまった。
『やっぱりか。考え通りなら、くるぞ』
「なにが―――」
ゴバァッッッ!! と、砂で立てた城が崩れるみたいに、コンクリートの塊が溶け落ちた。拳からは煙が立ち昇っており、俺も光も呆然と顔を見合わせた。
『言ったろう。爪の間からNは放出される。拳を握って、掌に包み込まれた指からNが漏れ出す。ただ、密閉空間で行き場がないから、拳全体が高温状態になるんだ。それでコンクリを突き破った。くわえて、高温状態に耐えられるのはお前だけ。コンクリは内側から溶けていって弾けたのさ」
「……こわ」
『まったくだ。くわえて、お前の体は攻撃があたれば体内温度がNによって数千度を越える。敵にしたくはねえな。ファーストが殺しにかかってくるわけだ。光に代わってくれ』
光にインカムを渡すと、彼女はアリスから指示を受け取ったのか、俺の胸に手を添えた。その瞬間、全身に静電気が流れていくような感覚が走る。バリアを貼られたのだ。転がっていたネックレスを拾い上げ、また首にかけておいた。
ヘリコプターが下りてくる。
真っ先に降車したのは、愛しいエマさんだった。エマさんは俺に向かって手を振りながら近寄ってくる。
「やあ、哲人くん。想像以上だったね。これは頼りになる」
「……まだまだ分からないことばかりですが」
「今の技だけでも必要以上の戦力になる。君たちが強いほど私達も死なないで済むからね。頑張ってもらうよ」
「守ります、エマさんを」
「え? 私?」
パコンと尻を蹴り飛ばされた。光だ。相変わらず頬を膨らませて言った。
「―――エマたちを、でしょ」
「あ、そう!! そうそう!!」
慌てて訂正を行う俺の背中に、じとーっと絡めつくような視線が光から照射される。そういうビームも打てるのか、こいつ。
俺が光から顔を背けていると、アリスがポケットに手を突っ込みながら近寄ってきた。そして、俺の隣にいるエマさんを一瞥すると、無愛想に命令する。
「エマ。自衛科の人間に九条哲人の今回の情報を共有しておけ。攻撃パターンは3つだ。広範囲火炎放射、熱放射、打撃について。ヘリに記録した紙があるから、持って帰れ」
「……了解でーす」
タバコを口にくわえたエマさんは、ライターで火をつけながらこれまた事務的に返事をする。煙を吐き出しながら挨拶もなしに立ち去っていく姿から、この姉妹、恐らく仲が悪いのだろうと察知してしまった。
「クソ生意気な妹だ」
「……あんまり仲良くないんですか」
「まあな。色々あってよ」
アリスはエマさんの後ろ姿に舌打ちをして、俺に向き直った。
「哲人。とりあえず今回実験した技以外は使うなよ。約束だ。破ったら殺す」
「うす」
「とりあえず、今日は大きな進展だ。自分の武器がどういう使い方をして、どういう結果を生んじまうのか、その範囲が分かったからな。より正確な精度、威力調整ができるように訓練をこれからは行ってもらう。光と一緒にな」
「分かりました」
「―――哲人。忘れるな、てめえは兵器だ」
空気が変わった。
なかなか辛辣にも聞こえる言葉に、俺は沈黙を返してしまう。
「お前も光も、人間である以前に兵器だという自覚を持て。心まで兵器になることはない。人間のままでいろよ。だがな、その肉体は紛れもなく兵器だ。心なんてあやふやで目には見えないものよりも、現実にあって破壊をもたらす肉体であることを忘れるな。……約束、破るなよ。味方まで殺したくないならな」
「はい」
俺は真っ直ぐにアリスの目を見つめ返して、返答する。彼女は口の端を釣り上げて満足そうに笑った。
「よし。なら早速午後から訓練を―――」
「緊急事態!!」
アリスの声を遮って、エマさんの大声が響いてきた。
走りながらこちらへやってくる。息切れ一つしていない。
「アリス。霊石の反応が1体、こちらに接近中だと連絡が今あったよ。一応、『アルカサル』から自衛科のチーム複数に応援は要請した。周辺住民の避難をここから半径4キロ圏内まで広げたから、そっちは保安科が対応する」
「ファーストか」
「だね。どうするの。とりあえず、ここにいる自衛科の者には武装準備の命令だけ出したけど」
「迎え撃つ。ここは自衛隊駐屯地大演習場、被害は限りなく少ない。こっちには既に光と哲人がいる。武器も戦車もすぐそこだ。私は『アルカサル』に戻って指示を出す。ここはお前に任せた」
「はいよ」
アリスは踵を返してヘリに戻ろうとする。だが、そこで一旦立ち止まり振り返った。怪訝そうに眉根を寄せて、俺を見ている。
「しかし、妙だな。哲人の能力テストをしたこのタイミングだ。……まあ倒せばいい。哲人、光の指示に従え。無理はするな」
「やってみます」
アリスはヘリコプターで空に上がっていき、『アルカサル』地下基地へと戻っていく。
実戦。
その二文字が、重く背中にのしかかってきた。
十分後。
自衛隊駐屯地大演習場には、俺と光以外に誰もいなくなっていた。エマさんたち自衛科の人間は、駐屯地周辺で装甲車や戦車と一緒に待機しているらしい。そもそも、自衛科は俺たち機械兵器科が到着するまでの足止めが仕事だ。今回は敵がここを狙ってやってきている状況なので、バックアップが必要な場合に備えて待機することになったらしい。
エマさんたちが戦わないで済むのなら、良いことには違いない。しかし、こうして光と二人きりで戦闘をこなすというのも、かなり緊張が走る。
「テツヒト」
「何だ」
「来た。バリア、解いておく」
光が指を鳴らすと、俺の胸元のネックレスが音を鳴らす。再びネックレスを地面へ放り投げると、同時に勢いよく空から何かが落ちてきた。土煙が巻き上がり、視界が奪われる。目を凝らしてファーストの姿を捉えようとしたが、ファーストなど見つけることはできなかった。
なぜなら、煙が晴れた後に立っているのは―――男だったから。
「九条哲人だな」
彫りの深い顔をした男だった。短い金髪をオールバックにしていて、ハリウッド映画にでもいそうな大男だ。あと、マッチョだ。特に腕が太すぎる。ピチピチの白Tシャツにダメージジーンズを履いた、マッチョ金髪野郎がそこにはいた。
男の兵器……。あれ、確か、アリスが言っていた。俺以外の男の兵器化は、アメリカに住んでいた青年の例しかない、と。現在は行方不明になっている、と。
「……行方不明じゃなかったのかよ」
「九条哲人。一つ答えろ」
『殺戮機械少女』だと思い込んでいた俺に、『殺戮機械男子』の大男が尋ねる。
「貴様は―――マッチョか」
哲人は学歴はありませんが、父親の影響でやたら文化的な教養があります。