第三十一話 超人と反転霊石
「未来の超光速移動型『殺戮機械少女』ねえ……。もはや殺戮って目的じゃねえな」
千凪を連れて『アルカサル』に帰ってきた俺は、真っ先にアリスのいる機械兵器科部長室に顔を出した。ローテーブルを挟んでソファに座る。向かい合っているアリスが、俺と光の間に着席している問題のJKを頬杖をついて眺めていた。
「で、お前たちの娘だと」
「いや、俺と光の娘とは言ってませんから。俺の娘らしいです」
千凪が俺の右腕に抱きついてくる。
千凪の右隣にいる光が、頬を膨らませて腕を伸ばした。ファザコン娘の襟首を掴んで、強引に俺から引き離す。千凪もまた、不服そうに頬を膨らませていた。
仕草がそっくりだった。
アリスが光と千凪を指差して、俺に向かって言った。
「いや、お前と光の娘だろ。多分」
「証拠がないっす」
「なら本人から聞けばいい。千凪だっけか。お前の母親は誰なんだ」
アリスからの問いに、光と静かに睨み合っていた千凪が口を開いた。
「言えないさ」
「なんでだよ」
「言って、もしパパが僕のママと結婚してくれなかったら、僕の存在が消えてしまうんだ。だから言えないんだよ」
「なるほどねえ。まあタイムトラベルものの映画じゃ、よくある話だな。そういうことなら、答えなくていい」
アリスと会話をしながら、千凪は俺の右手をこっそりと握ってきた。咄嗟に振り払って、ソファから立ち上がる。
「だぁ―!! 手を繋ぐな腕を組むな!! 距離感が近い!!」
「未来じゃこれくらい普通だったよ。パパも肩を抱き寄せてくれる」
「それは未来の俺であって今の俺には関係ない。ってか、待て。肩を抱き寄せてるの、俺。恥ずかしい……」
「娘相手に、緊張する必要がどこにあるのかな。ああ、もしかして―――僕のことが好きなの?」
「違う」
即答してやった。
千凪は腕を組んで、うんうんと仰々しく頷いている。
「なるほどなるほど。女として見てしまっているのか。いけないね、パパ。キスまでにしておいて欲しいな」
「違うって言ったよね。言ったよね、うん、言ったよ絶対に言った。……言ったよね?」
「好き、と言っていたよ」
「言ってねえよ。さらっと嘘つきやがって。親の顔が見たいわ」
「鏡をご覧」
ニヤニヤと笑う少女と、からかわれている俺の様子を見ていたアリスが、唸りながら眉根を寄せていた。
しばらくすると、指をパチンと鳴らして千凪に言った。
「分かった。ファーストの娘か、お前」
「誰が母親かは教えられないと、言ったはずだよ」
「ちぇー。まあでも、どっちかっぽいけどな。言動や容姿からして」
どっちかっぽい……。どちらかが母親っぽいということか。文脈的に、光かファーストが、この少女の母親だということか。つまり俺は、このまま予定通りの未来を歩んでいけば、光かファーストのどちらかと添い遂げるということか。
無意識に、俺は千凪の肩をがっしりと掴んでいた。
驚いた顔で、娘が見上げてくる。
「……」
「パ、パパ? まさか本当に……いや、僕はいいけど……」
「エマさんだろ」
「―――は?」
なぜか瞳を閉じていた千凪は、ぽかんとした顔になる。
俺はぶんぶんと娘の肩を揺らした。
「エマさんだよな。なあ、そうだよな。俺とエマさんの娘なんだよな。そうに決まってるよな」
「い、いやだから、誰かは言えないってさっき―――」
「目元とかちょっとエマさんに似てるよな。仕草とか言動もエマさんに似てるよな。だからお前はエマさんと俺の子どもなんだよな。そーだよな」
「ちょ、顔、顔が怖いよパパ。あと揺らさないで、酔うって」
俺は娘の頬を両手で掴んだ。ひゃ、と悲鳴が上がるが、無視をして青と黒のオッドアイを凝視する。
俺は勝ち誇ってアリスに言った。
「アリスさん、ほら見て。綺麗な青い瞳ですよ。黒い瞳は俺の遺伝で、青い瞳はエマさんの遺伝ですよね」
「エマの瞳は青くねえだろ。色素の薄い茶系だ。ちなみに光は青いぞ」
「言動はエマさんそっくりですよね。ボーイッシュな感じとか、余裕のある感じとか」
「ボクっ娘じゃないけどな。あと、余裕のある感じも含め、からかい癖とか立ち振る舞いを見る限り、どっちかって言ったらファーストじゃね」
「エマさんですよ。エマさんはコーヒーをよく奢ってくれるんです。千凪もコーヒーが好きなんです。だからエマさんと俺の子どもですよね」
「コーヒー好きならファーストだろ。エマは缶コーヒーを飲むだけで、本気のコーヒー好きってわけじゃない」
「前言撤回。コーヒー好きは俺の遺伝です。だから俺とエマさんの子供になりますね」
「ならねえよ。いよいよエマとの共通点ゼロじゃねーか」
俺は千凪に視線を戻した。
少し怯えている気がするが、まあ気のせいだろう。きっと本当の母親の核心に迫られて動揺しているのだ。大丈夫、分かっているさ。エマさんが母親ということは、俺の中で分かっていればそれでいい。必ずお前をエマさんに産んでもらうさ。
「おい千凪。お前、金髪が似合いそうだよな」
「無理やり共通点作らせんじゃねーよ!! びびってるからやめろコラ!!」
アリスが俺にティッシュ箱を投げつけてくるが、俺はそれを首を振って回避する。
「エマさんはどうだ。いい母親だろう。なあ、千凪。ママは綺麗で最高の女性だ。俺もお前も幸せ者だよなあ」
「パパ、目がやばいよ。真っ暗だよ。ドス黒いよ」
ビクビクと震えていた千凪は、視線をそらしながら、言いにくそうに口を開いた。
「あー、そうだね。これは言ってもいいか」
「何だ。エマさんは何回目のプロポーズで俺と結婚してくれるか、教えてくれるのか。できた娘じゃないか」
「―――桜木エマは、ママじゃない」
「なんでそういうこと言うのおおおおおおおおおおおおお!? 話が違うだろうがああああああああああああああ!!」
涙がどばっと出てきた。自分でも怖いくらいに出てきた。
馬鹿娘の肩をブンブンと揺さぶる。首を上下にアップダウンさせてやる。ふざけんな、母親のことは教えないんじゃなかったのかよ。わずかな可能性すら摘み取ってくるのかよ。
「いや、誰が母親か分からなければ問題ないから……。パパはしつこいからね、桜木エマに関して。ってか、やめて。さすがに酔ってきた」
俺は千凪から手を離すと、そのまま床に膝をついてぶっ倒れる。終わった。俺の未来に、エマさんはいない。
「テツヒトは未来でもエマをストーキングしてるの」
横から飛んできた光の質問に、千凪が苦笑いを浮かべて答える。
「誕生日には必ずゲッカビジンと一緒にプレゼントを送るくらいには、ストーキングしていたね」
「なんでゲッカビジン」
「花言葉が、『はかない恋』だからじゃないかな」
うわー、とアリスや光から悲鳴が上がった。
俺は、未来の俺の痛切な心に涙が再び溢れてきた。
「っぐ……うぅ……切ねえよぉ……!! 俺ってやつは、まったく……!!」
「テツヒト、未練たらたら。私は許さない」
「お前が妻だという前提を立てるな!!」
光は頬を膨らませて、自分が奥さんだと当たり前のように設定している。しかし、膨れっ面が剥がれると、ニコニコと笑い出していた。……あんまり嬉しそうな顔をしないでくれ。恥ずかしくなる。
「ははは!! けどよ、花言葉が『はかない恋』ってことは、エマのことを諦めて未来の嫁さんを選んだってことだろう。良かったな、光」
「ん」
アリスが笑い声を上げて、俺を指差してきた。俺は諦めていない。未来の俺が諦めただけだ。あと、光が嫁という設定をやめろ。誰かは分からないのだから。
俺はため息を吐いた。
長い長い、深い深い、ため息を。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。それで、エマさんと結婚できない未来なんてクソどーでもいいけど、なんで『殺戮機械少女』や人類が絶滅するんだよ」
「本当にどうでも良さそうだから困るなあ」
千凪は俺に苦笑した後、目を見開いているアリスに振り向く。
アリスは、未来の世界のことを何も聞かされていないのだ。
「おいおい、そりゃどういうことだ」
「僕は、パパと、ある人のお願いで、この時代にやってきた。最悪の未来を変えるために」
「人類が、絶滅だと」
「ああ。そうだ。正確には、人類は絶滅して特定の一族だけが生き残るって意味だよ」
眉根を寄せたアリスは、続きの説明を目で要求する。
千凪はそれに応じて、組んだ両手に視線を落としてから口を開いた。
「人類は一度、『方舟』によって殺されるんだ。絶滅する。そして、『方舟』の作った反転霊石を持った人間だけが繁栄していく」
「……反転霊石ってのはなんだよ。初耳だ」
「反転霊石―――生命エネルギーの塊である霊石の効果を反転させたものを言う。つまり、死のエネルギーだ。反転させた霊石は、死を生命力として活動する。だから、あらゆる攻撃が吸収されるんだ。傷つけられて、死に追い込まれれば追い込まれるほど、反転霊石を宿した人間は肉体が回復していく」
「まるでゾンビだな」
「ああ。まったくだ―――あいつに接触されただろう、パパ」
アリスから俺に視線を向けてきた千凪は、少し怯えたような目をしていた。一瞬だが、肩がぶるっと震え上がっていた。俺は、『方舟』に関わる、恐れるべき存在を一人だけ知っている。
「アルビノの少女のことか」
「ああ、そうだ。そう。そいつさ」
「あいつが、お前の言う反転霊石を持った存在ってことか」
「うん」
再び視線を落とした千凪は、ぽつりぽつりと語り出した。
「『方舟』は、その化物のように反転霊石を持った人間を量産する計画を立てている。そのためには、パパが必要だ」
「なぜだ」
「パパの心臓が、女性の霊石だからさ」
俺は自分の胸に手を添えた。
この心臓は、霊石は、俺のものじゃない。俺の母親、九条幸乃の心臓だ。心臓の霊石が小さくて死にかけていた俺のために、幸乃は自分の霊石を俺に埋め込んだ。
光は俺のことを見つめてきて、大きく頷いた。
「理解した。そういうこと」
「光、分かったのか」
「ん。テツヒト。霊人は女性の霊人じゃないと、子どもも霊人にはならないんだよね」
「ああ。そうだ」
「子どもを霊人にする繁殖能力は、恐らく女性の霊石によるもの。そして、テツヒトは男だけど、女性の霊石を持っている。つまり、テツヒトの子どもは、皆が霊人として霊石を心臓に生まれるということ」
光の解釈に千凪は口を挟まなかった。黙って俺のことを見つめてくる。なるほど、光の説明は正しいということか。
(そういえば)
その時、俺は映画館で会った怪物との会話を思い出した。
―――うん。そうしないとただの霊石のままだからね。逆にならないから―――
俺の霊石を逆―――反転霊石にしたい。そのために、『方舟』は俺の物質Nを取り除く必要がある。物質Nを除去して、反転霊石にするために、俺が倒した世界中の『殺戮機械少女』から100以上の霊石を盗み出した。
以上のような推理が、可能になるはずだ。
だが、待て。もしも俺の霊石が反転して、不死身の力を与える反転霊石を俺の子どもも受け継ぐのだとしたら……。
「俺が、霊石を反転させられて不死身になる。その俺が作った子どもも、反転霊石を持って生まれる。そうして、俺の子どもたちが反転霊石を持った不死身の子どもをさらに作っていく、ってことか」
「そうさ。反転霊石を持った人間は、超人と言われる。パパが産んだ子どもたちが、超人たちが、超人だけの世界を作っていくんだ。そうして、人類は超人一族以外に死に絶える」
「……」
「パパ。このままだと、パパは霊石を反転させられて、あの怪物と同じ不死の存在になる。そして、あの怪物に犯されて、子どもを作って超人だけの世界を作る手伝いをさせられるんだ」
「あの少女を殺す術はないのか。超人を無力化する方法は、本当になにもないのか」
『方舟』は俺を狙っている。このままだと、物質Nを取り除かれて、霊石を反転させられる。最後は怪物に犯されて、超人以外は死に絶える未来がある。ならば、俺が霊石を反転させられなければいいだけの話だ。『方舟』のことはまだ詳しくない。それでも、あの少女をなんとかしなければ、俺は『方舟』に捕まって最悪の未来が訪れることは分かる。
あの不死身の少女―――超人を無力化しなければならない。
だが、千凪は首を弱々しく横に振った。
「無理さ」
「死なないだけだろう。無力化くらいでき―――」
「バビルサを知っているかい、パパ」
俺の言葉を遮って、千凪はある動物の名前を出してきた。
「角がとぐろを巻いたやつだろ」
「ああ。バビルサは、死を見つめる動物。異性へのアピールのために、種の保存のために、角を伸ばす。伸ばして伸ばして、最後は自分の頭を貫いて死ぬんだ」
「……」
「分かるかな。生きるということは、死に向かうこと。生きるものは死ぬ。つまり、生の霊石は、死の反転霊石に逆らえない。霊石は反転霊石に飲み込まれるんだ」
「……だったら、なんだよ」
「霊石を使って戦う『殺戮機械少女』も、パパや竜次おじさんも、霊人も、絶対に超人には勝てないよ。あらゆる攻撃は死ぬことを生命力にしているあの少女に意味はない。拘束なんてできるはずもない。反転霊石のエネルギー………反転エネルギーに触れれば、あの子が本気を出せば即死するんだ。死に導くエネルギーだからね」
反転霊石。死を生命エネルギーとするため、死ぬことは決してあり得ない不死身の力。そのエネルギーは、あくまでも死のエネルギー。そのエネルギーに触れれば、生きているものは死に引き寄せられる。だから、ただ生きているだけの俺たちに勝ち目はない。相手は、ようするに死神なのだ。
生きているものは、死に抗えない。
生きているものは、死を拒めない。
生の先には、死があるのだから。
「ということで、まとめるよ。『方舟』は反転霊石を持った超人だけの世界を作ろうとしている。そのために、パパを超人にしてパパとあの白い怪物とで最初の子どもを作らせて、超人一族を作ろうとしているわけだ」
「反転霊石は、どうやって作るんだ」
「分からない」
俺の問に千凪は即答する。
そこで、アリスが鼻で笑って言ってきた。
「なら、どうやって未来を変える。哲人が超人になる前に死んどけばいいってのか」
「それはダメさ」
「? なんでだよ。酷い案だが、合理的だぜ」
「それだけはするなって、未来のパパと、ある人に言われているんだ」
「哲人と、ある人の願いでこの時代に来たと言っていたな。ある人っていうのは、誰だ」
「言えないんだ。すまない」
「……まあ、いい。未来には未来の事情がある。仕方ねえ」
ソファに深く座り込んだアリスは、ため息を吐いて腕を組んだ。
「だが、まじでどーすんだ。霊石を反転させる方法は分からない。向こうさんの飼っている不死身の怪物を無力化することも無理。哲人が心臓を引き抜いて死ぬっていうのもダメ。その未来を変えるには、もう手段がねえぞ」
「パパの生殖器を切り落とせばいいのさ」
「なるほど。よし、脱げよ哲人」
指を鳴らして納得したアリスに、先ほど投げつけられて転がっているティッシュ箱を掴んで、思い切り投げつけてやった。
ぱしっと、涼しい顔で受け止められる。
「物質Nが許さねえっすよ。オート防御あるんで」
「敬語、取れかかってるぞ。私は上司だぞ」
「すいません。あんまりにもイカれた解決策を思いつくもので。敬意は常に払っていますよ」
「まあ、お前が陰で私をさん付けしてないの、知ってるけどな」
「……」
アリスのジトーっとした視線から目をそらす。
なんでバレているんだか……。
「ま、冗談さ。ここで生殖器を切り落としたら、僕が生まれてこない未来が確定してしまう。そうなれば、恐らく僕は消えることになる。僕が未来からやってきた意味がないよ」
千凪が肩をすくめて笑うので、俺は軽く睨みつけて尋ねた。
「じゃあ、どうすんだよ」
「『方舟』から反転霊石の作り方、その仕組みを暴くのさ。それさえ分かれば、あの怪物もなんとかできるかもしれない。パパも霊石を反転させられないかもしれない」
「かもしれないのオンパレードじゃねえか」
「当たり前さ。確定している未来を変えるんだ。行き当たりばったりな解決策しか思いつかないよ」
「……まあ、そりゃそうか」
手探りになるのも、仕方のないことか。千凪は、その手探りのきっかけを与えてくれた。それだけでも、十分に感謝すべきことだろう。
想像以上に厄介な相手らしいな、『方舟』は。
俺は大きなため息を吐いてしまった。
その時、千凪の声が聞こえた。
「さっき、『殺戮機械少女』は絶滅するって言ったけど、あれはその怪物の仕業さ」
「やっぱりな。だとは思った」
「パパと、怪物の仕業」
「……あ?」
千凪は俯いて、俺の顔を見ずに言った。雫が落ちて弾けたような、はかない声の響きだった。
言葉は理解できた。しかし、意味が分からなかった。
受け入れられなかった。
「超人になったパパと超人の少女が殺すんだよ。人類と『殺戮機械少女』を。橘光もね」
光は驚いた様子がなかった。
天井を見上げて、何か物思いに耽っている様子だ。そして、ボソリと、千凪に尋ねた。
「私は超人の少女に殺されたの。テツヒトに殺されたの」
「……パパだ」
「そう。ならいい」
穏やかに笑った光に、俺は思わず声を上げてしまった。言葉にできない感情が、胸の底から溢れてしまったから。
「なんで笑える」
「? 殺されるなら、テツヒトがいいから」
「ふざけろ。なんで俺が、お前を殺すんだ」
光は俺の日常だ。かけがえのない、俺の幸せの象徴なのだ。光と一緒だったから、兵器になったのに、俺は自然に笑っていた。
今でも覚えている。
光を取り戻しに『トリグラフ』がやってくる。それを防ぐために、俺が光を守るために、世界を敵に回す決心がついた日。タバコの匂いを落とすためにシャワーを浴びている時、自分が『アルカサル』と『トリグラフ』の間に介入する方法を思いついた時だ。脱衣場から光が声をかけてきたのだ。なんてことはない、いつものやり取りだ。今度の休みはどこにいくか、そんな話をしたはずだ。
鏡に映った自分の顔は、幸せそうに笑っていた。
あまりにも、自然な笑みだった。
「俺が、お前を殺すわけがない」
あの時、確信したのだ。俺は光がいなくなったら、きっと不幸になるのだと。だから、俺の幸せのために守らねばと。
そんな俺が、なぜ光を殺す。
超人になったからと言って、光を襲う理由がどこにある。
「超人になったパパは、パパじゃなかった」
千凪が、俺の顔をはっきりと見つめて言った。
俺は黙って突っ立っていた。
「人が変わった。『方舟』に何をされたのかは分からない。だけど、壊れてしまっていたことは見て分かった。殺すことに、最大の喜びを見出していたよ」
「……」
「人間は人間を殺戮できない。能力的にも、良心的にも。だから、殺戮するには兵器がいる。兵器が人間の代わりに殺戮をこなすのさ。だが―――兵器は殺しを楽しまない」
「俺は人間でも兵器でもない、快感に生きる怪物になったと言いたいのか」
「ああ」
ファーストが似たようなことを言っていた。自分の手で相手の首を締めて殺すことは、その生生しさに狼狽えてしまう。しかし、兵器を使えば、機械を使えば、ボタンや引き金さえ押せればそれで相手を殺せる。兵器にしか、殺戮はできない。そして、自分が兵器になって、機械になって、人間を捨てて戦えば誰にも負けない。だから、ファーストは戦うときに身も心も兵器になっていた。
ファーストは苦悩していた。彼女はきっと人間だった。自分の存在に悩み、考え、戸惑える心を持っていた。それは死ぬからだ。いつか死ぬから、終わりがあるから、存在に悩んだ。どのように生きるべきか、どのように在るべきか、思考の渦に飲み込まれたのだ。
だが、超人はどうだろうか。有限の生を克服し、死を支配した存在に至った時、俺はファーストのように悩めるのだろうか。考えられるのだろうか。自分の在り方を、生き方を、問い続けることはできるのだろうか。