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第三十五話 変えるべき未来

「千凪」

 私は部屋に戻ってきた少女に声をかける。ファーストのログハウスに続く階段から下りてきたテツヒトの娘は、今晩、私とテツヒトの部屋に泊めることになっていた。

 階段から下りて、壁にかかっているカレンダーを見つめながら、千凪は言葉を返してきた。

「なんだい」

「ファーストのところで、なにをしていたの」

「ただの挨拶さ。ところで、今日はこのリビングで寝ればいいのかい。個人的には、パパと同じベッドを所望する」

「却下」

 むすっと、いつもの癖で頬が膨れる。

 そんな私を見て、千凪は楽しそうに笑った。

「あはは。橘光らしいね、その顔は。懐かしいよ」

「未来の私のこと、よく知ってるの」

「もちろん。パパの娘だからね。ああ、悪いがあなたが僕の母親かどうかについては、一切答えないからね」

「……分かってる」

「あなたも、パパのことが大好きだからね。気持ちは分かるが、すまない」

 あなたも。

 その言外の意味を察した私は、私の未来ではなく、因縁深い『殺戮機械少女』の未来について尋ねた。私は未来で超人になったテツヒトに殺される。つまり、私はテツヒトが『方舟』の手で超人にされるまでは、死ぬことはないという一応の保証があった。

 だが、ならば彼女はどうなのだろうか。

「ファーストも、テツヒトに殺されるの」

「……」

 千凪の目が細くなる。

 私の質問に、すぐには答えを出さなかった。彼女は私の横を通り過ぎていき、廊下を進んで途中で立ち止まった。

「彼女はパパに殺されないよ」

「つまり、超人の少女に殺されるということ」

「ああ」

「それは、いつなの」

「それはファーストに伝えた。ファーストの未来はファーストのものだ。これ以上、あなたに教える権利が僕にはない」

 そう言って、千凪は私に微笑んだ。

 言い返すことはできなかった。ファーストの死期など、私には関係ない。『アルカサル』全体にも、他の国においても、ファーストがいつ殺されるのかなど、関与すべき問題ではないのだ。

 ファーストは無所属の機体。

 彼女の死期を知ったところで、彼女を助けるための道理は存在しない。

「全て終わったら、話すさ。うまくいけばね」

「?」

 発言の意味が分からなかった。眉をひそめた私の前に千凪がやって来て、手を取ってきた。そのまま私を引っ張って、玄関へ向かっていく。

「『アルカサル』を案内して欲しい。食堂とアリスの部長室しか、まだ知らないんだ」

「いいけど。テツヒトも一緒に―――」

「ファーストに僕のことを説明しているみたいでね。邪魔はしない方がいいよ」

「……むう。分かった」

 警戒心の強いファーストのことだ。千凪の保護について、なかなか納得しないのだろう。その説得の場において、ファーストとは水と油の私が入り込むことは確かに控えるべきだ。

 テツヒトとファーストの、かすかに感じる霊石の匂いが弱くなっていく。千凪と一緒に部屋を出ていき、『アルカサル』地下一階の廊下を進んでいくと、完全に匂いを感じ取れなくなっていた。









 手を引かれた。

 そのまま引っ張られて、俺は桜の並木道を歩いていく。柔和な笑みを浮かべた男だった。中性的な容姿をした、アイドルのような男。顔立ちも整っていて、男の俺でもぼうっと見つめてしまうほどの、美男子だ。

 誰だ、こいつは。

 俺はそのまま手を引っ張られて、山並みに囲まれた田んぼ畑に出る。田んぼ畑の中心には大きな一軒家があった。昭和に建てられたような作りの、レトロな家だった。抵抗する気も起きず、俺はそのまま美男子に連れられて一軒家の門を通った。

 玄関ではなく、庭に向かう。

 そこには、縁側に座ってタバコをふかしている篤史がいた。思わず身構えそうになったが、なぜか身体は篤史の傍に駆け寄っていた。勝手に手が動いて、篤史のくわえているタバコを取り上げてしまう。さらに篤史の頭を軽く叩いた。

 不服そうに何かを口にする篤史だが、声は聞き取れなかった。

 縁側に置いてあった灰皿に奪ったタバコを捨て置くと、俺の身体は篤史の隣で読書にふけっている親父―――零次のもとに向かった。親父は本から俺に視線を上げると、穏やかに笑ってくる。そして、その笑顔は俺の後ろに立っている美男子に向けられた。

 振り向く。

 そこには、やはり名前も顔も知らない男が一人いた。男は俺の頭を撫でると、やはり微笑みを浮かべてきた。

 顔を背ける。すると、視線の先には俺の顔が窓ガラスに映っていた。―――端正な顔立ちに、長い黒髪を腰まで伸ばした美しい女性が、そこには映っていた。幸せそうに、顔を赤らめて。

 








「……なんだ、今の夢」

 記憶にない女性だ。しかし、女性視点で見た、あの田舎風景と篤史、親父、そして謎の男のことは知らないと思い切れる自信がなかった。見覚えがあるのだ、あの光景に。

 だが、間違いなく、俺はあの田舎で過ごしたことはない。生まれてこの方、九条零次と二人で過ごしてきた記憶しかない。それでも、なぜかあの光景には、胸の奥からこみ上げる明確な懐かしさがあった。

(母さんの、記憶か?)

 心臓移植の手術をした結果、心臓提供者の好みが移ったり、記憶を受け継ぐ不思議な現象が現実にあることは知っている。あの、最後に鏡に映った自分の顔―――美しい女性の顔は、俺の母親のものなのだろうか。ならば、あの謎の美男子が俺の父親ということになるのか。

(考えても無駄だ。それより、今はこっちだ)

 目を覚ますと、見覚えのない洋風の部屋のベッドに横たわっていた。最後の記憶は、ファーストとログハウスのウッドデッキにいたところで終わっている。流れとして、俺はファーストに一服盛られてここまで連れて来られたと考えるべきだろう。

 聞きたいことは山ほどある。

 しかし、まずは信じるべきだ。ファーストは俺の味方だ。契約しているから、という理由だけが信じる根拠ではない。彼女とは契約関係以前に、形容し難いが、良い関係が築けている自信があった。ファーストは敵ではない。俺はそれを知っている。

 だから、まずはベッドから起き上がって床に下りる。大きな部屋の中を見渡してみると、観音開きの大窓があったので、そちらに近寄って窓を開けてみる。随分と錆びたゴシック様式の窓だった。外には果てしない雪原が広がっていた。遠くには俺を取り囲むように長い山脈がかかっており、日の光に照り返って輝く山の様子は驚嘆すべき絶景であった。

 俺は彼女を理解したつもりはなかった。理解するつもりが最初からなかった、と言えるのかもしれない。事実、彼女がなぜ殺し屋として生きてきたのか、そこそこ長い付き合いになったというのに、俺から尋ねることはなかった。

 俺は、ファーストのことを何も知らない。

 本当の名前も、殺し屋になった理由も、俺に精一杯協力してくれる理由も、何も知らない。ただ、少しだけ理解できている部分もある。それは、ファーストはコーヒー好きで、いじめっ子で、強くて頼りになる少女だということだ。

 だから、まずは信用する。

(ってか、日本じゃねえじゃん。絶対)

 吹き抜ける風を感じて、改めて部屋の中を見た。明かりのついていないシャンデリアが垂れていて、赤いカーペットの上にベッド、メルヘンチックな机と椅子だけがあった。

「趣味なし西洋貴族の部屋だな」

 ぼやいた俺は、ズボンの中に突っ込んでいたタバコを取り出した。一本を口にくわえて、オイルライターで火をつける。誘拐されてまでタバコの許可はいちいち取らないぞ。

 俺が窓の先に広がる雪原にぼうっと見惚れていると、部屋のドアが開いた音がした。

 俺は振り向かずにタバコをふかした。

「灰皿もないのに、マナーがなってないわね」

「侮るな。俺は喫煙者の鑑なんだ」 

 俺はポケットから小さな携帯灰皿を取り出して、完璧な喫煙環境を確保する。

 喫煙者舐めるなよ、マナーの奴隷になってでも吸うぜ。

「家主に断りもなく吸っておいて、よく言えるわね」

「確認もなく薬盛って誘拐しておいて、よく言えるよな」

 皮肉を返して、俺はようやく振り向いた。

 そこには、黒いワンピースに黒いヒールを履いた背の高い黒髪の美少女がいた。造形美のように整った顔立ちには、相変わらず意地悪な笑みが張り付いていた。


 



 

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