第三話 日本国防衛秘匿組織『アルカサル』
白衣を着た長身痩躯の黒髪の男は、目の下の隈がひどかった。そして、何よりも大人げなかった。具体的には、まだ中学生の子供に小難しい哲学論を語るくらいに頭のおかしい男であった。
男は、幼い俺に膝を折って視線を合わせる。
語りが始まった。
『哲学者フリードリヒ・ニーチェは、創造性のないキリスト教信者を好んでいなかった。ただキリスト教の思想にすがるだけで、自ら思想を創り出そうとしない者を。彼は創造性の大切さを強調していた。これは自論だが、既存の宗教とはレンタルショップなのだ。人は歳を取っていくうちに自らの生きる意味を模索し始めるようになる。自分の生に価値を欲しがるのだ。何が悪で何が善かを見極めようとする。正しい在り方、生き方、死に方を知りたがるようになる。本当の正義や幸福を得たがる。しかし、これらに明確な答えなど存在しない。その辺の店で「正しい在り方」が売られているわけではない。「幸福」とか、「正義」とか、値札をつけて陳列されているわけでもない。しかし、肌に合う「正しい在り方かもしれないもの」や「幸福かもしれないもの」、「正義かもしれないもの」など、可能性を孕んだ商品はレンタルされている。それが宗教だ。その宗教に入信するということは、つまり自分の思想を、在り方を、生き方を見出すことのできない者が自分を支えるための思想を借りに来たということ。自らの経験、所持する知識、周囲の観察などから人はいかにして在るべきかを自身に問うことができない、苦悩しながらも自分の手で自分の支えたる思想を創り出せない人間のために、あらゆる宗教とは存在している。つまり、宗教には一応の価値があるという証明になるのだ。だから、僕はニーチェと違って、キリスト教信者を特に悪くは思っていない。そういう人間にとって、確かに宗教とは救いと言えるのだ。人生を振り返って反省し、いろいろな思想書を読み込んで、ニュースを真剣に聞き取って社会問題に悩む、そういう行いの先に確たる自信のあるオリジナルの宗教を創り出すことのできない人間にとっての救い、それが既存の宗教というわけだ。対して、自分の自分による自分のための宗教、つまり自力で宗教というものを創り出すことのできる人間にとって、あらゆる宗教は自分の宗教を創り出すための材料でしかないのだ。知識でしかない。比較対象でしかない。それを鵜呑みにはしない。創造性の有無、これが宗教にすがるか否かを左右すると言える』
……生き方を見出す、ってことは、難しいと感じるけどな。生まれてきた意味や価値を知らなければ、どうやって生きればいいか分からない。
『確かにお前の言うとおりだ。暴力のために生まれてきたのならば、戦争や闘争の生き方を見い出せるように、まずは何のために生まれてきたかを知ることが大切だ。言い換えれば、何のために生まれてきたかさえ自覚できれば、生き方なんてものに迷うことはないと言える』
じゃあ、俺は何のために生まれてきたんだ。教えろよ。残りの人生は、そのための生き方を徹底して楽になれるからさ。
『残念ながら、「実存は本質に先立つ」さ。椅子は「座るため」という本質が先にあったから、「座るため」の形状・機能を備えて存在する。コップも「飲むため」にあのような形でこの世に生み出され存在している。椅子があのような形なのは、座るためのものであるという本質が先にあったからだ。コップがあのような形なのは、飲むためのものという本質が先にあったからだ。椅子は何のためにあるか、座るためだと誰もが理解できる。コップは何のためにあるか、飲み物を飲むためにあると誰もが答えられる。では同様に、問を投げよう。―――人間は何のためにあるのか』
……知らん。
『それが答えだ。人間は本質があったうえで存在しているわけではない、ということさ。人間は、何のために生きるか、椅子やコップとは違って自分で決定づけられるということが真実だ。だから―――哲』
男は、俺の頭を撫でた。
俺を撫でるだなんて父親らしい行動は、それが最初にして最後のものだった気がする。
『お前は自分が何のために生きるかを哲学し、自分だけの真実を掴め。自分を哲学しろ。そして、導き出した生きる意味、本質のための生き方を徹底すればいい。人生はそれだけだ。なあに、簡単さ』
「……簡単じゃねえよ、馬鹿親父」
夢に出てきたのは、懐かしい記憶の中の父親だった。普段は自宅の書斎と大学の研究室に籠もりきりの父親は、たまに思い出したように俺に話しかけてきた。そういえば自分は父親だったな、と言わんばかりのテンションで、たまに。
覚醒した俺は、自分が椅子に拘束されていることを理解する。両手首と両足首を手錠によって椅子と固定されているのだ。独房のような広さの部屋だった。6畳間くらいのコンクリートの空間に俺は閉じ込められていた。
次から次へと忙しいなあ、ここ最近。
ぐっと腕に力を入れて手錠が外れそうかどうか、駄目元で確認してみる。すると、手錠がじわじわと紅色していき、粘土を引き裂くような感覚で拘束を破ることができた。
「……N、だっけ」
物質N。あのナチスすら扱えきれなかった、最強最悪の化学物質。高温現象、爆発現象、即死性のある毒物化、といった性質を持った災厄そのもののような力。
腕に力を入れたことで分かった。筋力と比例して、この物質Nは俺の体内から放出される仕組みのようだ。オイルライターの火に反応するのではなく、持っていたタバコに力を込めて爆発現象が炸裂したことからも間違いない。つまり、体に力を入れなければ、Nの流出は最小限に抑えられるということが想定できる。
「……面倒くせえ体」
とりあえず、ここがどこなのかも分からないし、いつもの癖でタバコに火をつけた。なるべく力を込めないでライターを扱い、タバコを持って一服してみる。爆発や炎上はしないようだ。それでも、Nの濃度が低いだけで、即死性の毒ガスとして俺の周囲に溢れているのだろう。多分。知らんけど。
「ふぅ。うまうま」
「―――臭い」
後ろから声が聞こえた。六畳間程度の独房のような場所なのに、一切気配を感じ取れなかった。振り返ると、壁にもたれかかって不快そうに眉根を寄せて、唇を尖らせている少女がいた。
銀髪の、白い革ジャンを着た、あの少女だった。
待て。俺とこれだけ近距離、しかも密閉空間の中にいたら……。
「すまん。なんか俺、いま化学兵器になってて、近くにいる奴は死ぬっぽいんだが」
「私、最強。だから大丈夫」
ぐっとサムズアップを決めてくる無表情女を無視して、俺は自分の全身をペタペタと触りながら呟いた。
「……理屈は分からんけど、確かに平気っぽいな。なぜだ……」
「バリアしてる」
「……君の『能力』ってこと?」
「うん」
彼女は俺の背後に立つと、肩に手を置いてぐっと力を込めてきた。すると、全身に静電気のような現象が走り抜ける。思わず声を上げた俺は、椅子から飛び上がって少女に向き直った。
「なにしやがった!!」
「あなたにもバリアを貼った。これで私の近くにいる限りはNの流出を防げる」
「バリアっていったか。何のバリアなんだ。病院での攻撃も、関係あるのか」
「電磁波の膜をあなたと私の体に貼ってある。病院のは、レーザー攻撃。あなたが化学兵器なら、私は光学兵器に位置づけられる」
光学兵器。聞いたことはある。高出力の電磁波を使って、対象を破壊する兵器のことだ。病院での攻撃はレーザーであるらしい。
「つまり、あんたは電磁波を扱う『殺戮機械少女』ってわけか」
「うん。だから、雑魚じゃない」
「……ああ。あいつに言われたこと、根に持ってんのか」
「私強いもん。あの機体、絶対殺す」
「意外と口悪……」
俺は吸っていたタバコを携帯灰皿に入れて、改めて少女の顔を見る。
再会した銀髪の少女は、ロシア製『殺戮機械少女』。光学兵器の化身。電磁波に関してまったく詳しくない俺にとって、銀髪の少女の脅威は未だ計り知れない。万が一にも戦闘になることだけは避けたい。敵対意識がないことだけは、はっきりと伝えておくべきだろう。
「なあ。ひょっとして、川で俺が引き上げたのはあんたなのか」
「っ」
答えは、ぶんぶんと顔を上下に振って返ってきた。
少し嬉しそうな表情をしている気がする。
「覚えてた。良かった」
「病院での『覚えてる?』ってセリフは、そういう意味だったか。あの時は気づいてなかったんだ、すまん。ということは、あんたが俺をあの病院に―――」
「光。あんたじゃない。むう」
こいつ、よくそんな頬が膨らむな。頬袋にエサをパンパンに詰めたハムスターみたいだ。
「光か。覚えたよ。で、光が俺を病院に連れて行ってくれたのか」
「少し違う。私は、1週間前にあの日本製初号機に油断して川に墜落した。ちなみに負けてはいない。そこであなたが川から引き上げてくれてた。ちなみに休んでただけ。私の行動は衛星カメラで監視されているから、私とあなたを私の仲間たちが確保、医療機関へ二人とも搬送された。私は全然平気だったけど、あなたはたいへんな怪我をしていた」
「光が負けてないし休んでいただけで実は全然平気だったことはよーく分かったから大丈夫だ。なるほど、そういう感じだったのか。光と一緒に『アルカサル』に保護されて『アルカサル』の医療機関へ搬送、そこであのサド女が『アルカサル』を襲撃にきて、たまたまそこにいた俺に目をつけた、と」
「うん。……何で『アルカサル』のこと知ってるの」
「黒ワンピースのサド女から聞いた。いろいろ」
会話がいい具合に切れたところで、部屋全体に怒声が鳴り響いた。
『光!! バリア張れたならさっさと連れてこいやコラァ!!』
キーン、と耳鳴りが発生するほどの大音量。天井のスピーカーが音源らしい。光は雑な扱いにむっとしたのか、スピーカーを睨みつけてから俺の手を取った。入り口のドアへ導かれると、彼女は俺に振り返って言った。
「ありがとう」
「何が」
「助けてくれた。すごい怪我してるのに。だから、ありがとう」
「……ああ。俺も、ありがとう」
「うん」
少し照れくさいやり取りを済ませて、俺たちはコンクリートの部屋から出ていった。
「ファーストからいろいろと聞いているなら話は早い」
部屋を出て続いていた廊下を進んでいき、エレベーターで階を一つ上がる。チン、と高い到着の音と共に扉が開くと、そこには長い金髪をポニーテールにした身長140センチほどの幼女が仁王立ちをして構えていた。服装は黒一色のスーツである。多分オーダーメイドだ。ちっちゃい着せ替え人形のように見える。
「私の上司」
光が幼女を指差して俺に言った。
しばしの静寂。
俺はエレベーターの『閉』ボタンをとりあえず押してみた。
「なに勝手してんだてめえこらぁああああああああああ!!」
「うおっ」
閉まりかけていた扉に両手を突っ込んで、幼女とは思えない怪力で無理やりこじ開けてきた。
その迫力に、思わず俺は後ずさる。
「なんだよ、このヤンキー幼女は!! 怖えよ!!」
「ムカつくけど上司。私は嫌い」
俺と光をギラギラと鋭い目で睨みつけながら、幼女は拳を固く握りしめていた。
「人のことを怖いだの嫌いだの、好き勝手言ってくれるなあスクラップ共。しばくぞコラァ!!」
「……光の口が悪い由縁に至った。ってか、ファーストって何だ」
「お前さんの言葉でいう、サド女だよ。いいからついてこい。説明は後だ。あ、絶対に光の傍から離れるなよ。光の電磁波バリアは光から離れれば効果が弱まっていく。Nが溢れてここの人間は全員仲良くあの世いきだぜ」
幼女の後ろについて廊下を突き進む。二股にたどり着いた。左手側には研究科、医療科、栄養科、といった横札が貼り付けられており、右手側には保安科、自衛科、機械兵器科の横札が確認できた。幼女はその分岐路を右へ曲がった。
「まず、ここは日本国防衛秘匿組織『アルカサル』だ。ここは東京都中野区下にある地下基地。ファーストから聞いていると思うが、ここは他国の侵略行為や破壊行為からこの国を防衛するための組織だ。そして、なぜ秘匿か。それは、攻めてくる敵がほとんど『殺戮機械少女』っていう戦時中の非人道的秘密兵器で、うちも光っていう『殺戮機械少女』を利用して防衛しているからだ」
「非人道的兵器の存在を知られるわけにはいかない、ってことですか」
「ああ。ここ『アルカサル』への非難殺到、解体要請があるだろう。だが、それだけじゃない。『殺戮機械少女』は秘密兵器という事実が、世界中の『殺戮機械少女』を使った戦争行為の被害を最小限に抑え込んでいるっていうのが重要だ。あくまでも世の中の一般ピーポーにばれないように攻撃してくれる。国と国の戦いではあるが、それに一般人をなるべく巻き込まないシステムが成り立っているってことだ。ここまでで質問があれば言え」
確かに、国民が死んでいいことなんて、戦う双方には全くない。昔からある、戦争における暗黙の了解だ。秘匿という点について特に疑問はない。
「『アルカサル』があの黒い少女―――ファーストを作ったんですか」
「……えぐいこと聞きやがるな、お前」
一度、歩みを止めて俺を見上げてくるスーツ幼女は、ため息を吐いてから再び先頭を進んでいった。
「ファーストから聞いたのか、うちで作られたって」
「いや、勘っすね。あいつは自分のことを日本製って言ってて、『殺戮機械少女』と関係のある日本の組織っていうと、ここしか知らないんで、そう思いました」
「……『アルカサル』は第一次世界大戦前から霊石と科学技術の融合実験を繰り返していた。多くの人間を実験台にしてな。そして、初めて実験に成功した個体が奴、ファーストだ」
なるほど。だから、あの少女は『アルカサル』の人間からファーストと呼ばれているのか。また、彼女は日本で生まれたと言っておきながら、日本に攻撃を仕掛けているという謎にも合点がいった。ファーストは、母国に、『アルカサル』に恨みや憎しみを抱いているのだろう。何か、因縁があるのだ。
「ファーストは日露戦争と一次と二次の大戦、どちらでも活躍して生き残った最初にして最強の『殺戮機械少女』だ。あいつ一人で合計ニ百体以上もの『殺戮機械少女』を撃破していた記録が残っている。あいつと互角にやり合えるのは、うちの光程度なもんだ。光は、日露戦争でファーストを持った日本に敗れたロシアがリベンジのために作った個体だ。光は一次の大戦くらいから生まれて今まで生き延びた、ファーストに続く最古の機体と言える」
横を見ると、胸を張って俺をじーっと見つめてくる精神年齢低め光学兵器がいた。
「日本製のファースト、当時のソ連製だった私は、大戦の頃からの因縁がある。あいつ、やだ」
「記録しかないが、日本とロシアの対立した二次の大戦じゃ、最初は光がファーストを追い詰めた。だけど、結局は復活したファーストが光を半損状態になるまでボコったらしいな。おめーもうちょっと頑張れよコラ、今回だって負けてんじゃねえか。レーザーしか脳がねえからだよ、馬鹿」
「……負けてないもん。むう」
ぷくーっと膨らんでいく頬だったが、スーツ幼女は構うことはしない。
「あくまでも記録だが、ファーストは第二次世界大戦末期に姿をくらました。日本にゃ他にも『殺戮機械少女』はいるが、数も多くなければ、特別強い個体がいたわけでもない。日本は同盟国のイタリアから代わりの強力な『殺戮機械少女』を供給されて、なんとか第二次世界大戦を生き残ることはできたがな」
「なんで消えたんですか」
「ふん。消える奴が消える理由を語るかよ」
鼻を鳴らして笑った後に、彼女はぼやくように言った。
「殺しに嫌気がさした……んだろうかね。だが、ファーストは今、殺し屋稼業で生きている以上、そういう理由じゃないんだろう。分からない。お前こそ何か聞かなかったのか」
「病院の人たちをなんで殺したか聞いたら、『嫌い』とは言ってました」
「……そうか」
少し物憂げな顔が見えてしまう。
だが、彼女はすぐに気を取り直したのか、パン!! と、いきなり俺の尻を引っ叩いてきた。
「いってえ!! なんで!?」
「しんみりしたから、リセットした」
彼女は廊下の突き当たりにある大きな自動ドアをくぐっていった。ドアの上にある横札には、『機械兵器科部長室』と書かれている。あとに続いて、俺と光が入っていくと、体格に似合わない大きな黒革座椅子に腰掛けて、部長と書かれた名札の置いてある机に肘を立てている幼女がいた。
幼女は俺を指差して尋ねた。
「そういえば、名前は」
「九条哲人っす」
幼女は腕を組んで、俺と光に命令する。
「『アルカサル』機械兵器科本部長、桜木アリスだ。光学兵器型『殺戮機械少女』橘光。化学兵器型『殺戮機械男子』九条哲人。お前たちに命令する。―――日本製初号機通称『ファースト』。陸上兵器型『殺戮機械少女』の完全破壊を遂行しろ」
完全破壊―――殺せ、ということだろう。しかし、なぜ自分がそのような命令を下されるのか、すっと飲み込むには咳き込んでしまう。
「物質Nの化学兵器型『殺戮機械男子』なんて、知られればまずいことになる。お前を使えば世界だって征服できるぞ。お前を喉から手が出るほど欲しがる悪党、お前が邪魔で殺したい悪党がうじゃうじゃ現れる。お前のせいで、世界の軍事力バランスが崩れる」
「……」
「光の傍から離れずに、ファーストを殺してこい。国家防衛どころの話じゃねえ。ファーストを殺し損ねてお前のことが海外の軍事関係者に広まってみろ。お前を狙って他の『殺戮機械少女』がこの国に攻め込んでくるぞ」
「あいつ、まだ生きてるってことですか」
「ああ。あの程度じゃ死なねえよ。うちの光が殺せねえんだから。幸いにも、奴はここ『アルカサル』襲撃が目的で、お前は『アルカサル』にいる。もう一度奴が現れたら、確実に光と協力して破壊しろ。お前のために、この国のために」
「……うす」
理屈は分かる。俺自身にとっても、俺の存在を知るあの少女を抹消すべきだということは間違いない。だが、快諾はできなかった。空返事を送ってしまう。
俺の反応を一瞥したアリスは、光に視線を移して言った。
「光はポテンシャルとしてはお前に並ぶ力を持つ。身体の中の生体電気を使って強力な電気を流す。他にも、電気を流して磁力を発生させることで、電磁波を作ることもできる。太陽の光も電磁波だ。虫メガネで紙を燃やせるだろう。あれと同じように、莫大な電磁波を一点に照射することで光速で対象を破壊できる。それがこいつのレーザーの正体だ」
「すげえっすね。機器のジャミングとか破壊も電磁波でできるんですか」
「できる。他にも、電気を流して磁力・磁場を作れる。磁力を使って、あのファーストの銃火器を固定して動けなくすることも可能だ」
「……え、なんでそれやんないの。勝てるじゃん普通に」
「こいつがレーザー馬鹿だからだ」
「は?」
横に並ぶ光を見れば、褒められていたことで上機嫌になっていた。ちょっと口元が緩んでる。
「え、なんで磁力で武器奪ったりしないのお前」
「レーザーはかっこいい」
「あ?」
「レーザーは燃える。爆発する。強い」
「……」
多分めちゃくちゃ馬鹿にした目で光を見てしまった俺に、アリスがため息を吐きながら声をかけた。
「と、光は光学兵器の全てを活用できれば最強なんだが、いかんせんガキでな。レーザーとかビームとか大好きなんだよ。他の使い方を知っているくせに使いたがらない」
めっちゃくちゃ阿呆じゃん。
え、嘘でしょう。
「光、レーザー好きか」
「好き。かっこいい」
「ビームもかっこいいから、これからは病院のあの技、レーザビームって言わない?」
「っ、かっこいい!! そっちにする!!」
やっぱりめっちゃくちゃ阿呆だった。
こいつと一緒で本当にファーストを倒せるのだろうか。
「光の電磁波のバリアは、お前から溢れるNを抑え込める。だが、それは自然に溢れちまってる微量な量だけだ。光の言うことを聞いて、バリアを破ることのないように生活を送れ」
「破れた場合はどうなるんですか」
「これを身に着けろ。お前のNが漏れてきていたら、音がなる」
アリスが引き出しから取り出したのは、十字架のネックレスだった。無造作に投げられたので、咄嗟にキャッチする。
「Nは漏れただけでも吸引した人間に即死性がある。音が鳴ったら、すみやかに光の傍か、人のいない場所にいろ。もしも対処ができずに被害が出るなら、悪いが光のレーザービームは脳天をぶち抜くことになる。まあ、そうならないように常に光と一緒にいることだ」
「……あの」
「何だよ」
「俺、なんで兵器になったのか分からないんですけど。自宅で寝ていたら、二人組みの男に注射を打たれたんです。右腕に、一本打たれました。それで、多分……」
「『アルカサル』は確かに『殺戮機械少女』を過去に作り、今も光を使って防衛業務に務めている。だがな、一般人を勝手に兵器化するようなイカれ方はしてねえよ」
「あんたたちじゃないなら、俺は一体……」
「……お前に近い例がある。一例だけな。基本的に霊石は女にしか適合しない。だが、男でも適合した例は過去に一度だけある」
視線を落として、腕を組んだアリスは語り始めた。
奇妙な前例の話を。
「アメリカに住んでいた青年だ。二十代半ば。2日ほど行方不明だったが、山の中で発見された。青年は意識を失っていて、調べると体内には石があった。それは霊石だった」
「……」
「意識は戻っていなかった。だが、心臓はきちんと動いている。調べたところ、霊石の生命エネルギーが肉体に適合していることが分かった。妙なのは、ここからだ。その青年は普通の一般家庭で普通に生活を送っていたらしい。一般人だ。2日間だけ行方不明になった間に、霊石をぶち込まれて発見された。そんでな、後日、また消えちまったんだ。アメリカ軍が兵器利用のためにさらったかと言われているが、真実は闇の中だ」
「俺は普通に生活を送っていて、知らないうちに霊石を埋め込まれていて、この間、化学物質を打ち込まれて兵器化した」
「一般人の男に霊石が適合した例は、お前とその青年の例だけだ。何か、一般人を、特に男性を兵器化しようとしている組織があると考えた方がいいだろうな」
「……」
「霊石を埋め込むっていうのも、本来は時間と実験をかけて行うべき問題。本人の知らない間に埋め込めたりはしねえ……。まあ、今はいい。とりあえず、ファースト破壊を最優先に今は考えろ。明日はお前の身体を検査する。もう休んどけ」
「うす」
光が俺の袖を引っ張って、退出を促したので踵を返す。だが、後ろから声がかかってきた。
「……待った。最後に聞かせろ。注射されたんだよな」
「え、はい」
「一本、腕にだよな」
「はい。手首あたりに」
「他に、何かされなかったか。あるいは、されそうにはなったか」
「いや、寝ているときに腕に打たれて、起きて殺してしまったので……。あ、でも、また別の注射器を持ってはいました。N以外にも、何か打とうとしたんだと思います」
「だとしたら、気をつけろ。もしも何らかの組織が意図的にお前を兵器化するつもりなら、奴らはまだ目的を果たせていない。あと一本、お前に何かを打つ必要があったなら、またお前を狙いに来る」
「なるほど……。でも、俺は光とここにいるんですよね。なら大丈夫じゃないですか」
「まあ確かに、『アルカサル』にいれば問題はねえな。保安科は警察、自衛科に自衛隊、それに光もいる。日本国内最強の武力が集まっていると言ってもいい」
ひらり、とアリスに手を振られた。
俺は軽く頭を下げて、光と一緒に部屋を出ていった。
ディズニー映画の「白雪姫」に出てくる城のモデルが、セゴビアの「アルカサル」です。中世には宮殿、それ以後は城砦や牢獄、砲兵学校、軍事博物館と時代によってさまざまな目的で使用されたらしいです。